第5話 観測者
祠の扉が開いた瞬間、空気が一変した。
黒いフードに身を包んだ男は、無言のままレントを見つめていた。
その視線は、まるで心の奥を覗き込むような冷たさを持っている。
「……誰だ、お前」
レントの声は自然と低くなった。敵意というより、本能的な警戒が先に立つ。
男は静かに一歩踏み込むと、祠の中に目をやった。そこにはまだ、光を帯びた古文書の紙片が落ちている。
「君がそれを見たなら、本来ここにいる資格はないはずだ」
男の声は驚くほど淡々としていた。抑揚がなく、まるで機械のようだ。
「その意味、知ってるのか?」
レントは紙片を拾い上げる。まだ微かに温かく光っている。
男はうなずいた。「あれは、“門”の記録。そして、君は――“観測外”の存在だ」
「観測外……?」
「この世界は、すべてが神の視線――“観測”の中にある。生まれた瞬間から、死ぬ瞬間まで、すべてが記録され、管理される。
だが君だけは、それを外れている。ステータスが見えないのも、その証拠だ」
言葉の意味は難解だったが、レントの心にひとつだけ確信が生まれる。
“俺はこの世界の枠組みに属していない”
「それが……どうした」
レントは一歩、男ににじり寄る。
その瞬間、男の手が素早く動いた。黒い布の袖口から、光を帯びた刃のようなものが伸びる。
「その記録は、神の領域に触れるもの。生きて返すことはできない」
祠の中に、青白い閃光が走った。
反射的にレントが腕をかざしたその瞬間、彼の周囲に――無色の風が、吹き上がった。
まるで空間そのものが拒絶するような、異質な“圧”。
刃はレントに届かず、何かに弾かれるように軌道を逸れた。
男の目が、初めて驚きに揺れる。
「……やはり。すでに“門”に触れ始めているか」
男はすっと身を引き、霧のようにその場から姿を消した。
残されたのは、再び静けさを取り戻した祠と、風の余韻。
そして、レントの腕に浮かんだ光の痕跡――
紋章の一部と同じ、奇妙な模様だった。
「……力が目覚めてきてる?」
レントは恐怖と同時に、強烈な予感を覚えていた。
“世界は、俺が思ってるよりずっと深いところで動いている”
そして、その中心に自分がいることも――もう、否応なく知ってしまった。