ミッション7 愛を書く
翌日バイトに行くと、一緒に事務をしている正社員の男性からこんなことを言われた。
「僕、小説家になりたいんです。それで、書いてるんですけど…」
「へえ。そうなの?」
「はい。今も書いてます。賞に応募しようって思ってます」
「ふうん…。小説って、賞を取ったら本になるの?」
「はい。なかなか出版社に持ち込んでも、なれないようですよ。小説家には…」
「茨の道だね。大変だ」
「そうなんです。でも賞を取ったら、いっきに本も出るし、有名になれます」
「有名になりたいの?」
「そりゃ、そうです」
「ふうん…」
そうか、本か…。ノエルさんが見てくれたとき、本を出すって言ってたっけ…。あれ、本当のことになるかもしれないし、ならないかもしれないことだよね。流れに任せていたらいいことだけど…、本を出すってことが大変なことなら、なかなかできないかな。
パソコンに向かって私は仕事をし始めた。だが頭の中には、不思議な世界が広がっていた。
物語だ。ある女性と男性の…。すごい無償の愛のストーリーが浮かんでしまい、こびりついて離れない。休憩になっても、それが頭から離れようとはしなかった。
それから、午後仕事に戻ると少しだけ時間が空き、その時間にメモを出し、さっき思い描いたストーリーをざっと書いてみた。
なんだか不思議だけど、書けそうな気がするな、小説…。
そして家に帰り、私は、おもむろにパソコンを開き打ち出した。文字がすらすらと打てる。物語が勝手に展開していく。不思議な感覚だ。そのうちに、登場人物が勝手に台詞を言い出し、各々の性格も勝手に作り出されていった。
展開は自分が考えてるわけではない。逆に書いていて、
「こうきたか…」
っていう展開だった。
そして、その日は明け方の4時まで書いていて、10時過ぎまでぐっすりと寝ていたようだ。昴くんの声で起こされるまで…。
『ひかり!聞こえる?』
『ん~~?昴くん?』
『テレビ観た?じゃなきゃ雑誌…』
『何?観てないけど、また何か出てた?』
『ひかりのこと…。どっかで調べたみたい』
『え?』
『バツ一で、流産もしてるって記事に出てた』
『……』
『ごめん。俺が巻き込んじゃった。やっぱり付き合ってるなんて、言わなければ良かった』
『いいよ、別に…。それで?』
『それでって…』
『私、別に気にしてないよ。事実だし。徹郎の名前までは出てないでしょ?』
『ひかりの名前も出てないよ。それはさすがに、ふせてるみたい』
『そう…。別にいいよ。なんかどうでもよくなっちゃった』
『え?』
『外側で、あ~だこ~ださわがられても、私自身はどこも変わらないし、傷もつかないよ』
『すごいな…。ひかり、強くなったね』
『ううん。強くなったんじゃなくって…。何かな?気にしなくなったっていうのかな』
『そうか。じゃ、俺も気にしない。勝手にさわがせておくよ』
『うん。今日は舞台は?』
『夜の部だけだよ。昼は取材が入ってる』
『そう…。頑張ってね』
『うん。もうすぐ東京での千秋楽だ。そうしたら…』
『大阪公演だっけ?』
『うん…。2週間だけだけど、しばらく会えないね』
『でもこうやって話もできるし、魂で会いに行けるよ』
『そうだね』
昴くんは、そうだねって言いながらも、どこか寂しげだった。
『大阪行く前に、休みはあるの?』
『2日間だけあるよ』
『会えるかな?』
『多分、会えるよ。1日はオフなんだ。1日は仕事入っちゃったけど…』
『じゃあ、会おうよ』
『うん…。丸1日いい?仕事休める?』
『いつ?』
『来週の月曜』
『ごめん、シフトはいってる…。5時まで仕事だ』
『じゃ、仕事の後会おう。火曜の仕事は午後からだし、夜はゆっくりとできるかもしれない』
『うん』
『じゃね。今日も仕事でしょ?』
『うん。今日は遅番。あ、昨日ね、私小説を書いてたの』
『夜ずっと?それで俺の声も、聞こえなかった?』
『え?話しかけてた?』
『うん』
『ごめん…』
『うん、いいよ。すごい集中してたね。どんな小説?』
『恋愛小説…。できたら見せるよ』
『うん』
『じゃ、仕事と舞台頑張って』
『サンキュー。ひかりもね』
昴くんからのあったかいエネルギーを、一瞬感じた。交信を切る前にどうやら、すごい愛のエネルギーを送ってきてくれたようだ。私も同じように返してみた。心の奥で大好きって思いながら…。
バイトは4時からなので顔を洗い、また小説を書き出した。また、ものすごい集中力で私は書いていた。
あっという間に昼を過ぎてて、母が昼ごはんはいらないのかと聞きに来て、慌ててダイニングに行き、昼食をとった。そして化粧をして着替えをして、バイトに行った。
更衣室ではまた私の話をしていたようだが、どうでもよくなっていたので、さっさと着替えをして私は事務所に行った。
ありがたいのは、事務の男の子が、まったく私と昴くんのことに、興味がなかったことだ。男の子だからかな。それよりも、話すことといえば小説のこと。どんな内容のものを書いているのかとか、誰にあこがれているのかとか、そんなことばかりだった。
「私も書き出したんだ」
と言うと、目を丸くして喜び、
「どんなの書いてるんですか?」
と聞いてきた。
恋愛小説で、だいたいの内容を話すと、
「面白そうですね!」
と言ってくれた。
「最近けっこう携帯の小説が、本になってるじゃないですか。そういう小説なら、いけるかもしれないですよ。いつかドラマ化や映画化…」
「ああ~。いいね…、それ」
実は書いている小説の男性は、昴くんがモデルなんだ。もし映画化されるなら、昴くんに演じて欲しい。でも、相手はだれか女優さんか…。ラブシーンはちょっと嫌かな。
「賞をねらいますか?」
「ううん。賞は別に欲しくないよ。でも多くの人には読んで欲しいかな」
「じゃ、賞をねらって、本にするのが1番かも…」
「う~ん。そうね…」
本か…。どうなるのかな…。それは全部、宇宙の流れに任せるしかないな…。
小説は順調に書き進み、あっという間に100ページを超えた。
「わ~~。こんなに書いちゃった」
プリントアウトしてまとめて、昴くんに見せることにした。明日は昴くんに会う日だ。
夜中、昴くんのエネルギーを感じてみた。
『ひかり?』
すぐに昴くんが、話しかけてきた。
『東京での公演、お疲れ様』
『うん。ありがとう』
『今までもしかして、打ち上げ?』
『うん、今さっき終わった。マネーシャーさんが送ってくれるって、今、車ん中…』
『寝てた?』
『ううん。ぼ~~ってしてた』
『ね。なんでいつも、私がエネルギーを送るとすぐにわかるの?』
『え?』
『呼んだ?って感じで声をかけるでしょ?』
『だって呼んでるじゃん…。昴くんって聞こえるよ、いつも』
『え?そうなの?』
『何?無意識だったの?』
『うん』
『あははは。面白い…』
そうか。エネルギーを感じるときに、声をかけてたのか。無意識に…。
『明日だね。会えるの…。なんか、すごい久しぶりに会うみたいだ』
『ええ?変なの。夢でもよく会ってるし、こうやって話してるのに?』
『ひかりの実体に会いたくなるの』
『ふうん…』
『俺に会いたくならないの?』
『なるよ』
『触れたくならないの?』
『え…。どうかな…』
『あれ?ならないの?』
『……』
『そうだよね。なるよね』
『え?私今、そう思ってた?』
『うん。触れられたら嬉しいけど…って思ってた。あ、隠そうとした?たまにするよね。自分でも感じないようにするでしょ。でも、俺にはばればれ』
『もう…。それだから困る』
『なんで?困らなくてもいいじゃん』
『でも…』
『あ、そろそろうちに着く。また明日ね。仕事終わったら、直接俺のうちに来てね。パスタでも茹でて待ってるから』
『ほんとに?』
『うん。けっこう俺、料理うまいよ』
『ふふ…。楽しみにしてる』
そう言うと、昴くんはあったかいエネルギーを送ってきた。私もエネルギーを返して、交信を終わらせた。そのまま、目をつむった。昴くんへの思いで心があったかくなる。ふわ…、ふわ…。宙に浮いているくらいに軽くなる。
そしていつの間にか夢の中にいて、夢でも昴くんのあったかいエネルギーをずっと感じていた。
翌日、仕事が終わるのを心待ちにして、すぐに着替えて更衣室を出た。葉月ちゃんも同じ時間にあがり、一緒にビルを出た。
「これから、昴くんと会うんですか?」
「え?なんで?」
「私も、これから悟くんと会うんです」
「あ、そうなの?」
「もう大阪行っちゃうじゃないですか。2週間会えないのは寂しいから」
「そうだよね」
「でも悟くんと私は、お付き合いしてるわけじゃないですけどね」
「そうなの?」
「はい。悟くん、付き合ってる人いるみたいだし」
「え?!」
「女優さんみたいです。そういう話、あまりしてくれないけど。私のことは大事だけど、恋愛対象じゃないんですって…。私も悟くん好きですけど、お兄さんみたいな感じだし」
「……」
そうなんだ…。私はてっきり、悟くんと葉月ちゃんも、恋愛に進展していくのかと思ってた。
「だから、私にも恋をしたらいいって言ってます。悟くんが、好きな人はいないのか?って」
「いるの?」
「ドキドキする人は、やっぱり昴くんですよね」
「え?!」
「あ。安心してください。だからどうってことじゃなくて。あれだけ素敵な人は、そうそう現れないなってことです」
「そ、そう…」
「はい。でも、お二人が本当に仲いいの知ってますし…。羨ましいですけど…」
「そう…」
「あ~~あ。魂一緒なのに、悟くんとは恋愛対象にならないし…。私の相手って、いるのかな~」
葉月ちゃんはそうぼやいた。そうか~。悟くんじゃないのか~。
駅に着き、葉月ちゃんと別れた。それから電車に乗り、昴くんの家に向かった。駅に着き、
『昴くん、駅に着いたよ』
と心で言うと、
『道わかる?』
と聞いてきた。
『うん、なんとなく覚えてる』
そう言って歩き出した。心の中で、昴くんがどこを曲がるのかとか、ナビゲーターをしてくれた。そして、簡単に昴くんのマンションにたどり着いた。
確か、306だよね…って思っていると、
『うん、そう』
って声がした。
306を押すと、すぐにマンションの入り口が開いた。中に入りエレベーターに乗り、さっさと306号室に行った。ドアの前まで来ると、自動ドアのように開き、
『はいって』
と、昴くんが心で言った。
『お邪魔します』
私も心でそう言ってから、中に入った。中に入ると、奇麗に片付いていた。
「あれ…、片付いてるね」
「うん。朝から片付けてた。なんてったって、2週間もあけるしさ」
「あ、そうか。向こうではホテル?」
「うん。みんなで同じホテル。それも楽しそうだよね」
「うん…」
「え?女性?いるよ、たくさん…」
私の心の声を、察知したらしい。昴くんが言った。
「だよね…」
「はは…やきもち?」
「ううん…」
なんて言ったけど、心配は心配…。もてるんだろうな、昴くん…。
「もてないよ」
いきなり昴くんは、私の手を握った。
「それに、俺にはもう彼女がいるってみんな知ってる。けっこう劇団の人の中でも、この話題は持ちきり…」
「え?」
「俺、ひやかされて大変なんだ。彼女とは仲良くやってるかって、いっつもうるさいんだよ。まあ、みんなあったかく見守ってくれてる感じだけどね」
「そうなの?」
「そうだよ」
そっか~~。ちょっと安心…?
「くす…」
あ、今、笑われた。なんて思ったのかな。昴くんにエネルギーを集中してみた。
『可愛いよな~~ひかりって…』
あ…。なんか照れくさくなるようなことを、昴くんは思ってた。
「お腹すいてる?ちょっと下ごしらえはしたんだ」
「うん。ちょっとお腹すいてきてる…」
「じゃ、準備しちゃうね。そこで、座って待ってて」
「手伝うよ」
「いいから。座ってゆっくりしてて」
「うん…」
そう強引に言われて、私は床においてあるクッションに座り、雑誌を広げた。昴くんの写ってる雑誌だった。昴くんの写真をぼけ~~って眺めた。かっこいいよな~~。
それから、何冊かの男性のファッション雑誌と、車の雑誌が置いてあった。それもぺらぺら、めくってみた。
そして、くるりと部屋を見回した。洋服が何枚か、ハンガーにかかってあった。それから、外にはまだ洗濯物が干してある。どうやら自分で干したらしい。
「洗濯物、しまおうか?」
「え?ああ。忘れてた。お願いしてもいい?」
「うん」
洗濯物を取り込み、たたみ出した。あ…。さすがに昴くんのパンツは、たたむのが恥ずかしかった。
「あれ?たたんでくれたの?良かったのに、そのへんにぐしゃって置いといて…」
「そんなことしたら、しわになっちゃうよ」
「ごめん、ありがとう。あ!でも、パンツもあったよ」
「うん…」
ちょっと、しばらく二人して照れてしまい、変な空気が流れた。
「ま、いっか…」
と昴くんは笑い、キッチンに戻っていった。
キッチンを覗くと、鼻歌交じりで昴くんは野菜を切っていた。なかなか、手馴れた感じだ。備え付けられた食器棚には、ちょっとの食器が置いてあった。一人暮らしだもんね…。
また私は部屋に戻り、その辺を歩き回った。部屋中に昴くんの優しいエネルギーが満ちていて、心地がいい。
昴くんのマンションは1DK。ダイニングのテーブルは二人がけだ。部屋には小さなテーブルと、クッションがごろんところがっていて、それに小さめのデスクがあり、ノートパソコンが置いてある。そして、大き目の薄型液晶テレビがドンとあって、そのテレビを寝転がっても見える位置に、ベッドが置いてあった。
けっこう広い1ルーム。部屋には大きな収納スペースもあり、一人で暮らすには、十分な広さだ。
ベッドに腰掛けてみた。奇麗にベッドカバーまでしてある。ベッドからは昴くんの匂いが漂い、ふわって昴くんに包まれた気持ちになった。
「できたよ~~」
昴くんがダイニングから、私を呼んだ。
「わ…。良い匂い。なんのパスタ?」
「和風パスタ。好き?」
「和風?すごいね。そんなの作れるの?」
「うん。意外といけるんだ。これが!」
すごく嬉しそうに昴くんが言う。
グリーンサラダも、横にちょこんと置いてあった。それに、冷たい麦茶をグラスに入れてくれていた。
「いただきま~す」
二人で同時に言って、食べだした。
「うん!美味しい!レシピ聞いていこうかな」
「あはは…。聞いたら簡単すぎて、驚くよきっと」
「そうなの~~?」
それから、二人でいろんなことを話しながら食べた。舞台での失敗談。同じ楽屋の人の面白い話。昴くんの家族のことから、初恋の人のことまで。昴くんのことを知るたびに、私は嬉しくなった。
「アルバムはないの?」
「ないよ。全部、家に置いてあるから」
「なんだ、残念。見たかったな」
「いつかね」
「あ。そうだ。小説、書いたところまで、プリントアウトして持って来たの。見る?」
「見たい!」
私は鞄から取り出して、昴くんに渡した。昴くんが見ている間に、食べたものを片付けた。
「あ、ごめん。適当に流しにつっこんどいていいよ」
「いいよ。洗っておくよ。ごちそうになったんだもん。そのくらいします」
「そう?ありがとう…」
洗いものを済ませて、ダイニングの席に戻ると、
「すげえ…。本格的な小説だね。それに内容もすごくない?感動ものじゃん。ドラマ化か、映画化したらいいのに」
と昴くんは目を輝かせて、私に言ってきた。
「そうしたら、主役で出る?」
「出る出る!でも、相手役の女優さんとラブシーンもあるんじゃないの?」
「そうなんだよね。私、妬いちゃうかな」
「あはは…。じゃ、ひかりが相手役で出る?」
「じょ、冗談でしょ?」
「冗談だよ」
「もう~~~!」
あはは…。昴くんは、笑ってから、
「あ…。向こうの部屋に移動しない?ゆっくりこれ、読みたいし…」
って言って立ち上がった。
「うん」
昴くんのあとに続いて、部屋に入った。昴くんは、ベッドにどかって座って読み出した。
「ねえ。最後、この圭介って人、どうなるの?死んじゃうの?」
「ううん。死なない」
「え?」
「ハッピーエンドにしたいから」
「そっか…」
「奇跡が起きるの。まず、二人で死を受け止めるの。それから、今に生きて毎日を大事に生き始めるの。そうしているうちに、がん細胞が消えてなくなっちゃうんだ」
「へえ…」
「前にラジオで聞いたことがあるの。そんな作家さんの話」
「その人も、がん細胞消えたの?」
「うん。そういう奇跡って起きるんだよね?」
「うん。あるよね。映画でも観たことある。ノンフィクションの…」
「うん」
「そっか~~。いいね。彼が死ぬってわかっても愛していくって、なんか見返りを求めない無償の愛だね」
「うん…」
「本にしたいね。どうにかなるかな…」
「あれ?流れに任せるんじゃなかったっけ?」
「ああ…。そうか…。そうだね」
私は昴くんのすぐ横に座って、昴くんのエネルギーをじかに感じた。優しいあったかいエネルギー…。それから、いきなりドキドキし始めた。わ…。胸の鼓動がどんどん早くなる。
横にいる昴くんの顔を見た。目は小説の方を見てはいるものの、どうやら読んでいるわけではないようだ。私は昴くんにエネルギーを集中してみた。すると、声が聞こえてきた。
『やばいよね』
『え?何が?』
『あまり、くっつかれると、俺ちょっと…』
そのあとに、ますますドキドキが強くなる。
『これ、昴くんの方?』
『そう…』
『この前も聞いたけど、私にときめかないんじゃなかったの?』
『うん…。それ、自分でセーブしてた』
『?』
『で、そのセーブを外して、ありのままに感じてみようってしてみた』
『うん…。それで?』
『それで、こうなってる』
『え?』
『だから、ドキドキしてる…』
そう言われて、こっちもドキドキしてきてしまった。
『隣、座ったから?ごめん…』
そう心で言って、離れようとすると腕を掴まれた。
「昴くん?」
「…2週間会えないんだよね?」
「え?うん…」
「そりゃ、心で会話は出来るけど、こうやって触れられないんだよね?」
「うん…」
昴くんはいきなり、抱きついてきた。
「え?」
私は、いきなりで驚いてしまった。ドキドキがもう、昴くんのものなのか、私のものなのかがわからない。
昴くんの心の声がどんどん聞こえてきて、こっちが恥ずかしくなってきた。
『このまま、ひかりを抱いてもいいかな…』
『ひかりのこと、抱きたいって思ってるってことはひかりもかな…。同じ気持ちでいるのかな…』
昴くんは私の顔を見た。じっと見ている…。しばらく見つめあってると、
「聞こえちゃった?俺の心読んでたよね?」
って聞いてきた。
「うん…」
私は、なんだか照れくさくて目をふせた。
「……」
昴くんは黙っていた。どうやら、私の心の声を聞いているようだ。私は、慌ててしまった。
「駄目!」
「え?」
「聞いちゃ駄目!」
「なんで?俺のは聞いたくせに?ずるくない?」
「だって…、恥ずかしいから…」
「俺と同じ気持ちでいる?」
「……」
「黙ってたらわからないから、やっぱり聞くしかないじゃん。心の声…」
「わかった!言う。一緒の気持ちになってる…。でも…」
「でも?」
「いいのかな…」
「え?何が?」
「だって私…」
「年齢の差のこと?関係ないじゃん」
「でも…」
「俺ら、もう付き合ってるって、公認の仲だし…」
「え?そっか…。いや、でも…」
「嫌なの?」
「え?」
「今、いやって…」
「思ってないよ。あれ?心の奥で思ってた?私…」
「いや、心の声は聞いちゃ駄目って言うから、聞いてないよ」
「そ、そうなの…?」
ふ~~~。力が抜けた。本当に聞かないようにしてくれたんだ。
「聞いてもいいの?」
「え?」
ああ…。もう、聞かれようが聞かれまいが、一緒かもしれない。口であれこれ言うより、もしかして楽なのかな。
「そうかも」
「あ!聞いてた?」
「ごめん、つい聞こえちゃった」
「……」
「もう聞いてもいいって、今、心の中で言ったよね?」
「聞いてたんでしょ?それも…」
「一応、確認。そんなこと思ってないって言われたら、困るから」
「…言ったよ」
「そっか!」
昴くんは、私のエネルギーに集中しているようだ。それから、私の目をまたじっと見て、ものすごい光で私を包み出した。
わあ…。その光だけで、私は溶けそうになった。
そしてキスをしてきた…。優しいキスだった。エネルギーがどんどん伝わり、私のことを包み私の体にも入ってくる。
ふわ…。体が宙に浮かぶようだ。あ…。幽体離脱しそうだ。
「待って…。魂ちゃんと、ここにいて」
いきなり、昴くんがそう言った。
「え?うん」
そして、昴くんにまた優しくキスをされ、そのままベッドに押し倒された。
昴くんが、Tシャツを脱いだ。わあ…。Tシャツの下は、意外にも筋肉があって、でも色が白くてすごく奇麗だった。
『意外はよけい…』
『え?』
『筋肉、ないと思ってた?』
『ううん…。そういえば、舞台で上着の内側着てなくて、筋肉見えてたっけ…』
『色白なのは、焼いちゃだめだったから。舞台してたし。夏なのに、海にも行けなかったよ』
『でも、奇麗だよね。肌も…』
私はうっとりしながら、昴くんを見ていた。首の線、喉仏、鎖骨、どこをとっても奇麗だ。
「男の人も、奇麗って思うの?」
昴くんが、私に聞いてきた。
「思うよ」
「セクシーだって今、思ってた?」
「思ってた」
「わかんねえ、その感覚。俺別に奇麗じゃないし、セクシーでもないでしょ?」
「自覚してないの?」
「まったく」
「自覚してきたら、ナルシストかな?」
「ええ?じゃ、自覚しないどこう」
くす…。なんか笑ってしまうと、いきなり昴くんは、私の服を脱がし出した。
「え?ちょ…」
抵抗すると、
「あれ?なんで?」
と聞いてきた。
「あ…明るいの嫌だな…」
「電気?消したら大丈夫?」
「うん…」
昴くんは立って、電気を消しにいった。その間に、私は布団の中に潜り込んだ。
「何それ?ずるくない?なんで布団に入ってるの?」
「ずるくないよ」
「だけど、俺だけ裸だよ?」
「裸じゃないじゃん。上だけじゃん、脱いだの」
「下も見たいの?」
「違う!見たくない!」
「そんなに拒否しなくても…」
「……」
「あ!まじで、見たくないって思ってる?!」
「うん」
「ショック…」
「なんで?」
「なんか、嫌がられたって…ショック」
「だって…」
見てはいけないような気がするもの。やっぱりアイドルは永遠にそういうところを、見せちゃいけないような…。
「何それ~~。もしかして、トイレにも行かないとか思ってないよね?」
「思ってる」
「おならもうんちもしないとか、思ってる?」
「あははは…。思ってるよ~~。昴くんは永遠のアイドルだから」
「ええ?」
布団の中でけらけら笑ってると布団の中に、昴くんも潜り込んできた。そして、笑っている口をキスしてふさがれた。
キスをされると、優しいあったかいエネルギーが入り込み、どうしてもふわって、魂が抜けそうになる。でも目を開けて、しっかりと昴くんの顔を見て、昴くんの体に腕をまわしてぎゅうってして、魂が抜けていかないようにした。
昴くんが、
「そんなにひっつかれたら、俺、服を脱がせられないよ」
と言ったから、抱きついてる手は離した。昴くんは優しく、1個ずつブラウスのボタンをはずしだした。
昴くんが触れるところが熱くなる。さっきからドキドキは、私のものか、昴くんのものか、それともお互いが同時にドキドキしているのか、わからなくなっていた。
昴くんの心で感じることが、ダイレクトに伝わってくる。
『奇麗だ。ひかり…』
『あったかい…』
『やわらかい…』
その声に思い切り恥ずかしくなる。恥ずかしくなっているのも、昴くんには伝わっている。
『ひかり、すげえ可愛い…』
ああ…、そんなことを言われると、溶けちゃうよ…。
昴くん、大好きだよ。
昴くん、愛してるよ。
昴くん…。
その私の心の声も全部、昴くんには聞こえてて、そのたびに昴くんも、
『俺もだよ』
って返事をしていた。そして…。
あ…。やばい…。気が抜けた瞬間、魂が抜けてた。でも、それは昴くんも一緒だった。その前に昴くんと同化してた。ぐるぐるとエネルギーが体の中から突き上げ、パアって軽くなった瞬間、幽体離脱してしまった。二人して…。
光の渦に溶け込み、宇宙のすべてと同化した。そして、しばらくその開放感を一緒に味わって、それから体に戻っていった。
いつもなら、すごく窮屈な自分の体…。でも、今は体に戻っても昴くんの体温を感じ、昴くんの体の重みを感じ、思いきり幸せを味わった。このぬくもりも重さも、ものすごく愛しい…。
昴くんは、私の髪にキスをした。それから耳、頬、鼻、あご、首筋、肩、腕、手のひら、そして指…。それから、
「朝まで、ひかりとこうしていたいな…」
と優しい目で見つめながら、ささやいた。
「うん。いるよ?私…」
「いいの?」
「うん。家には電話するけど…。いられるよ。明日遅番だし…」
「ほんと?」
「うん…」
昴くんの中から、喜びの感情が溢れ出ていた。そして、またキスをしてきた。
「キスされると気持ちが良くて、魂抜けそうになる」
「俺も」
「昴くんも?」
「でもどうにか、ここに留まってた」
「そうなんだ」
「だって、ひかりのぬくもりとか、ずっと感じていたかったから」
「同じだ…」
「変だね…。魂じゃ、しょっちゅう一緒になってたのにね。肉体では初めてだった。でも、やっぱり魂でくっついちゃったね。同化してた」
「うん」
「でもこうやって、肉体持って重なり合って、お互いの体温感じたり、鼓動を聞くのも気持ちいいね」
「うん…」
昴くんと指と指を絡めた。昴くんのエネルギーと私のエネルギーも、絡み合った。
「俺、まだドキドキしてる。わかる?俺の心臓…」
昴くんが私の手を、昴くんの胸にくっつけた。
「あ…、ほんとだ」
「ね?すごいでしょ?」
「うん」
「ひかりが隣にいるだけで、ドキドキする。でもすごく嬉しいし、幸せなんだ」
「私もだよ」
「やばいね。離れられないね。もう…」
「うん…」
昴くんは、また私にキスをして、それから、
「汗かいたし、シャワー浴びてくるね」
と言って、布団から出ようとした。
「あれ?離れないって今、言ったのに?!」
と冗談でそう言うと、
「じゃ、一緒に行こう!」
って、手をぐいってひっぱられた。
「え?」
「恥ずかしがらなくても、ひかりは俺だし」
「もう、こんなときばっかりそういうことを言って…」
「あはは…。いいじゃん」
結局、そのままバスルームに連れて行かれて、一緒にシャワーを浴びる羽目になった。
思い切り頭からシャワーをかけられ、私も昴くんからシャワーをぶんどりかけ返した。そんなことをして、しばらく二人できゃ~きゃ~遊んでいた。
バスルームから出て、髪をお互いが乾かしてあげて、それから部屋に戻り、また、べったりとくっついていた。
テレビをつけ、適当にまわした。お笑いの人が出てる番組にして、二人で観て笑った。
昴くんは私のことを、後ろから抱きしめていた。時々首筋にキスをしたり、肩にキスをした。そのたびに、胸がきゅんってなった。
そして夜も更けてきて、ベッドに入り、二人でべったりとくっついて寝た。
寝ているときにも、夢の中で昴くんを感じた。エネルギーが私を包み込み、とてもあったかかった。時々目が覚めた。目が覚めると、やっぱり昴くんの体温を感じられ、あったかいエネルギーに包まれていた。
『わ、私、なんて贅沢なんだろう。寝ていても、昴くんのエネルギーに包まれ、起きていても包まれてる』
心でそう思うと不思議なことに、昴くんはぐうすか寝ているのに答えてきた。どうやら夢の中で、私の声を聞いているらしい。
『プレアデスでもそうだったよ。ずっとずっと一緒だった。たまに一つになったり、分かれたり。でも、いつもお互いを感じあってた。今と一緒だ』
『そうか…。じゃ、ずっとこうやって、一緒なんだね』
『うん』
私はまた、目を閉じた。そして夢の中へと、戻っていった。
翌朝、昴くんの腕の中で目が覚めた。そっと私の体に回していた昴くんの腕を外して、ベッドから出た。しばらく昴くんの寝顔を見て、それからシャワーを浴びに行った。
バスルームから戻ってくるとまだ、昴くんはすやすやと寝ていた。
『は~~。なんて可愛い寝顔なんだろう…』
ぼけ~~ってしばらく、見入ってしまった。
「ひかり…?」
昴くんが起きたのかと思ったら、どうやら寝言のようで、またごろんと寝返りをうち寝てしまった。
『どんな夢を見てるのかな…』
自分の名前を寝ながら、昴くんが言う…。なんか、くすぐったいような気がした。
朝食を作りにキッチンに行き、まずサラダを作り出した。しばらくして、昴くんが起きたようでキッチンに来た。
「おはよう~~、ひかり…」
大きなあくびをしながらそう言うと、昴くんは後ろから抱きついてきた。
「目が覚めたら隣にいなくて、ちょっとびっくりした」
「なんで?」
「昨日のは、俺の夢だったかなって…」
「え?」
「最近、夢と現実がごっちゃになる…」
「くす…。昨日ぐっすり寝てたのに、私の考えてることに、昴くん答えてたよ」
「ほんと?」
「うん」
「夢の中にいたもん、ずっと」
「私が?」
「うん」
「そうなんだ…。不思議。本当に夢も現実も、一緒になってるね」
「うん」
昴くんは、抱きついたまま離れなかった。
「抱きついてたら、作れないよ、朝食」
「いいよ」
「ええ?でも、お腹すいてるでしょ?」
「すいてない」
そう言うと、もっと私のことをぎゅうって抱きしめてきた。
「やばい、やばい、やば~~い!俺、すげえひかりが好きかも!」
「え?」
「こうやって、ずっと抱きついていたいよ。このまま、今日は抱き合っていようよ」
「くす…。いいよ」
そのまま部屋に二人で移動して、しばらくまたべたべたとひっついていた。
ブルルルルル……
「あ、携帯…。振動してるの昴くんのじゃない?」
「いいよ、出ないでも…」
「仕事のことかもよ?」
「う~~ん…」
昴くんは、しかたがないって感じで携帯を取った。
「もしもし…?」
誰かな…。
「あ、はい。…え?今日っすか?…はい。あ~。でも、夕方から仕事です。俺…」
何かの誘いかな?
「悟さんは?仕事ないんですか?」
悟くんか…。
「え?葉月ちゃんと?じゃ、二人で会った方がよくないですか?」
葉月ちゃん?
「はい…。え?俺?そうです。ひかりといます。はい…。今もいますよ、横に」
え?そんなことばらしてもいいの?
「はい…。あははは…。そういうことですよ。じゃ、いいっすか?俺行かなくても。はい…。じゃ、葉月ちゃんによろしく言ってください。それじゃ、また明日」
そう言って、昴くんは電話を切った。
「お誘いだったの?」
「うん。葉月ちゃんと会うから、一緒に会わないかってさ。ひかりと一緒にいるって言ったら、じゃ、二人っきりでいたいよなって言うから…」
「よかったの?お誘い断って」
「うん。だって、葉月ちゃんと悟さん、二人で会った方がよくない?」
「…でも、あの二人は、付き合ってるわけじゃいし…。二人で会うよりもよかったのかも」
「え~~?駄目だよ。今日はひかりと二人でいるって、もう俺は決めてたんだから。こうやって、ずっとべたってくっついてるって言ったじゃん」
そう言うと、また私のことを後ろから抱きしめた。
くす…。なんか、子供みたいで可愛いな~。
「どうせ、ガキだよ」
あ…。心の中を読まれたか…。
「可愛いなって思ったんだよ?」
「ひかりは俺といたくないの?」
「いたい。ずっとこうしていたいよ」
「なんだ。じゃ、いいじゃん」
「うん…」
「ひかり、気づいてた?俺とひかりが愛し合うと、すごい光が放たれて、地球を覆ってた」
「うん…。感じてた」
「だから、こうやって二人でいちゃついてたら、光がドンドン出て地球を覆う。それも、俺らのミッションだよ」
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと…」
そう言うと昴くんはまた私を、ぎゅうって抱きしめる。
でも、私も実は気がついてた。私を抱きしめるたびにすごい光が、昴くんから飛び出してくる。その光は私の体を包み込み、さらにそこら中に放射され、空高く上っていく…。それに私からの光も交ざり、それはもう、すごい光がそこら中に放射される。
そりゃ、まるまる1日いちゃついてたら、すごい光が地球を覆うだろうな~~。
そして、その日は私のバイトと、昴くんの仕事がある夕方まで、ずっと二人でじゃれあっていた。うん、「じゃれあっていた」が1番ぴったりくる言葉だと思う。
ご飯を一緒に作っていても、洗濯をしていても、昴くんはひっついてきたり、ふざけて邪魔してきたり、くすぐってきたり…。
ご飯も、食べさせあいっこをした。昴くんはすぐにゲラゲラ笑って、ものすごくご機嫌だった。そのたびに、光がきらきら飛び出してきてダンスを踊っていた。
ご飯を食べ終わり、片付けも終わると昴くんは少し大人しくなった。私の後ろからまた、私を抱きしめてきて、そして首筋にキスをする。
「首ってあったかいんだね…」
昴くんが言った。それから耳たぶにキスをしてきた。そして、またぎゅって抱きしめる。
「ああ…。2週間会えないのか…」
「でも、いつでもエネルギーは感じられるよ」
「うん…」
『一緒に、暮らせたらいいのに…』
昴くんの声がした。
『うん、そうだね…』
『ひかりも、そう思う?』
『うん。思うよ』
『いつか、実現できるかな』
『いつか、きっとね』
昴くんよりも、早くに出ないとならないので、支度をして部屋を出た。玄関で昴くんは、私のことをハグしてキスをして、
「じゃあね…、仕事頑張って」
と、にっこり優しく微笑んだ。
「うん。昴くんも大阪公演頑張ってね」
私はそう言って、玄関を出た。ふわ…。昴くんのあったかいエネルギーに包まれた。また、送ってくれたんだな。
『昴くん、大好きだよ』
マンションを出ながら、私はそう心で言うと、
『俺も、大好きだよ』
と、昴くんの声がした。幸せだった。めちゃくちゃ幸せだった。こんなに幸せで良いんだろうかっていうくらい、満たされていた。
バイトに直接行った。昨日と同じ服だろうが、制服なので、そんなのを気にする人もいなかった。
葉月ちゃんは休みだった。あ、そうか。悟くんと会っているのか…。
事務所に行くと、例の正社員の男の子が嬉しそうに話しかけてきた。
「小説書き終えたんですよ。今度読んでくれますか?」
「いいよ」
「じゃ、明日にでも持ってきます」
「うん」
そう言うと、とても嬉しそうに笑った。彼から、奇麗な光が発せられた。喜びの光だ。喜びと、希望の…。
バイトが終わり家に帰って夕飯を食べ、お風呂に入りさっさと部屋に行った。そして、小説の続きを私は書き出した。
気がつくと、1時をあっという間に過ぎていて、明日は早番だからもう寝ようと、電気を消してベッドに入った。
『ひかり?』
『昴くん?遅くまで起きてるんだね』
『うん。大阪行く準備してたんだ。遅くなっちゃった』
『仕事は?大変だった?』
『いや、そうでもない』
『明日は朝、早いの?』
『早いよ』
『じゃ、もう寝なくちゃね』
『うん、おやすみ。でもまた、夢で会えるね』
『うん。きっとね』
私たちは、眠りに着いた。不思議なことに、一緒に眠りに着いたというのがわかった。そして夢の中で、昴くんの優しいエネルギーに触れ、私は心地良い光に包まれ幸せを感じていた。
翌日と、翌々日の3日間で、私は小説を書き上げた。昴くんが帰ってきたら、全部を読んでもらおう。
そして、私は自分のことに集中していたので、葉月ちゃんの異変にはずっと気づけないでいた。