巡る過ち、廻る過去
俺は全てに失敗した。ああ、失敗した。
俺は『二片』カルとして生まれ、生きた。
そして魔女は殺され、主を失った呪いが世界を覆った。呪いはただそこにあるだけで命を蝕み肉を溶かし、あらゆる滅びを齎す。
聖女アラクアはその身を犠牲に封印を施した。願わくば滅びが掘り起こされぬようにと、彼女は最も高い塔を建て、その地下深くに身を投じた。
母である聖女アラクアの願った通り、友である『穿ち手』シャルマと共に世界に対しても封印を施した。
俺が可能性を断ち、二つになった世界をシャルマが穿って繋いだ。陽を臨む穿孔はこの時に作られたのだ。太陽の祝福と聖女の祈りが呪いを鎮め、俺とシャルマはもう一方の世界へそれが届かぬよう見張る番人となった。
気の遠くなるほど長い時が流れ、やがて世界は一巡する。
次に目が覚めたのは友であるシャルマの妹マーレが現れたときだった。俺は話しかける。昔少し話した時と口調が違ったが、気にならなかった。
俺はマーレに殺された。聖遺物の一つだろう。神に近しいこの身の神性を断ち切るナイフなどそうあるわけがない。
この瞬間すべてを思い出す。
ぞっとするような永遠の運命に囚われていることを自覚する。
俺は俺によって殺されたのだ。
次の俺の成功を祈って。俺は血を吐いて眠る。
----------
鴉の影を追え。
レクテナさんから受け取った言葉だ。
この時代に彼女もジョン先輩も局長も隊長も生きてはいない。ただ俺の手によってのみ状況を打開する必要がある。
鴉は王城のそこら中にいた。魔女エンデ、オルドの王最初の伴侶である彼女の眷属だからだ。
カルは彼女とアララトの間に生まれた。鴉を追うといつだって彼女の寝室のある寝殿へ辿り着く。
「あら。カル、どうしたの?」
鈴の音を鳴らすような美しい声。黒いドレスを纏った彼女は中空を漂う光と戯れていた。その視線が俺へと向きを変える。ぞくりとするような慈愛の眼差しに背筋が凍る。彼女が有する滅びの呪いは彼女にのみ付き従う。漏れ出た僅かな瘴気にさえ、全身が危険信号を発していた。
「母上。お体の方は障りないですか。」
「ええ。ありがとう。今日はとても心地いいの。ほら、陽がこんなに暖か。」
魔女エンデは器ではない。人である身に余る呪いは確実にその命を蝕んでいった。そしてその速度は加速度的に早くなっている。理由は明らかだった。
アララト王、オルドの王には現在二名の伴侶がいる。魔女エンデと聖女アラクア。
聖職者は口を揃えてアラクアを地上に舞い降りた慈悲深き女神と称する。それは正しかった。
創造神アラクアは彼女だ。この世界と星々を生んだ万物の主。
人の身を借り、人として生きた彼女は記憶と能力の全てを失われたとしても世界から愛されていた。
アララト王は二人を愛していた。平等に愛していた。
だからこそ、その半分の愛に魔女エンデは嫉妬した。高潔な精神は呪いに蝕まれ、体の不調となって現れた。
そして最初の過ちが始まる。
----------
「シャルマ、今日もやるか。」
「カルよ。貴様も懲りないな。」
俺とシャルマはとても仲がいい。満足に対等な口を聞ける相手のいない環境で、こいつは唯一の友人だった。毎日のように剣と槍をぶつけ合う。
急にどこからどもなく乱入するアララト王に一緒にぶっ飛ばされるまでがお約束だった。
その日はやけに曇っていた。風は冷たく、嵐の気配が近づく。
「寒いから今日はこれでやめよう。中で鬼ごっこでもしようぜ。」
「そうだな。風も出てきた。」
「ふふ、仲がいいのね。カル、シャルマ。」
エンデが現れた。汗が一瞬にして引いた。鳥肌の立つ寒気が一帯を覆う。明らかに異常な雰囲気に思わず一歩引いた。
「あら。どうしたの?こんなにいい天気なのに。もう終わり?」
「母上。如何なされましたか。」
「うふふ、私とてもいい気分なの。今なら、ええ、今なら。」
そこにいたのは魔女だった。母たる慈愛も何もかも打ち捨てた魔女がいた。
彼女はシャルマに一つ魔術を行使した。
シャルマは地面に突き刺した槍を抜き、歩き出す。
「おいシャルマ!どこに行くんだよ!」
「...」
「おい!」
返答はない。目は虚ろだ。何だ。何の魔術を行使した。その残滓からマーレの記憶を辿る、これだ。
浮遊都市でマーレ王がメオ・ワーグに行使したものと同じ。『精神支配』。
命じた指令は
「聖女アクレアを殺せ。」
魔女エンデは再び微笑みそう告げた。シャルマは止まらない。自分の母親を殺す奴があるか。
俺はシャルマを後ろから引き留める。
「ふふ、ダメじゃない。友達に乱暴しちゃ。」
エンデが魔術を行使し、不可視の力場に拘束される。指の先から何もかも動かなくなる。瞬きさえも封じられ、ただ友の後姿を見送ることしかできなかった。
一つ目の過ち。
俺はその日、友の凶行を止めることが出来なかった。
----------
二つ目の過ち。
世界に愛された彼女はその死の運命を拒絶される。
カルには一人の妹がいた。名をエトーレ。死産する運命だった。が、聖女アラクアはその肉体を依り代に転生する。
そしてエトーレは憎しみをもって、魔女エンデを殺した。
否。「殺させられた。」
魔女エンデは聖女アラクアを憎んでいる。だからこそ子に殺され、親を殺す運命を与えた。聖女としての彼女を憎み、だからこそ穢した。
黒いベールの向こうで笑顔が血に染まった時、魔女がその呪いの手綱を離す時、世界の崩壊が始まる。
俺は肉親の凶行を止めることが出来なかった。
俺は母親が殺されるのを止めることが出来なかった。
俺は。
俺は。
俺は。




