24 ラデンの暗殺仮面2
「ずいぶんと、舐めた真似をしてくれる。てめぇ、うちの若えのに何をしてくれてんだ?あぁっ?」
くぐもった声が上から降ってくる。
黒騎士よりも更に上。踏まれたままでも声で分かった。
パターガーだ。屋根の上にでもいるのだろうか。
いつも通りだ。
「なんだ、貴様は」
黒騎士が尋ねようとした。
更にゴウッと音がして、クイッドの背中が軽くなる。黒騎士の身体がふっ飛ばされてしまったからだ。
「うちに手を出して、生きて帰れると思うなよ?」
立て続けにカンカンと音が響く。先のように重たい音ではない。
「お前は」
黒騎士が立ち上がって呟く。
「チッ、鎧だけは硬ぇな」
パターガーが毒づく。
見るといつもどおりの軍服に、背中と左右両方の脛に矢筒を装着した姿だ。右手には漆黒の弓を持つ。
「クイッド、無事かぁっ?」
パターガーが矢を放ちつつ尋ねてくる。
「はい」
クイッドはよろよろと立ち上がりながら頷いてみせた。
「パターガーさん、魔獣討伐に向かったんじゃ」
クイッドは更に尋ねるのだった。
「んなもん、疾うの昔に仕留めたよ。たかだか虫じゃねえか」
カラカラと仮面の下でパターガーが言う。市街地戦ではいつも顔を隠しているのだった。木彫りの黒い仮面であり、目、口、鼻以外を覆っている。
「うそ、魔獣の群れでしょ?こんなの、バールより早い。あのアーノルド卿よりも」
エストが愕然としていた。
「こいつが、黒騎士か。大した使い手じゃなさそうだが」
屋根に仁王立ちしたままパターガーが呟く。
「パターガー、貴様がラデン王国の暗殺仮面、か」
黒騎士が剣を構えてパターガーへと突っ込もうとした。
『ラデン王国の暗殺仮面』、仮面を装着して敵を無慈悲に射殺す姿からつけられた、パターガーのあだ名である。
「けっ」
悪態とともにパターガーが矢を速射しながら、後ろへ飛び退く。
一定の距離を保ったまま一方的に攻撃を開始した。ほとんどの矢が鎧の硬さに弾かれる。
(すごいな、やっぱり。パターガーさんは)
クイッドはエストに支えられたまま立ち上がる。
黒騎士の素早い動きと対しても、パターガーの方が圧倒的に速い。速いだけではなく、建物の高低差を巧みに利用して距離を取る。そして死角に潜り込む。
高速戦闘の達人、それがラデンの暗殺仮面パターガーだ。
「ぐぅっ」
弱打の中に紛れた一射、強力な矢が黒騎士の側頭部を直撃した。風の魔術で強化した一射だろう。クイッドにも見切れないほどだ。
横倒しになって黒騎士が地を転がる。
「パターガー、これがラデンの暗殺仮面の実力か」
黒騎士がパターガーの異名を呟く。
いくら追って距離を詰めようとしても、パターガーの方が速くて追いつけないまま、一方的に攻撃される。
特に市街地では、建物の高低差、遮蔽物も使ってくるので、気づかないまま射殺されることも多い。
「エスト様は、俺にヒールを。パターガーさんを無視して、貴女を黒騎士が攫おうとするかもしれない。その時には、俺が貴女を守りますから」
クイッドは2人の攻防に目を向けて告げる。
「え、あ、うん」
エストが手をかざしてヒールをかけてくれる。
「何っ?あの人、あんなに強いの?」
呆然としてエストが呟く。
「ええ、あの人に任せておけば、もう大丈夫です」
クイッドは首の骨を鳴らして告げる。
足を引っ張りさえしなければ、黒騎士に勝ち目はない。
目にも留まらぬ速さで移動しているのに、全ての矢が黒騎士に命中している。硬い音が雨のように響き続けていた。
強打と弱打を混ぜ合わせており、時折、黒騎士が吹っ飛ぶほどの一撃も見受けられる。
来ると分かっていても見切れない。
ピキッ
とうとう黒騎士の鎧、背面部にヒビが入った。
「ぐっ、口惜しいがここまで、か」
しゃがみ込んだ黒騎士が立ち上がろうとして呟く。
「すごい、勝っちゃった」
呆然としてエストが呟く。既にヒールも終えていてクイッドもほぼ万全に戻っていた。
(いや、何かする気だ、でも)
クイッドは手斧と丸盾を握る手に力を込めていた。
前触れもなく、土が盛り上がり、続いて地面に大穴が開く。
大口を開けたモグラのような口吻が開き、土もろとも黒騎士を飲み込んだ。
(こんな逃げ方を)
追うこともクイッドには出来ない。エストから離れて、その身柄を奪われてしまっては、あまりに間が抜けている。
エストに張り付いたまま、クイッドは緊張感を保ち続けていた。
地面から飛び出してきたモグラの身体に、一瞬で無数の矢が突き立つ。
「すごっ」
エストがこぼしていた。
しかし、鮮血が飛び散るのをものともせず、モグラが地下へと逃げていく。
終わったのだ。地の下を轟音がみるみる離れて、やがて聞こえなくなった。
「あれが、黒騎士か」
肩にドッと疲労を感じてクイッドは呟く。
子供のようにあしらわれた。自分とエストではまるで敵わない。自分は死んでいて、エストが攫われるところだったのだ。
「あぶねぇとこだったな」
パターガーが近付いてきて告げる。
背筋を伸ばして油断なく辺りを見回していた。仮面の下では厳しい顔をしているだろう。
(パターガーさんから逃れるなんて)
黒騎士の手強さも思い知らされた格好だ。
「カートの隊長なら、瞬殺してたんだろうが。俺じゃこのザマさ」
パターガーが自嘲気味に零す。
クイッドは黙って頷いた。
「これに懲りたら、お嬢様はお嬢様らしく、屋敷の中で大人しくしてるこった。聖女だなんだ、ってしゃしゃるこたぁねぇ」
吐き捨てるようにパターガーが言う。
「クイッド、お前も、このお嬢さんを屋敷に押し込んどくぐらいはしとけ。一緒になって、馬鹿してんじゃねぇぞ」
更に自分も叱責された。
負けた以上、ぐうの音も出ない。少なくともクイッドはそうなのだが。
「なんで、そんなことまで言われなくちゃなんないのよ。助けたからって押しつけないで」
そこで言い返せるのがエストだった。
「まじかよ」
パターガーが呆れ果てている。
エストが背中を向けた。そのまま立ち去ろうとする。
つと立ち止まった。
振り向く。
「助けてくれて、どうもありがとうございました」
憮然とした顔で礼を言い、今度こそエストが立ち去る。
「一応、ついてってやれ。送ってってやんない。礼ぐらいは言えるんだな」
疲れた声でパターガーが告げるのであった。




