3 運命的な出会い
ランパートの森に分け入って、カートは進む。
争闘の気配を感じるままにそちらへと向かう。
そして目を見張った。
(なかなか)
木々の合間から、一人の美女が猿型の魔獣ブラックバックの群れと単独で渡り合っているのが見えたからだ。
(いや、美しい)
美女の容姿と動きにカートは見惚れた。
短い剣二振りを両手に逆手で持ち、自分より遥かに大きな相手、それも10体を翻弄している。
木の枝や幹を立体的に利用して、上手く立ち回っているのだ。
「ギギギィ」
ブラックバックたちも思うように美女を捕らえられず苛立ちをあらわにして牙を剥く。完全に美女の方に気を取られカートには気付かない。
カートは気配を消して、ブラックバック一体の背後に忍び寄った。
そのまま杖を抜き放つ。仕込み杖なのだ。
刃を一閃させる。
「ギアッ」
ブラックバックが悲鳴を上げて横倒しになった。
一斉に魔獣たちが自分の方を向く。
「なっ、誰ッ」
美女も驚く。まだ20歳にもならないだろうか。
整った美しい顔立ちだ。戦装束なのか、上下黒色、革の胸当ても同色である。
「ラデン王国軍歩兵部隊総隊長のカート・シュルーダーと申します。救助に参りました」
淡々とカートは名乗る。話している間にも右手に持った刃を一閃させ、左手の鞘で別の一匹を打ち据えてやった。
既に3匹を仕留めている。
「救助?良かった!」
跳躍してブラックバックから逃れつつ、空中で美女が安堵した。柔らかい表情を浮かべると、美しさに加えて可愛らしくもなる。
「貴方は聖女エスト様のご関係者様ですか?」
カートは両手で武器を使うことに長けている。
本来なら手の内を部外者に晒したくはない。自分が両手で武器を使うことすら極秘にしたいのだ。
「はい。聖女エスト様の侍女でティスと申します」
木の枝に着地してティスが名乗る。
名前と顔をカートは心に刻み込む。容姿も戦う姿も美しい。
(この人に出会えて役得だったな)
聖女の方をクイッドに任せてよかったと思う。
既にブラックバックは残り5匹だ。1匹が自分の背後に回り込んでいる。いちいち見なくともブラックバックごときの動きは分かるのだ。
「危ないっ!」
殴りかかろうとしていることに気付き、ティスが声を上げてくれる。
「ご安心を」
カートは頭を下げて殴打を避けると、振り向きざま力任せの斬撃を繰り出す。
ブラックバックの巨体が斬撃の衝撃で吹っ飛ぶ。
「すごい」
ティスが動きを止めている。あまり純粋な眼差しを向けられると張り切ってしまう。
自分が来た以上、安心だと思ってくれたなら嬉しい。
「キキキ」
ブラックバックの残り4匹が後退る。
「思い出したか?何匹いようと無駄だ。この森中の猿がまとまってこようと皆殺しにしてやる」
カートは刃の返り血を、振ることで飛ばしながら告げる。
実際、容易いことだ。以前にランパートの森にいるブラックバック全てを単独で打ち据えて教育したことがある。
(まぁ、ティス殿のように見目麗しい女性にそんな惨劇は見せられんが)
カートとしては気が引けるからやらないだけである。
「ギギギ」
かと言って、背中を見せて逃げるのも怖いらしい。
魔獣であるにも関わらず、ブラックバックが腰を抜かした。
「それぐらいにしてあげては?縄張りに土足で侵入した私たちも良くなかったのです」
まるで聖女本人かのような慈悲深さを見せてティスが言う。
(自分だって祖国を出されて、余裕がない状況でしょうに)
カートは樹上で微笑むティスを見て思う。それもティス自身には何の落ち度もない。主君であるエストの騒動に巻き込まれただけのはずだ。
「ティス殿に感謝するのだな。生かしておいてやる。この方の御顔は覚えておけ。次に手を出したなら、この森中の猿は全て皆殺しだ」
低い声でカートは脅してやった。
ブラックバックたちが逃げていく。
「ふうっ」
ティスが樹から飛び降りてきて大きく息をついた。
近くで見れば見るほど、美しい。自分よりも頭1つは小柄だろうか。華奢な肩を見るにつけて、守ってあげたくなってしまう。
「お怪我はありませんか?」
可能な限りの優しい声でカートは尋ねる。仕込み杖を鞘に納めながら。
尋ねつつ、さっと華奢なティスの身体を眺め大きな負傷のなさそうなことは確認している。まるで無駄なものなどついていない細身の身体つきだ。まじまじと眺めていると罪悪感がこみ上げてくる。
「はい。カート様のおかげです」
はにかむように俯いてティスが言う。
通常は落ち着いた雰囲気のある美女である。仕草の1つ1つの度に可愛らしさが付加されるのだ。
(俺は何を考えているんだ。今、初めて会った相手だぞ)
自分の心情にカートは戸惑っていた。女王リオナを前にしてすら、こんな気持ちになったことはない。あちらは美しいが隙がなさ過ぎるのだろう。
「いや、ティス殿ご自身が良い動きでしたから、ご自分でご自分を守られたのですよ。私がいなくとも後れを取らなかったでしょう。動きの一つ一つが洗練されていて、美しいと思うほどでした。ずっと見惚れておりましたよ」
カートは束の間、ティスを褒める言葉が止まらなくなった。
「そんな。お上手なんですね。ラデン王国の殿方は皆そうなんですか?」
褒めすぎたのか。若干、咎め立てるようにティスが言う。
「私がティス殿にだけ特別なのです」
カートは即答していた。
「バールではそんなことを言われたことはありません」
真っ赤になってティスが俯く。ただ可愛らしいだけだ。
「バールの男は女性を見る目がないのですね」
でなければティスを放置しておくわけがない。どうやら恋人も夫もまだいないのだろう。男慣れしていない様子が伝わってくる。
「そうは、思えないんですけど」
消え入りそうな声でティスが言う。
自分の睦言攻勢が対応に困らせているようだ。
確かにこんな森の中で口説いて良い女性とはカートもティスのことを思えなかった。
(って、俺はこの人を口説きたいのか)
そしてカートは気づいて自らに呆れ返ってしまう。
(だが、しかし)
見れば見るほどティスのことを好ましく思ってしまってしょうがない。
そのティスが歩き始めていた。
「森の奥へ向かわれるおつもりで?」
カートは気付き尋ねる。
「ええ。エスト様を攫われてしまったんです。こんなところでお話してる場合じゃないのに、私ったら」
ティスが自責の念にかられてしまった。
「大丈夫。そちらへはもう、優秀な部下を向けましたから」
そう断言するのなら、クイッドよりもバターガーを向けるべきだったのだが。
思いつつカートは言い、ティスを安心させることに腐心するのであった。




