第7話 異端の使者
──それは、世界の“観測網”の亀裂から、こぼれ落ちた存在。
村の西。枯れかけた森の奥。
そこに、男は立っていた。
真紅の外套に身を包み、顔を隠さず歩くその姿は、この土地ではあまりに異質だった。
だが、誰も彼の存在に気づかない。
なぜなら、彼もまた《観測外》だったから。
「ふぅん……ついに“門”が反応したか」
男は空を見上げる。
「予兆が出たのは、あの村。やっぱりあの子、目覚め始めたんだな」
男の目は鋭く笑っていた。
その頃、レントは自室で眠れぬ夜を過ごしていた。
夢にまた、あの“門”が出てきたからだ。いや、夢ではない。あれは……記憶のようだった。
門の前に立つ自分。
空を裂く声。
泣いている何かの存在。
「……俺は、何を見てる?」
そのとき、扉をノックする音。
「……誰?」
開けると、そこに立っていたのは見たこともない男だった。
真紅の外套。
飄々とした表情。
年は20代後半に見えるが、瞳の奥はずっと深く冷たい。
「よっ、神谷レントくん。はじめまして、かな?」
「……誰だ」
男は一歩踏み込み、勝手に部屋に入ってきた。
「ま、名乗っても意味はないけど……仮に名をつけるなら、“赤”って呼んでくれればいいよ。俺は――君の味方、かもしれないし、敵かもしれない」
レントは即座に警戒する。
「観測者の仲間か?」
赤は笑った。
「逆だよ。あいつらは“記録に残す”のが仕事だろ? でも俺たちは“記録を書き換える”側だ」
「……は?」
赤は軽く手を振った。その瞬間、部屋の時計の針が逆回転を始めた。
3秒ほど戻った後、また元に戻る。
「えっ……」
「これが、観測の外でできることのひとつ。君はまだ使い方を知らない。でも、“門”に触れたなら、もう引き返せないよ」
レントの呼吸が浅くなる。
「君の中には、“選択肢”がある。
神々の観測に従って静かに生きるか。
それとも、観測そのものを……壊すか」
「……観測を、壊す?」
赤はニッと笑う。
「どっちを選んでも、世界はもう揺れてる。だったら、君が“真実”のほうへ進んだ方が面白いだろ?」
そう言って、彼は一枚の小さなカードを置いた。
そこには黒地に金の紋章――祠にあったものと同じ印が刻まれていた。
「その印を持つ者は、“鍵”として生きる。
気が向いたら来なよ、“門の向こう”へ」
そう言って男は、まるで幻のように霧とともに消えた。
レントは部屋の中心で、ただ立ち尽くす。
手の中には、冷たくも確かに存在する“運命”のカードだけが残されていた。