13 女王リオナの生誕祭3
「アーノルドというのは、バールの若い英雄アーノルド殿のことですか?」
いつの間にか戻ってきていたカートが尋ねる。
「そ。あなたとどちらが強いか噂してたとこ」
エストがしれっと大嘘をつく。
「それは、私が勝てるわけもありますまい。この足ですから」
左足を杖でポンポンとカートが叩いて答える。
(こっちもこっちで大嘘つき)
ブラックバックとの戦いをティスは目の当たりにしている。足の負傷などカートにとっては不利にならない。
だから出席するだけで警護として成立するのだ。
「カート、陛下がお呼びだ。その娘とともに御前へ行け」
金髪の青年がカートに声を掛ける。青い式服の、背の高いすらりとした優男だ。
「ヨギラス。ティス殿を『その娘』呼ばわりとはどういうことだ?お前らしくもない」
カートが青年ヨギラスの発言を聞き咎める。
立派な服装のいかにも貴公子然とした相手だが、まるで意に介する様子もなかった。
「わからないのはお前だけだ」
ついと背を向けてヨギラスが離れていく。
「なんだというんだ、あいつは。いや、ティス殿、申し訳ありません。いつもは女性にあんな態度を取る奴ではないのですが」
頭を掻きながらカートが詫びる。
(でしょうね)
ティスは思い、肩を落とすのだった。先のヨギラスの態度に、ラデン王国社交界の、自分に対するものの見方が集約されている気がする。
「そんなことより女王陛下が呼んでるんでしょ」
エストに言われて3人で玉座の方へと向かう。
ちょうど誰もいないところだ。それまでは祝辞を述べる貴族の列ができていたのだが。
「ラデン王国へようこそ、エストさん。早速、私の祝いの場に来てもらえて嬉しいわ」
3人で拝礼すると女王リオナがエストに告げる。
「顔を上げて」
続く言葉でティスも顔を上げる。
背筋に寒気が走った。
金色の瞳が自分を凝視している。まったく動かずに視線が注がれていた。瞬きすらしない。
(怖い)
ただティスは思う。とにかく冷たい眼差しだ。敵意をすら感じる。
「このようなおめでたい場への招待を賜り、恐悦至極です。女王陛下、本当におめでとうございます」
エストが恭しくもう一度拝礼して祝辞を述べる。その気になればきちんと礼儀を守ることが出来るのがこの女主人なのだった。
「やめてよ、エストさん。古くからの友人なんだから。私にとって、貴女は妹のようなものよ」
エストの方にリオナが視線を移して告げる。途端に温かい眼差しになるのだから不思議だ。
「正直、国を追い出されて困っていたので、助かりました。その面でも、本当にありがとうございます」
エストが可愛らしく微笑んだ。
女王リオナの視線が再び自分に注がれる。また冷たくなった。
「そこの、カートが連れてきた、その娘が、貴女の想い人?」
エストと話していたのと同じ人物とは思えない、冷え切った声音だ。
「なんていう仰りようですか。こちらは陛下の妹分にあたるエスト嬢の侍女であるティス・メルンスト嬢です」
カートが紹介してくれた。明らかに遠慮なく女王リオナに対して気を悪くしている。
(こんな態度を取れる間柄なの?)
ティスは改めてカートの身分を思い知る。
発言の許可を貰えていないからティスは口を開けない。それでも紹介をされたので、ぎこちなくティスは拝礼する。エストのようにはいかない。
顔を上げると露骨に、顰め面を向けられていた。
「主従ともども、お世話になりますが、私もこれでも聖女のはしくれ。微力ながらラデン王国のため力を尽くしたいと思います」
エストがとりなすように告げる。
「ええ、貴女、には。期待しているわ」
意味ありげな言い方をまた女王リオナがする。
この祝宴での自分を見咎める雰囲気を作った犯人が女王リオナだとティスは最早、確信していた。
(一体、なんでこんなことに)
ティスの心には困惑しかない。
窮地を助けられて、満更でもないところ優しくされて心が動いてしまった。
すると国ぐるみでやっかみを受けている。
「カート、貴女、ダンスはその娘と踊るつもり?」
更に女王リオナが尋ねてくる。
まだ何か含むところがあるのだろうか。
(考えられるのは、今までとおりなら、陛下がカート様と?)
ティスはカートを見つめる。一応、自分もバール帝国にいた頃、実家で多少の訓育は受けているので踊れないわけでもない。
「ええ、そのつもりで一緒に出席してもらっているのですよ?」
カートが気を悪くしたままの顔で言う。
「ええ、楽しめるといいわね」
女王リオナが皮肉たっぷりに告げる。
「カート様、でも、足は?」
戦闘以外は温存しているのではないか。密かにティスは耳打ちする。発言はまだ許可されていないが、それぐらいは良いだろう。
しかし、自分の発言は女王リオナには注視されているのだ。あまりに迂闊だった。
「え?何?足?カートの足のこと?」
急に大声を女王リオナが上げる。
「ふふっ、くすっ、あはははっ、カート、あなたったら、その娘には自分のこと、なぁんにも話していないのね」
女王リオナが大笑いで告げる。
カートに言っているが、確実にティスを馬鹿にしているものだ。
会場も何事かと耳をそばだて、女王リオナの言葉を理解してから、ドッと笑い声があがる。
(なに?なんだっていうの?)
いつも足を引きずっているカートを案じただけのティスは大混乱である。
「ティス殿、私の足を気遣ってくださり、まことにありがとうございます。まったく、この連中は何がおかしいのやら」
同じくカートが腹を立ててくれている。
「ふふふっ、いいわ、ティスさん。今日は面白かったから、これぐらいで。さがってくださる?ごゆっくり」
ようやく女王リオナから解放された。
頭を抱えたくなるも、カートの示す情愛だけは本物だ。慰めるように話しかけ続けてくれている。
一曲だけ踊った。カートの足のこともあり、ティスは一曲としたのである。
「カート、すまんが軍の展開でどうしても今、話さねばならんことが起きた。いいか?」
また金髪のヨギラスがあらわれた。
「手短に頼む。ティス殿をお待たせしたくない」
仏頂面ながら、了解してしまうカート。
「すいませんがティス殿、少しだけ外します」
すまなそうにカートが離れていく。
「はじめまして、よろしいかしら?」
そして待っていましたとばかりにご令嬢たちに取り囲まれた。
親しみなど感じない。敵意だけだ。
「私はチグリス侯爵家のレニーです。失礼ながら貴女、ご自分の立場とカート様の立場が分かっているの?」
一番、爵位の高いと思われる少女が言う。
「いえ、それは」
今日この時まで知らなかった。
ティスは口籠る。
「カート様はわが国の誇る歩兵隊長。つまりはそれだけの方でこの国の軍事力の象徴よ?私たちだって陛下のお気持ちを考えて。カート様にだけは歓談もしないというのに。他国人の貴女が」
いきなり指を突きつけられての詰問である。
「その辺はおいおい私が教育しますので、今日はお引き取りくださる?」
どこからやってきたのか。エストが間に割って入る。さすがに女王リオナ自ら認めた聖女エストには食ってかかりづらいらしい。レニー始め貴族令嬢が言葉に詰まる。
「これ以上、邪魔しないようにしますから」
その隙をついて、エストが自分の手を引いて、馬車へと戻る。
「やれやれ、本当、厄介なのに惚れられたわねぇ、あんた」
苦笑いでエストが告げる。
「良かったんでしょうか。私、カート様に何も挨拶をしてなくて」
ティスはカートを気遣う。
「仕方ないでしょ、あのままだったら、あんた、言われたい放題だったわよ。きちんと守らない、あいつが間抜けなのよ」
腹立ち紛れにエストが告げ、2人で帰宅するのであった。




