21 黒騎士2
闇の中から殺気を感じる。
明確に自分たちに向けられていて、無視して背中を向けるわけにもいかない。
「なに?どうしたのよ、急に」
殺気などまるで感じられないのであろうエストが、立ち止まった自分に戸惑っている。
クイッドの軍服を引っ張っていて、先を急がせようとしていた。せっかちなのである。
闇の中、少しずつ目が慣れてきた。
黒い人影が立っている。背の高い、漆黒の鎧を身に纏う人物だ。姿格好が分かったのは、数歩、相手が近づいて来たからだ、と遅れてクイッドは気付く。
「なに?なんなのよ、あいつは」
エストも怪人物に気付いた。
「敵ですよ、どう見ても」
あまりに鈍いエストに対し、クイッドは告げるのだった。
「その聖女を置いていけ」
低い声で黒い鎧の人物が言う。姿は見えないが声の質は低く野太く、恐らくは男だ。聖女というのはエストのことだろう。
「まさか、あんたが黒騎士?」
掠れた声でエストが言う。
なぜ気づかなかったのか。クイッドは自身に呆れる。足の先から頭の天辺まで黒尽くめの鎧で隠す怪しい人物が他にいるとも思えない。
(そして、このビンビン空気が震えるような殺気。間違いない)
隣のバール帝国を中心に魔獣を召喚して暴れ回る危険人物である。ラデン王国でも調練の時に、仮想の敵とされるほど。
「まんまと現れて。あたしを攫う?逆よ。あたしがあんたをやっつけて捕まえてやるんだから」
背筋を伸ばし、精一杯にエストが虚勢を張った。気持ちは根拠もなく強いのである。
「そのとおり。ちょうどいいや」
クイッドも手斧をかまえたまま告げる。エストを渡すわけがない。今や、ここラデン王国の聖女なのだから。
(尋常な使い手じゃない。でも、ここで、こいつを仕留められれば)
あらゆる問題の諸悪の根源を一人、この自分が倒したということになる。
ラデン王国でも現に襲われているとおり、害を被ってきた。だが、滅多に人目に姿を現さない上にすぐ逃げてしまう。
(仕留める機会なんて、そう来ない相手だ。逃すわけにはいかない)
これは好機なのだ。クイッドは自分自身に言い聞かせるのだった。
「身の程知らずの小僧に小娘。あまり、調子に乗るなよ」
黒騎士が更に近付き、月明かりの中に身を晒す。
そして漆黒の剣を抜いた。剣身も黒い。おぞましいほどの邪気を剣身に纏っている。かするだけでも何らかの害を受けそうだ。
(直接、自分で戦うつもりか?)
魔獣を召喚すると訊いていたので、クイッドは意外に思う。
(いや、もし、こいつがあのサカドゴミムシダマシの群れを操っているなら。別のやつを召喚出来ない?なら、尚の事、好機じゃないか)
何が出てくるか分からないのよりも遥かに戦いやすい。また武術で自分に勝てる相手など、ラデン王国にもほとんどいないのだ。
クイッドは手斧と円盾を構えて身構える。
「クイッド、気を付けて」
エストが声援をかけてくれる。
「分かってますよ」
しかし、答えるのと同時、距離を詰められていた。
黒い巨体が目の前に迫る。
「ぐぅっ」
横薙ぎの一撃をクイッドは手斧で受ける。予想外の力強さに苦悶の声を漏らす。
あっさりと腕力の差で弾き飛ばされてしまう。
そのまま店舗の壁に叩きつけられ、脆い外壁を破って店舗内に突っ込んだ。
「クイッド!」
エストが悲鳴をあげる。流石に相手が速すぎて援護の神聖魔術を撃つことも出来なかったらしい。
「生きてますよっ!」
壁に叩きつけられたのだ。痛む背中に耐えて、クイッドは叫び返した。
すぐに立ち上がる。
背中がじんじんと痛む。負傷したかもしれない。
(だが、動ける。動ければいいさ。痛みで人は死なないんだから)
上司からの受け売りだ。心が研ぎ澄まされて、意識が敵へと向かう。
クイッドは背中に手を回す。
「止めなさいよっ!来ないでぇっ!」
エストが絶叫している。
「クイッド!助けて!早くっ!」
見ると黒騎士がエストに迫っている。そういえば『置いていけ』と言われたのであった。
敵の目的はエストなのだ。
それに今なら横から不意を討つことが出来る。
「させるかよっ!」
クイッドは持っていた手斧を投げつける。クルクルと回転し、鎧越しだとしても当たれば、ただでは済まない。
(そんな簡単なわけがない)
あっさりと躱された。
クイッドは空いた右手を腰に回して予備の手斧を握る。
「エスト様をお前みたいなやつに渡すわけが無いだろっ!ラデン王国に喧嘩を売った報い、その身で思い知れっ!」
クイッドは怒鳴りつける。
「ガキが、調子に乗りよって」
忌々しげに黒騎士が歯ぎしりしたようだ。
兜越しにも聞こえてくる。
「仕掛けるっ!」
かさにかかって、クイッドは黒騎士へと飛びかかる。
体勢の崩れた黒騎士だ。直撃させられる。
クイッドは確信を持って手斧を振り下ろして斬りつけてやった。
(やった!)
完全に横から不意を討ったのだ。クイッドは勝利を確信する。
だが会心の一撃が黒騎士の鎧を直撃したというのに、クイッドの手斧は無情にも弾き返されてしまう。
(硬いっ、思っていたよりもっ)
クイッドは黒騎士の鎧の防御力を思い知らされた。
「それでもぉっ!」
クイッドは絶叫し、続く一撃を叩きつけるのであった。
「黙れっ、ガキが!」
しかし正面からでは敵うわけもない。
手斧の一撃をあえなく弾き返され、クイッドはなお、危機に身を置き続けるのであった。




