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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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18 ティスの決断〜魔獣襲来を受けて2

 偉そうな態度だが、今のところ、自分の雇い主である。幼少期からの愛着もあるにはあった。ぞんざいな口の利き方も相手が自分だからだ、と思いたい。

(私の作る夕飯が食べたいって言うなら、可愛いは可愛いんだけどね)

 今のティスにとって、今のエストは金のある妹のようなものなのだった。

「はいはい、ただいま。急いで作ります」

 自分も自分で、今となってはこんな態度をとってみるのだが。公爵令嬢相手と考えれば非礼なのだった。

 しかし、腹を立てる様子もエストには無い。

「ええ、本当にお願い。私ったらすっかりお腹すいちゃったのよ。本ばっか読んでて、ろくに運動してないのに不思議よね」

 すっかり安心した様子でエストが言い、台所までついてこようとする。

 可愛いものなのだった。

「それに、なんか周りの家とか、騒がしい気がするのよ」

 エストが真面目な顔で言う。

「ティスは何か知ってる?」

 廊下を歩きながらエストが尋ねてくる。

「どうしたんですかね?」

 街での騒ぎをティスは思い出す。まさかこの屋敷にまで魔獣が、来ることは無いだろう。

 エストの場合、魔獣と聞けばすぐにでもすっ飛んでいきかねない。

 ティスはすっとぼけるのだった。

 そのまま台所にたどり着き食材を片付けていく。

「魔獣だぁっ!」

 しかし大声が屋敷内にも飛び込んできた。

 外からのものだが、どつやら触れ回っているものがいるらしい。

「サカドゴミムシダマシだ!虫の化け物だっ!」

 その誰かがもう一声叫び、次第に声が遠くなっていく。警報代わりの役割を担う者でもいるのだろうか。

「魔獣?魔獣が出たの?」

 聖女エストが聴き逃すわけもないのであった。

「サカドゴミムシダマシって魔獣のこと、ティス、知ってる?」

 表情を変えて尋ねてくる。空腹はどこへ行ったのだろうか。

「ええ、山なんかの岩地に住む魔獣で、岩の下によく隠れてるんじゃありませんでしたか?」

 ティスは遠い目をして説明してやった。

 とぼけたところで、しつこく訊かれて白状する羽目になるか、別の誰かに訊かれるだけのことだ。

(家のこともしないで、自分の面倒も見られないくせに、こんなことばかりに夢中になって)

 ティスはため息をつく。挙げ句、場合によっては自分も救援に向かわなくてはならなくなる。

 いつものことだった。

「へぇ、詳しいのね。訊かせて」

 好戦的な『口だけ聖女』がニヤリと笑う。

 あまり協力すべきではないのかもしれない。だが、誰か知らない人間に迷惑をかけるよりもいいとも思えた。

「詳しくはありませんよ。せいぜい羽根が硬くて鎧みたいとか、追い詰められると毒のあっつい煙を出してくるとか。ありきたりのところまでです。あと、馬よりも大きいので近づいたら駄目です」

 そっけなく、ティスは一通りの知る限りを伝えてやった。有名は有名な魔獣なのである。冒険物語などで、ティスは目にしたことがあった。

「そう。でも、行かなきゃ」

 エストが真剣な顔で言う。あまりに予想通り過ぎてティスは言葉を返す気にもなれなかった。

「数が多いぞっ!家から出るなよっ!」

 兵士たちも出張っているのだ。避難誘導するような声も聞こえてきた。

「ほら、数も多いって言うし」

 エストがしたり顔で言う。いちいち人を苛立たせてくれるのだった。

「家から出るな、とも聞こえましたよ」

 ティスは混ぜっ返してやった。

(妙ね) 

 一方で、こっそりティスは思う。

(本来、岩山で、単独で暮らしているらしいけど。サカドゴミムシダマシの群れと戦ったなんて聞いたことも、読んだこともない)

 だが、口に出すとまた無謀なエストが何をしでかすか分からない。

「放っておくべきでは?この国の軍も出ているようですし、自力でどうとでも出来ると思います」

 なぜかカートの顔がちらつく。

 杖をついて足を引きずっていても、屈強な軍人だ。

「なんでも人任せっていうのは、あたしの信条に反するのよね。それにバールにいた時とは違う。魔力、増えたみたいなのよ」

 ニヤリと笑って心がけだけは立派な元聖女が言う。

「エスト様。かえって迷惑をかけるだけです。バールでも邪魔にされたのですよ?それで今、ここにいるのです。お控えください」

 険しい声をティスは発した。バール帝国にいた頃もここまでは言わなかったのだが。

 理由は分かっている。カートの顔がちらつくからだ。カートの邪魔になるようなことは、一切させたくない。

「嫌よ」

 幾分、たじろぎつつもエストがはっきりと拒絶した。

 そのまま自分の横をすり抜けて玄関から駆け出して行く。

 所詮、自分はエストにとって使用人に過ぎないのだった。腹立ちすら覚えず、ティスは華奢なエストの背中を見送る。

「せめて、カート様の足は引っ張らないでくださいね」

 小声でティスは呟くのだった。

 自分の注意にも制止にも耳を貸すことはなく、それでいて幾度となく危険に飛び込んでばかりいる。

(勝手にしたらいい。もう知らないわよ)

 ティスは台所へと向かう。食材を倉庫に納めつつ調理も始めておく。

 エストのことなど忘れて食事の準備だけに集中しようとした。

 上手くいかない。エストのことはともかくとして、やはり頭に浮かぶのはカートの顔だ。

 ランパートの森では助けられている。借りがあるのだった。それを恩に着せるようでもない態度には間違いなく心惹かれている。

(凶暴で大型の魔獣。それが単体ならともかく、群れで、だなんて)

 危険なのではないか。カートが遅れを取るかはともかくとして、カートも身体は1つしかない。

(カート様には助けなんて要らないのかもしれない。でも、市民を守り切るとなれば、手が足りないのではないかしら)

 陰から助けることも出来るのではないか。

 ティスは調理を終えると自室に向かう。

 エルニス公爵家ではエストの侍女としてだけではなく、護衛や密偵なども熟していた。そのための戦闘訓練も受けている。

 お仕着せを脱ぎ捨て漆黒の戦闘装束に着替えた。

 武装も短い剣を腰に装着し、投擲用の短剣などを懐に納めていく。

(エスト様の侍女だけど、今はあの人も公爵令嬢でも、聖女でもない。なら、私だって好きにさせてもらう)

 夜の闇に響く喧騒、その根源に向けてティスは駆け出すのであった。


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