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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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30 バール帝国の受難

 口だけ聖女のエストを追放した。これで平和な国となったとバール帝国皇太子デズモンドは思っていたのだが。

(また、魔物か)

 皇太子デズモンドは険しい顔で皇城の廊下を歩いていく。

 砂吐き大蛇を騎士アーノルドが討伐に成功した。報せが届いていて、自ら出迎えにデズモンドは向かっている。だが皇都周辺にも魔獣が出現し婚約者アニスが自ら倒しに行っていた。

(政務さえなければ、私が自ら)

 デズモンドとしては歯がゆさもある現状なのであった。

「デズモンド」

 父である皇帝と廊下で行きあった。廷臣たちも幾人か引き連れている。今年で45歳になり、政務の上では未だに現役なのだった。ただし武芸については際立つものがない。

 バール帝国では帝位に就くや名をバールと改める。デズモンドもいずれは『バール』となるし、現皇帝も『バール』なのであった。

「陛下」

 即座にデズモンドは跪く。

「よい。アーノルドを労ってやらねばならん」

 鷹揚に父帝が告げる。

 頷いてデズモンドも立ち上がった。親子でまずは責務から、という認識は共通している。

「しかし、問題があったとはいえ、聖女は聖女だったのか?エスト嬢を追放してから、一挙に魔獣の出現が増えたのではないか?」

 父帝バールが歩きながら尋ねてくる。

「不謹慎な女でした。そして、戦えもしないくせに、戦地へ出ようとして。彼女を守ろうとして負傷、苦戦した者の方が多かったかと思います」

 まず不満をデズモンドは述べる。元聖女のエストのことは思い出したくもない。

「それに、そこと彼女を追放したこととの因果関係は分かりませんし、むしろ、あり得ないのではないかと」

 更にデズモンドは指摘するのだった。随行する廷臣の多くが頷いている。

 赤い布張りの廊下を進む。

 アーノルドの帰還と勝利を喜ぶ歓声が皇城内にまで響いていた。

「英雄視されているが驕らない。優れた、得難い臣下だな?」

 父帝バールが耳をそばだてる、遠い目をして尋ねてくる。

 細面でシワがちの顔付きだ。思慮深く慎重な皇帝であり、長く巧みに政務を担ってきたのだが。やはりそういう人物は活動的すぎるエストを苦手としていた。

「ええ、アーノルドがいてくれれば、我が国は安泰ではないかと思います。私にとっては軍事面の右腕ですから」

 あまりにも英雄視されると、父帝バールの警戒心を刺激してしまうかもしれない。たとえ本人に野心がなくとも担ぎ上げられてしまえば分からないと言っていたこともある。

(それは、我々が腐敗していれば、の話でしょう)

 歩きながらデズモンドは思うのだった。

「それに対して、元聖女エストは大した魔力がないくせに聖女と称して出しゃばるような女でした。担ぎ上げられかねないのは、彼女の方でした」

 まずデズモンドは偽聖女エストについて指摘する。国政の安定には、まるで寄与しないであろう性格であった。

「そして、ゆえに彼女を追放しても魔術的な何かが起こる可能性も低いでしょう。その大元となる魔力が乏しかったのですから。現状との関係は薄いかと思います」

 デズモンドも考えないではなかった。だが考え抜いた結果、確信を持って、追放したほうが国益にかなうと結論を出したのである。

 エストを妻とすることで本当に国が安定するのなら、あの性格に耐えるぐらいの覚悟はしていた。

(私は皇太子なのだ。つまり、次の国母を選ぶ立場でもある) 

 その責任の重さをデズモンドは痛感していた。人間性としてもアニスの方が相応しい。

「今の婚約者は、しっかりと実力も備えており、人柄も申し分ない。知性もです。聖女ではありませんが、アーノルドの手が回らぬところを埋めようとしてくれています」

 デズモンドはアニスの顔を思い浮かべて告げる。可憐で柔らかい、包み込むような笑顔が素敵なのだ。

 姉のエストと違って出しゃばることもない。貴族としての所作も洗練されており、落ち着いている。

「自分で出た方が早いと思うなよ?」

 薄く笑って父帝バールが言う。

「弁えております」

 歩きながら静かにデズモンドは頷く。

 自分は皇太子なのだ。軽々しく打って出るわけにはいかない。

 やがて皇城を出て、大通りが幾つも交わる広場に至る。

「デズモンド様」

 弓を手にアニスが駆け寄ってくる。緑色の動きやすそうな服装の上に軽鎧を身にまとう。

 皇都周辺に湧いて出た、シンリンコヨーテの群れを駆除してもらったのであった。

「ありがとう。怪我は無いかい?」

 デズモンドは駆け寄ってくる恋人を抱きとめて尋ねる。

「はい。魔獣は片端から射殺してやりました」

 たおやかに微笑んでアニスが言う。

「さすがだ。大陸一の腕前なんじゃないか」

 デズモンドは身を離し婚約者を評価するのだった。

「とんでもないです。ラデンの暗殺仮面様とか。絶対に私より強い方が。それこそ幾らでもいるんでしょうから」

 アニスが恥じらって告げる。

 ラデン王国と聞くと、どうしても追放したエストを思い浮かべてしまう。

「それぐらいにしておけ。デズモンド。アーノルドを労ってやらねばならん」

 父帝バールもアニスのことは気に入っている。

 エストの方については、姉であり、一応聖女だから息子の婚約者に決めたのだ。

 問題ありとなれば、あっさりと見切りをつけてもいる。

 父の理解がなければ、婚約破棄もアニスとの再婚約もここまですんなりとは決まらない。

「アーノルドッ!アーノルドッ!」

 広場では民がアーノルドを称える叫びが身を震わせていた。

「陛下っ!そしてデズモンド殿下っ!」

 白銀の鎧を身に纏い、兜を脱いだアーノルドが民の間から抜け出て駆け寄ってくる。

「よくやってくれた。さすが我が騎士団長だ」

 微笑んで父帝バールが労う。

 これから演説を1つ打って士気を上げて、民の安心を講じるつもりなのだ。

 しかし、軍馬が広場に駆け込んできた。

「た、大変です」

 伝令の兵士だった。

「何事だ」

 ねぎらいの場を乱され、デズモンドは幾分、気を悪くした。だが、普通であればこんな場に兵士が乗り込んでくるわけもない。余程のことがあったのだと察して、思い直す。

「クワドロテイルがっ!4尾のサソリがあらわれましたっ!」

 砂吐き大蛇出現以上の凶報に、一同は凍りつくのであった。

 

 

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