26 猛省と結論
手もなくひねられた。
クイッドは悔しさを噛み締めつつ、いつも通りに漆黒の軍服を身に纏い、これまた、いつもの手斧と円盾を所持してリクロの街を巡邏していた。
なんとなくプラプラと歩いていて、時折、一般人から声をかけられると手を挙げて応じる。世間的にはまた、自分も含めて軍人が魔獣から王都を守った格好なのだった。
頭では別のことを思う。
(あれが黒騎士)
格が違った。剣技でも敵わず、邪気を操る戦技を使われ始めてからは完全に子供扱いである。
今、襲われても勝てる気はしない。
「遊ばれてたな、俺たち」
クイッドは呟く。
必死だった自分たちを嘲笑うかのように最後は圧倒し、クイッドの命を盾に、エストへ何かを強要しようとしていた。
(あれで、本業は魔獣の召喚、か)
クイッドはため息をつく。
上司のカートからは即日、強く叱責された。ぐうの音も出ない。自分は事実、負けたのだから。
既に3日が経過している。忘れるどころか屈辱は増すばかりだ。
(あのまま、パターガーさんが来てくれてなかったら、俺たちはどうなっていたのか)
なんとなく路地を曲がってクイッドは思う。店と店の間、薄暗い道が当時を思い出させる。
裏通りですら平穏だった。窃盗も強盗も何も無い。
クイッドはため息をつく。
カートやパターガーの力によるものであって、自分の働きではない。サカドゴミムシダマシを一匹も侵入させていなかった。
(いけないな。こんな後ろ向きじゃ)
クイッドは顔を上げて空を見る。至って平穏な、いつもどおり気の抜けるような、平和さの中にいるのだった。
「俺は未熟だ。発展途上」
声に出してクイッドは呟く。
つまりはまだこれからだ。自分ではもう一人前だと思っていたが、とんでもない。カートやパターガーに勝てないのはやむを得ない、といつしか思っていたが、黒騎士にも勝てなかった。
(だけど、どうすれば?)
クイッドはここで思案する。もともと日々の鍛錬を怠ったことはない。
(慢心はあったと思う。でも慢心を捨てれば勝てるって、そんな感じじゃなかった)
歩きながら考える。
ここ数日、ずっと黒騎士との戦闘を思い出していた。
「結局、あの鎧がどうにもならなかった。攻撃自体は何度か当ててたのに」
クイッドは手斧を眺める。
何度かは斬撃を浴びせた。エストの『光爆』も直撃させている。あそこで痛手を与えておければ敵の攻撃も弱くなっていて、展開も変わっていたのではないか。
(俺、技ってないもんな)
クイッドは、はたと気付くのだった。
邪気を纏う斬撃を飛ばされている。隣国のバールでは剣士も何らかの特殊な技を遣うという。
(うちは、ラデンでは、カート隊長もパターガーさんも物量か通常攻撃の連発で攻めるから、それが主流だけど)
自分もただ突っ込んでいって、手斧で斬りつけるという戦法をとることが多い。
(そうだ、もっと思いっきり、たたっ斬るように)
斧による斬撃をもっと追究すべきではないか。
例えば渾身の力で縦に振り下ろすのだ。単純な分、威力も大きい。斧使いではよく遣う。
(今までは俺向きじゃない。実用的じゃないって決めつけていたけど)
小振りな手斧を武器としていたのは、敵の懐に潜り込むのが上手い、自分の特性を活かそうと思ってのことだった。
大抵の敵は斧で斬れば斬れるのだ。斧という武器の斬れ味にかまけて、あまり斬り方までは追及してこなかった。
(動きの中で、ただ当てればいいって。大抵の魔獣なんかは、どこかに急所や弱所があるし)
クイッドは自らの戦法を顧みるのだった。
とりあえずは、修練に入るべきだろう。また、いつ黒騎士が現れるかも分からない。
「クイッド!」
ふと高く耳触りの良い声が自分を呼んだ。
いつの間にか裏通りを抜けている。桃色の髪に純白のローブ姿の少女が自分に手を振っていた。バール帝国の元聖女エストである。
「探してたのよ、良かった、簡単に見つかって」
駆け寄ってきてエストが告げる。いかにも聖女という出で立ちに、通りかかる人が足を止めていた。
「どうしたんです?その格好」
思わずクイッドは尋ねていた。
「聖女として、挑んで負けた。だから、その戒め」
ローブを自ら見下ろし、分かるような分からないようなことを言う。とりあえずエストなりに黒騎士に負けたことを気にしているらしいことは、伝わってきた。
「そんなことよりクイッド、ちょっと話があるのよ」
エストの可愛らしい顔に見上げられると、クイッドも落ち着かない。
「なんですか、急に」
戸惑いのままクイッドは尋ねる。
エストが手を引いて歩き出した。思いのほか、柔らかい手であることに、軽く驚く。
「作戦会議よ」
エストが前を向いたまま告げる。歩きながら、する会議などあるのだろうか。
「はい?どういうことです?」
わけが分からずクイッドは尋ねる。
「私たちは負けた。つまり、力が足りない。もっと強くなるわよ。強くならなきゃ黒騎士を倒せない」
ようやくエストの意図が分かった。
(俺がその話し相手、か。信用して、買ってくれてるんだろうけど)
クイッドは前を行くエストを眺める。
ランパートの森でも、先の黒騎士でも共闘することとなった。
その流れだとは分かる。
「付け焼き刃の作戦では勝てませんよ。それにそもそも、また戦うこととなるかも分からない」
クイッドは嬉しく思うところはあるも、指摘せずにはいられない。
「来るわよ。この間も、あたし目当てだった。パターガーさんのせいで、無闇に手出しは出来なくなったとは、思うけど?目的があるなら、また来るんじゃなくて?」
エストも妙なところで鋭いのだった。確かに言うとおりかもしれない。
「で?それと俺を今、引っ張ることに何の関係が?」
クイッドは更に尋ねる。
「あんたは前衛。あたしは聖女で後衛。2人で組んで、本気で連携を取れば、どんな相手とでも渡り合える、そう思わない?」
エストが振り向いて、ニッコリと微笑む。
どうやら組みたいと言ってくれているらしい。
「分かりました。でも具体的にどうするんです?」
相手の可憐な笑顔にたらしこまれている。分かってはいても、この活力に自分も惹かれてしまうのたった。
「やっぱり、私には、母の首飾りが必要かも。調べてみたら、かなり強力な、魔力を増幅する魔道具みたいなのよ。だから、あれを手に入れれば、あたしはもっと強くなる。あんたもランパートの森で戦えばさ、修行になるんじゃ?」
早速、穴だらけの提案をエストがしてくる。
自分はラデン王国の正規軍人なのだ。軽々しく、森になんぞは籠もれない。
「無理ですよ、任務があるんですから。カート隊長が許可してくれるわけがないです」
まして、負けた直後にそんな自由は与えてくれないだろう。
「あ、そ。じゃ、それはあたしがどうにかするから。任せておいて」
しかし事も無げにエストが受け合って、自身の屋敷へと帰っていくのであった。




