28 お食事会2
「いいところです。この国も街も。私にとっては平和で、それが何よりです」
ティスは思うまま告げる。
「2度ほども既に、戦いに身を投じていますが?」
しかしカートが揚げ足を取ってくる。
確かに短い間に2回だ。それも少なくとも一度はエストのせいなのだから、国の治安が悪いということではない。
(黒騎士だって、エスト様が大人しくバールにいられたなら、ここを襲撃しなかったんだろうし)
一方でエストが追放されなければ、自分もカートと出会えなかったのである。人生、何がどう転ぶかは分からない。
「それでもバールより良いんです」
ティスはむくれたふりをして告げる。祖国をあまり悪しざまに言いたくもないのだが。
「カート様たちのおかげで、この国は命を脅かされる心配が他よりも薄いように思います。国民の皆さんが落ち着いて仕事に専念できてるって。そう感じます」
ティスは自身の感じたままを告げる。買い物をしていてすれ違う人の顔、話し声などにのんびりとした国民性を感じたのだ。
「パターガーやクイッドたちの手柄ですよ。それに騎馬隊にもヨギラスという優秀な男がおります」
脚のこともあってか、カートが謙遜する。
なお、ヨギラスについて、ティスは良い記憶が無いのであった。
「私はカート様に助けられました。まだ、忘れていませんよ」
ティスは念を押すのだった。
「俺はティス殿がこの国のために武器を握ってくれたことを忘れていませんよ。戦おうとしてくれたこと、戦ってくれたこと。うれしく思いましたから。貸し借り無しですよ」
不思議な理屈をカートが言う。
お互いに笑ってしまった。
やり取りがこそばゆい。
「ここが、狂戦士の拓いた国だなんて信じられないくらいです」
失礼だろうか。しかし、どうしても狂戦士と聞くと粗暴な印象を抱いてしまう。
「国民全てが狂戦士なわけありませんから」
そこはカートも苦笑いを返すのだった。
大通りを抜けると用水路が走る。用水路といえどかなり広い。川のようだ。
「ここです。予約を入れてありますので」
カートが微笑んで告げる。
用水路沿いに一軒、外壁が若草色の店舗が建っていた。屋根は深い青色だ。看板には『エハルハウト』と書いてある。どう見ても高級な料理屋だ。
(高そうだわ。いいのかしら。私なんか)
しかし、躊躇するティスを尻目にカートが店内へと入り、ドアを開けて待っている。
「あ、ごめんなさい」
ティスは慌てて店へと続くのだった。
「カート・シュルーダー様」
店員が緊張した面持ちで予約の席へと案内する。
「ここは野菜とパンが美味いのです。特に予約でパンを食べ放題ですから。どんどん召し上がってください」
ニコニコと笑ってカートが言う。
「は、はい」
ティスは頷くので精一杯だ。しばらくすると店員がパンの満載された籠を持ってくる。
一応、コース料理を頼んでおいてくれたらしく、頼まぬ内から料理が運ばれてくるのだった。
「ティス殿は何か趣味はあるのですか?」
食べるティスに対し、ニコニコ顔のカートが質問を開始した。
「読書など。余暇と書籍があればですけど」
ティスはサラダを口に運びつつ答える。
「ご家族は?」
興味津々という顔で次から次へとカートが質問し、ティスは答えながら食べることを繰り返す。
野菜どころではないし、会話どころでもない。
食べる手が止まるとすかさずカートがパンを進めてくるのだ。酒を進められるよりもたちが悪いかもしれない。
ただ真剣にティスの目を見て訊いてくるカートを見るにつけ、嫌いにはなれず、本当に知りたがってくれているのだろうと思えた。
「私の家は代々、エスト様の生家エルニス公爵家の郎党でしたから」
なぜエストに仕えて一人他国にまで来たのか、の質問の答えだ。
「諜報とか裏工作とか、そんなことをしてきて。取り入ったのだそうですよ」
ティス自身もそのために修練を積んだのだ。
そんな家系の人間がのんびりパンなど頬張っていていいのだろうか。
「それも、大変な人生ですな」
カートのほうが食べるのは早い。いつ口に運んだのか分からないほどだ。
先に運ばれた料理を食べ終えては質問をしてくるのである。
コースが全て運ばれる時にはもう、ティスは満腹で動けなくなっていた。もし、細身の自分、武芸も出来る自分に、カートが興味を持ってくれていたのなら、興味を失いかねないぐらいに満腹だ。
「では、会計して帰りましょうか」
カートが立ち上がる。ティスもゆっくりと続く。
「支払いをしておりますので、少し外でお待ち下さい」
カートが財布を取り出す。支払はしてくれるらしい。ティスは浅ましくも安堵する。
「ご馳走様です」
頭を素直に下げてから店の外に出て、用水路をぼんやりと眺める。
「おい、あんた」
急に、上から声をかけられた。
「はい?」
振り向くと馬に乗った3人組が自分を見下ろしている。3人とも知らない顔だ。
「やっぱり間違いない。あんた、バールの聖女エスト嬢の侍女だな?」
真ん中の若い騎兵が尋ねてくる。銀髪でいかにも貴族然とした優男だ。エストではなく、なぜ自分が睨まれているのだろうか。
「だったら、なんだと言うのですか?」
相手は騎兵であり、高い低いは分からないながらおそらくは貴族だろう。
「自身の主を差し置いて女王陛下を悩ませている女だと聞いている」
声に険悪な調子があった。危ないかもしれない。
(相手は3人。今日に限って武器もなし。しかも馬まで使って)
ティスはため息をつく。
「おい」
ふと、新しい声が割り込む。
支払いを終えたカートだ。自分と騎兵の間に立った。
「お前、何をしている?ヨギラスの部下か?」
怒気を込めてカートが尋ねる。
あたりの空気が固まって凍りつくかのような寒気だ。
「ひ、ひぇっ、も、申し訳」
騎兵があからさまに怯え、動揺した。
「この方に非礼を働くなら容赦せんぞ?」
杖をついた姿勢のまま、騎兵をカートが見上げた。
「し、失礼しました!」
騎兵たちが逃げ帰る。
「申し訳ありません。まさか、この短時間に騎兵どもが絡んでくるとは」
カートが頭を掻きながら謝るのであった。




