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側妃にさせられる令嬢様

カランコロンとベルが鳴る。やってきた女性を見てジェイクはにこりと笑った。


「ようこそ“Between the sheets”へ」


ジェイクの背後には満天の星空、側面には数々の酒瓶が並ぶ。幻想的な風景を演出するジェイク自慢のバーカウンターに、女性はしばし見惚れていた。


「此処はどこ?どうして此処に?」

「夢の中で5W1Hを問うのはナンセンスですよ。現実の貴方はベッドの中で眠っていることでしょう。だから店名も“シーツの間”なのです」


にこりと笑うジェイクに、女性は夢特有の超理解を示した。そんな彼女に、常連客であるステラが微笑みかけた。


「こんばんは。ご一緒できて嬉しいわ」

「ありがとうございます」


ステラを真似るように、女性はおずおずとカウンターチェアに腰掛ける。キョロキョロと辺りを見渡す彼女の前に、黄色からオレンジのグラデーションが美しいカクテルがとんと置かれた。


「今日の貴方にはこちら、テキーラサンライズ。とある国の美しい朝焼けを表したものです」

「お酒ですか?」

「ええ。もう成人していらっしゃるでしょう?」


女性はこくりと頷き、テキーラサンライズを一口舐める。不思議なことに、胸の奥からカッと燃えるような気持ちが湧いてきた。言葉にするのも難しい感情の奔流に戻ってしまう。


「このお酒、とても不思議です…」


ステラもまたテキーラサンライズを飲みながらウットリと微笑む。


「このお店にある飲み物は、全てが人の感情でできているの。私のような人ではないものが味でもって感情を愉しむためにね」

「このテキーラサンライズは、燃え上がる恋のテキーラ、己を信ずる盲目のオレンジ、背徳のザクロ…グレナデンシロップでできております」


情熱的な恋の味に、女性はワッと泣き出した。


「私だって、私だって、恋をしてみたかった!」

「何があったのかしら?」


女性は泣きながら、途切れ途切れになりながらも語る。ステラとジェイクはその言葉を真摯に聞いていた。


「私、幼い頃から、生まれる前から、王妃になるんだって言われてて、殿下は忙しいからってお話したことも殆どなかったのに!

勉強嫌だったけど!お菓子食べたかったけど!旅行してみたかったけど!鞭も痛かったけど!全部全部我慢してたの!私だって街を見てみたかったのに!

殿下が恋をしたって!正妃じゃなくなっちゃって!でも、でも、今度の人は庶民で、妃のこと何にも知らないからって!私が代わりに働けって!」

「びっくりするほど身勝手な方ですね」


多くの人から感情を貰い続けたジェイクですら驚く。女性はそんなジェイクの反応に「私、間違っていませんよね!?」と吠え立てていた。嫌だと訴えても、誰も聞いてくれなかったことが透けて見える反応だ。


彼女は暫く泣いていたが、だんだん落ち着いてきた。


「聞いてくださって、ありがとうございます」

「いえいえ。今宵のお代替わりに、貴方の不要な感情を頂けると思えば安いものです」


感情という言葉を口の中で繰り返し、女性はごくりと唾を飲み込む。


「それは、この、恋がしたいという気持ちを」

「えっ?」

「えっ?」


ぽかんとするジェイクと女性の姿に、ステラはケタケタと笑い始めた。


「ジェイクが貰えるのは、本当の意味で“いらない”感情だけよ。自分にそんな感情があったことも言われるまで思い出せない、遠い昔に捨ててしまった気持ちだけ」


その感情がないほうが生きやすいと解っていても、今まさに感じているものは貰えないのだという。たとえば理不尽な暴力にたいする恐怖とか、たとえば無用な仕事への責任感とか。意地悪ではなく、不可能なのだ。


ジェイクが貰えるのは、かつて感じていたけれど、今は手に取ることすらない感情だけだ。


「じゃあ、私は恋がしたいままなんですね…」

「申し訳ございません。せめて貴方が切り捨てた感情がなにか知ることで、貴方の人生が好転すると良いのですが」


ジェイクの差し出した空瓶に女性が触れる。するとみるみる内に瓶の中身が満たされていった。


「誰かが自分を助けてくれる“期待”という幻想。確かに頂戴しました、どうぞお気をつけてお進みください」


・・・


ふと女性は目を覚ます。先程まで見ていた夢の内容は殆ど忘れてしまったが、とても大事なことを教えてもらった気がするのだ。


(恋がしたい)


燃えるような恋の味を知っている。情熱的な朝日の色を知っている。


もう周りに期待するのは止めてしまった。本当に欲しいものは自力で掴むしかない。いつか素敵な人が現れて助けてくれるなんて妄想だ。


(燃えるような恋がしたい!)


女性は晴れやかな気持ちで飛び起きる。清々しい朝に、胸の奥がずんと疼いた。


まだ見ぬ恋のため、己を信じて歩きだす。責任から逃げる背徳感は快楽に変わる。一度も自分の期待に答えてくれなかった周りへの報復は、情熱的な味わいをしていた。


そして彼女は朝焼けを探して世界へと。


・・・


カランコロンとベルが鳴る。やってきた女性の姿を見て、ジェイクが微笑んだ。


「これはこれは、2回目のご来店をありがとうございます」

「お二人は変わらないんですね。ああ、5W1Hを問うのはナンセンスでした」


女性は初めて訪れた時よりずっと晴れやかな笑顔だった。最初に訪れた時は二十歳くらいのように見えたが、今は四十歳の半ばくらいだろうか。


「燃え上がるような恋をしたのかしら?」


ステラの言葉に女性は強く頷く。


「朝焼けが見たくて国外に逃亡したんです。そこで貿易商の旦那様と出会いました」

「それは情熱的な恋をなさったのですね」

「はい。結婚する頃には落ち着いちゃったんですけど、親友もできたし毎日が楽しいままで。今は子育てが一段落したので、改めて三人で暮らしているんです」

「三人?」


ステラが驚くのも構わず、女性はカウンターチェアに腰掛ける。あの時と同じテキーラサンライズを口にして美しく笑った。


「第一夫人が親友なんです。私達、二人で旅行するぐらい仲が良いんですけれどね」


ぽかんとするジェイクとステラに目もくれず、女性はテキーラサンライズをゆっくりゆっくり飲んでいる。とても楽しそうだ。


「旦那様と出会った時はそんなつもり無かったんですけど、一緒にいるうちに惹かれちゃって。既婚者だから身を引こうとしたら、彼女から第二夫人の提案があって」

「驚かれたのではないですか?」

「そりゃあ驚きましたよ。でも、三人でする仕事も楽しいし、好きなもの食べられるし、遊びに行くのも楽しくて。なら第二夫人でもいっか、て」


彼女はグラスを空にして、すくりと立ち上がる。


「あの日はありがとう。おかげで幸せです」


ジェイクが慌てて空瓶を渡すと、女性はさっさと感情を払って颯爽と帰っていった。


「新たに頂いたのは“恨み”ですか。かつての国をすっかり忘れたようで」

「王子と貿易商、どう違うのかしらね?」


側妃になるのは嫌で、第二夫人になるのは受け入れた女性。なにが違うのか、人外であるステラにはよく解らない。


ジェイクは「ベースの違いでしょう」と答えた。


「幸せになれると確信するだけの下地を与えてもらったのでしょう」

「そういうもの?」

「テキーラが無ければテキーラサンライズは作れませんから」

「あら、本当だわ」


ジェイクは背後に広がる満天の星空を眺める。あの輝く光は現実世界に繋がる窓であり、ジェイクが望めば奈落の底まで覗き込めた。


「王子はお飾りの王になったようですね。正妃も肩身が狭い様子。大事な仕事を他人に丸投げする二人には当然の結末かと」

「力量を見誤って欲張った結果ね」


燃え上がる恋、己を信ずる盲目、そして背徳。与えられる夜明けに甘えたものは溺れ、朝焼けを見るために飛び出したものは幸福のような沼に堕ちていく。

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