閉ざされたはずの空
「一般に空は封鎖されています。」
一定高度以上の飛行または滞在は禁止されて久しい。ほぼ形骸化されていると言っていいが、その要因は依然空を支配している。
空に近付いた一切が撃墜される。かつての世界大戦、初となる航空戦力が実戦に配備された際部隊半数の航空機が突如として鉄片と化した。
高高度に潜在する魔術的存在が示唆されたが、どのレーダーにも疑わしい影は映らなかったという。
「それも今日までです。」
彼女は研究者。名をレクテナ。数世紀を経た今、人類を再びの空へ導く者。
所属は王国不死管理局技術開発部。
「おめでとう諸君。人類史最初の宇宙魔法戦へ、ようこそ。」
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「これからよろしくお願いします。イツキ君。」
俺は俺として契約を結んだ。あいつの名を借りても思い出すだけだから。
「ああ、それと。隠しているものを見せてください。奪うつもりはありませんので、ご心配なく。」
退室しようとすると引き留められた。恐る恐るポケットから棒状の物体を取り出す。
あの水浸しの地下室で偶然拾った物と同じ。質感はまさに骨だ。
渡したそれを注意深く見る局長何かに納得した様子。匂いを嗅ぐとは思わなかったので驚いたが。
失礼、と一言残して返却された。
「使い方は外の彼女に尋ねたほうが分かりやすいでしょう。あなた自身についても、同様です。何やら少し複雑な能力をお持ちのようですしね。」
「あはは、局長なんで分かるんですか。隠れていて驚かせようとしていたのに、恥ずかしい。」
女性が一人、扉を開けて入室する。ラキオラ局長は微笑んだままだ。
「レクテナ、彼が不死局の管理する一人目の来訪者です。あなたに任せます。」
「了解。それじゃあよろしく、イツキさん。」
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ここは双子村の一件から200年前の世界だ。タクミの体を乗っ取っていた人物がどんな嘘をついたか分からないが、とにかくこの体はタクミのものに間違いがない。記憶にも幼い俺が存在する。隊長は「200年前に現れた」とそう言っていた。しかし局長やレキオラ隊長が200年以上生きていることになるため驚いた。
「さて、イツキさん?その遺骨についてどこまでご存じですか?」
長い廊下を歩きながらレクテナが後ろの俺に問う。たまに長い白衣を自分で踏んづけて転びそうになっている。心配だ。
「瞬間移動が出来るようになる道具であるとしか。」
「概ねその通りです!部分点を差し上げましょう。」
突然始まった授業に戸惑う俺を尻目に彼女は続ける。
「それは不死者にのみ扱うことができる聖遺物です。使用に際しては不死性を消費します。そして数回使用されると消滅する。」
急に立ち止まった。雰囲気が変わる。
「その遺骨に貯蔵された不死性はほぼ臨界です。つまり、既に使用された形跡がある。局長はそれを不思議に思っています。あなた、これまで何百人殺していますか?」
ふと振り返るレクテナ。青色の深い瞳が疑いと憎悪を宿す。体が強張る。当然だ。俺はこの世界に来て何もしていない。冤罪にも程がある。
「...なーんて。あなたが迷える子羊であることは我々が保証します。しかし聖遺物の研究は我々の得意とするところ。あなたの気にする何かへの解答も用意できるでしょう。それを少しの間借りられますか?」
小さな白い手が差し出される。とても背が小さな女の子だったが発する圧力は局長と同等に見えた。
物を渡すと嬉しそうに白衣にしまい込み、さらに歩き出す。
それにしても長い廊下だ。
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魔力。
大地より湧き出す、熱や電気に並ぶエネルギーの一種。発生源は不明とされるがオルド王国国土を中心に発生するそれは、王国の歴史に深く関係するのではと研究と調査が各地で盛んに行われている。
また魔力は生命体の精神に感応し様々な現象へ変換される特徴を持つ。この現象の行使に関する技術は魔術または魔法として体系化される。
特に魔術の扱いに長けた者は魔術師と称され、古い時代においては特に重用されたと言う。
「魔術に対する科学の優位性は過去の大戦で失われました。」
魔法戦が戦争行為のほとんどを決着させる。剣は障壁に阻まれ、兵士は火に焼かれる。魔術師が戦場の主役となって以降、学術的意義が見直された。
「イツキさんはある魔術の実験部隊に配属されました。」
レクテナさんはそう言うと魔術を行使したのだろう、白衣の裾がふわりと舞う。そしてつま先立ちとなり、完全に足が床と離れた。
「『浮遊』、私の提唱する空中戦闘機動の要となる魔術です。」
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「イツキぃ、お前本当下手くそだな。」
レキオラ隊長は壁に顔面を打ち付ける俺を見下ろしてため息をついた。レクテナさん曰く「習うより慣れよ」とのことで、俺は簡単な説明の後すぐ隊長のもとへ送られた。
「室内で練習するものなんですかこれ...」
「贅沢言うな。そのうち嫌でも外に引っ張り出されるから安心しろ。ほら、もう一度だ。」
聞いたところ、大気分子を固定するとか重力に作用するとかそういった高尚なものではない。魔力を力学的エネルギーとして取り出し高密度に圧縮した大気を押し出す。単純な反動推進だ。姿勢制御は困難を極め、本当に可能なのかと疑うが現にこの隊長はふわふわと浮いている。
その嫌味たっぷりな表情に嫌気が差すが、認めざるを得ない。練習量が圧倒的に足りない。時間が解決することを祈って、食堂へ向かおう。
「出来るまで飯抜きに決まってんだろ。その場に浮くだけは初歩の初歩だ。さっさと覚えろ。」
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その日の目覚めは間違いなく最悪だった。
今まで見たこともないような人数が忙しなく通路を駆け巡っている。俺は見たことのない男に蹴っ飛ばされて起こされた。建物の中はけたたましいサイレンが響き、謎の振動が続く。
支給された衣服に着替え、何も分からないまま飛び出すと偶然にも隊長と遭遇する。
「おう生きてたかイツキ。敵襲だぞ。魔王軍の特殊強襲部隊がお出ましだ。王国対魔王国の大戦争開幕だぜ。気張れー。」
相変わらず調子が軽い。焦ってほしいのかどうかはっきりしろ、なんなんだこいつは。