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第3話① 噂と中傷の嵐!

 朝の光が室内に差し込む頃、コーデリアはようやく重たい体を起こした。前日からの頭痛は大分おさまったものの、まだ少しだけ名残を感じる。ゆうべは再び早めに床につき、今朝になってようやく人心地ついたところだ。身支度を整えようとした矢先、侍女が慌ただしい足取りでやって来て、一通の手紙を差し出してきた。


「お嬢様、こちらに……。差出人は公爵令嬢のクラリッサ様のようです」


 クラリッサといえば、コーデリアと同年代の貴族令嬢の一人である。社交界では派手好きで噂話が大好物として有名だが、とりわけコーデリアに対しては妙に対抗心を燃やしてくる節があった。彼女の取り巻きグループは常にゴシップの材料を探し回っているという評判で、まともな要件で手紙をよこすはずがないと、コーデリアは半ばうんざりしながら封を切った。


「婚約破棄、おめでとう……ですって? ふざけた内容ね」


 そうつぶやく声は小さくとも、その口調は冷ややかだ。手紙には、まるで祝辞のように皮肉をちりばめた文章が並んでいる。「殿下に見初められたお友だち」がいかに素晴らしく、対してコーデリアは如何に見る目がないかを延々と書き立てているあたり、読み進めるだけで頭が痛くなる。そもそもどこの誰が「殿下に見初められた新しい婚約者」になるという話をしているのかも定かでない。だが、ここまで嫌味を羅列するとは、さすがクラリッサというべきか。


「なるほど……盛大に笑ってくれているみたいね。ご丁寧に手紙まで送りつけるなんて、まるで暇人の見本だわ」


 コーデリアは鼻先で笑うようにして手紙を放り投げる。そのままクローゼットから淡い紫色のドレスを取り出し、侍女に手伝わせながら着替えを始めた。鏡に映る自分の姿をちらりと確認し、まだ少し血色の悪い顔を見て小さく息をつく。


「まあ、噂になるのは仕方ないけれど、こうも早く広まるものなのかしら」


 それから数十分もしないうちに、同じような手紙や書状が次々と届けられていると報告を受ける。内容は概して似通っており、「ざまあみろ」という言葉こそ直接書かれてはいないが、悪意と嘲笑がありありと(にじ)んでいる。どれも華やかで装飾的な書式を使いながら、結局はコーデリアがレオナルド王太子に捨てられたことを揶揄(やゆ)するものばかりだ。ある者は「この先どうなさるの?」と同情を装う形で棘を刺し、別の者は「遠慮せず泣いてもいいのでは?」とわざわざ追い打ちをかけてくる。


 さらに追い討ちをかけるように、「折角の茶会だけれど、今回の招待は取り消しにしてちょうだい」といったキャンセルが数件重なった。理由は「こちらが恐縮してしまうから」とか「殿下との婚約破棄が落ち着くまで待ちたい」とか、その程度の言い訳で済まされている。言外に「あなたと関われば、面倒に巻き込まれそうだから」という打算が見えて、コーデリアはむしろ呆れを通り越して笑ってしまうほどだ。


「これが社交界というものよね。……おもしろいじゃない」


 にやりと笑みを浮かべながら、コーデリアは届いた手紙の一部を机の上に並べて観察する。毛嫌いして投げ捨ててもいいところを、わざわざ読み返すのには理由があった。そこには、それぞれの差出人の思惑や醜態が垣間見えるからだ。誰がどういう立場で、どこまであからさまに嫌がらせをしてくるのか――その程度を測る上で、こういう手紙はなかなか貴重な資料になる。


「しかし、これだけ勢いよく攻撃されるってことは、私がそれだけ気に入らない存在だったってわけね。まあ、今に始まったことでもないし、別に痛くもかゆくもないわ」


 そうつぶやくと、侍女が控えめに声をかけてくる。


「お嬢様、本日は外出のご予定はいかがなさいますか? こんな時期ですから、控えられたほうがよろしいかとも思いますが……」

「いいえ、むしろ出かけるわ。これだけうるさいなら、部屋に閉じこもっていても仕方ないもの。正面から顔を見せれば、向こうを牽制できるでしょうしね」

「かしこまりました。それではお馬車の手配をいたします」


 コーデリアが出かけようと思ったのは、どうせどこにいても悪口を言われるなら、自分で動いて情報を得たほうが早いと考えたからだ。実際、兄アシュレイの計画も進んでいる以上、彼女としても動向を把握しておきたい。しかも、この嫌がらせの嵐を受け止めるだけで終わらせる気もさらさらない。「ならば、わざわざ書面で陰口を叩くよりも、面と向かって言わせてみようじゃないか」というわけだ。


 馬車に乗り込み、向かった先は王都の中心部にある街路。貴族やその付き人たちが散策を楽しむ遊歩道や、邸宅が軒を連ねる格式高い地区があり、昼間のうちからかなりの人通りがある場所だ。そこへ姿を現すことで、コーデリアがどんな表情をしているのかを、噂好きの令嬢たちに見せつけてやろうという魂胆である。


 馬車が到着すると、彼女はひときわ華やかな色のパラソルを広げて歩き出す。曇り空とはいえ、ドレスと合わせたパラソルが目を引き、道行く人々は「噂の令嬢だ」とささやき合っていた。そんな視線に気づきながらも、コーデリアは優雅に顎を上げ、姿勢を崩さない。


「やだ、あれが噂の……」

「平然としてるなんて、よほど図太いのね」


 ひそひそと(ささや)く声が聞こえるたびに、コーデリアはむしろ堂々とした微笑みを浮かべる。周囲からは「捨てられた」と確定した調子で(はや)し立てられているのだろうが、彼女にはそんな言葉の一つ一つがまったく通用しない。むしろ、騒がれているほど自分に注目が集まっているのだと思うと、(かす)かな優越感さえ覚える。


 しばらく歩いていると、案の定、顔見知りの令嬢たちが何人か連れ立って現れた。彼女たちはきらびやかなリボンやフリルをふんだんに施したドレスをまとい、やけに高い声ではしゃいでいる。クラリッサの取り巻きだと思われるグループだ。中には、コーデリアが先ほど手紙を受け取った数名の名前が含まれている。


「ま、コーデリア様! こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」

「先日の夜会では大変だったとか。大丈夫? お顔の色が少し悪いみたいだけど」


 いかにも心配しているふうを装いながら、目は明らかに嘲笑を帯びている。その空気を感じ取ったコーデリアは、わざとらしく首を傾げると、にこやかに答えた。


「心配には及ばないわ。むしろ少し寝不足なだけよ。あなた方こそ、茶会の招待を急にキャンセルしたりして、忙しいみたいじゃない?」

「そ、それは……いろいろ事情がありまして。あの、そう、殿下の件とかで、気まずくならないかと思ったものですから」


 コーデリアはその令嬢の名を思い出す。たしかベアトリスという名前だったか。派手な装飾の帽子を被り、いつも人の噂を拡散するのが得意な人物だ。結局、この手の人間は「相手が劣勢に立ったときに威張り散らす」のが常だ。


「気まずい? そんなもの、あなたたちが勝手に気にしているだけでしょう。私は特に問題ないし、誰に会おうと構わないわよ」

「で、でも、王太子殿下との婚約破棄が噂になっているし……」

「そうなの? それは初耳だわ。あまり興味がないから」


 さらりと返すコーデリアに、相手は目を丸くする。自分たちにとっては絶好の話題のはずなのに、当の本人はどこ吹く風という様子だ。取り巻きたちは唖然として顔を見合わせる。


「いや、でも……」

「ごめんなさい、いま急いでいるの。あまりゆっくりおしゃべりに付き合えなくて残念だわ。あなたたちも時間があるなら、もっと有意義なことを話題にするのはどう?」


 決定的な言い返しをするでもなく、かといってすんなり受け流すでもない。ちょっとした皮肉を交えながら相手を困惑させるコーデリアの話術は、こういうときに威力を発揮する。令嬢たちは「え、ちょ、ちょっと」と声をかけようとするが、彼女はあっさりと背を向け、歩みを進めてしまった。


「くっ……なによあれ! あんなに笑いものにされてるくせに、どうして堂々としていられるの?」


 後ろから聞こえる怒気混じりのつぶやきを耳にして、コーデリアは小さく微笑む。もちろん、心の底には怒りや悔しさだってある。レオナルドの仕打ちに対する恨みも消えたわけではない。けれど、こうした陰湿な令嬢たちの浅はかな嫌がらせに対しては、むしろこの余裕の態度こそが一番の対抗策だ。


「私が悲しみに沈んでいると思っているなら、それこそ大間違い。そんな風に思われるのは癪だし、何より退屈だから」


 そう自分に言い聞かせるかのように、彼女はわずかに背筋を伸ばした。今後もきっと嫌がらせは続くに違いない。だが、コーデリアの内には、これまでにないほどの闘志と皮肉交じりの笑いが渦巻いていた。

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