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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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20/74

20 黒騎士1

 サカドゴミムシダマシ。

 大型の甲虫魔獣が王都リクロの郊外に現れたという報せを聞き、クイッドは現場へと急いでいた。

「遅れるとあの2人に何を言われるか分からないぞ」

 一人、クイッドはボヤく。既にカートもパターガーも到着していることだろう。相手の数は分からないが、一匹も倒せなかったとなれば、何を言われるか分からない。

(一匹ずつなら、倒せない相手じゃないし)

 更にクイッドは思う。

 甲殻こそ硬いものの、神経の集まる急所があり、そこを斧で突けば容易く倒せるのだ。叩くだけでも動きが止まるほどの急所である。

(群れだって言うのは気になるけど)

 難しい仕事ではない。

 それがクイッドの気を楽にしていた。本来、単体の出現であれば自分やカートに出撃の依頼など来なかっただろう。

 サカドゴミムシダマシが集まっているのは東の城壁の外だ。大通りをクイッドは東へと駆けていく。

「クイッド!」

 不意に声をかけられた。

 桃色の髪に純白のローブを身に纏う、バール帝国の元聖女エストである。

「エスト様?」

 クイッドは思わず足を止めた。その隙にトトッとエストが駆け寄ってくる。

「あんたも魔獣討伐?デカい虫の魔獣が出たって聞いて、家から飛び出してきたのよ」

 笑ってエストが言う。

 どう考えても自分のほうが圧倒的に足が速い。歩調を緩めざるを得なかった。

「エスト様も戦うおつもりですか?」

 聞き流すことなくクイッドは尋ねた。

 好戦的だという前情報をカートからは聞かされている。早速、サカドゴミムシダマシ討伐にまで突っ込んでこようとするとは思わなかったのだが。

「当然」

 クイッドの気など知らず、エストが薄い胸を張る。

 どういう経緯かサカドゴミムシダマシの出現を知ったらしい。

「大型の魔獣が出現しました!屋内に隠れていてくださいっ」

 王都配属の歩兵部隊が叫んで回っていた。

(あぁ、これのせいだ)

 クイッドはげんなりした。かといって、万が一を考えれば避難誘導、屋内退避の勧告は必須である。エストを暴走させないために止めさせる、など出来るものではない。

「危険ですよ」

 端的にクイッドは告げた。

「戦う力を持つ人間が黙って見てるわけにはいかないでしょ」

 全く聞き入れることなく、エストが言う。

 確かに神聖魔術の光爆をみる限り、まったく役に立たないということはなさそうだ。

(自分は戦える側って割り切りは気になるけど、でも。そんな真っ直ぐに言い切れるなんて)

 クイッドにとって、戦いは仕事だ。金がもらえるから戦うのである。本当に純粋な気持ちで人助けをしようと思ったことなどあるだろうか。

 マジマジと可憐なエストの横顔を見つめる。

(だから、逆に戦わせたくない、な。危険な場にも立ってほしくない)

 クイッドは首を横に振った。

「小国ではありますが、ラデンにも軍はいます。この俺もね。任せてはいただけませんか?」

 丁重にクイッドは辺りを見回して告げる。

 エストと一緒となったことで、移動速度が落ちてしまった。

(この調子だと、たどり着く前にパターガーさん辺りが、サカドゴミムシダマシなんて全滅させてるかもしれない)

 確実に文句を言われる。だが、エストを現場に向きこむよりは遥かに良いのかもしれない。自分がどやされるのなど大したことではないのだ。

 傍から観ていたら、戦いに向かうべきクイッドという軍人が、可憐な聖女に言い寄っているようにしか見えないかもしれない。

 それならそれで最早良かった。そうクイッドは割り切ることとする。

「だから、その力になるわよって、あたしは言ってるの。バールの時とは違う。終わった後に申し訳程度のヒールだけかけて、仕事しました、なんて。労われるのなんて、情けなさすぎて。もうたくさん」

 エストが吐き捨てる。エストなりに祖国のバール帝国では思うところがあったのかもしれない。

「婚約破棄だ、とか。追放だとか。口だけ聖女だとか、そんな悪口はどうでもいいのよ。他人からの評価なんて。あたしは自分が納得できる仕事と生き方をしたいだけよ」

 更にエストが力強く言い切った。

「あたしは聖女なの。お母様も聖女だった。だからその役割を果たす。自分が納得できるやり方でね」

 ただ任務で戦うだけの自分とはまるで違う。

 クイッドは目を見張っていた。気概、気迫ではまるで勝てそうにない。敬意をすら抱いていることを自覚させられる。

(止めても無駄だ)

 クイッドはため息をつく。無茶を諌めるつもりで逆に圧倒された。

 自分の負けであり、止めても無駄だ。

 なぜ、これほど力強くしっかりとした信念を持っていたのに謗られてしまったのだろうか。疑問を抱くも今はそれどころではない。

「分かりました。では、俺も割り切って戦います。ランパートの森の時と同じで、前を張りますから。くれぐれも無茶はなさらないでください」

 クイッドは早足で歩きながら、小走りのエストに告げる。

 気力こそ凄まじいものの、体力が伴っていない。

 エストの方は既に息を切らしていた。

「そう、ね。しっかり割り切ってちょうだい。前衛は、あてにしてるからね」

 エストがニカッと笑う。夜だというのになぜだか眩しい。そこだけ花が開いたかのようだ。

(なんとしても守り抜いて、実戦慣れしたら、この人、化けるかもしれない)

 クイッドは腹を決めるのだった。

 だが、現場まではまだまだ遠い。東地区にこそ至ることが出来たものの、城門の外にまで行かなくてはならない。

 ふと、クイッドは足を止める。

「なに?どうしたのよ、急に」

 訝しがってエストも足を止める。

 大通りの脇道、吸い込まれそうな闇の中、クイッドはどうしてもそこが気になってしまう。何の変哲もない商家と商家との間に過ぎないはずなのだが。

「なにか、凶々しいものがいます」

 クイッドは静かにつぶやき、手斧を右手に、円盾を左手に持って身構えるのであった。

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