11 女王リオナの生誕祭1
屋敷の前に馬車が乗り付けてきて、カートが降りてきた。いつもどおりの軍服姿だ。いつもと少しだけ違うのは、左肩に金色の肩章をつけていること。
(ラデン王国の国章?2本の棒と魔術師の杖?)
右斜めに2本と左斜に1本の棒が交差する刺繍を見て、ティスは思うのだった。
「美しい。本当に」
カートが自分を見て目を見開く。
見惚れてくれているようだ。気恥ずかしくなって、ティスは身を捩る。
背中の大きく開いた黒いドレスだ。久しくドレスなど着ていない。
(こんなに肌が見える服装なんて、いつ以来かしら)
もしかすると生まれて初めてぐらいかもしれない。
「カート様も」
ティスははにかんで俯く。
足を引きずってこそいるものの、端正な容貌の青年だ。
(そして、歩兵部隊の方なのに、女王陛下の式典に招待されるほど、優秀なんだわ)
密かにティスは敬意を新たにするのだった。
「俺はいつもと変わらんでしょう」
カートが破顔した。
「申し訳ありません、いや、笑い事ではありませんね。俺は会場の警備も兼ねているので、この格好なのですよ」
確かにランパートの森で武器にしていた杖を今日もカートが所持している。
(大変なんだわ、カート様は)
ティスはしげしげとカートの顔を見上げて思う。
カートにとっては、ただの生誕祭でも宴会でもないのである。
「それなら私も戦闘装束の方が良かったかもしれませんね」
ティスは深刻に捉えて返す。
「それでは、俺がティス殿のドレス姿を見られないではないですか」
カートが大慌てで言う。
「いや、本当に、それでは、損といいますか」
頭を掻きながらカートが説明を続けている。
こっ恥ずかしいやり取りなのだが、既に女王リオナからの迎えの馬車により、エストが出発した後なのだ。
聞き咎める者もいない。
「でも、このドレスは高かったのでは?」
ティスは袖のレースや刺繍を眺めて告げる。
黒尽くめになることを除けば、仕立ての良い品であることは明らかだ。布地も上質なものだと思う。
「今、こうして見てみると、安い買い物でしたよ」
笑顔のままカートが歯の浮くようなことを言う。
自分の姿を喜んでくれているというのが、ティスには素直に嬉しい。自分の人生では、親を除けば初めてのことだ。
「さて、と。ここでいつまででも、俺はティス殿を称えていられますが、それでは本末転倒だ」
カートが手を差し伸べてくる。
馬車の中へと誘ってくれるのだが、やはり左足を引きずっていた。
(本当に、どうやって、この足であんな素早い動きをしていたのかしら)
ティスは訝しく思う。
お互いに向かい合って座る。
馬車がゆっくりと進み始めた。
「一応、こんな身ですが、女王陛下にはお目通りいただくことになろうかと」
カートが杖を車内の床に立てた姿勢で言う。
「ええっ、そんな」
素直にティスは驚いた。せいぜい会場の隅でカートと談笑するぐらいだと思っていたのだ。
「いや、面倒なことで。本当に申し訳ない。しかし、あくまでティス殿も招待客なのです。軽く祝辞だけでよろしいかと」
なぜだか苦々しげにカートが言う。
「そんなわけには、でも、確かに」
気の利いたことが咄嗟に言えるわけでもない。自分はそういった方面の準備を今回はしてこなかった。
(だって、そもそも、急に招待されたのが不思議なぐらいだもの)
ティスは外の方を向いて、苦々しげなカートを見つめる。
不興を買ったのだろうか。
カートがまた自分の方を向く。何かハッとして、また笑顔に戻った。
「いや、ティス殿を巻き込むこととなって。申し訳なくて。そして、その原因となった人に、どう文句をつけてやろうか、思案していたのですよ」
言い訳を始めるのだった。
カートが赤面する。
「どなたかの前で、恋人がいることにでも、しないといけなくなったんですの?」
まさかと思いつつ、冗談めかしてティスは尋ねる。
「ティス殿は俺の心が読めるのですか?」
驚いた顔でカートが頷く。
「いいえ、そんなわけないです」
驚き返してティスは縮こまる。
(軍関係の方なのかしら?その、恋人を見せないといけないお相手というのは)
面倒な縁談にでも煩わされているのだろうか。
「いや、厄介な人なのですよ。長い付き合いなのですが、素敵だと言われる女性を知るや、俺に面通しさせて、心が動かないか確かめさせるのです。一体、何がしたいのやら」
苦笑いでカートが言う。
確かにおかしなことをするものだ。
「その方は男性ですか?」
ティスは身を乗り出して尋ねる。
「いや、女性です」
カートが即答した。
(それは、その方がカート様に心を寄せているからじゃないかしら。そして、軍の関係者でもなさそうだけど)
ふと、ティスは自身がまだカートのことをあまり知らないことに気づく。
今のところ、自分に優しくて認めてくれている。そして親切に接してくれているということだけだ。
「あの、カート様は」
ティスは何から尋ねようかと思案しつつ口を開いた。
「着きましたね」
カートが告げ、扉が開け放たれるや降車した。
下から自分に手を差し伸べている。やはり動きが機敏だ。
(とりあえず、まずはこの生誕祭を)
ティスは思い、カートの手を取るのであった。




