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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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19/72

19 ティスの決断〜魔獣襲来を受けて3

 夜の王都リクロをティスは駆けていく。

 硬いものと硬いものがぶつかる音に加えて、時には怒号も聞こえてくる。既に市民の避難は終わっているらしい。

 道は閑散としていた。

(確かに、これは大変なことになってるわね)

 ティスは走りながら刃物を抜き放つ。

 黒光りする甲虫が道を闊歩していたからだ。丸々としていて、尻だけが少し尖っている。歩みは遅く、のそのそとしていた。

 サカドゴミムシダマシだ。硬い相手だが、戦い方が無いでもない。

(油断は出来ないわ。でも)

 華奢なティスの体よりも遥かに大きい。

「はっ」

 ティスは跳躍してサカドゴミムシダマシの上を取った。

 鞘羽根と鞘羽根の間に急所があるらしい。ティスは短剣を投擲する。

 ガキンッと音がして短剣が突き立つ。

 動きが鈍くなったサカドゴミムシダマシの複眼を続いてティスは短剣で斬り裂く。命までは奪えない。だが、進行を止めることは出来た。

「これで、無力化出来た、けど」

 ティスは周囲を見回す。

 倒せたのは先手を打って一方的に攻撃できたからだ。

 あちらこちらから争闘の気配が伝わってくる。どれだけの魔獣がリクロの街に侵入したのだろうか。

「あ、あなたはっ?」

 灰色の軍服を身にまとう一般兵士が遠慮がちに声をかけてくる。先の手並みを見られたのだろう。目を見張っていた。

「いや、誰でもいい。手を貸してくださいっ!あちらに貴族の方が襲われているのですが」

 兵士が指さす先には馬車があった。

 サカドゴミムシダマシが押し倒そうとしているところだ。

 兵士の視線が向かう先には数匹のサカドゴミムシダマシが歩いているのだが。あちらは住宅街へと向かっている。

(あの馬車は、さっきの。レニー・チグリス嬢のものだわ)

 散々、自分を馬鹿にし、カートとの間を少しでも邪魔しようとしてきた女だ。

 ティスは葛藤した。助ける価値のある相手とは思えない。少なくとも自分にとっては。

「きゃぁっ」

 馬車が揺れたのだろうか。悲鳴がティスの所にまで届いてきた。

「もうっ!」

 ティスは駆け出す。助けてから後悔すればいい。死ねばそれまでなのだ。レニー・チグリスだろうと女王リオナだろうと、貴族だろうと同じこと。

「ご協力、感謝しますっ!」

 背中から声が追いかけてきた。

(体よく私に貴族を押し付けて)

 ティスはサカドゴミムシダマシの側面に回る。

 先と同じだ。絶対に後ろを取ってはならない。危険を感じると、尻の突起から強烈な臭気の熱波を放出するからだ。

(熱波ってだけでも、命が危ないのに、なんでさらに臭いのよ)

 忌々しく思いつつ、ティスは馬車の屋根に飛び乗った。

「きゃぁっ、今度は何よぉ」

 馬車の中からレニー・チグリスの声がした。

 無抵抗だったことが幸いしていたらしい。

(抵抗していたら、潰されていたかもね)

 ティスは屋根の上から鞘羽根と鞘羽根の間を狙って、短剣を投擲した。

 数に限りがあるので、なるべく取っておきたい武器だったのだが。

(出し惜しみは出来ない)

 何本も投げてようやく1本が突き立つ。

 サカドゴミムシダマシが馬車から少し離れてうずくまる。

(違う、馬が逃げたのね)

 のしかかっていたところ、馬車が動いたことで距離を稼げた。そのままサカドゴミムシダマシの体が地面についただけだ。

 ティスは念の為、サカドゴミムシダマシの複眼を短剣で斬り裂く。

 仕留めることは出来ない。

 硬い六本脚も、甲殻も自分の武器では斬り裂くことが出来ないからだ。

(でも、今のうちに)

 ティスは馬車の扉を開け放つ。

「ひいっ」

 馬車の隅でレニー・チグリスが腰を抜かしていた。

「もう大丈夫ですから、逃げてください」

 ティスは手を差し伸べる。

「あ、あなたは」

 レニーが後ろめたい表情をした。手に取ることをためらっている。

「細かいことはいいので。こんな時なんだから」

 敢えてティスは微笑んでみせた。本当のところ、わたかまりはある。何も害をなしていない自分を一方的にいじめようとしてきたのだから。

「そのっ、本当に」

 泣きそうになりながら、レニーが顔を歪めた。

「いいから早くっ。どこでもいいから隠れててくださいっ」

 謝ろうとしてくれたなら、もう許す。

 ティスは告げて辺りを見回す。

「でも、貴女は?」

 立ち上がったレニー・チグリスが尋ねてくる。

「戦います。サカドゴミムシダマシは立ち向かってくる相手にしか攻撃してこないようなので、隠れていれば貴女は大丈夫です」

 重ねてティスは説明する。

 守備隊も機能しているようだ。時折、建物の間を兵士たちが駆け抜けていくのが見えた。

(多分、街の端へと追い詰めている)

 ティスはそう読んでいた。おそらくはエストも敵を求めて街を彷徨っているのだろう。

「あ、ありがとう」

 自分の方をためらいがちに見ながら、レニー・チグリスがどこかへと避難した。

(カート様は?)

 助けに入って肩を並べたい。自分も役立てるところをティスとしては見せたかった。

(ううん、そんなことよりも。今は先頭に集中しなくちゃ)

 ティスは再び駆け出すのであった。

 

 

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