32 不当要求1
「まったく、女王陛下にも困ったものです」
カートが当然のように隣を歩いて告げる。
ティスは買い物の途中だった。市場を歩いていたところ、偶然であるかのように声をかけてきたのである。
(感覚の鋭いカート様のことだから、偶然のわけないって分かるのだけど)
こそばゆさもあり、ティスは苦笑いである。
いつも通り漆黒の軍服に同色の杖を持つカートであり、背中には紫色の細長い布袋を2つ負っていた。
対する自分はいつも通りのお仕着せ姿だ。エストの実家エルニス公爵家で使用人をしていたときからのものである。
「クイッドを簡単に引き抜かれては、私とパターガーの負担が不当に増すのです。やっと仕事を覚え始めたところだというのに」
さらにほとばしるカートの愚痴をティスは歩きながら聞く。
気を許してくれている証しだと思うと、聞かされているのも心地よいぐらいだ。
「理不尽な人事なのですね」
ティスは相槌を打つ。
有能であればあるほど、持っていかれた側は困るだろうと分かる。増してクイッド離脱の原因は、自分の主人であるエストの思いつきだから、感じる理不尽もひとしおだろう。
「申し訳ありません。エスト様が」
よってティスは頭を下げるのだった。
「いえ、そんなことはティス殿に頭を下げさせるようなことではありません」
カートが慌てる。
「ですが」
ティスは俯いてしまう。
バール帝国にいたときから、主であるエストは変わらない。人を振り回してばかりいる。
「修行でも修練でも旅でも独りで勝手にやればいいんですから」
クイッドを巻き込む意味が不明である。
(そうよ、バール帝国の時からどれだけ私、肩身の狭い思いをしてきたか)
ティスは皇太子デスモンド始め関係者に頭を下げ続けた日々を思い出す。
挙句の果てには道連れのようになって追放されたのだった。
(そりゃ、そうよ。ここで見捨てたら、あれが全部、無駄になるんだから)
ティスは自身の苦労を思い出し、ふと自身を優しく見つめるカートの視線に気付く。
「聖女殿はもっと、ティス殿に感謝し、報いるべきでしょう。貴女がいなかったら、彼女は生活することも出来ないんでしょうから」
カートが労ってくれる。
なるべくゆっくりとティスは歩くようにした。
いつも屋敷に近付くと遠慮してカートが帰ってしまうのである。
(エスト様がもっと、まともなお給金をくれたり、時間をくれたりしてくれれば、一緒に少しぐらいお茶を飲む時間とかも、あるんだろうけど)
ティスはため息をつく。
金もなければ時間もない。惨めだった。
「どうとでもしそうですわ。あの方はあれで逞しいから」
豪快に失敗も笑い飛ばし、時間はかかっても、いずれは自活をしていきそうなのがエストなのだ。
(私って、何なのかしら)
ティスは思わずにはいられない。
「男の人にももてますし?私なんかと違って見た目が綺麗で性格も強いんですから。皇太子殿下とかはともかく。もう少し下の貴族のご令息には人気があったんですよ」
ティスは吐き捨てるようにして告げた。
なぜ、エストと自分を引き合いに出したのだろうか。つとティスは疑問に思う。
「そんなことはありません。ティス殿のほうが美しく聡明だ。接していて、俺はそう思いますよ」
カートの言葉でティスは自身の意図に気付く。
(あぁ、そんなことないって、言われたかったのね)
カートにだけはエストよりも魅力的だと言われたくて、『そんなことない』を言わせるようなことを、口に出したのだろう。
自身の浅ましさにティスはうんざりしてしまう。
(嫌われてないって。親しみを持っていただけてるのは、もう、分かっているから。だから、言ったのだわ)
ティスは胸の前で両手を握りしめる。
「しかし、その上で、女王陛下は他国から問題ありと。追放になった聖女に肩入ればかりをする。理解に苦しみますよ。ティス殿の雇い主ではあり、申し訳ありませんが」
カートが嘆息して告げる。
確かに自身の雇い主をカートが悪しざまに言っているという部分もあった。
だが、ティスも不満があることを既に表明している。
「むしろ、カート様こそ。女王陛下に、その、ご不満のようなこと、批判はなさるのは」
ティスは指摘するようなことを言いたくなくて口籠る。
「聞かれても困りませんよ。少なくとも俺は、ね」
カートが意味ありげに笑う。
(やっぱり、何かあるんだわ。女王陛下とカート様は)
ティスは俯いたまま思う。
カートが惹かれているというのとも違う気がする。忠誠心に溢れているようにも見えない。
杖を使い、足を引きずっているというのに、軍人としては重用されている。女王リオナからカートへの信任は厚いのだろう。
いつも超然と微笑む女王リオナの気持ちを推し量ることがティスには難しかった。ただなんとなく睨まれているような気がする。
エストについて謁見している際、女王リオナからの視線を感じたのだった。
(そもそも、なぜ、エスト様にくっついて、私まであの場にいなくてはならなかったのかしら)
ティスはつい考えてしまう。
「我が国は王政ですが、歴代国王は男性でした。たまたま当代は女王陛下であるということなのです。それが若干、ことをややこしくしたのですよ」
苦笑いでカートが告げる。
男児がいたなら女王リオナも女王ではなく、お姫様だったのだろうか。
言われてもティスにはピンと来ないのだった。
「今回は俺が困らされた側ですから、多少の陰口ぐらいは、目を瞑ってもらっても、バチは当たらんでしょうと」
冗談めかしてカートが笑う。
「さて、と」
屋敷が見えてきた。庭などはだいぶマシになったのである。
(でも、まだ、カート様に上がってもらうのは、心苦しいわ)
ティスは思い、カートに別れを告げて屋敷の敷地内へと向かうのであった。




