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第3話② 噂と中傷の嵐!

 やがて、通りを歩き切ったところで、少しだけ疲れを感じた彼女は腰を下ろそうと付近のカフェを探す。ちょうど良いタイミングで見つけた店に入り、落ち着いた雰囲気のソファに身を預ける。店内にも多少の視線は向けられたが、彼女は気にせずにメニューを開いた。


 軽く紅茶でもと思った矢先、これまた知った顔が二、三名、店の奥にいるのを見つける。どうやらこちらに気づいていないらしく、ひそひそ声で何か話している。耳を澄ませば、「コーデリアの婚約破棄がいかに痛々しいか」「王太子殿下はきっと別の相手とすぐに婚約する」など、典型的な陰口のオンパレードだ。これにはさすがに苛立ちを覚えたが、同時に滑稽でもある。


「……ああいうのを見ると、逆に元気が出てくるわね」


 店員が運んできた紅茶を受け取り、コーデリアは一口啜る。苦味の少ないまろやかな味が、張り詰めていた気持ちを少しだけ緩めた。どうせなら、こうした噂話を仕返しに利用する手もあるかもしれない。心がざわつく一方で、彼女の中には妙な冷静さが宿りつつあった。


「いったい、兄さまはどこまでやり込んでいるのかしら」


 思わずアシュレイの顔が頭をよぎる。コーデリアが外を歩いている間も、きっと彼は家で大がかりな準備を進めていることだろう。レオナルド王太子に一泡吹かせる計画なのか、それとももっと大きな狙いがあるのか。その全貌はまだ明かされていないが、コーデリアにとっては格好のカウンターになり得る可能性がある。


「私がこうして噂に攻め立てられている間、兄さまは一歩ずつ行動を重ねている……。ならば、私も堂々と構えていればいいわけね」


 決意を新たに、紅茶を飲み干したコーデリアは、すぐさま勘定を済ませて店を出た。取り巻き連中がいまだにひそひそと話しているのを横目に見つつ、「もっと大きな騒ぎになるだろう」と淡々と思いを巡らせる。自分への嫌がらせがエスカレートすればするほど、彼女はより強い表情を見せてやろうと心に決めている。


 帰りの馬車の中で、書類鞄に仕舞ってあった複数の手紙をもう一度見返す。どれもこれも、言葉遣いこそ貴族風に飾られているが、底意地の悪さは隠しようがない。そこにはクラリッサだけでなく、ほかにも何人もの名が連ねられていた。元々コーデリアに良い感情を抱いていなかった者たちが、この機会とばかりに集団で嘲笑を浴びせているのだろう。


「本当にくだらないわね。大勢で寄ってたかって、私を(おとし)めて何が楽しいのかしら。まあ、楽しんでいるのなら結構」


 唇に薄い笑みを浮かべながら、次々と手紙を机に放り出すイメージが湧いてくる。そして、その束の最後に残っていたのは、先ほど読んだクラリッサの手紙だ。何度見ても腹立たしい内容だが、それだけ相手の本心が透けて見えるというものだ。コーデリアはあえてそれを折りたたむと、そっと胸元にしまった。


「ならば上等。こんな程度の中傷や嫌がらせ、いくらでも受けて立ってあげる。返す刀は、きっと相手が予想しないほど鋭いものになるはずよ」


 そうつぶやいた瞬間、馬車がわずかに揺れ、窓の外にはグランデュール家の門が見えた。邸宅に戻ると、相変わらず家の中ではアシュレイの下で働く人々が忙しなく行き来している。どうやら一日たりとも落ち着きそうにない。だが、この状況を嘆くだけで終わるわけにはいかないというのがコーデリアの本心だった。


「婚約破棄された捨てられ娘と呼ばれようが、実際のところはどうでもいいわ。最終的に誰が真の笑いを勝ち取るのか。それだけ見定めておけばいい」


 心の中でそう誓い、彼女は玄関ホールを抜けて自室へ急ぐ。廊下で侍女から受け取ったさらなる手紙の束には、先ほど見かけた連中の名も含まれていた。中を見る気も失せるが、下手をすると彼女の予定や名誉に差し障る問題があるかもしれないので、全部に目を通すしかない。それもまた、ひとつの“戦い”だ。


 カーテンを開け放ち、部屋に差し込む午後の光の中でコーデリアはペーパーナイフを片手に、粛々と封を切り始める。一通、また一通と読み進めるたびに、冷笑と(あき)れが入り混じった感情がこみ上げてきた。書簡の冒頭は丁寧でも、中身は「貴女のような人には残念ながら関わりづらい」と宣言するものばかりだ。どいつもこいつも、似たような文面にしかならないあたりがまた滑稽(こっけい)でもある。


「やれやれ。本当に大した創造力もないのね……」


 ため息をつきながら、コーデリアは手紙をまとめて紐で束ねる。これだけ嫌がらせを重ねられたら、誰であれ落ち込むだろう。だが、ここでくじけるほど柔ではない。むしろ燃え上がる気持ちに火がついたように感じられる。


「こんなつまらない手紙の山、将来の資料にでもしておきましょう。いつか仕返しを考えるときの参考になるかもしれないし」


 静かに口元を(ゆが)めて笑みを作り、コーデリアは腰を上げる。嫌がらせに負けるどころか、逆手にとって活用しようとする姿勢は、今まで散々社交界で磨かれてきた実戦の賜物(たまもの)ともいえた。


 そんな彼女の耳に、邸内の廊下から兄アシュレイの低い声が(かす)かに聞こえてくる。何やら家臣に指示を出しているようだが、内容までははっきりとは分からない。だが、あの様子からすると、まだまだ事態は動き続けるのだろう。レオナルド王太子への制裁、あるいはさらなる画策が待ち受けているに違いない。


「さて。向こうが本気で攻撃してくるなら、こちらはもっと派手に応酬するだけ。まさに受けて立つわ」


 コーデリアはそう言い捨てて、机を軽く叩いた。どれだけ嘲笑されようと、どれだけ中傷を浴びせられようと、内心で泣き崩れることなどない。なぜなら、そもそもこの世界は所詮、弱肉強食と利害の絡む舞台にすぎないのだから。彼女にとっては、今がまさに反撃の好機に感じられた。


 そして、レオナルドを取り巻くあの令嬢たち――クラリッサを筆頭とした面々が、まだ自分の優位を信じて喜んでいるのなら、それはそれで都合がいい。どこまでその余裕が保てるのか、確かめさせてもらおうではないか。コーデリアはそう考えながら、明日の予定を頭の中で組み立て始めた。


「どうせなら、こっちからも仕掛けてやればいい。皆が大口を叩いている間に、兄さまの手はすでに打たれているのだから」


 彼女の瞳には静かな炎が宿っている。昨夜の屈辱に引きずられるどころか、その火種を利用しようという決意がありありと感じられる。いつまでも中傷や噂話に踊らされていると思ったら大間違い――そう言わんばかりの不敵な笑みが、その唇に浮かんでいた。噂の嵐が勢いを増すなら、嵐を逆手にとるまで。コーデリアは改めて自分自身にそう誓うように、胸を張り、深く息を吸い込んだのだった。

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