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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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29 聖女からの陳情

 ティスとデートをした2日後、カートはいつもどおりに女王リオナの近くに控えていた。護衛をするのは歴代歩兵隊長の責務である。

「あの娘とはどうなの?妙に気にかけているみたいだけど?」

 いつもどおりの超然とした笑顔のまま女王リオナが尋ねてくる。

 おそらくはティスのことだろう。

 カートはため息をつく。不自然に騎兵からティスが絡まれていた。即時に助けられたのだが、不穏なものも感じる。

「苦労しているようですよ。一人で広大な屋敷を切り盛りして。行動力だけはある雇い主に振り回されて」

 カートはあえて当たり障りのない返事を選ぶ。

 女王リオナがわざとらしく片眉を持ち上げた。デートのことも知られている。

「そう。つまり、同情してるのね?」

 女王リオナが意地の悪い切り口を見つけて尋ねてくる。

(まったく、なんだって言うんだ)

 杖で身体を支えつつカートは思う。

 ラデン王国は王政だ。基本的には男児が王位を継ぐ。だが、他に適齢の王族がおらず、当代は女王となっている。

 女王ではなく王女、姫という身分なら女王リオナの人生はもっと別だったかもしれない。

「同情とも違いますが」

 カートは注意深く告げる。

 そもそもティスとの出会いのきっかけをくれたのは女王リオナなのだ。文句を言われる筋合いではない。

「じゃあ、なんで、貴方が珍しく足繁く通うのかしらね?」

 どこか咎めるような、突っかかるような言い方だ。

 狂戦士の拓いた国、ここラデン王国では騎兵よりも歩兵のほうが軍部としては優遇される。王都勤めも国王の護衛をするのも歩兵だ。

 騎兵も騎兵であり、機動力があるので重宝されるのだが。

「陛下の御身はこの俺が必ず御守ります。たとえこの身に変えても、です」

 カートは杖で身体を支えたまま告げるのだった。

 長年、忠誠を尽くしてきた相手だ。このようなやりとりは珍しい。

「まさか、そっちに行くとは思わなくてね。聖女の方は当然、大丈夫なんだけど」

 意味ありげな口調で女王リオナが言うのだった。

「ま、そのお楽しみの相手も来るでしょうね。私にとっても楽しみだけど」

 聖女エストから女王リオナへと謁見の申請が為されていた。

 どういう用件なのかカートも知らない。

(確かにあの聖女が来るのなら、ティス殿も来るのだろうが)

 今日もお仕着せ姿だろうか。清楚ながら先日の昼食での服装は目を奪われた。カートは未だ目に焼き付けたままである。

(戦闘装束の姿も美しかったが)

 サカドゴミムシダマシを鋭い動きで仕留めていた。

 ちょうど月夜の日だったので、カートは月の女神のようだ、と勝手に思っていたのだが。

(だが、そんなことより)

 腕前の意外な確かさに舌を巻いた。並の兵士よりも遥かに強いだろう。

 また一般人でありながら、武器を取って戦うという心意気が堪らない。

「はいはい。皮肉が通じないぐらいなのね。どうなってるのよ、もう」

 女王リオナが嘆くのだった。

 どうしてもティスの身を案じてしまう。

 戦闘中に姿を見た時も心配でならなかった。まして、短い剣を持って懐に突っ込み、急所を突くという戦法だから、気が気ではなかったものだ。

 ノックの音が響く。

「失礼します。エスト嬢が参りました」

 クイッドが扉の向こうから報告してくる。

「そら来た」

 小声で女王リオナが呟く。

「入ってちょうだい」

 女王リオナが悠然と微笑んで告げる。

 2人の女性がクイッド先導のもと部屋に入ってきた。  

 神妙な顔の聖女エストとその侍女ティスだ。

 ティスと目が合う。束の間、愛おしさのまま視線を絡めてから、やがて離れる。

「エストさん、先日は黒騎士撃退に骨折ってくれたみたいね、ありがとう」

 何かを遮るように女王リオナが第一声を発した。

「いえ、力不足を痛感させられる出来事でした。お褒め頂けるようなことじゃなくって。私とそこのクイッドさんはあしらわれて、殺されかけていただけですから」

 力無くエストが言う。負けを味わったからなのか、しおらしい態度ではあった。

「パターガー到着まで粘ってくれた。そういう見方も出来るのだけど?」

 女王リオナが労う。一貫してエストには甘い。なんとなくカートにはそう感じられた。

「大半の兵員は陽動に乗って、私なんかそっちのけでゴミムシ狩りに興じていたみたいだから」

 皮肉たっぷりに女王リオナが言う。

 カート同様ゴミムシ狩りに参加していたティスが身を縮める。

(言いたいことは分かるが。いやにこの人は聖女の肩を持つな。まったく)

 カートは縮こまるティスを気の毒に思う。

 黒騎士の狙いはエストだった。女王リオナではない。

(だから本人が自分に降りかかった火の粉を払っただけ。そういう話だ)

 カートは肩を竦める。

「ありがとうございます。でも、負けは負けです」

 エストがきっぱりと言い切った。

(この娘、何か突拍子もないことを言うつもりじゃないのか?)

 カートは思い、密かに身構える。何やらとんでもない茶番を見せられているような気がしたのだ。

「負けをきちんと認められる。良い心がけだと私は思うわ。貴女には引き続きぜひ、強力な神聖魔術の修得に努めてほしい。それがこの国をいつか助けることとなるでしょうから」

 微笑んで女王リオナが言う。

 ティスの嘆いていた、家事も屋敷も顧みず、書庫にこもってばかりいる生活態度が女王リオナ公認となってしまった。

 ティスが顔を露骨に曇らせている。

 しかし、エストが首を横に振る。

「いえ、女王陛下、それでは遅いんです。私には圧倒的に実戦経験が足りません。ただ本で得る知識だけでは、まるでお役に立てず強敵には通じません」

 困ったことに正論だった。

 だが、カートやティスにとっては、屋内に引っ込んでいてほしい人間の、外に出るための正論なのである。

「素晴らしい心がけね、エストさん。つまり、次はどうしたいということ?」

 女王リオナが笑みを顔に張り付けたまま、話の水を向ける。まるで力づけているかのようだ。

「修行の旅に出たいんです。貴国にもそういうのに良い場所が何箇所かあるようですから」

 エストがどうやら本題を切り出した。

 案の定、周りを振り回す計画である。

「そんなっ」

 ティスが声を上げる。

「あなたにこの場で口を開くことを、許可した覚えはありませんよ」

 女王リオナが硬い声で言う。

 確かに侍女に過ぎないティスには非公式ながら発言権は無い。

「侍女のティスはあくまで侍女です。願わくば付き人に、同じく黒騎士に敗れた悔しさを共有するクイッドさんをお借りしたいのです」

 図々しさに図々しさを上塗りするようなことを、エストが臆せず告げる。

(この女の頭の中はどうなっているんだ?祖国を追放されるわけだ)

 そんなことを許可出来るわけがない。この国の正規軍人にして期待の若手をなぜ、他国の聖女に貸し出さねばならないのか。

「ええ、いいわよ」

 あっさりと女王リオナが許可した。

 カートは我が耳を疑う。

 パターガーに並ぶ主要な戦力の一人である。他ならぬ女王リオナ自身の守りでもあるのだ。

「我が国で正式に聖女が力を増す。それに越したことはないわ。カート、クイッドに特命と休暇の手続きをしてちょうだい。細かい制度の適用は任せるわ」

 結局、口を開く、許可すら貰えぬまま、カートは部下を一人、聖女エストに奪われてしまうのであった。

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