31 ラクトン商会
ラクトン商会は、ラデン王国リクロの東端に居を構える小さな店舗だ。工房が別に王都郊外の野原にあり、商品の製作などはそこで行っている。商品というのは、主に個人発注の武具であり、平和なラデン王国では、あまり繁盛していない。
ちょうどクワドロテイル出現の報告に隣国のバール帝国が揺れている頃、クイッドはここラクトン商会の木製片開き戸を開け放っていた。
備え付けの鈴が高い澄んだ音で鳴る。
「いらっしゃい」
小肥りの男が奥の椅子に腰掛けている。青白い肌に小さな目。黄色いシャツを大抵いつも着ており、今日も同様だ。
今年で22歳になるという。店主のラクトンである。
「なんだ、クイッドか。どうしたんだ?」
ラクトンが座ったまま言う。クイッドの遣う手斧も盾もラクトンの作ってくれたものだ。投擲用のものも同様である。
(カート隊長もカート隊長で、懇意にしている、職人さんがいるそうだけど)
パターガーもあの矢筒と弓を作っている職人がいるとのこと。
クイッドとしても、自分でそういう相手を見つけたいという中で、出会ったのがラクトンだった。
「黒騎士と遭遇して、ボロクソに負けたんです、俺」
端的にクイッドは説明した。来店したのは負けたからだ、と伝えた格好でもある。
ラクトンが分かりやすく怪訝な顔をした。
「冗談だろ。お前に勝てるのなんて、この国じゃ2人ぐらいしかいないんじゃないか?」
ラクトンが苦笑いを浮かべた。
そのうちの一人はパターガーである。そしてラクトンの言う通りなら、自分はラデン王国で3番目の遣い手ということになるが。
(そんなわけないでしょう)
ラデン王国にも人はいる。
「騎兵のヨギラス卿に、マジャルド閣下もいらっしゃいます。俺はまだまだですよ。そう、改めて思い知らされました」
自惚れてなどいられない。クイッドは告げるのだった。
「そうか。なら修行を頑張れって。そういう話じゃないんだろうな。だから、俺のところに来たのか」
ラクトンが鋭く自分の手斧と円盾を一瞥した。
「武器の方も工夫したいと。そういうことであってるな?」
自分の用向きを正確に察してラクトンが告げる。
クイッドは頷く。
勝つために手段など選んでいられない。実戦では、死ねばそれまでなのだ。
「ええ、腕前を磨くのは、それは当たり前ですけど。逆にそれで良いとも思えなくて」
クイッドは言い、改めて店の中を眺める。
展示用の武器が並ぶ。ここに並ぶのはあくまで見本で見栄えが良いものばかりだ。槍や剣が多い。
「お前のそういう考え方は嫌いじゃない。腕も上げる。武器も強くする。そのために、っていうことなら、それは俺の仕事でもある」
薄く笑ってラクトンが言う。
武器について考えることが好きでしょうがないという男だ。
武器職人というのは、天職なのだろう。
「負けたから。すがりついているみたいで、みっともない気もしてしまうんですけどね」
クイッドは後ろめたく思う部分もあるのだった。
「それでいいのさ。身に迫らないと分からないこともある。そんなもんだろ、人間なんて。言葉通り、負けは薬なのさ」
淡々とラクトンが言葉を並べる。気を悪くした風でもない。絶景図のようなものを早速広げ始めた。
「お前のおかげで客が増えて、食えてるってところがうちにもある。気にするな。良い広告塔だと思っているから」
ラクトンがいつも言っていることを、また告げた。
クイッド自身も使用する武器や盾についてはラクトン商会の製品であることを吹聴している。地味だが斧も円盾もラクトン商会の特注品なのだ。
「おまけに俺、聖女様の修行の、付き人に抜擢されたんですよ」
ことの次第をクイッドはラクトンに告げた。
エストがまた黒騎士に襲われることも起こり得る。
早く武器を整えたいという気持ちもあった。
「それは、大したことないって追放されてきた聖女様だろう?」
ラクトンが顔を上げた。
「いえ、かなりいろいろ出来るみたいですよ。この国に来てから魔力が増えたとか不思議なことをいろいろと言ってましたけど。使ってる神聖魔術はかなりの威力でした」
首を傾げてクイッドは言う。黒騎士には敵わなかったが、かなりの戦力なのではないかと思っていた。
何かバール帝国では誤解があったのではないかとも。
「あぁ、なるほど。増えた魔力を急には使いこなせないから、実地訓練ってことなんだな」
ラクトンが納得して頷くと、また下を向く。
魔導技術も凝縮した、特殊な武器を作ることもあるのがラクトンだ。自身も魔力を用いる分、神聖魔術についても理解を示したらしい。
「そんなもんなんですね。俺は強化を自分に少しかけられる程度だから。よく分からないんですけど」
クイッドはまた首を逆側に傾げる。
ラデン王国では身体能力強化魔法を使うのが主流だ。あまり、攻撃魔法を使う人間はいない。
「それで十分だろ。戦士なんだから。むしろ優秀過ぎるくらいだ」
ラクトンが図面を引きつつ全肯定してくれる。
「とりあえず斧の斬れ味も、円盾も邪気みたいなのを防げると有難いです。次は何が何でも黒騎士を倒したいので」
本音としては撃退出来れば御の字なのかもしれない。
クイッドは不敵なエストの笑顔と、その可憐な造形をつい思い浮かべてしまう。エストを本当に口だけ聖女としておけたなら、どれだけ気が楽だろうか。
「聖女様の前衛をするなら、とりあえず守りだろう。攻撃力を当てに出来るんならな」
ラクトンが提案してくる。
「そうですね。見積もりとか幾つか案があれば、教えてください」
遣うのは自分だが、ラクトンからの助言も欲しくてクイッドは告げる。
「あぁ分かった」
さらに投擲用の手斧などについても改良案をラクトンが示してくる。
クイッドは言われるまま全てを購入し、さらに店舗に無いものは発注し、ラクトン商会を後にするのであった。




