27 お食事会1
いつものお仕着せ姿ではなく、よそ行きの格好に着替えて、ティスは屋敷の正門でカートを待っていた。昼食どきであり、晴天の青空が広がる。
サカドゴミムシダマシ討滅の現場からこの屋敷までカートに付き添われ、最後の最後で食事に誘われたのである。
(これ、デートでいいのよね)
沸き立つ気持ちのまま、白いブラウスに黒いカーディガンを羽織り、膝丈の紺色スカートを身に着けていた。ブラウスの襟にはえんじ色のリボンをさりげなく巻いている。
今の自分にとってはよそ行きの一張羅だ。後はお仕着せと戦闘装束を持つばかりである。
(本当はもっといろいろお洒落したいけど)
お金にも時間にも、あまり恵まれていない。ただし、食べるのにも困らないから文句も言えないのだった。
(大丈夫かしら?)
少しだけティスは俯いてしまうのだった。
しばらく待つと定刻である正午の少し前、カートが杖をつき、脚を引きずりながら近づいてくる。
「なんと」
自分を見つめてカートが声を上げた。目を奪われたという表情が分かりやすくて、なんともこそばゆい。
「カート様も。いつもの軍服姿とはまた違って、爽やかで格好いいです」
なんとか褒めてはみたが、これでは軍服姿が爽やかではなく格好悪いと言っているようではないか。
(でも、どのみち私たちって、あまり明るい色を着ないのね)
カートもカートで、灰色のボタンシャツに漆黒のズボン姿だ。自分もカートも地味で落ち着いた色味が好きなのかもしれない。
「これがあってもですか?」
笑ってカートが漆黒の杖を示して尋ねる。
「はい、良く似合っています」
ティスは微笑み返して答えた。言い足りない気がする。
「はい。杖も含めて、よく似合ってます。格好いいです」
言ってから恥ずかしくなって、ティスは俯く。
自分はどうしてしまったのだろうか。バール帝国では、男から見向きもされなかったから。取り繕うということも出来ないのだろうか。
「そんなことを言われたのは初めてですよ」
カートの自分を見る目が優しい。
「ここで褒め合っていると、そのまま1日終わりそうですね」
カートが苦笑いして告げる。
「予約した店の時間がもありますので、行きましょう」
そして先に立って歩き始めるのだった。
エストには昼食のサンドイッチを食堂に用意しておいてある。カートと食事に向かう自分を顧みるに申し訳なさもチクリと胸を刺すのだが。
(あの人が気にするとも思えないのよね)
肩を竦めてモシャモシャと遠慮なく食べ始めるエストが目に浮かび、ティスの罪悪感も薄れるのだった。
しずしずとティスはカートの後ろを歩く。
視線を感じた。杖をつき足を引きずって歩くカートの姿は目立つ。女性を連れているのも珍しいことなのか。『あれは誰だ』などと声も聞こえる。
(歩兵が主力の国の、歩兵隊長様で。女王陛下の側近だものね)
足を引きずっていてもなお、貴族だけではなく平民にも人気があるのではないか。
チラリとティスは思う。
「大変ではありませんか?」
つと前を向いたままカートが尋ねてくる。
「え?」
何のことを言いたいのか読みきれなくて、ティスは間の抜けた声を上げてしまう。
「あの聖女様の世話に、屋敷の管理です。この上、魔獣退治まで、先日は助けて頂いてしまいましたから」
丁重な口調でカートが並べる。言葉の端々に感謝の気持ちもにじんでいた。
「ええ、エスト様の関係ではそうかもしれませんけど。魔獣狩りは悪くなかったですわ」
ティスは冗談めかして返す。
サカドゴミムシダマシとの戦いにブラックバックとの乱闘。危険ではあったが、自身の剣技が大型魔獣にも通じるのだというのは、素直に嬉しかった。
「素晴らしい手並みでした。私の部下でも勝てる人間はそういないでしょう」
カートがお世辞を言う。
「そんなわけはないでしょう。持ち上げすぎですわ」
歩きながらティスは言う。喋りながら散歩するだけでも楽しい。いつもは買い物で市場をうろつくぐらいの用事でしか出歩かないのだ。
「でも、確かに部下の方々では、あの人と屋敷の面倒は見切れないかもしれませんね。人を雇ってくれませんし、私一人で切り盛りして。無理だって、ずっと言ってるのに」
とめどなくティスの口からは愚痴が溢れてくる。
それもこれもカートがエストの話を始めたせいだ。
「もうっ、カート様とはもっと楽しいお話がしたいです」
口を尖らせてティスは告げる。
「すいませんね」
カートが苦笑いだ。
「といっても、楽しい話題って私にも出てこないんですけど」
同じく苦笑いでティスは返すのだった。
カートが先導するのは大通りである。時折、灰色の軍服姿の歩兵が警邏中でも足を止めてカートに挨拶をしていた。
「挨拶なんぞ要らんから、黒騎士のようなのを街に入れるな、っていうんだ」
小声でカートがボヤく。
「私用中の上官には挨拶をするなと軍律に加えようと思います」
大真面目にカートが言うのだった。
つと少し考え込む顔をする。ただティスはまた口を開くのを待つ。
「楽しいということなら、バールよりもこの国は恵まれている方でしょう。魔獣の脅威がどう考えても少ない。バールの方は黒騎士に長らく煩わされていると聞きますが?」
話をカートが戻した。
「ええ、みなさんの顔も明るいし、それは、前回のようなことがあっても、カート様やパターガーさんのような人が容易く打ち払ってしまうからでしょう?」
安心して暮らせるから楽しむゆとりも出てくるのだ。
バール帝国でも軍人たちも皇族も貴族も懸命に努めているのだが、それでも北東に魔獣の巣窟が広がるため、限界はある。
「私にとってはエスト様が追放されたのは、かえって良かったのかもしれませんわね」
冗談めかしてティスは告げる。
(それに、カート様とこうして出会えましたし)
更に内心でティスは付け加えるのであった。




