15 魔獣襲来1
カートは危惧していたものの、生誕祭が無事に済んだことに安堵していた。
(陛下がティス殿に何を言うつもりか、気が気ではなかったが。俺の足を笑うぐらいなら、まぁ、許容範囲だな)
ラデン王国王都リクロ、中心から少し西に外れたところに歩兵部隊の詰め所が設けられている。
自身の執務室にて、先日自身も出席した、女王リオナの生誕祭時での、女王リオナと元バール帝国聖女エストとの謁見を思い返していた。自分とティスも挨拶をしている。
既に3日が経っていた。
(ああいう場では、それなりにきちんとやってくれて良かったが)
カートは安堵しつつ、気になるのはむしろ女王リオナの、エストの侍女ティスに向けられていた視線であった。
(何が気に入らないのか、あんな目で睨むとは。よく分からんな、あんなに美しい人なのに)
お仕着せ姿でいるときすらも、やはり可憐な女性だが、ドレスで着飾ってしまえばもう、自分は正気を保つのが精一杯だったほど。
(それでいて、いざとなれば武器を手に魔獣とも渡り合えるとは)
なぜ追放された聖女などにつけられているのか、分からないほどの女性だ。
カートは会う度に目をむけてしまい、凝視しがちなことも自覚していて。女王リオナの好奇心を警戒してもいた。
(あの謁見、陛下がご覧になりたかったのは、ティス殿の方だったんだろうから)
カートが心を奪われかけている。だから面白がったのだ。そして悪戯の嫌がらせをしたのだろう。
女性に自分が気を惹かれるといつもそうだった。
対策を練るべく、カートは歩行用の杖を机に立てかけたまま、ぼんやりとしている。
「可愛い人だったなぁ。森で見た時より、ずっと」
呑気な部下のクイッドが呟く。
執務時間中なので腹心の部下クイッドと副官のパターガーもこの部屋にいるのだった。ともに自分と同様に軍装だ。
先日も会場の警備に当たっていたから聖女エストを目撃したのかもしれない。
「ああいう感じだと、聖女様で貴族の御令嬢で、お姫様みたいで」
更にクイッドが並べる。確か聖女としてのローブ姿だったはずだが。指摘をカートは呑み込む。
(意味の無いことは言わないし、クイッドなりにほ成長を見せてもいる)
ランパートの森では強力な森の魔獣ゴールドバックを、単独で撃退していた。通常であれば一隊を率いて倒さなくてはならない相手だ。よくやったとも思うが、女性の容姿に骨抜きになっているのはよろしくない。
「色目を使ってるんじゃねぇや」
パターガーがペシッとクイッドの頭を叩く。
「仕方ないじゃないですか。本当に可愛くてきれいで」
クイッドが頭を押さえて反論する。何が仕方ないのか。聞いているカートにもさっぱり分からない。
「普通はそこを並べねぇんだよ。どっちかにしとけ」
パターガーが更に叱りつけるのだった。どこか指摘がズレているのは御愛嬌だ。
(聖女も何やら力を使えたらしいが、あの森に行ったのは、あれが目的だったのか?)
カートはさらにやかましく話し合う部下2人を尻目に思い返していた。
クイッドと聖女エスト、2人はともにカートの到着前に、ランパートの森最奥に到達していた。
(あんな場所、俺も知らんぞ)
カートは探し当ててきたランパートの森の見取り図を手に思う。木々の奥、不思議な空間だった。まるで森がエストのために道を開けていたかのような。そんな木々の並びだった。
(あれは、なんだったんだ?)
聖女エストの回収しようとしていた首飾りのことだ。
首飾り自体から邪悪な気配こそ感じなかったものの、動かしてはならない、とカートは感じたのであった。
「気を抜くことは出来ない。厄介者が来たっていうことは、やっぱり間違いがない」
立ち上がってカートは告げる。
思っていたよりもしっかりしているし、クイッドからの報告では、光属性の魔術を使えるようでもあるのだが。総合的に判断すれば『厄介者』で間違いないのだった。
(陛下は何やら期待しているご様子だが、やはり俺が気を抜くわけにはいかん)
改めてカートは気を引き締めるのだった。
王都を、ひいてはラデン王国を守るのが自分の務めだ。
思うにつけてなぜだか、色白で可憐なティスの顔が浮かぶ。そんな自分にカートは驚くのだった。
「そんな言い方ないでしょう?聖女様ですよ?ゴールドバックに使った魔術も綺麗だったです。本人も可愛いし」
性懲りもなくクイッドが阿呆を言う。パターガーがやれやれと肩を竦めていた。
「生国のバールでは、『口だけ聖女』などと謗られていたようだが?」
冷たくカートは言い放つのだった。
「そうらしいですね。でも、なんかそんな気はしなくて。ちゃんと神聖な御力がありそうでしたけど」
真顔でクイッドが疑問を呈してくるのだった。皮肉など通じないのである。
隣国のバール帝国では『黒騎士』という邪悪な人物の暗躍と、その者が操る魔獣の災禍に悩まされていた。そこであまり、役に立たなかったのが聖女エストだったらしい。
「そこは俺も疑問だよ。何か妙な迫力を感じなかったか?あの娘」
いつもは冷静なパターガーまでクイッドに珍しく同調した。いつもなら一緒になってたしなめる側だ。
(そろそろ警らの時間か)
パターガーが木彫りの面を取り出して顔に嵌めていた。凄惨な傷痕が町中では人々を怖がらせる。さすがに悲鳴をあげられるようなことはないものの、本人が気にしていて仮面を着けているのだった。
(そういえば、彼女はパターガーを見ても表情をまるで動かさなかったな)
カートはランパートの森での一幕を思い出していた。
あの時にはいつもどおり、単独でランパートの森に分け入ったのである。戦いの気配を探って、杖で草木をかき分けつつ進んだ。
(あの時は、さすがに驚いたな)
カートは思い返す。目に浮かぶようだ。
行き着いた先では黒尽くめの服装に短い剣を構えるティスが、黒い猿の魔獣ブラックバックに囲まれていた。
なぜだか自分はひどく慌ててティスを助けたのである。束の間、杖と脚のことも忘れるほどだった。
「おーい、隊長殿?」
パターガーが声をかけてきた。
我に返ってカートは首を横に振る。聖女エストの妙な迫力の話だった。
「俺は何も感じなかったな。信心など無いからかもしれない」
カートにとってはティスがこの上なく素敵に思えていたし、信心を抱くなら女王リオナに対してだ。
年端のいかない小娘になど圧倒されるわけもない。
(難なら、元聖女の方はお前の顔を見て息を呑んでいたよ)
吐き捨てるように内心で、カートは思うのであった。




