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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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2 護衛対象の失踪

 長閑な田園地帯が広がる。

 ちょうど今は小麦の収穫期の前の時期だ。いずれ、黄金色の稲穂が風に揺れる季節となるのだろう。

「聖女など迎え入れて逆恨みされれば、こうも平和ではいられないが、本当に大丈夫なのか」

 軍人としては心配になる。

 ラデン王国歩兵隊長のカート・シュルーダーは追放された他国の聖女を護送するため、国境付近にまで出向いてきたのだった。

(だが、その当の本人がいない)

 狭い詰め所にてカートは困惑する。連れてきた部下2名も同様だ。ここはラデン王国北東端にあるオルド村の駐在武官の詰め所。1人用の施設なので狭いのである。

 入国の手続きを終えて、通常ならこの駐屯地を経て、さらにラデン王国の中心を目指すところ。元聖女エストとその侍女が目指したのは、ランパートの森だった。

「馬車をそちらへ向けろと。あの、魔獣の巣へ。貴族と侍女という感じで。女性2名でおかしいなとは思ったのですが」

 心配になった御者が詰め所に駆け込んてくれたおかげで、聖女らの行先が判明した。今は詳細を現地の駐在武官が聴取している。

「よし、クイッド、行け」

 カートは部下のうち若い方の兵士に命じる。

「えっ、俺が?一人でですか?」

 当の本人クイッドがびっくりしている。無防備な反応だった。

 まだ若干16歳、金髪碧眼の美少年である。整った顔立ちと相まって、王都では婦女子に人気だ。自分の直属ということも拍車をかけているという。

(俺等とはえらい違いだ)

 しかし、当の自分はそういう人気とは無縁だ。近隣諸国で ありふれた、黒い短髪に黒い瞳、地味な容姿なのであった。

 自分はもう21歳となる。

「森の入り口まではついていく」

 肩をすくめてカートは告げた。

 ラデン王国北東端に広がるランパートの森は古来からの魔獣の巣窟である。一般人がみだりに足を踏み入れて良い場所ではない。

(まだ、今なら間に合うか)

 カートは内心では安堵していた。

 王都へ連れて行く御者が、気にかけてくれないでいたら、どうすることも出来なかったのだから。

「じゃぁ、やっぱり、中の探索も戦闘も俺一人ってことじゃないですか」

 口を尖らせてクイッドが言う。

 いかにも少年らしい仕草とは裏腹に、他の部下より頭一つも二つも三つも頭抜けていて、武芸では屈指の遣い手だ。広大な森の中でも、女性2人の追跡と探索ぐらい軽くこなすだろう。

「戦闘だけじゃない。探索と護衛と保護も、だ」

 故にカートも、クイッドのやるべきことをただ並べ立てるのだった。

「そんなぁ」

 不満げな態度ではあるが、クイッドからは気負いも何も感じられない。魔獣ひしめくランパートの森に放り込んでも大丈夫だろう。

「いつものことだろうが」

 もう一人連れてきた部下、パターガーが口を挟む。

 こちらは左右両方の目元に傷跡があり、頬にも無数の細かい傷跡が残っていた。どこか禍々しく不気味であり、王都リクロでも婦女子からは素顔を晒すと悲鳴を上げられる風貌だ。痩せ細った、長い手足と相まって、骸骨のように見えるらしい。

 見た目とは裏腹に、カートにとっては信頼のおける、有能な副官なのであった。年齢もカートと同じく21歳である。

「だから、いつものことだから、文句を言っているんです。たまには」

 ちらりとクイッドがカートの杖を一瞥する。

 また、余計なことを言おうとしているのだろう。

「つべこべ言わずにやれ」

 カートはパターガーと声をそろえて告げた。

「とっとと急ぐぞ。準備をしろ。御者殿、お手数ではありますが、馬車をもう一度、客人の女性たちを降ろしたところへ向かわせていただけますか?」

 クイッドの方はどやし、御者に対しては丁重にカートは告げた。

「分かりました、私も気にしていましたから、喜んで」

 反抗的な部下のクイッドとは対照的に、御者の方は常識的な対応をしてくれる。

 それぞれ準備に取り掛かることとした。

「まったく、どういうことだ?到着がこんなに早いなんて、俺等を待つはずじゃなかったのか?」

 パターガーがぼやく。背中には弓、矢筒、両スネにも矢筒を装着している。対する自分は支えのための杖を手放せないのであった。

「訊くなよ、俺に分かるわけがないだろ」

 若い女性2人がなぜよりにもよってランパートの森に突っ込んでいったのか。その心境など想像も出来ない。

 カートもパターガーには気安く返すのだった。片やクイッドには質問をすることすらも許さないのだが。

 当然に怒られるから、クイッドも弁えてはいて、黙々と装備を身に着け準備を整えている。黒い軍服の上から同色革製の鎧を身に着け、左手に小さな円盾、右手には黒い小型の手斧を持つ。斧の方は短く小ぶりだが、柄まで鉄製で硬い。

「では、お願いします」

 3人で馬車に乗り込むとカートは告げる。

 すぐに馬が走り出す。

(俺たちが出迎えのために出張ってきていて良かったな)

 馬車に揺られつつカートは思う。これを予期して女王リオナが派遣したのかもしれないが。

(ランパートの森に入り、奥にまで至ったとなれば、現地の軍では対処しきれない)

 平和なラデン王国の軍は小規模であまり人数がいない。危うく、追放されたとはいえ、他国の要人を死なせてしまうところだった。

「まったく、迷惑な奴らだ。そんなだから国を追い出されるってんだ」

 パターガーが毒づく。

 一応はバール帝国の元聖女エストについて情報は教えてある。

「追放されたとはいえ、元は聖女様だ。見捨てるわけにはいくまいよ」

 カートは半ば投げやりに返す。頭では別のことを考えていた。

 前情報では、『聖女』と呼称されるも大した腕前ではなく、回復魔術が少々使える程度。破邪の魔術は使えない。そのくせ公爵令嬢という身分をかさに大口ばかり叩くから、皇太子とも婚約していたのに破談され追放されたという。

(自殺行為だが、世を儚んで自殺か?しかし女王陛下は)

 この国に来れば元聖女は力を発揮すると女王リオナが言っていた。それがカートには引っかかる。

(もし、本当に聖女なら、我が国では希少な人材の獲得だからな。だが、本当にそうなのかどうか)

 結論が出ぬまま数時間でランパートの森入り口に馬車が到着した。

 なんとか日が暮れる前である。

 木で両脇を挟まれて見るからに暗い小道。下草もあまり整備されていない。そこに、これでもかというぐらいに『魔獣注意!』・『危険!』と立て札が置いてあるのだが。

「よしっ、クイッド、行けっ!」

 再びカートは命じる。

 もうクイッドも文句は言わない。

「了解しましたっ!」

 矢のように森の中へと駆け込んでいく。あっという間に木立に紛れて姿が見えなくなった。

「私は?」

 恐る恐る御者が尋ねてくる。

 入り口付近でも魔獣が出ることはあるから、非武装の一般人が怖がるのも当然だ。

「このパターガーとともに、一旦、村までお戻りください。現地の捜索隊も編成されるでしょうから、その案内をお願いします」

 つまり護衛にパターガーをつけるということだ。

「了解」

 直立したままパターガーが返事をする。

「は、はぁ」

 対して御者の方は気が乗らない様子だ。傷跡のせいで顔立ちが怖いパターガーを恐れているらしい。

「では、よろしくお願いします」

 それでも容赦なくカートは頭を下げて2人を送り出す。

 馬車が離れていくのを見送る。自分だけが森の入り口に取り残された格好だ。杖で身体を支えつつカートは直近の大木を見上げる。

(まぁ、クイッドもこれぐらいの仕事はたやすくこなしてくれないと困る)

 期待も信頼もしている。だから負担を押し付けられるのだ。ランパートの森にも何度か突撃させたこともある。

 カートは首を横に振ってから、一応は自分も別の場所からひっそりと森へ入るのであった。

 


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― 新着の感想 ―
 追放聖女を受け入れる側のお話なのですね。  主人公のカートも、なかなかクセの強い人物で……聖女(と彼女の侍女)に、どんな風に出会うのかな?
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