面接
「はじめまして。異世界へようこそ。どうぞ、お掛けください。」
黒を基調とした執務室だ。壮年の男性が書類が広げられた机に肘をついている。
窓はない。見たことのない文字や記号。言葉は理解できる。
「お掛けください。」
あまりに唐突な光景の変化に尻もちを着いたまましばらく固まっていると再度促された。恥ずかしくなって慌てて立ち上がり近くの椅子に座った。
「さて、私の名前はラキオラ。王国の不死管理局長です。あなたは地球から来た不死者の一人で、現在をもって我々の管理対象となりました。我々はあなたに二つの選択肢を提示します。」
一つ、そう言って彼は褐色の小瓶を引き出しから取り出す。二つ目は一枚の紙とペン。
「死ぬか、我々と共に来るか。」
作業的な簡潔さだった。意味が分からない。
「ラキオラさん、ですよね。すみません、俺は少し混乱してます。い、異世界?王国?ここは何処ですか?俺、あ、私は自室にいました。それが急に、こんな...とにかく説明をお願いします。」
「そうですね。こちらとしても同情せざるを得ません。あなたはとびきり運がなかった。神のきまぐれ、そう言うしかないのです。あなたはその気まぐれでこの世界に招かれ、加えて実質的な不死性を獲得しています。」
「死なない、という意味の"ふし"ですか?」
「はい。その時が来るまで理解に苦しむとは思いますが。」
体に何かされたとして、特に不調があるわけでもなかった。長寿となっただけならば短期的な問題は特に無いだろう。余計な不安は忘れることにする。よって最大の懸念点は一つだけだった。
「地球には帰ることができるのですか?」
「現在は不可能です。」
「将来的には可能であるということですか?」
「答えられません。」
テレビの演出か何かだろうか。何に巻き込まれたのだろうか。ふと昔遊園地で迷子になったことを思い出した。大きな不安が溢れる。
「ただ、送還するにあたっての理論は完成しています。問題は実装。再現難易度が我々の手に余っているというのが現状です。恥ずかしい話、現代魔術の限界ですね。」
「そう落ち込まないでください。我々はそれを克服する手段もまた発見しています。」
沈黙が破られ、ラキオアという人は確かにそう言った。
「聖遺物と呼ばれる特別な力を持った物体が鍵となります。あなた方不死者はそれを持った状態でこちらに送られる場合があるのです。」
「そして、悪意に呑まれた不死者はその力で少々困ったことをしでかします。そういった者を取り締まり、そうでない者と共に聖遺物を回収する。そして帰還の手立てを用意する。これが我々の仕事です。」
「...」
「あなたがもし我々と共に来るのであればこの書類にサインを。」
書類が少し前に差し出される。書類は契約書のようだ。文字はどうしてか理解できる。
内容も特に怪しい点はない。「衣食住のすべてが保障されること。異世界の人間に一切の危害を加えないこと。」など。残る気になることはもう一つのそれだ。
「小瓶の中身は何ですか?」
「劇薬です。私がこの時間であなたが悪意に従う者と認めた場合そして...いえ、その場合において強制的に服用していただきます。」
...二つ目の選択肢を断った場合も同様だろう。わかっていたことだ。動揺は少なくない、わけがない。地球とは命の価値が違うのかもしれない。不死なんておとぎ話が実在する世界の価値観なんて想像もできない。
「わかりました。しばらくお世話になります。」
「その言葉が聞けて嬉しいです。名前を聞いても?」
「中村樹、イツキです。」
既に書き込まれていたのはラキオアさんのサインだ。やはり字がとても綺麗だった。
「これからよろしくお願いします。イツキ君。」
----------
「イツキ、兄者はああ言っているが俺はお前ら異世界人にタダで飯を食わせてやるつもりはない。」
「それは...」
「喜べ、仕事はたんまりある。だが新人に無茶は求めない。まずは慣れろ。生き死にの価値観はお前らとそう変わらん。お前ら不死者はすぐに変わっちまうがな。俺の部下に一人いいやつがいる。手本にするといい。」
ラキオラさんの弟がこのレキオラ隊長らしい。兄弟そろってとても体が大きいのか。俺より頭二つ三つ抜けている。しかし、身の振り方に困らないことはありがたい。何より、同郷の先輩がいるとは心強いことこの上なかった。
「まずは慣れろ、俺はそう言ったな。」
「はい。」
現在、俺は行き先不明の車両に揺られている。窓の外はだだっ広い草原。爽やかな風が吹き抜けている。ハンドルを握ったまま隊長が続ける。
「俺たちの仕事は逃走した不死者の捕縛、そして聖遺物の確保だ。もう分かっているだろうが、奴らはお前と同郷の連中だ。躊躇するなよ、向こうはタガが外れている。最初は俺たちの様子を見ているだけでいい。やり方を覚えろ。あと、契約を忘れるな。」
理解に苦しいが、あの契約は一種の魔術だったようだ。一方的な破棄は当人の死亡またはそれに等しい罰が与えられるらしい。もっとも異世界で犯罪者になるつもりはない。
「あと少しだな...それじゃあクイズだ。この国の名前は?世界のどこらへんにある?」
昨日の夜に軽く地理について勉強しておいたのが功を奏した。
ここはオルド王国。
中央大陸西方に位置する世界最大の王政国家。魔力と呼ばれる自然エネルギー資源により魔法技術がいち早く発展し、他国に対する優位性の礎を築いた。
そういえば異世界を初めて実感したのはあの面接を終えたあと、隊長に渡されたこの本を読んだときだった。
「よし、正解だ。そんで俺たちが現在任務に就いている場所はその王国のさらに西方。ガーブ大森林の奥地に存在する、通称『双子村』だ。」