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第8話② 王太子陣営の反撃?

 部屋には書類が山積みになり、数名の家臣が手分けして分類している。中央の机に座るアシュレイは、ちらりとコーデリアに目をやると「おまえか」と短く言い、すぐに手元の書簡に視線を戻した。


「兄さま、忙しそうね。わたしも手伝いましょうか?」

「いや、構わない。むしろおまえが来てくれて助かる。少しだけ話したいことがあるんだ」


 アシュレイはそう言うと、机の上に広げてあった書類の一部を寄せ集め、椅子を回転させてコーデリアと向き合った。そこには、王太子周辺の不正を裏付けるデータが並んでいる。どうやら、隣国王子ルシアンからさらに詳細な情報が届いたらしく、王太子がどのように貴族たちの献金を横流ししているか、その痕跡が浮き彫りになりつつあるようだ。


「相手がこちらを攻撃してきたが、どうやらまるで効果がないみたいだな。むしろ周囲からは不自然だとますます疑いの目を向けられているらしい。王太子の取り巻きたちは困惑しているようだが、要は彼らに戦略がなさすぎるのさ」

「ええ、聞いているわ。まるで自滅しているようなものよね。そこを突いて、兄さまは何をするつもり?」


 コーデリアが問うと、アシュレイは机の上の書類を軽く叩いた。そこにはレオナルドが公金を一部私的に流用していた可能性を示す計算書や、取り巻き貴族との金銭のやり取りが断片的に書かれたメモなど、具体性のある証拠が盛り込まれている。すべてがまだ確定ではないという体裁だが、複数を組み合わせれば強い説得力を持つだろう。


「これらの資料を組み合わせて『王太子が不正をしている可能性が高い』という話を正式な場で提示する。ちょうど近いうちに催される貴族会議や夜会で、それとなく公表するのさ。噂として火がついている今こそ、誰もが注目するだろう」

「なるほど。そこで確信めいた情報が出されたら、周りは一気に傾くでしょうね。王太子が『コーデリアこそ問題だ』と喧伝しても、もう誰も本気にはしないわ」


 コーデリアは納得したように微笑む。今まで散々根回しをしてきた彼らにとって、これが決定打となる。しかも、この数日の王太子の空回りによって、世間の心証は悪くなる一方なのだ。ここで「王太子に重大な疑惑あり」と示されれば、ほとんど決まったも同然だろう。


「ただ、確証を提示するタイミングは慎重に選ばねばならない。この噂が完全に広がりきる前に出してしまっては、まだ半信半疑の者が多い。もう少しだけ待ち、その間に向こうが無駄なあがきをするのを見届けてから、一気に畳みかけるのが得策だ」

「わかったわ。要するに王太子が失態を重ねるほど、こちらの情報が輝くというわけね。どうせ彼は必死に(わら)(つか)もうとして、どんどんおかしな行動に出るでしょうし」


 アシュレイは満足そうにうなずき、書類を再び机の上へ戻す。コーデリアも同様に、これからの流れを予感している。このまま王太子が冷静にならず、どこかで更なる無謀な手段に出るかもしれない。フィオナ・ラビエールらが焦って協力すればするほど、混乱は加速するだろう。その動きが大きいほど、アシュレイの情報爆弾が炸裂したときの衝撃が増す。


「けれど……あちらがあまりにも暴走して、国に影響が出ないか、それだけが気がかりなのよね。兄さま、そこは大丈夫?」

「大丈夫だ。隣国のルシアン王子も、戦乱を望んでいるわけではない。俺たちがやろうとしているのは、あくまであの王太子が為政者にふさわしくないと証明すること。国全体を巻き込むつもりはないさ」


 アシュレイの言葉に、コーデリアは内心ほっとする。そうでなくても彼の「妹のためなら何でもする」精神は、行き過ぎると本当に危険なレベルに達することがある。だが、今回はルシアン王子も大きなブレーキ役になっているようだ。


「そう。それなら安心して見物できるわ。あとは、向こうの必死な反撃が失敗するさまを眺めていればいいのね」

「そうだ。もっとも、俺としては心配いらないと言いつつも、おまえを傷つける動きがあれば即座に潰すつもりだけどな」

「ええ、わかってる。兄さまはいつだってそうだもの」


 コーデリアは肩をすくめて笑みを浮かべる。まったく過激なことを口にするものだと思いつつ、その頼もしさには感謝しているのだ。もしアシュレイがこれほど行動力を発揮していなければ、王太子から一方的に婚約破棄されたコーデリアは、社交界で延々と嘲られるだけの存在になっていたかもしれない。


「今のところ、あちらの攻撃は噂を吹聴するだけに留まっている。でも、そろそろ限界が来るかもしれない。なぜなら、どれだけわたしを悪者に仕立てようと、周りはまるで信用しなくなっているから。結果として、王太子の焦りを加速させるだけよ」

「まさに理想的な展開だな。……無駄な足掻(あが)きがどんな姿になるのか、今から楽しみだ」


 アシュレイの声音には、どこか冷たい光が混じっている。妹のためとはいえ、王家の人間をここまで追い詰めようとしているのだから、やはり相当な覚悟があるのだろう。だが、その本質はシンプルだ。コーデリアが傷つけられた以上、相応の報いを与える。それだけである。


「それじゃ、わたしは自室に戻るわ。何か新しい動きがあったら知らせてちょうだい」

「わかった。こちらも近日中に貴族会議への疑惑提示の段取りを固める。そのときには、また細かく打ち合わせが必要になるから呼ぶつもりだ」


 コーデリアは一礼して執務室を後にする。廊下を進む間、室内からはアシュレイが家臣たちに指示を出す声が聞こえてきた。どうやら彼の計画は着々と進んでいるらしい。馬鹿げた噂合戦を仕掛けてきた王太子陣営にとって、これから待ち受けるのはさらなる苦境に違いない。


 実際、あれほど「コーデリアが王太子を呪っている」とか「公爵家がとんでもない陰謀を企てている」とか、大げさに吹聴していた連中が、周囲から「さすがに信憑性がない」と一蹴されるようになっているのだ。フィオナも、どれだけ必死に取り繕おうと、噂の真実味を高める手段が見つからず、内心焦っているだろう。


「噂を使ってこちらを攻撃するなんて、そもそも手段が浅はかだったのよ。あの人たちは自分が中心だと勘違いしているから、大勢がどう受け止めるかを想像しきれないのね」


 コーデリアはくすりと笑みを浮かべつつ、自室のドアを開ける。そこには、机の上に整理された手紙や書簡が並んでいた。社交界の令嬢や貴族からのものが大半で、中には「今後ともよろしくお願いします」とか「ぜひお茶会にお越しを」など、明らかに態度を変えた文面が数通見受けられる。要するに、王太子が不利と見てコーデリアの側に取り入ろうとする動きだ。


「ほんとうにわかりやすいわ。わたしを嫌っていたくせに、今さら()びを売るなんて。まあ、使えるなら使わせてもらうけど」


 彼女は冷静に手紙を仕分けながら、この一件が最終的にどう収束するのかを考える。王太子が今以上に軽率な行動を重ねれば、社交界での居場所は失われかねない。取り巻きの貴族たちも、見限るタイミングを探っているはずだ。そこでアシュレイが決定的な証拠を出せば、噂は確信へと変わり、王太子は孤立するだろう。


「まだ終わりじゃない。けれど、あちらが自滅していく姿を見るのは、意外に悪くないわね」


 コーデリアは机の椅子に腰かけ、封を切った手紙をもう一度眺める。どの差出人もやたらと低姿勢で、時には「コーデリア様のお力になりたい」などと書かれている。自分の安全を確保したいだけの下心が見え見えで、微笑ましいとさえ言える。


「いずれ、真実が公表されれば、わたしのことを貶めていた連中がどう手のひらを返すのか……ある意味で楽しみかもしれない。あの王太子にまつわる空回りは、まだまだ続きそうね」


 そうつぶやきながら、彼女はペンを取り出し、返事を書く準備を整える。これから先、王太子がいかに反撃しようと、すでに道筋は見えているのだ。相手が空回りすればするほど、こちらの立場が強固になる。それはつまり、コーデリアが味わってきた屈辱を払拭する大きなチャンスでもある。


「殿下、わたしがあなたを呪っているなんて、おかしな話よね。そう思うならそれでもいいけれど、現実に振り回されて困るのはあちらのほうだわ」


 胸中でそう毒づき、ペン先を走らせる。部屋の外では侍女が静かに待機しており、彼女が書き終えた手紙をすぐに届ける手はずだ。兄アシュレイも、隣国の王子ルシアンも、しっかりと布石を打ってくれている。今はただ、王太子の迷走がさらに激しくなるのを待てばいい。


 レオナルドが虚勢を張って動くほど、噂戦は彼自身を追い詰める刃となる。フィオナがどんなに巧妙に立ち回ろうとしても、足元が崩れかけた王太子を支えるのは至難の業だ。結局、無謀な反撃が彼ら自身の評判を傷つける結果につながるだろう。それが必死の反撃の代償というものだ。


「お茶会の招待、いくつかは受けてみようかしら。どんな顔をしてわたしを迎えるのか、ちょっと見てみたい気がするわ」


 コーデリアはそう決めると、手紙の山から招待状を選り分ける。中には先日、彼女を馬鹿にした当事者が出したものもあるが、もはや気分を害するどころか面白くて仕方がない。立場が変われば、あれほどの悪口雑言を浴びせてきた者が今や媚を売るのだから、人生とはわからないものだ。


 時計の針が昼下がりを示し、窓の外からは穏やかな風が流れ込む。かすかに漂う花の香りが、彼女の張り詰めていた気持ちをほんの少し緩ませた。けれど油断は禁物だ。王太子が根も葉もない話でこちらを攻撃するように、何か別の策を講じてくる可能性もある。だが、それこそアシュレイの思惑通り。あちらが大きく動けば動くほど、仕掛けた網に絡まりやすくなる。


「失敗から学ばない人は、自分で墓穴を掘るものよ。わたしもその様子をじっくり観察して、ぬかりなく用意を整えておかなきゃ」


 ペンを置き、コーデリアは書類をまとめた。机に並べた招待状をどのように振る舞って利用するか、頭の中で組み立てる。噂の渦にのみ込まれて右往左往する令嬢たちの姿を思い浮かべると、ふと自嘲気味の笑みが漏れそうになるが、そこはぐっと抑える。しっかりと最後までやり遂げなければ意味がないのだ。


 結局、王太子が仕掛けた形だけの反撃は、空転に終わりつつある。いくら噂を流しても、証拠が伴わなければ人々は離れていくばかりだ。それに比べ、コーデリア側にはアシュレイや隣国王子の情報網があり、確かな根拠を備えた攻勢が用意されている。今の時点で、どちらが勝利に近いかは言うまでもなかった。


「さあ、あの人たちが次に何をするか……楽しみにしているわ。少なくとも、わたしを(おとし)める暇があるなら、自分の足元をちゃんと固めればいいのに」


 心中でそう言い放ち、コーデリアは立ち上がる。ドレスの裾を軽く握り、部屋を出る準備をした。兄との連絡を密にし、貴族たちの動きを見るためにいくつかの茶会や夜会にも顔を出さなくてはならないだろう。けれど、そのすべてが王太子を追い詰めるためのステップになると考えれば、苦労とは思えない。


 外で待機していた侍女が、コーデリアの姿を認めて静かに一礼する。彼女はひときわ落ち着いた足取りで廊下を進みながら、心の中で(かす)かな高揚を感じていた。今こそ、長らく(ささや)かれてきた自分への中傷を晴らす好機――その一方で、王太子がどう足掻(あが)こうと見どころのある失敗をさらしてくれるだろうという期待――いずれにしても、自分が受け続けた屈辱に対する答えが着実に迫っている。


「形だけの反撃など、何の意味もないわ。あとはあなたが自ら破滅の道を歩むのを、わたしたちは静かに待ち構えているだけ。もう、待ちくたびれていたところよ」


 そう胸の中でつぶやいて、彼女は屋敷の回廊を曲がる。頭上には柔らかな日差しが差し込み、ステンドグラスが床に模様を落としていた。どこか神秘的にも映る光景を、コーデリアはどこまでも涼やかな表情で眺める。まるで次に起こるであろう混乱に、嫌悪よりも期待を寄せているかのように――レオナルド王太子とその取り巻きが繰り出す最後の抵抗を、せいぜい楽しんでみせようと心に誓いながら。

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