16 魔獣襲来2
3人で王都リクロの街並みを歩いていく。
いつも通り杖をつき、足を引きずって歩く自分のことなど、誰も気にかけてはくれない。
(これも女王陛下の統治の賜物か)
カートはさりげなく市場の人々に視線を送りつつ思う。
自身の不自由とは対照的に、町はいつもどおり賑わっていて、そこには安心させられる。
王都リクロは平原に開かれた街であり、古くからラデン王国の各地から物資の集積される土地だった。流通の中心として栄えてきた歴史がある。
(各地から人と物の流れる道が集まる土地だから、当然、統治するにも便の良い場所ではあったということだ)
カートはクイッド辺りにも叩き込んできたことを改めて今日も思う。治安さえ良ければいくらでも栄えるのが、この手の都市である。
「妙な奴はいねぇな」
ボソッと仮面姿のパターガーが零す。
いつもどおり軍服の上から弓と矢筒を背負い、両脚脛にも薄く四角い革製の矢筒を装着していた。
感覚的に異常を察知する自分に対し、観察眼に優れるパターガーの組み合わせは、大概の不審者を炙り出す。
また、何か有事があれば、クイッドに経験を積ませるという名目で押し付けることとしていた。
「なんだ、隊長も気にかけていたんですね」
その若輩者のクイッドが面白がるように言う。
理由はすぐに分かった。気付くとバール帝国の元聖女エストが住み着いている、荒れ果てた屋敷に辿り着いていたからだ。
だが、言われても思い浮かぶのは可憐な侍女のティスの顔だ。
(相当、苦労しているようだからな)
生誕祭の翌日、女王リオナから元聖女エストに対し、支援の申し出があり、元聖女エストがそれを断った。
目を剥いて咎めるような眼差しを主人に突き刺していたのである。支援が欲しいのは主人よりも寧ろ使用人であるティスの方だったのだろう。
だから自分が気にかけているのはエストではなくティスの方だ。
「そういうのじゃあない」
故にカートはすげなく否定してやった。当然、クイッドごときに自分のそんな心情を知らせることもないのだ。
「いずれにせよ、見回りは必須だろうさ。他国から来た、重要人物なんだから。それがこんなとこにいりゃ、いつ攫われてもおかしくない」
理解を示し、くぐもった声でパターガーが言う。
実家との関係も分からない。侍女1人しかいないのだから、疎んじられてはいるのだろう。
(それでも身代金目的で攫うかもしれないし。元聖女で貴族となれば、あの見た目だ。人買いも狙うか?どの道、物騒のタネだな)
カートもパターガーの意見に内心で頷く。
襲撃でも受ければ、エストがまたティスを戦わせるのだろうか。
「そういうことだ」
自分はどうしてしまったのだろうか。カートはため息をつく。
二言目にはティスのことばかりではないか。
「カート様?」
そのティスが蔓延る枯れ草の中から顔を出した。
そういえば、あまり塀が高くないのである。外からも丸見えだが、敷地内から外も丸見えだ。
(うぉっ)
さすがに気にかけていた相手が急に顔を出せば、さすがのカートも驚く。
(いや、俺が驚くのは珍しいな)
ティスが気配を消すのが上手いのだ。気を抜いていればこうなる。
「ティス殿」
カートはそれでも折り目正しく冷静を装って頭を下げる。
パターガーなどは自分の異変を察しても黙っていてくれるのだが。クイッドのほうが露骨に面白がっているから、後で締め上げようとは思う。
「お変わりありませんか?」
自然と言葉が出てくる。黒を基調としたティスのお仕着せには、片付けでもしていたのか。枯れ草が無数に付着している。黒い服の上からだから酷く目立つ。
(こんなことまで、やらされているのか)
カートとしては不憫でならないのだった。
「はい、お陰様で。エスト様ともども、つつがなく暮らしております」
健気にも微笑んでティスが答える。
笑顔を向けられただけでも自分はクラクラしてしまいそうだ。
「何か手助け出来ることがあったら、遠慮なくおっしゃってください。力仕事ぐらいなら、いくらでも出来ますから」
自分は何を言っているのだ。カートは自身に呆れてしまう。つい数日前に会ったばかりの相手である。任務が終わった以上、関わる理由など何処にも無い。
「お心遣い、ありがとうございます。気にかけて頂けるだけでも嬉しいですわ。でも、大丈夫です。私、体力には自信がありますから」
たおやかに蕩けるような笑顔でティスが言う。どこか冗談めかしているようにも感じられた。
(それはそうだろう)
ランパートの森でのことを思い出して、カートも納得する。魔獣と渡り合えるのだから、枯れ草にも勝てそうだ。
「ぷっ」
とうとう吹き出したクイッドの脛を、カートは杖で殴り飛ばしてやった。
「うあっ」
回避出来ず足をすくわれたクイッドが横倒しになる。
「何やってる、行くぞ」
痛がりつつもなんとか立ち上がろうとするクイッドにカートは冷たく告げた。ティスの目ですら自分の杖の動きを追うことは出来なかっただろうと思う。
「では、いずれまた。なるべく頻繁に様子を伺いに参りますので」
カートはティスには丁重に頭を下げる。
「あ、お茶ぐらいは。いえ、はい。その時には少しでもこの屋敷を見苦しくないように片付けますから」
頬を赤らめてティスが言う。まだ片付けの済んでいない屋敷にカートらを招き入れることを逡巡したらしい。
(今度、また、休みにでも手伝いに来るか?)
理由付けが難しい。カートは頭を悩ませつつティスに背中を向けて歩く。
「あんた、聖女はどうでもいいんだな」
面白がるようにパターガーが指摘する。仮面の下では笑っているのだろう。長い付き合いのため、手に取るように分かる。
ティスから離れた後を狙いすまして指摘してくれるのも、クイッドと違って気遣いにあふれていた。
「苦労はしてないさ。あのティス殿に全部おっつけてるんだから」
カートは足を引きずって歩きながら告げる。
「気にかけるのは正解だと俺も思うぜ。最近、このあたりでも魔獣どもの気が立ってる」
パターガーが耳打ちしてくる。
「そうか」
カートは相槌を打つ。
王都付近は至って平和なものだ。ラデン王国自体も温暖な田園地帯が広がる。豊かだが、他国にとって魅力的な資源には乏しく、故に侵略も少ない。
近隣であるバール帝国の更に北東には魔獣の蔓延るザンエング地方が広がるも、そのバール帝国自体がそこの魔獣を堰き止めてくれていた。
「バールを飛び越えて、魔獣どもが出てきているのか?」
独り言のようにカートはつぶやいた。
「いや、もともと棲息している奴らの気が立っているらしい」
パターガーが独り言にも回答してくれた。
密偵のようにして周辺の狩人や冒険家から情報を仕入れてくるのである。
「それも聖女絡みかな」
うんざりしてカートは告げる。
「俺に分かるわけがないだろう」
パターガーが言い放つのだった。こういう時、クイッドには発言権などないから黙っている。
ラデン王国内にも強力な魔獣が棲息していないわけでもない。カートらの尽力があって人里付近に少ないだけだ。
不意に周辺が騒がしくなった。町の外側から中心部に慌ただしく人々が走っていく。
「魔獣だ!魔獣が出たぞっ」
何人かに至っては叫びながらだ。
信じられない言葉ではある。
「ええっ」
クイッドが弾かれたように周りを見回す。
「あ?魔獣だ?街の中か?何の知らせも来てねえぞ?」
パターガーが面に左手を覆い被せながらボヤく。
「いるんならいるんだろうさ」
カートは適当に返す。
魔獣がでたのなら倒すだけだ。そこは変わらないのだから。
(後は詳しく、何が何処に出たのか。それを知らないとな)
情報は詰め所に送られてくる。カートは2人を引き連れ、詰め所へと急ぐのであった。




