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第1話 戦争の歴地(1)

 大陸歴1796年から1896年にかけての100年間は歴史上類を見ぬ天才が多く現れ、その多く没した、栄華なる時代である。


 ——歴史家 トゥナーリ・テラ・ハイゼン 著作『テラコッタ』より——


 ◆


 カルカナ大陸の中央部から北へわずかに進んだ場所に、カルぺ平野と呼ばれる広大な地が横たわっている。チェイテ山脈のふもとに広がるその平野は、かつては草木が風に揺れ、野生の獣が駆け、命が巡る緑豊かな大地であった。

 山脈より流れ出す豊富な水脈が土壌を潤し、育つ作物はたちまちに成長し、多くの益をもたらした。


 その豊かさゆえ、カルペ平野は古代から人々を潤してきた。

 遥か昔は遊牧民がカルペ平野で生活を営み。やがては定住するたみが現れる。

 数十年も立つと小国の領土となり、時を経て、隣接する大国がその旗を立てた。多くの人々がこの場所を求め——争った。

 豊穣の歴史と戦争の歴史は共に歩む。

 

 みながカルペ平野を求めるが、みな持つ歴史や考え、文化は別のもの。それは宗教対立であり、人種対立でもあった。


 争いの果てに勝者が杭を突き立て、何度も土地を耕した。旗が変わるたびに兵士が現れ、畑は焼かれ、また新しく訪れた民が命を賭して種を撒き直した。

 何百年、何千年に及ぶ歴史の中でカルぺ平野は様々なモノの支配下に置かれた。小国、大国、あるいは個人。しかし栄枯盛衰。たけるモノもいずれは滅びゆく。その度に支配者が代わり、新たな戦火の種を発芽させる。

 そうして何百年と争われてきたこの大地。


 ――今、カルぺ平野は、もはや誰の土地でもない。


 どの国にも所属せず、誰の領地でもなく、ただ『《《西部前線》》』として地図に記される戦地。

 銃弾と魔術が交錯する荒野となったこの地には、もはや種を蒔く者も、水を汲む者もいない。かつて肥沃とうたわれた土地は屍と機械油に侵され、緑は消えていた。

 赤と黒が広がる茶色の大地が地平線の先まで広がり、砲弾による窪みや塹壕によって凸凹でこぼことした隆起に支配されている。

 空は晴れない曇天が支配し、光は降り注がない。降り注ぐのは黒い雨と灰だ。作物を耕すどころか、生物が生存するのにさえ厳しい環境。

 

 もはや奪う意味もない地に、しかしなお軍勢は投入される。理由は理でも利でもない。ただ、止め時を失った戦争が惰性で続いているだけだ。西部前線は今や、戦略的価値ではなく政治的体裁のために維持される、泥沼の象徴となっていた。


 ◆


 カルカナ大陸は国家や山脈、湖や異常神域など、様々な環境がおりなって存在しているが、大雑把に分けるのならば、人間の価値観で判断するのならば、この横に長い大陸は『西部』と『東部』で大きく分けられる。

 これには宗教的価値観や文化的根底の差異などが理由に挙げれるが、それが主ではない。それらはあくまでも根本原因に付随する、副産物に過ぎない。

 『西部』と『東部』。

 それらは『魔術派閥』か『科学派閥』かによって分けられる。


 神秘を探究し、自然と共存し、魔術の真髄を追い求める『魔術派閥』は『西側』に属し、対して、鋼鉄と蒸気、あるいは電磁と演算を信奉する『科学派閥』は『東側』に属する。

 

 遥か昔は魔術と科学が共存していた。

 しかし科学の発展に伴い、たもとを分つことになる。魔術は西に残り、科学は革新を追い求め東へと向かった。

 この決別が現在にまで続き、今日こんにちの情勢を形取っている。


 睨み合い、牽制しあい、やがて争い合う。

 土地を追い求め、物資を欲した。その背後には思想的対立が確かにあった。争い合えば争い合うほど、戦争を積み重ねるほど、対立は根深くなる。

 小競り合いが何度も繰り返された。その度に誰かが亡くなり、誰かが勝利した。犠牲は少なかったのかもしれない。しかし、亡くなったその人は誰かの大切な人だったかもしれない。あるいは、親友だったのかもしれない、家族だったのかもしれない。

 残された者たちは確かなる喪失を持って、確固たる恨みを募らせる。怨嗟は続き、深く膨れ上がる。

 

 小さな小競り合い。されど小競り合い。

 その裏には確かな悲劇が存在していた。

  

 積み重なり、膨れ上がったその根深き対立はやがて爆発する。

 クレーポート戦争。1796年のことだ。


 その後100年と続く大戦の始まりには、あまりにも矮小な始まりだったのかもしれない。


 ◆


 □ 西部前線 西部司令本部付近 テルミ・テッタ・テルミエール


 クレーポート戦争から約56年。大陸歴1852年のこと。

 大戦は続き、その一つ。チェイテ山脈麓の西部前線から膠着状態だった歴史が動き出す。


「ひどい景色だな」


 僅かに丘陵になっている場所に建てられた司令本部の近く。そこから塹壕がアリの巣のように張り巡らされた西部前線を、中級魔術少尉であるテルミ・テッタ・テルミエールが見下ろしていた。

 本当に酷い光景だと、口に出した後も心の中で呟く。


 アリの巣のように、まるで迷路のように張り巡らされた塹壕には多くの兵士達がいた。泥を被り、灰を吸い込み、遥か遠くに構えるノクス兵と睨み合っている。

 この場所には、この戦いには戦術や戦略なんてものはなく、ただ泥臭い消耗戦があるのみ。ただ少しの後退。ただ少しの前進。戦況は動かず、被害と報告書ばかりが積み上がっていく。


 もはや意義などない戦い。


「話には聞いていたが、これほどとはな」


 軍学校を卒業したばかりの、まだ歳若きテルミが戦場に送り出されたことから、切羽詰まった状況であることは予測していたが、これは予想以上だった。

 それは、軍学校で聞いていた話よりも、西部前線帰りの兵士から聞いていた実体験よりも、遥かに、筆舌にし難いほどに、酷いものだった。

 

 この戦場には美しさがない。

 統率の取れた陣形も、画期的な戦術も、戦略も、何もかもが無く、あるのは意味のない塹壕戦だけである。

 せっかくと、今日この日のために色々と策を練ってきた。しかし、この戦場を見る限り、テルミの美しさと実用性を併せ持った戦術を使う機会はなさそうだ。


「そう言わず、必要とされているのですからヘソを曲げずに、その才覚を存分に発揮してください」


 テルミの斜め後ろに立つ大柄の男——ガスポンドが口を挟む。

 するとテルミは不機嫌な表情を隠さずに言い返した。


「臍など曲げていない! ただ残念に思っただけだ! 軍人である以上、仕事に私用は挟まん!」


 不機嫌なテルミには慣れているからか、ガスポンドは柔和な笑顔を浮かべたままだ。


「して、どうなされます。指揮系統などは」

「どうも何も、まだ着任したばかりだ。前指揮官の仕事を引き継ぎ、部下からの説明を聞き、上官の指示を仰ぐしかないだろう」


 人を率いれる立場があれども、立派な戦術があれども、所詮は中級魔術少尉。下から数えた方が早く、小隊を率いるのが精一杯だ。

 逆に、テルミのような者まで出張って来て指揮官を任されるということは、それだけ、西部前線は人的資源が不足しているということ。それだけでなく、物的資源も十分とは言えなかった。


「ここは最低限の物資しか配給されていないようだな」

「そうですね」


 塹壕にいる兵士たちの装備を見ながらテルミが呟くとガスポンドも同意した。


 魔術を発動させるには幾つかの過程を経る必要がある。構成式の組み立て、調節、詠唱、そして放出。それらの過程をすべて手順通りに、且つ、正確に行わなければならない。

 しかし普段の生活で、生きる上で、ましてや戦場で、そのような過程を経ている時間はない。魔術師当人の技量にもよるが基礎魔術であれば15秒は発動に時間がかかる。銃を向けられてから撃たれるまでは一瞬だ。引き金を引いてから、弾丸が脳天を貫くまでに一秒とかからないだろう。

 悠長に15秒も待っている時間はないのだ。ましてや、相手が銃を使う戦場において15秒間の間、逃げながら手順通りに過程を踏み、尚且つ正確にその動作を行うのは無理がある。

 だからこそ、術式が導入された。

 術式は基本的に、何らかの物体に彫られるか焼き付けられる形で運用される。術式が付与された物体を過程の一つに加え、魔術を行使することで、発動の際に必要な過程の幾つかを省略することができる。

 基本的な魔術ならば15秒かかるところを――品質にもよるが――1秒から2秒ほどにまで短縮する。さらに、使い手と品質さえ良ければ発動時間は思考の速度と並ぶ。

 現代戦においてこの時間的猶予はあまりにも大きく、必要不可欠であった。

 

 ただ当然ながら欠点も存在する。それは大きく分けて二つある。

 まず一つは術式を使い魔術を発動させることで、その効果が減衰してしまうというデメリットだ。時間さえあるのならば術式は介さずに行った方が良い。ただこれは、時間か効果か、どちらを選ぶかという話だ。時と場合で使い分ければいい。


 そして二つ目。術式は物体に刻まれるか焼き付けられるかの方法で運用されることが多いが、この『掘られる物体』の選別というのが極めて面倒だ。発動させる術式の規模が大きくなればなるほど、掘るべき術式そのものが巨大になり、また、掘る物体の強度、術式との親和性、魔術的適合性などの項目を満たす必要がある。

 もし、親和性の低い物体に魔術を刻み、あまつさえ発動させてしまえば術者もろとも爆発する可能性すら秘めている。だからこそ、術式に合う物体を用意する必要がある。


 そして神のいたずらか、より必要な術式、より高度な術式ほど適合する『物体』が少なく希少になる。これには例外が無く、ほぼすべての術式において、高度になればなるほど、必要なものほど、要求される『物体』が希少品になる。


 金や資源のある国は高価な物資を集め、高度な術式を刻み込む。対して小国は安物の『物体』に安い『物体』に安い術式を刻み込む。たったこれだけで国力の違いに確固たる階級ができあがる。

 科学も魔術も変わらず、革新性を持たなければこの時代を生き残れない。


「なんだあのオンボロは、時代錯誤もいいところだな!」

「7式簡易法陣ですか、確かにあれでは……少々もの足りませんね」


 二人が呆れたように呟く。


 術式は幅広く、奥深く、それぞれが分類されており、生活用術式や一般移動用術式など、様々だ。その中でも戦地で主に用いられるのは軍用術式に該当される術式である。

 基礎軍用術式には全てで24の型がある。

 基本的に数字が小さいものが古く、大きいものが新しい。つまり基礎軍用術式1は最初にできたものということになり、基礎軍用術式24は最も新しくできたものになる。

 また、新しい基礎軍用術式ほど洗練されているが、要求される火力が上がっているため、必要になる『物体』も高度になる。つまり、幾つかの例外こそあれど、基礎軍用術式は最新式になるにつれて要求される『物体』が高価になるということだ。

 それでも洗練された結果、発動される効果に比べて必要とされる『物体』の要求度は下がっている――が、しかし、それでも小国にとっては厳しいもの。


 そして、下から数えた方が早い7式簡易法陣。つまり基礎軍用術式7を使っているということは、どれだけこの戦場が逼迫しているかが分かる。それか、最低限の装備しか与えられていないのか。

 少なくとも――。


「―――ゴミだ! 少々どころではないぞ! ガスポンド!」


 この戦場は見捨てられている。

 今日初めてその目で現状を見たテルミは確かな落胆と怒りを滲ませながら吠える。

 ガスポンドがせっかく少々と言葉を濁したところ、テルミは思ったことを率直に言ってしまった。後ろにいる兵士がどのような顔をするか。しかし事実なので仕方が無い。


 ガスポンドはゆっくりと横に首を振ってため息をいた。

 このようなゴミ同然の装備でも対抗できているということは、相手も似たような装備、あるいはそれ相応の技術レベルということ。可能性ならばまだあると、ガスポンドは薄っすらと思考する。


 その時、後ろからやってきた兵士がテルミを呼んだ。


「テルミエール中級魔術少尉殿! バルデラ上級魔術大尉殿が呼んでおられます!」

「分かった。すぐに行く」


 バルデラ上級大尉とは初対面になる。

 さてどのような御方か。

 この西部前線を見て何を思い、何をしたのか。階級こそ下だが、じっくりと吟味させてもらおう。


 決意を帯びた表情でテルミが歩み始めた。


 ◆


 西部前線で睨み合う両国。

 東側に属するの鉄鋼と蒸気を信奉するノクス機構国。『科学派閥』に属する。

 西側に陣取るのは、小国――アステール魔術連邦。当然のことながら『魔術派閥』に属し、その中でも最も、よく言えば魔術国家らしく、悪く言えば差別的な国家と言える。

 魔術を至高とし、血統と階級をもって支配する特権階級国家。

 それが小国アステール魔術連邦を彩る形だ。

 特に軍務となれば階級構造がより強くなる。血統や家柄といった要素がさらに重要視され、伝手も重要となる。血統無き者の才能や経歴を評価してくれることはあれど、それが正確とは限らない。

 過大評価はしない、と言えば優秀そうに見えるが、その実情、正しい判断はせず、逆に過小評価しかしない。ことアステール魔術連邦において、才能や実績だけでは越えられぬ壁が確かにあった。

 

 それはあくまでも一般的な社会での話。

 軍務となれば話は変わる。主に悪い方面へと。

 学歴や血統がさらに重視され、才能があったとしても由緒正しくなければ前線へと駆り出され枯れるまで酷使される。逆に、優秀でなくとも家柄さえ良ければ人の上に立つことが許される。

 

 今、テルミの目の前にいるバルデラ上位魔術大尉はそのような風習が形を取って現れたような男だった。

 軍服のボタンが心配になるほど膨れ上がったその腹部からは、とても戦争の体裁が見て取れない。人を食ったようなその表情は、とても戦など知らないように思える。誇示するように、その胸に並ぶ勲章の数々は果たして後方勤務で得たものか、それとも自身の手で勝ち取ったものか。

 当然と言えば当然だが、実践の埃も煤も、そのあまりにも清潔な軍服には染みついていなかった。にもかかわらず、その態度は傲慢。知っていて当然の戦況を、知り尽くしていることに自慢さえ滲ませているようだった。


 ――と、自らの勝手な思い込みと邪推で上級魔術大尉を勘ぐるのは止めようと、対面するテルミは確かな嫌悪感を覚えながらも表情には出さず、思考をそこで打ち切って上官に気を払った。


「始めましてテルミエール中級魔術少尉。歓迎の一つでもしたいところだが、この有様なものでね」


 仰々しく両手を広げ、椅子に悲鳴をあげさせながら背もたれに体重を預け、バルデラはこの酷い戦況を、僅かに愉悦を帯びた表情で語る。バルデラが両手を広げるこの場所は空中が効き、清潔で、欲しいものを頼めばすぐ来るような場所だ。

 彼が今ここで、戦場を雄弁に語るのはお門違いにも程がある。


「いえ、大尉殿。これほどまでに逼迫した状況下、私のような末席の者に回る物資があるのでしたら――それはぜひ、前線で血を流す部下たちに振り分けていただきたい。彼らの方が、よほど《《私たち》》よりも相応しいでしょう」


 この発言にバルデラは少し不機嫌になるかとも思ったが、相も変わらず人を食ったような表情を浮かべたまま、ゆっくりと菓子をつまんでは食べているだけだった。


「そうであるな。一理ある。してテルミエール中級魔術少尉。外の戦況を見て、貴公の目にはどう映った」

「着任より未だ二刻と経ておりません。地形も戦力配備も、把握には程遠く……拙い所感となること、お許し願います」

「構わない」

「では」


 ガッと、テルミがバルデラを見る。

 その眼力にバルデラが僅かに瞳孔を広げ、菓子をつまむ手を止めた。


「僭越ながら申し上げます。前線における物資の欠乏、特に食料、衛生資材の不足は深刻です。また何より、兵士の装備は旧式且つ劣化が激しく、現状の罫線は著しく困難と判断いたします」


 テルミの雰囲気から何か革新的な、あるいは重箱の隅をつつくような進言がなされると思っていたバルデラは少々拍子抜けといった様子で、ゆたゆたと微かな笑みを浮かべるのみだった。

 ここは西部前線。

 食料や医薬品が不足しているのは当然のこと。それはすでに常態化しており、上層部が見直そうとはしていない。服なども戦死者から剥ぎ取って使いまわしているのだ。不衛生を極めるこの塹壕戦が『消耗戦』などと銘打って揶揄されるのは、当然のこと。

 テルミの進言は至極当たり前のものだが、同時に、当たり前すぎている。馬鹿でも考え付く。

 奇をてらった意見とは言わない。

 しかし若くして軍学校を卒業した秀才がどのような見地から、新しき視座を提供してくれるのかと、楽しみにしていたバルデラだからこそ、テルミの言葉を聞いて面白みのない落胆を隠さずにはいられなかった。


 と、バルデラの顔から明らかな落胆が漏れているのを確認したテルミは、僅かに息を吐いてリズムを整えた。


「バルデラ上級魔術大尉」

「どうした」

「この欠乏は前提であります。しかし、これを常態として甘受し続けるのならば、この戦線に未来はありません。私は補給経路の再構築を提案いたします」

「提案するだけですか?」

「時間さえ与えて下されば、私がより良い形に変えてみせます」

「ほう……」


 バルデラは顎に手を当て、一言そう呟いた。

 テルミの進言は先ほどの提案と同じく至極真っ当なことのように思える。革新性は無く意外性も無い。退屈そのもの。しかしながら補給経路の再構築という一見当たり前の課題に対処すると言った、この事実が思いのほか大きかった。

 

 兵站の重要性を知らぬ者はいない。

 兵站が充実していれば食料が満足に運ばれ、兵士の士気が上がる。医薬品が運び込まれれば、助かるはずだった兵士を助けることができる。武器を運ぶことができる。戦争において兵站は無くてはならないもので、戦争の行方に直結するといったも過言ではない。

 

 しかしながら、皆が重要であると考えるこの兵站というものが歴史上どの戦争を見ても、どの国家も苦しめられてきた。単純で明確な問題ではあるものの、その対処方は確立されておらず、非常に難解。

 一見、『補給経路の再構築』という提言は当たり前のことだ。現状を大きく変えるのならば兵站の充実が不可欠であり、最も効果的だからだ。提言するだけならば簡単。

 しかしテルミは、兵站という大国も陥る問題について自らが当たると答えたのだ。

 より良い形にすると。それで戦争を終結へと導くと。この難問に対して解決に乗り出すと。

 加えて、テルミの提言は、従来の兵站を構築していたバルデラに対して、「それでは駄目だ」と突きつけているものであり、もし何も果たせなかればテルミ自身の進退に大きく関わる。


 テルミはそれを知ってから知らずか、決意が込められた表情を見るにすべてのリスクを把握した上での提言なのだろう。着任してまだ二時間余り。まさかここまで大胆に動いて来るとは、とても軍学校を卒業したばかりとは思えない。

 とは言っても、テルミは一度戦場を乗り越えてここにいる。

 兵站の重要性を実体験を持って知っているからこそ、このような大胆な選択が取れたのかもしれないが。


「面白い。できるのですか?」

「時間さえ与えてくだされば」

「具体的はどの程度ですか」

「二週間ほど」


 現場に配属された小隊の指揮官を二週間も自由にさせておくのは、人的管理の面で見れば愚かとしか言いようがない。しかしながらこの有望果敢な若者が、この戦況に対してどのような解答を出すのか、バルデラは見たくなった。

 この決定のせいで僅かばかりの報告書と本国にいる上官への説明責任が発生するが、苦ではない。


「承知した。やってみなさい」

「拝命いたしました」


 もし何も得られないのであれば、という話をする必要もない。テルミはすでにその責任を承知した上で言葉を口に出した。


「本来であれば、もう少し話す予定でしたが、貴公のこともよく分かった。つまらない報告会はこの辺でよいですね」

「はっ! では、すぐにでも補給経路の確認へと移ります」


 テルミが敬礼をすると共にバルデラも同じように行う。そしてテルミが「失礼いたしました」と述べて部屋から去ろうとした時、バルデラが口を開いた。


「そうそう。一つ言い忘れていたことがありました」

「な、なんでしょうか」


 テルミが振り返ってバルデラの顔を見た。


「貴公は随分と……若い、ですな」

「今年で18になります!」

「いやいや素晴らしい。その年であの極致決戦を生き残り、大銀突撃賞を授与したとは。まったくいやいや、本当に、素晴らしい」


 大げさに手を叩いて褒め称えるバルデラの雰囲気からは不気味なものを感じた。それだけでない。テルミは嫌な記憶が脳裏に過ったことで、僅かに表情を暗くした。それは本当に些細な変化だったのかもしれない。

 しかし貴族社会で生き残って来たバルデラの目は誤魔化せない。


「――その活躍、その戦績から、《《英雄》》……だと、噂されているようですが」

「英雄ですか……これはまた。私など英雄と呼ばれるには、何もかもが足りていません」


 英雄の称号はテルミにとって不相応な物。それは分かり切っている。しかしバルデラがテルミを英雄だと謳ったのは何故か。

 バルデラは僅かに天井を見ながら、視線をぐるりと一周させて再度テルミを見た。


「して、もう一つ。噂で耳にするところでは、テルミエール中級魔術少尉は《《平民の生まれ》》、だとか」


 血統や家柄というものは本来であれば少しの意味しか持たない。しかしこの国において、そして軍隊という環境において、それは致命的となる。もともと血統を主軸に育まれた文化でアステール魔術連邦はできている。

 人を率いる立場であるはずのものが平民、では示しがつかない。それでいて差別も酷く、軍隊内での権力闘争にも致命的な弱点となる。テルミ自身、平民出身ということを恥じていることはないのだが、確かな弱みだと認識している。

 

 バルデラの発言は確かに、テルミの弱みを突くものだった。


「平民出身が、一体なんだというのですか」


 気丈に、動揺など見せずに答える。このような質問をされることはこれまででも何度もあった。だからこそ慣れている。


「いや、特段何か言うつもりはないのだよ。ただ、後ろ盾のないテルミエール中級魔術少尉では、失敗した時に大変ではないかと、心配に思ってね」


 今回の補給経路再構築の件。失敗をしたらどうなるか、その具体的な展望をバルデラは述べていた。しかしテルミは了承済みだ。


「心配には及びません。必ずや、良い報せを」

「なら良いのだ。励むように」

「はッ!」


 敬礼をしてテルミが部屋から出る。

 そして部屋に残されたバルデラは僅かに口元に笑みを浮かべ、菓子を放り込んだ。


「蛮勇か……それとも」


 バルデラは笑いながら、テルミが辿る行く末に展望を募らせるのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

皆さま、初めまして作者のしータロです。

戦記ものは初めて書くので勝手の分からない部分があり、もしかしたら間違っているところや齟齬が生じてしまうような部分があるかもしれません。その時はお手数おかけしますが、遠慮なく指摘・修正をしてくれるとありがたいです。

今回の話は最初ということもあり説明が多くなりました。その上、説明しきれていない部分が数多くあり、もしかしたら話の流れがよく分からないように感じてしまう読者様もいるかもしれません。それでもお付き合いしてくれるという方がいたら是非、ご一読いただければ、幸いです。

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