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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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23/71

23 ラデンの暗殺仮面1

「なんとかなったわね。黒騎士といえど、あたしらの敵じゃないってことよ」

 誇らしげに言い、エストがヒールをかけてくれる。温かな橙色の光が痛みを取り除いてくれた。

「だと、いいんですがね」

 手斧と丸盾を持ち直してクイッドは立ち上がる。

 黒騎士の戦いぶりに意表を突かれていた。剣技に加えて身のこなしが尋常の手並みではなく、邪気を衝撃波のようにして飛ばす。

(魔獣使いだって、そう聞いていたけど)

 クイッドは背筋を伸ばす。ずっと踏みつけられていたのだ。踏みつけられる力もかなり強かった。

「勝ったのよ。あの黒騎士に。あたしらの大手柄よ」

 エストが胸を張って言う。

 自分の可愛らしさが分かっていないのだろうか。クイッドは目を逸らす。手柄を独り占めしないところに人柄も滲み出ている。

 同時に殺気を感じた。

「まだ、終わりじゃない」 

 クイッドは呟いて黒騎士を吹っ飛ばした方を見る。

 気を抜いていたつもりはない。だが、すぐに死亡を確認しようともしなかったのは手抜かりだ。

「危ないっ」

 エストが叫ぶ。

 紫色の三日月状の斬撃が飛んできた。

 クイッドは咄嗟にエストの前に立ち、丸盾で受け止めようとする。

 盾に斬撃がぶつかった。

「ぐうっ!」

 かなりの力で押された。

 思った時にはもう、黒騎士本人が迫っている。

「わかったか?小国の小僧など物の数ではない」

 呟く声とともに放たれる斬撃。

 クイッドは手斧で受け止めようとして、あえなく弾き飛ばされる。

 今度は壁に叩きつけられた。

「ガッ」

 背中を強打して、苦悶の声とともにクイッドは地に伏した。

 それでも意識までは手放さない。

 すぐに膝立ちになり、続く剣の一撃を盾で受け流すことが出来た。

「ほうっ」

 感心するような声が黒騎士から漏れた。

 戦いの最中である。余裕なのか。屈辱が自分の気持ちを燃やす。

「馬鹿にするなっ」

 クイッドは立ち上がり斧を振るう。

 ガキンッという硬い音ともに弾かれるだけだった。鎧をどうにか出来ない限り、自分に状況を打開する手立てがない。

「子供にしてはやる。だが」

 無防備な腹に膝蹴りを叩き込まれた。

「が、はっ」

 あまりの衝撃にクイッドは身体を折る。

 斧を持っていられない。盾もだ。

「クイッド!光よ、走れっ」

 エストが掌から光線を飛ばす。

「ふんっ」

 黒騎士が片手で光線を受け止める。傷1つついていない。よく見ると光爆を受けてなお、ほとんど鎧には損害がないようだ。

(くそっ、こんな硬い鎧で。それでいて、なぜ、こんなに動ける?)

 クイッドは肩のあたりを蹴られて、あえなく地を転がる。うつ伏せとなって、また背中を踏みつけられた。

「光爆っ!」

 エストがそれでも叫ぶ。また光が爆発した。

 今度は黒騎士が脚の力だけで踏ん張ったようだ。手詰まりである。黒騎士を自分たち2人で倒す事はおろか、撃退することすら出来ない。

「逃げてください。これだけ派手に戦っていれば。やがて、騒ぎに気付いて助けが来ます」

 クイッドは踏みつけられたまま言葉を絞り出す。

 ここはラデン王国首都リクロである。自分たちの国であり、仲間がいくらでもいるのだ。

 エストだけでも人通りのあるところへ逃れれば攫われることはない。

(俺はどうなるか、分からないけど)

 踏みつけられているのだ。剣を突き立てられればそれで終わる。

「だめよっ、あんたを見捨てるわけないでしょっ」

 立ち竦んだままエストが叫ぶ。

「無駄だ。人払いはしている。助けは来ない」

 黒騎士も逆の意味で説いてくる。

 確かに派手なエストの神聖魔術が飛び出しているのに、まるで騒ぎになっていない。

「聖女、この男を殺されたくなくば、俺と一緒に来い。貴様の命を利用させてもらう」

 黒騎士がクイッドを踏みつけたまま告げる。

 何やらエストを利用したいらしい。

(多分、バール帝国にいた時は手が出せなくて、この国に来てから手を出してきた。俺たち、舐められている)

 憤怒がクイッドの中に込み上げてくる。だが、杭で打ち付けられたかのように動けない。

「お前の母が封じた、俺の同胞。その場所を暴け」

 更に黒騎士が付け加えるのだった。

「それが、あんたの目的?魔獣なんか解き放ったら、世の中めちゃくちゃになるじゃないの。そんなこと出来るわけ」

 震える声でそれでもエストが拒絶している。

 あたりまえだ。魔獣を解き放つことなど、聖女が封じるほどのものなど、凶悪に決まっているのだから。

(俺が、そんな無茶の人質にされているだなんて)

 クイッドは歯ぎしりした。

 なんとか自力で脱出する手段はないだろうか。

「エスト様、逃げてください。あなただけでも。こんなやつの思い通りにさせることはないんですから」

 クイッドは更に告げる。

「こいつは、ラデンでも指折りの使い手だろう。それでもまるでこの俺には敵わん。諦めろ、聖女」

 淡々と黒騎士が言う。

「要求を聞かないなら、俺はこいつを殺してから、ゆっくり貴様を攫う。大人しく従うなら、こいつだけは助かる。どうする?」

 黒騎士が選択をエストに強いる。

「いやだ。あたしは、あんたを倒す。魔力だって、増えたのよ、もう無力じゃない。せっかく戦えるのに」

 エストが苦渋の表情で呟いている。

「では、こいつを殺すだけだ」

 黒騎士が動いたようだ。いよいよ剣でも突き刺そうというのか。

「やめてっ!」

 悲鳴のような声が響く。

「お願いだから、クイッドを殺さないで」

 エストが震えながら言う。 

 自分と同年の少女が自分を助けるために懇願しているのだった。

「駄目です、エスト様。了解などしては」

 クイッドは呟くも、強烈に剣で頭部を小突かれる。

「では、俺と」

 黒騎士が言いかけたその時、カツン、と硬い音がして、クイッドの視界に矢が落ちてくるのであった。

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