村はずれの双子
車は森の中の掘っ建て小屋の手前で停まった。レキオラ隊長に促され、木の扉を引く。
左腕と左目が義手と義眼に置き換わっている男が部屋にいた。体が強張る。そして目が合う。背後から隊長が彼らへ声をかけた。
「紹介する。新人のイツキだ。」
「Oh. Welcome here! I'm John Palto. Nice to meet you, rookie!」
少し驚いた。が、間違いなく同郷だ。接しやすい雰囲気で嬉しい。しかし隊長らの言葉は理解できるのに彼の言葉は雰囲気とジェスチャーからでしか汲み取れない。もっと学校で勉強しておけばよかったと後悔した。
「俺たちとお前たちの言葉の壁はこれである程度緩和されるが、お前たちの中でのそれは対応できないんだ。悪いが慣れるか、まあ取り敢えず頑張れ。」
身に着けている薄汚れた銀色のネックレスを指しながら隊長が言う。その道具は全ての学生の憧れなのでもっと丁寧に扱っていただきたい。
「はーいはーい。マハルタちゃんです、よろしくー!一応副隊長だからね!きりきり動こうイツキ君!あ、ジョンちゃんもしっっかり面倒見てあげるんだよー?」
ジョン先輩以上にひどい怪我を負っている女性だった。奥のベットで仰向けになりながら、声だけは元気にこちらに話しかけている。ここは安全な場所なのだろうか。
「マハルタ、私のいない間に何があった。」
「あはは!教会の司祭に見つかっちゃいました!あの年のおじさんに後れを取るなんて情けないですねえ私!」
「お前より接近戦に熟練した司祭など数えるほどしかいないだろう。見た目は?」
「頭はつるつる。背は隊長くらい。緩い司祭服だったからガタイは分からないけど多分隊長より体重はありそう。武器は無し。強いて言うなら常に持ち歩いていた本の背。意味が分かりません!」
聖職者である司祭に一体何をしでかして暴力沙汰になるんだ。何かとんでもない失礼なことをしたのではないか。だが恐らく初対面の相手にここまで怪我を負わせる時点でどこかおかしいに違いない。
「間違いない。どうして奴がここに...」
「Captain? Do you know him?」
「現オルド王国国教、アラクア神教のメオ・ワーグ司祭に他ならない。隠居しやがったと聞いていたが...」
アラクア神教。アラクアと呼ばれる神をこの世界の創造神とする。この王国の建立にも関わったとされ、世界的に信仰されている。
「なるほど隊長合点がいきました!そう言われると噂に違わない実力でしたねえ...湖中央の教会に潜伏していたところを見つかってこの通りですよ...逃げ帰るので精一杯でした!」
「して、対象の居場所は?」
「教会の地下室に閉じ込められているようです。説得を試みましたが、彼どうやらボケているようでこちらの話を全く聞きません!それでも実力は御覧の通りですけど。唯一の救いは彼もまた不死者の管理に長けているということ。遺骨も彼が回収したようです。」
「それは重畳。彼は私が相手しよう。その隙に教会の不死者と遺骨を回収してほしい。」
「了解でーす!でも私今脚の骨折られて動けないのでジョンちゃん、イツキ君、頼んだよー!」
マハルタと呼ばれた彼女はそう言いながら眠りについた。何も分からないが、詳しくはジョン先輩に聞くことにする。今からでも外国語の勉強は間に合うだろうか。
----------
「遺骨とは『ロスローの遺骨』を指す。聖遺物の一つで、空間の転移を可能にする。たまに君のような不死者がそういった贈答品を持ちながらこちらに現れる場合があり、例の契約の前に逃げられることがある。現在捜索している不死者は約200年前こちらに現れ、推定50人ほど殺害された。」
「Haha, he is a crazy boy. But the trouble is the remains.」
「ああ、遺骨の能力には手を焼かれていた。メオ司祭にはその点において感謝しなければな。」
不死者は少年なのか。少し知らない場所に来たからとはいえ人を手にかけることが出来るのは元からそうだっただけだと思うが。この状況において俺に何か役立てることはあるのだろうか。
「イツキ、お前ら不死者の仕事は無関係の第三者の保護だ。人質にされると困る。」
「ここで説明しておく。不死者が不死者を殺すと、より強い不死性の持ち主が相手の肉体を奪う。そうでない者の精神は消滅する。」
もやもやが一つ晴れた。俺は不死者という特性を勘違いしていた。どんな大きい怪我をしてもたちまち治るような不老不死を想像していた。しかしそれならジョン先輩の左目と左腕は再生されなければおかしい。
肉体的な不死ではなく、精神が肉体に縛られない人間性の不死。
自分が殺した相手または自分を殺した相手の肉体を奪う。それが不死者の特性だ。
隊長はそう言った。
「兄者の言うところによれば対象の不死性はお前らよりずっと弱い。もし村人が襲われるようなら、お前たちが盾となれ。どうせ死なないから適当に殺すか、気軽に死ねぃ。」
二十年近く連れ添ったこの体とお別れするのは勘弁願いたい。が、条件が少し違ったのみで同じ立場なら自分も同じ道を選んだかもしれない、彼を、「対象」を止めねければならない使命感が少しの躊躇を吹き飛ばした。
----------
「指令だ。」
机に広げられた地図には双子村を中心とする一帯の地理情報が記載されている。
双子村は深い盆地の中心にできた湖の東方に位置する。今俺たちのいるこの小屋は村から湖を挟んで北西に位置する山の中だ。
「まず村人を一か所に集めろ。中央の広場にでも固めて周りを警戒するんだ。如何に教会が湖の中央にあり船でしか行き来できないとはいえ、泳げない距離ではない。俺はメオを説得して地下の対象の確保を試みるがマハルタ同様戦闘は避けられまい。その隙に逃げ出されてもしたら困る。」
「What time?」
「実行は今夜だ。夜の森は魔獣の巣窟に等しい。教会から逃げ出すとなれば対象は確実に村のどこかに現れる。その時は決して逃すなよ。」
大したこともできないが、同じくらいの年齢の相手なら俺の体当たりも有効だろう。逃げられそうなら足にでもしがみついてやる。
夕方。
陽が沈み始めて行動が開始され、隊長は消え去るように走り去った。恐らく昼に乗っていた車より早い。同じ人間なのだろうか。
ジョン先輩は先に村に入り村長を説得するそうだ。その間俺には村の南側から説得を始めてほしいとのこと。人気の少ない村のはずれは最も狙われる確率が高い。
湖のほとりを先輩の運転するバイクで進む。平坦な湖畔とはいえ整備されていない森の中に二輪を走らせるジョン先輩。俺は怯えながら後部座席からしがみついている。ふとミラーに映った先輩の右目からは小屋で見た朗らかさが消え失せていた。
それが報われる一助になればと、ここに来て初めての仕事に力が入る。頑張ろう。
----------
静かな湖面が波打っている。
「Captain contacted with the priest. Get busy, rookie.」
漫画のような戦闘が繰り広げられているのだろう。とても気になるが任された仕事を片付けなければならない。
ジョン先輩は俺を湖南方の湖畔で下ろし、そのまま村へと向かった。
村はずれの一軒家がそこに見え、中からは光が漏れ出している。扉へと走り、ノックする。そういえば、どう説明すればいいのだろうか。こちらの主張を聞き入れてもらえるのだろうか。何も深く考えていなかったことを悔やむ間もなく、扉が開いた。
「こんばんは、夜分に失礼します!」
「だ、誰ですか?ミアお姉ちゃーーん。またお客さんが来たよー?」
背の小さい女の子がいた。親御さんは仕事だろうか、家の中はとても静かだ。
「すみません、えっと、どんなご用ですか?」
「私は王国の警備隊です。危険な魔獣が森に現れました。危ないので村の中央に避難していただけますか?今夜中には我々で駆除しますので、協力をお願いします。」
「ええ!本当ですか!大変だよ!お姉ちゃん!魔獣!魔獣が出たって!!!」
咄嗟の嘘だが、なんとか通じたようだ。
奥からミアと呼ばれた姉と思しき女の子が現れる。傍らに、けが人を連れて。
彼は俺を見ると、いや俺の支給されたボロの外套を見てひどく驚いていたように見えた。
「な、なぜだ。くそ!」
しかし俺は彼の顔を見て驚く。俺は彼を知っている。間違いない。
「タクミ、柄山巧だろ、お前。」
「は?なんで俺の名前を、って嘘だろ!」
幼馴染、柄山巧がそこにいた。