Helter Skelter!
ブロードセレストに自動迎撃システムが搭載されていたように、この浮遊都市にも武装が施されていた。魔力は生命体の精神に感応し様々な現象へ変換される特徴を持つ。
魔力を特殊な環境下で結晶化させた物質は柔軟性と剛性の両方を併せ持つ建材として、王都のほとんどの建造物に使用されていた。
そしてこれこそがレクテナの設計した都市区画内部の防衛手段『不定形の彼ら』。下された指令に対し建材を流用、最適化された姿を形成し対処する。
王都表層はまさに異様を体現していた。二つの巨大な人型機械が戦いを終えて横たわり、それから生まれる小型のロボットが互いを攻撃し合っている。
マーレ王の目的が惑星地下に存在する以上、彼女は浮遊都市を落とそうとしていた。内部そして外部の両方から彼女の作戦は進行する。『不定形の彼ら』を使用した飛行ユニットの破壊と彼女自身の手による航行システムの乗っ取りが同時に推し進められた。
レクテナはそれを真正面から受け止め、作戦における目標地点へ向かっていた。この戦場は都市の管理者としてシステムの裏口の全てを知り尽くす彼女に分がある。
しかし彼女が師と仰ぐ存在は呪いに呑まれていたとしても師であった。やがて押し込まれる。
魔王マーレ・オルドは皇帝アララト・オルドの二番目の娘だ。
神話の時代に生まれ、魔力の興りに関わった魔術師の一人。彼女はその長い生の過程で一人だけ弟子を取ったと言う。
レクテナは知っていた。自身の師を殺すにはまず魔術師として、智者として上回る必要があるということを。メオ・ワーグは力の戦士だった。故に負けた。
管制室の壁にレクテナを拘束するのは彼女が手ずから実装した防衛装置。
併せて、マーレ王は浮遊都市を完全に掌握した。
「師よ。あなたを上回ること、最後まで叶いませんでした。」
「ふふ、変わりませんね。レクテナ。」
四肢を縛られたレクテナは悔しさと何かが混ざった表情を浮かべ自身の師を見つめる。次の瞬間、マーレ王は初めてその微笑みを忘れた。黒いベールの向こうで目が見開かれる。
「...なるほど。撤回しましょう。変わりましたね、レクテナ。人と関わりあなたも成長したのですね。ふふ。」
「そうかもしれません、師よ。最高の魔術師に敬意と感謝を表します。せめて、安らかに。」
過去、マーレ王は肉体を捨て魔術回路の刻まれた義体に自身を複製した。弟子であるレクテナと共に。
その回路上に動作する、彼女という情報はただの信号であり可変である。浮遊都市の全システムは彼女に取り込まれた。
そしてレクテナはマーレ王の義体の魔術回路に一つだけ脆弱性を潜ませていた。数万の層を持つ特殊魔術回路の複雑さに隠された小さな悪意。彼女はそれを利用しマーレ王を終了するための攻撃プログラムをシステムの内部に散りばめていた。毒とも言えるそれと完全に融合する。
「ええ、ええ。残念です。いつかまた皆であの景色を見たかった。ふふ、残念。」
微笑みながら、マーレ王は停止する。
レクテナは魔術師として負け、弟子として立ち塞がり、友人として見送った。
すると拘束が解け、マーレ王の前に一つのコンソールが浮かび上がる。覗き込んだ彼女は嬉しさと涙に顔を歪めた。
それは師から弟子への最後の贈り物だった。レクテナは前を向く。一人だけの暗室に、ただその意志だけが輝いた。
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メオ・ワーグはただの男だった。農夫の息子として生まれ、郊外ですくすくと育つ。
そして戦と死の星に祝福を受け、不死の戦士となっただけの心根優しき大男だ。
門番として王城を守護する彼は何もせずにいればただの死体に過ぎず、祝福が彼を見放すまでそこに在るだけの血と骨と肉。
彼は戦場において『均衡者』と称される。敵対する勢力の規模に応じた力を付与される。つまり彼との決着は時の運のみが齎し、戦の星の祝福はその運命の一切を彼に注ぐ。
もっとも肉体的な不死を獲得する前から異様なまでの生命力を有していたが、魔王から死の星の祝福を施され一つ境界を越えた。
対するアララト・オルド皇帝。世界最強の戦士、オルドの王は彼だ。
地上に堕ちた神と世界を覆う魔女を伴侶とし、片腕で大陸の全てを掻き回す。規格外の力の具現。
その能力は誰にも分からない。ただ勝利だけが彼に付き従うためだ。
この戦場においてもそれは変わらない。
「が...はっッ!」
「メオよ。能力に甘んじるな。貴様の悪い癖だ。師として情けないぞ!」
均衡は絶対だ。メオには皇帝と全く等しい膂力と知恵と技術が与えられている。現に拳速と運足、呼吸のタイミングまで一致した。格闘のセンスと勝利する確率までもが能力の対象。
だが皇帝は一方的に殴る。蹴る。投げる。極める。
皇帝は気付いていた。メオの父もまた同じ能力を持つ、彼の弟子だったから。
星空から物理的な制約を超えて祝福は与えられる。が、祝福は対象を見失うことがある。
均衡の能力には力が付与されるまでに無視できるほどの時間的遅延が存在した。皇帝の拳はその遅延に刺し込まれる。戦の神も油断が殺したという。祝福の攻略手段は必ず存在した。
「流石です...我が王...」
「立ち止まるなッ!反省など我ら年寄りの特権よ。後悔など背負うには、貴様はまだ若すぎる。」
メオ・ワーグは感じ取っていた。自身の死が近いことを。
皇帝の拳は理を超え、メオに内在する祝福さえも揺らしていた。やがてその灯は消え去る。
メオは不死の呪いさえ叩き潰す彼の強さを尊敬していた。
だからこそ応えなければと力みの一切を破壊に変える。一帯は荒野と化していた。王都の大結界を軋ませるほどの拳が交差し、荒ぶり、肉を打つ。
「ああああああああああああああああっッッ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
両雄の咆哮と共に最後の拳が放たれた。
「我が王よ。世界をお救いください。」
魔王による洗脳が解け、そう言い残し彼は地に伏せた。荒野には、ただ一人。
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魔王軍特殊強襲部隊は全滅した。魔王の置き土産である宇宙戦闘に向けた換装魔術も彼女の死をきっかけにレクテナによって遠隔で破壊された。正しく宇宙の藻屑となる。
「レクテナより全構成員へ。艦内への退却命令。繰り返す。退却命令。」
作戦における目標地点までの恒星間航行が開始される。即ち『座標跳躍』だ。人外未知の聖遺物に頼らない、彼女が理論から組み立てた今世紀における魔術科学の一つの成果。
「Hey, rookie. Are you OK?」
「生きてます...ありがとうございます...」
俺はへとへとになりながらジョン先輩に首根っこ掴まれて引っ張られている。
数時間に及ぶ戦闘で魔力を殆ど使い果たしたからだ。魔術を使うほどその体は魔力に適応する。その練度が人より甘い俺はこうして皆に無様を晒していた。
だが喜ぼう。この戦場で部隊の全員が生きて帰った。だが気になるのが、王城で別れて以降隊長の姿が見えない。
実際心配するほど弱くはないし、俺たちよりずっと強いのは身に染みて分かっているがあの性分だとふらっと何処かで死んでいてもおかしくはない。
だがまあ、大丈夫だろう。飯だ。飯。
レクテナは都市の損害を修復し、システムを再起動させる。飛行ユニットと防衛装置の半分を破壊されたが、『不定形の彼ら』で十二分に対応可能だ。
約束のあの場所へ。陽を臨む穿孔へ。レクテナは中央管制室から全員の船内退去を確認して残り少ない魔力を動力炉へ流し込む。
「ワープ!」
数光年の彼方へ、今。
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王都奪還作戦は一次作戦に過ぎない。レクテナは、いやラキオラは一つ嘘をついていた。
ここからが最終作戦。彼はこう称していた。
『神話の再演』。




