25 撃退の後で
「この国を侮るから、こうなる」
虫の死骸が無数に転がる戦場でカートは呟く。
杖をしっかりと地面に突き立てて立つ。 転がっている死骸は全てサカドゴミムシダマシのものであり、ほとんどは自分と、パターガーが射殺したものだ。概ね40匹くらいだろうか。
(黒騎士か)
単一の魔獣がこうも群れているのはおかしい。人為的なものとみて間違いなく、人為的に魔獣を集め操れるのは黒騎士が著名だ。
「戻ったぜ」
仮面を着けたままのパターガーが言う。
パターガーにしては戻りが遅い。やはり送った先に敵がいて、交戦していたのだろう。
「すごい、この数を、あんな短時間で」
短い剣を手にしたまま、ティスが呆然と呟く。 武装して手助けに来てくれたのだった。黒色の長ズボンを穿き、黒い布を頭に巻いている。
(バールの密偵の戦闘装束なのかな)
ズボンはゆったりとしていて、脚部は前後を紐で結んで繋いでいた。白い地肌が折に触れてはチラリと見えて、カートは目のやり場に困ってしまう。 ラデン王国では見ない服装である。
(ランパートの森の時と同じ格好なんだがな)
カートはなんとなくティスに頭を下げる。
華奢な体躯も、守られるよりは守りたい、と思わせるようなものだ。
「黒騎士とやらがいた。わりぃな。逃がしちまったよ」
パターガーがくぐもった声で笑う。
「仮面は外していい。その人は大丈夫だ」
カートは端的に言う。内心は驚いていた。
(パターガーから逃げ切った、か。黒騎士とやらはそれほどか)
自分たちラデン王国の人間としては、パターガーから逃げ切ったことのほうが驚きなのだ。
一体、どういう逃げ方をしたのか。気になるほどだ。
「おぅっ、その方が俺もありがてぇ。蒸しあちいんだよ、これは」
素直にパターガーが仮面を外す。凄惨な傷痕が露となる。 やはりティスの表情は揺るがない。魔獣の殲滅には驚いても、パターガーの傷痕には驚かないというのが、カートにも心地よかった。 自分にとっても仲間を受け入れられたかのような、そんな気持ちになる。
「黒騎士が?この国にも現れるのですか?」
素直にティスが驚きを口に出す。 主に被害を受けているのがバール帝国の方だというぐらい、カートも知っている。
「しかも、撃退したのですか?たった一人で、こんなに簡単に?我が国でも手こずるのに」
未だ、バール帝国のほうを『我が国』と呼ぶティスが微笑ましい。 指摘すれば可愛らしく恥じらうのだろう。目に浮かぶようだ。
「本人は大した腕前じゃねぇな。俺でもあしらえる程度さ」
肩を竦めてパターガーが言う。
「それにしては大分、矢を使ったようだな」
矢筒を一瞥してカートは告げる。
2人がかりなら、ほぼ確実に仕留められただろう。だが、自分は足を引きずっているのだった。 あまり、危なっかしい戦いにも身を投じたくない。
「鎧だけは硬かったのさ」
パターガーが即答した。
その一言でカートは、物量と強打とで圧倒したのだろうと理解する。
「目的はやはり聖女か?」
カートは杖で身体を支えたまま尋ねる。
クイッドの到着が遅かった。故にパターガーを確認に派遣したのである。 サカドゴミムシダマシごとき、どうということはない。
「あぁ、そのとおり。聖女だったよ。ヤツの狙いは。クイッドも一緒だったが、さすがに荷が重かったようだ。殺されかけていたぜ」
笑ってパターガーが言う。 笑い事ではない。
「鍛えが足りないな」
カートは顔をしかめて告げる。
自分の部隊はラデン王国の精鋭であり、クイッドもその一人なのだ。特に目をかけて仕込んできた、期待の若手でもある。 それでも本音の部分では、自分にとっては物足りない。
「ご苦労さまですっ!」
後続の部隊が次第に集まってきた。
灰色の軍服を着た、通常の歩兵たちだ。 自分とパターガーの前を通る度、立ち止まって敬礼してくる。いつの間にか、またパターガーが仮面を装着していた。 やめさせようかと思ったが、同じくティスが挨拶を受ける度、尊敬の眼差しを向けてくれる。それが心地よくて止められなくなってしまった。
「最近のアイツは、浮ついていたからな」
パターガーがさらりと告げる。そして加えた。
「負けは良い薬になるだろうよ」
クイッドの知る世界は未だに狭い。負けの味を思い知らせてやれるのも、限られた人間になっていた。
「ティス殿」
思い切ってカートは、サカドゴミムシダマシの死骸を見分し始めた兵士たちを、物珍しげに眺めるティスに声をかけた。
「はい?」
無心に振り向いてくるティスに、カートはドキリとさせられる。月光を背景に、色白黒髪のティスがあまりに清廉で美しく見えたからだ。
「一般の方でありながら、いち早く、正規軍人よりも早く駆けつけてくださり、まことに感謝しております」
カートは頭を下げる。
ともすれば、要らぬことを言い出しそうで、通り一辺倒のことを言うしか無かった。
「顔が好みです、付き合いたいです、ぐらい言っちまえばいいんだよ」
ボソリとパターガーが呟く。
要らぬことを言う男の脛を、カートは杖で強打してやった。
「ぐは」
目にも留まらぬ速さであり、無様にパターガーがうずくまる。
「私、せいぜい3匹しか倒してませんけど」
怪訝そうな顔をティスに向けられてしまう。
(一匹倒せるだけでも大したものです)
パターガーのせいで、感覚がおかしくなっているのだ。
「いえ、サカドゴミムシダマシを正面切って倒せるなら大したものです。見事な腕前です。尊敬しております」
カートは柄にもなく慌てた。
突っ伏していたパターガーが吹き出す。
「尊敬ですか?なんだか変な感じだわ」
ティスが微笑む。
もう、どうして良いか分からなくなった。そもそもどうしようと思って、自分は話しかけたのか。
「更に言うと、夜道は危険ですから。お送り致します」
カートはようやく用件らしきものを告げることが出来た。
「じゃあ現場の見分も俺かい。ま、別に良いけどよ」
パターガーがぼやいていた。
「私、剣で武装してますし。それなりにたしなみもあって。今も手腕を褒めていただけたばかりですけど?」
ティスが首をかしげる。
脈無しだろうか。カートは肩を落としかける。
「冗談です。その、ご厚意は有り難く。カート様が一緒ならどこでも安心ですね」
花開くような笑顔をティスが見せてくれた。
そのまま有頂天のままカートはティスを送り届けることとする。 何を話したのか、定かではない。
「あー、ティス殿、お忙しいとは思いますが、今度、ぜひ、一緒に昼食でもいかがですか」
夕食では時間を作るのが大変だろう。おそらく誘うなら昼食しかない。勝手にカートはそう思っていた。
「え」
ティスが凍りついた。 断られるのだろうか。
「はい、喜んで」
たおやかに微笑んでティスが屋敷の中へと軽快に入っていくのであった。




