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第4話① “新たな令嬢”の登場

 翌朝、コーデリアがいつものように朝食を終え、書斎で手紙の束に目を通していたときのこと。先日から続く嫌がらせの手紙や招待キャンセルの通知が一向に減らないなか、いつもと異なる紋章が目についた。それは王宮の側近筋から送られてくる公的な文書に近いものだった。


「王太子殿下が改めてコーデリアを糾弾する意志を示している……か。へえ、ずいぶん手の込んだやり方をするじゃない」


 そうつぶやいて、彼女は書簡を机に放り出す。どうやら王太子レオナルドは、自身に不利な噂が広まりそうな気配を察しているらしい。いや、正確には、アシュレイが密かに動き出している気配を感じ取ったのかもしれない。王太子の取り巻きが、コーデリアを悪く言いふらすことで彼を支持する人間を増やそうと目論んでいるという旨が書かれていた。


「本当に幼稚な手だわ。でも、その周辺には華やかな娘がいるらしいじゃないの。確か……フィオナ・ラビエールとか言ったかしら」


 うっすらと微笑みながら、彼女は立ち上がった。前夜、侍女や兄の家臣からの報告を総合すると、最近レオナルドが盛んに連れ立っている新顔の令嬢がいるという。その娘は、いかにも可憐で気立ての良さそうな雰囲気を振りまきながら、実際はコーデリアを貶める方向に加担しているらしい。ここにきて王太子との婚約を取り付けたいのか、あるいは“自分こそがふさわしい”とでも思っているのか――動機は推察の域を出ないが、どちらにしても面倒な輩だ。


「まあ、姫気取りの(うるわ)しいお嬢様が、王太子と共に私を吊し上げようとしているというわけね。面白いじゃない」


 コーデリアはそう言うと、朝のうちに馬車を出すよう侍女へ伝えた。今日こそは王都の貴族地区のなかでも、より王宮に近い場所へ足を運ぶつもりだった。目的はいくつかある。まずはこの「新たな華」とやらが、実際にどのような動きで王太子を支援しているのかを直接確かめること。それから、兄アシュレイの裏工作がどこまで届いているかを、さりげなく探ることだ。


「殿下を持ち上げるのは勝手だけれど、あまりに軽率な行動を繰り返すと、後々痛い目を見るはず。それを知らないほど、あのフィオナ・ラビエールとかいう子は世間知らずなのかしら」


 冷淡な笑みを浮かべながら、彼女は勢いよく扉を開けて廊下へ出た。廊下の先には侍女と使用人が待ち構えており、すぐに馬車の準備が完了しているとの報告を受ける。グランデュール家の紋章が付いた馬車は、街中でもひときわ目立つ高級な造りだが、コーデリアはむしろこの威圧感を有効に使う方がよいと考えていた。


 やがて馬車に揺られて王宮付近の地区に辿り着くと、噂に敏感な人々がさりげなく視線を投げかけてくるのを感じる。彼女はそれを余裕ある表情で受け流しつつ、ある邸宅の前で停車を命じた。そこは王太子側近の一人、侯爵家の邸が並ぶ一帯であり、しかも最近、フィオナがたびたび出入りしているという話が耳に入っていた。


「ここから先は少し歩くわ。人目につくように堂々とね」


 そう告げると、侍女を伴って石畳の通りを歩き始める。周囲の噂好きな令嬢や貴族が「まさかあのコーデリアが、こんなところに現れるなんて」とひそひそ声を立てているのを、わざと聞こえるように受け止めながら足を進めるのだ。せっかくならば、その「姫気取り」のお嬢さんや王太子の取り巻きがいる場に登場したいという意図があった。


 予想は的中し、程なくして白亜の壁面が映える大きな邸宅の前庭に、華やかなドレスを身にまとった数名の若い女性の姿が見えた。中心に立つのは、淡いピンク色のふんわりとしたドレスに、柔らかな巻き髪をあしらった娘――これが噂のフィオナ・ラビエールなのだろう。彼女は笑みを浮かべながら、取り巻きと談笑していたが、コーデリアに視線を向けた瞬間、その表情がわずかに固まったように見えた。


「あら、あなたがフィオナ・ラビエールさんかしら。はじめまして。私はコーデリア・フォン・グランデュール」


 コーデリアの方から先に声をかけると、フィオナは一瞬驚いたように目を瞬かせる。それからすぐに愛想の良い微笑みを作り、軽く会釈した。


「こちらこそ、はじめまして。お噂はかねがね伺っておりますわ。まさかお目にかかれるなんて光栄です」


 そう言いながらも、目線の奥には戸惑いや警戒が見え隠れしている。横に控えている取り巻きの令嬢たちも「まさか本人がやってくるなんて」との様子で落ち着きなく視線を交わしていた。コーデリアはそんな彼女たちの様子を見て、内心でくすりと笑う。


「いえいえ、私もここに用があったのでついでに寄ってみただけ。ラビエールさんは、たしか近頃、王太子殿下と親しくされているとか。今日は殿下とお会いになるご予定があるのかしら?」

「え、そ、それは……」


 フィオナは返答に詰まりながらも、意外に早くに言葉を取り戻すと、少しだけ顎を上げて続けた。


「殿下とは、いろいろとご相談したいことがあって……その、ご挨拶を兼ねてこちらの屋敷を訪れているのですわ。殿下の高いご判断とご決断力に、とても感銘を受けていますの。私など、まだまだ未熟ですから」


 その言葉遣いは一見下手に出ているようでいて、実のところは「殿下との親密さ」をわざわざ強調しているようにも聞こえる。コーデリアとしては「わざとらしい」と思わずにいられないが、顔には出さずに微笑を返す。


「そうなのね。相談ごととは……もしかして私に関係があるのかしら。例えば、王太子殿下が私について何かお話になっていたとか?」

「えっ、それは……」


 ふと、フィオナは言葉を(にご)す。取り巻きの一人が思わず横から口を挟もうとしたが、フィオナが軽く手で制した。どうやら、王太子がコーデリアを退けるための画策に、このフィオナが深く関わっているのは間違いない。だが、それをあっさり認めるわけにもいかないのだろう。


「い、いえ、特別にそういうことでは……。殿下はただ、コーデリア様とはうまくいかないと嘆いておられました。でも、それは殿下が一方的に仰っているだけで、私には詳しい経緯などわからないんです。お力になれなくて申し訳ありません」


 申し訳ないと言いつつも、その声はどこか甘ったるい。“自分は悪くない、すべて殿下の望み”とアピールしているのが透けて見える。コーデリアはその芝居がかった態度にげんなりしつつ、わざと可笑しそうに笑った。


「そう。まあ、殿下が何を嘆こうと私には関係のない話ね。でも気をつけてね。殿下は意外と気まぐれだから、振り回されないようにしたほうがいいわ」

「そ、それは……ご忠告ありがとうございます」


 フィオナの取り巻きたちが不機嫌そうに顔を見合わせ、「失礼なことを言うわね」と小声で吐き捨てるのを、コーデリアは聞き逃さなかった。まるで「今や殿下の信頼を勝ち取っているのはフィオナであり、あなたは用済み」と言わんばかりの空気が伝わってくる。


 だが、コーデリアはそれを逆手にとって、さらなる言葉を紡ぐ。


「ちなみに、殿下は私のことをどう評価しているの? せっかくあなたが側におられるなら、ありのままのご意見を聞いてみたいわ。私としては、殿下と意思疎通できていなかった部分があるのかもしれないし」

「ええと……冷たいとか自己中心的とか……」


 思わずフィオナが口にした言葉を、取り巻きが「あっ」と焦った顔で止めようとしたが、もう遅い。コーデリアは笑みを深めながら、「なるほど」と相槌(あいづち)を打つ。王太子が自分を(おとし)めるのに使っているフレーズは、だいたい想像がついていたが、こうして生の声を聞くと余計に腹立たしさを覚えずにはいられない。


「冷たいに自己中心的ね。まあ、殿下がそう思われるなら仕方ないわ。でも、あなたたちも大変ね。そんな殿下をお支えするっていうのは。わたしなら、もう少し誠実な相手を望むけれど」

「誠実……って、コーデリア様こそ、殿下に散々ワガママを押し付けたんじゃなくて?」


 取り巻きの一人がとうとう我慢できずに声を上げる。コーデリアはその令嬢をゆっくりと見据えた。青みがかったドレスに身を包んだ華やかな様子だが、その目には敵意が宿っている。どうやら、コーデリアへの嫌悪感を隠すつもりはないらしい。


「押し付けた? ふふ、どこでそんな情報を得たのかしら。もし本当だというのなら、その証拠があると面白いわね」

「証拠って……それは、殿下ご自身がそうおっしゃっているのだから、間違いないと思いますけど」

「じゃあ、その証拠とやらを殿下が示したことはあるの? ただ言っているだけで、人を悪者に仕立てるのは簡単だものね」


 わざと首を傾げながら、言葉の切れ味を鋭くする。取り巻きたちは言いよどみ、互いに顔を見合わせるしかない。それこそが、レオナルド側が実際に証拠もなくコーデリアを悪く言いふらしていることの証左でもあるからだ。現に、彼らが持っている噂はたいてい曖昧(あいまい)で、真偽が定かでないものばかり。


「噂の類はさておき、そろそろ私はお暇するわ。あなた方とこうしてお話できただけでも十分収穫があったもの。どうぞ殿下とお幸せにね、フィオナ・ラビエールさん」


 そう言い残して、コーデリアは優雅に一礼すると踵を返す。取り巻きたちは何か言い返したそうな様子だったが、フィオナがその腕を軽く掴んで引き留めるように振る舞った。どうやら、これ以上追及しても得られるものはないと判断したのだろう。あるいは、王太子の名誉を守るために暴言をぶつけすぎるのは得策でないと考えたのかもしれない。


「よほど自信があるのか、ただの強がりなのか……どちらにせよ、あの人は危なそうね」


 フィオナのつぶやきが、少し離れたコーデリアの耳にわずかに届いた。彼女は振り返らずに、まるで聞かなかったふうを装って先へ進む。けれど、その胸中では「笑わせるわね」との思いが渦巻いていた。危ないのはどちらの陣営か、いずれ思い知ることになるだろうと。

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