22 黒騎士3
クイッドは正面からの斬撃を受け止められ、あえなく弾き飛ばされた。
(狙い通りだよっ)
ふっ飛ばされた先、叩きつけられようかという壁に対し、クイッドは空中で姿勢を変えて、足を向ける。
そのまま壁を蹴って、黒騎士の方へと突っ込んでいく。
この動きは黒騎士の予想を上回ることが出来た。
懐に侵入し、クイッドは横薙ぎの斬撃を放つ。
「ちぃっ!」
舌打ちしたのは自分のほうだ。
やはり鎧があまりにも硬い。単なる鉄ぐらいなら両断出来るのだから、何か特殊な素材なのだろう。
(達人なら、何だって切れるのに)
クイッドは臍を噛む。カートならばともかく、自分はまだその域には至らない。
それでももう一撃。黒騎士が反応する前に斬りつける。
空しくただ、硬い音が響くだけだった。
「しつこい奴めっ!」
黒騎士が再び横薙ぎの斬撃を一閃させてくる。
クイッドは受け止めて、今度は本当に弾かれた。
地面を転がる。
(くそっ、どうしたら)
倒れてもいられない。すぐに立ち上がろうとするのだが、目の前が闇を吸い込んだかのような黒一色に染められていた。
転がる自分に対し、黒騎士が距離を詰めていたのだ。
(やばい、やられる)
まだ自分は無防備な体勢だ。
「ぬっ」
光の線が走り、黒騎士も大きく飛び退いた。
エストだ。何か光属性の神聖魔術を使ったらしい。
「援護するわよ、クイッド」
両手を前に伸ばして、掌を黒騎士の方に向けた姿勢でエストが告げる。
(あの密着ぶりから援護できる術なら、もっと早い段階で使って欲しかったけど)
クイッドは思いつつ立ち上がり、再び盾と斧とで身構える。
戦闘経験の少ないエストだから、単純にすぐには思いつかなかったのだろう。無理もない、ことではあった。
「これでも喰らえっ!光よ、走れっ」
エストが叫び、掌から細い光の線を発する。
(速いな)
クイッドは思いつつ地を蹴った。距離を詰める。
「ふんっ」
黒騎士がエストの光線を躱す。光線の当たった先、民家の壁に穴が空く。どうやら貫通性の光線らしい。
(速いけど、掌の向きで軌道が簡単に読まれるし。多分、魔力の溜めとかで撃つまでに若干、時間がかかってる。それで、簡単に躱されている)
クイッドは冷静に分析していた。
「だが隙を作るのには十分」
クイッドは剣を振り被る黒騎士の懐に飛び込んだ。
懐に飛び込んで致命的な一撃を加えるのが自分の戦い方である。比較的、刃の小振りな斧であっても、至近距離で急所を斬りつければ、多少、大柄な相手でも倒すことが出来た。
(この鎧だって、同じところを何度も斬りつければ、いつかは勝てる)
クイッドは極力、これまでと同じ、鎧の結合面と思しき左脇腹を狙う。
黒騎士が振り被った漆黒の剣。
「させないっ、光よ、走れ」
エストが光線を放つ。剣身を直撃して斬撃を逸らしてくれた。
「じぇやっ」
クイッドはこの隙に何度も斧で黒騎士に斬りつける。手応えの割に鎧の損傷も、黒騎士の立つ姿勢に揺らぎもない。
(どうなってる?)
戸惑いつつ、流石に今度こそ斬りつけられそうで、クイッドは大きく飛び退いて距離を取る。
「圧してるっ!クイッドッ、私とあんたならヤれるっ!たとえ黒騎士だって!」
能天気にエストが浮かれて叫ぶ。
戦闘中に予断は禁物だ。特に直接、切り結ぶ自分には違和感がある。なぜ魔獣をそもそも呼ばないのか。敵には余裕があるのではないか。
だが、たしなめる暇もなかった。
「舐めるなよ、子供二人が。苛つかせよって」
黒騎士の剣身がおぞましいほどの邪気を纏った。これまでとは桁違いだ。
(あれを、そのまま俺たちに叩きつけるつもりか?)
ゾワリとクイッドの背筋を寒気が走る。
桁違いの力を前に足が竦んだ。
「俺に邪気まで使わせる。後悔するなよ」
黒騎士が剣を一振りする。
たった一振りで地面が抉れた。そのまま邪気の紫色の波が襲ってくる。
「いけないっ!聖結界っ、邪のものは去れっ!」
エストが前に出て白く輝く。穢れを拒絶する白い壁を構成した。しっかりとした白い光であり、機能はしているようだ。
だが、黒騎士の強烈な邪気をまともに受けるや、あえなく霧散した。単純に実力差があり過ぎる。
「うそっ」
エストの声だけが聞こえた。
(くそっ)
生身で受けて良い攻撃ではない。
クイッドはエストを抱き寄せ、背中で邪気をまともに受けた。
「ぐああぁっ」
激痛が背中を走る。クイッドは苦悶の声を上げた。
「クイッド、うそっ、大丈夫?」
エストが動揺している。
大丈夫なわけがない。クイッドは動こうにも背中の負傷で動けなくなった。エストと抱き合うような格好のまま。自分は敵に背を向けている。
とりあえずエストだけは無事らしい。
「治すわ、クイッド、ごめん」
エストが何かをしているらしい。背中の痛みが引いていく。
だが、敵が黙って治療を待ってくれるわけもない。
「ぐっ」
乱暴にエストから引き離されてクイッドは苦悶の声を上げる。
「手こずらせよって。さあっ!」
黒騎士が自分を転がし、うつ伏せにすると背中を踏みつけた。
激痛に対し、クイッドは悲鳴を堪えて噛み殺す。
(くそっ、格が違う。本人も強くて、魔獣を呼び出してすらいないのに)
クイッドは地に這いつくばって思う。
何か邪気を操る術を受けて、自分は敗北している。
(違うっ、まだ)
それでもクイッドは立ち上がろうとする。
顔を上げると尻もちをついたままのエストが自分を見ていた。
明らかに動揺して、衝撃を受けている。実戦慣れしていなくて、こんな敗北もきっと初めてなのだ。紫色の瞳が呆然と自分を見つめている。
「やめて、クイッドを離してあげて。そいつは任務であんたと戦っただけなのよ」
掠れた声でエストが言う。
何か白々しい気がした。
「聞けっ、聖女。俺はこのまま、この斧使いを殺す。そのつもりだが。もし、お前が大人しく来るなら」
黒騎士が自分に剣を突きつけているのだろうか。切っ先らしきものが肌にチクリと小さな痛みを与える。
「光爆」
次の瞬間、光が爆発してクイッドの視界を制圧した。
ゴールドバックの時のような、ただの目眩ましの閃光ではない。質量を伴うらしく、クイッド自身も衝撃を感じ、無言で黒騎士もふっ飛ばされている。
「やった!上手くいったわ。これが本当の光爆よ。射程内なら容赦なくドカン、なんだから!」
エストが駆け寄ってくる。殊勝な態度は芝居だったらしい。
「上手く、勝てましたけど。俺、人質で。刺されてたら、どうする気だったんですか」
踏みつけられていたクイッドはよろよろと身を起こしつつ尋ねる。
「大丈夫よ。治してあげるし、クイッドなら、どうにかするでしょ?」
ただ踏みつけられて、無様に地面へ貼り付けられていたクイッドに対し、エストが無邪気に告げるのであった。




