ミッション6 許し
翌朝、朝食をとってまた、リビングでコーヒーを飲みながらテレビをつけた。ワイドショーでもしかしたら、昴くんと私とのことが話題になってやしないかと思ったからだ。案の定、昨日のラジオで昴くんが、交際宣言をしたと話題になっていた。
ああ、やっぱり…。
「ラジオで天宮昴さんが、写真に写っていた女性とお付き合いをしていると、宣言していました。一般人の方で、年齢は29歳。昴さんよりも10歳も年上なんですね」
また、写真が映し出された。
「ちょっと?あんた、付き合ってないって言ってたわよね…?」
ダイニングからテレビを観ていた母が、言いよってきた。
「え?!」
「昨日、お付き合いはしていないって、言ってたでしょ?どうなってるの?」
「うん。なんか、こんな展開になっちゃって…。私も驚いたんだけど」
「え?じゃ、付き合ってるのは嘘なの?」
「嘘じゃないけど…。付き合ってるような、友達のようなそんな仲だったから」
「…?」
「でも、もう付き合ってるってことなのかなって、昴くんとも話して…。それで…」
「それでって…。だって、昨日の朝は付き合ってないって言ってたでしょ?じゃ、それからいきなりの展開になったって言うわけ?」
「そういうことかな」
「呆れた、何それ?大丈夫なの?あんた…。すっかり変なことに巻き込まれてない?」
「うん。大丈夫だよ。心配はしないで」
「何言ってんの。心配は心配でしょう?」
「でも、大丈夫だから…」
一瞬、母から黒のもやもやが出たが、また、す~~っと奇麗な光が出て私を包んだ。
「わかったわ。あんたがそんなに言うなら…。でも、お付き合いをしてるってことなら、一回くらいうちに挨拶に来てもらってよ」
「え?ああ…。うん、そうだね」
来るかな…?いや、昴くんのことだから、来てくれるかな?
化粧と着替えをして、私はバイト先に向かった。これがけっこう憂鬱…。でも、何が起きても、まるのまま受け止めたらいいんだよね…って自分に言い聞かせ、更衣室に入った。
「おはようございます」
すると、意外にもみんな静かだった。
あれ…?
「星野さん。今日悪いけど、レジの方ははいってもらわなくてもいいから。事務のほう手伝ってくれるかしら?本の発注や、書類作成の方をお願いしたいんだけど…」
更衣室にいた主任から、いきなりそう言われた。
「え?はい…」
「それと、今言ったように、ここでもお店でも、星野さんのことであれこれ言うのはやめてください。仕事に集中できなくなりますから。よろしくお願いします」
「はい、わかりました」
更衣室にいた他の人が、みんないっせいにそう答えた。
私が着替えをして、事務所のほうに向かおうとすると、後ろから葉月ちゃんがやってきて、
「星野さん。星野さんが来るまで、すごいみんなが噂さしてて、それを主任が来てばしって注意したんです。それに星野さんには、この騒ぎがおさまるまで、事務を手伝ってもらって、店には出ないようにしてもらうって言ってましたよ」
「そうなの…」
「大丈夫ですか?」
「私?うん。全然。でも、みんなに迷惑かけちゃったよね」
「大丈夫ですよ。それじゃ、お昼の休憩一緒だと思うので、一緒にランチしましょうね」
「うん。そうしよう」
私はそこから、お店のレジのカウンターの奥の事務所に入った。
お店の人にも迷惑をかけてるなって思ったけど、事務の人は親切に教えてくれたし、昨年までは事務の仕事をしていたので、すぐに仕事に慣れてさっさと伝表を仕上げたり、発注する作業を済ませてしまった。
「星野さん、こっちの仕事の方が向いてませんか?これから、ずっとこっちに来たらどうですか?」
と、若い正社員の人に言われた。
「そうですね。私もそうしてもらうと助かるかも…」
レジでのずっと立っての仕事も、本の整頓も意外ときつかったのだ。事務の方がずっと楽。それとも、そろそろ本格的にまた仕事でも探そうか…。
昼になり、エレベーターの前で葉月ちゃんと会った。それから地下のレストラン街に行った。
「朝のワイドショーでも、話題になっていましたね」
「うん…」
「当分は持ちきりかな。でも、そのうちに違う話題が持ち上がりますよ」
「そうだよね…」
「それにしても、昴くんあんなに堂々と全部言っちゃうなんて、びっくりです」
「私もだよ」
「ほんとに、隠し事も嘘も嫌なんですね~~」
「多分、黒いもやもや出ちゃうのかもね」
「え?」
「嘘ついたり、ごまかしたりすると…」
「そうなんですか?」
「わからないけど、そんな気がするな…」
葉月ちゃんとランチを食べ出したときに、携帯がなった。母からだった。
「今、休憩中?」
「うん」
「さっきね、徹郎さんから家に電話があったの。ひかりはいますかって…」
「え?」
「話がしたいって言ってきたのよ…。それで、バイトに行ってるって言ったら、夜、仕事終わってから会えないかって。携帯の番号変わってないから電話してほしいって…」
「でも、私のほうがもう、携帯の番号消しちゃってわからないよ」
「そう言ったら、教えてくれた。いい?今から言うから控えてね」
「え?うん」
母から言われた番号を、手帳に書いた。
「一応電話してみたら?あれから、電話して来たのって初めてでしょ?多分、昴くんのことでも、テレビで観たんじゃないかしらね」
「それでどうして、電話してくるのかな?」
「わからないわよ。でも、何か話したいからでしょ?」
「……」
「昴くんにも同席してもらえば?」
「え?!そんなわけには…」
「だって、今は昴くんとお付き合いしてるんだし。ちょっと、あんた一人じゃ辛くない?」
「……」
驚いた。母からそんな言葉が出るとは…。
「昴くん、舞台があるし…。あ、でも今日は昼だけかな?舞台…」
「じゃ、夜はあいてるかも知れないわね」
「でも、外で会ったら、今の今じゃちょっと目立つかも…」
「そうね。じゃ、うちに来てもらったら?」
「え?!」
「そうしなさい。二人ともうちに来たらいいわよ」
「……」
ものすごく強引に母から言われ、そうすることになってしまった。いや、昴くんに聞いてみないとわからないけど…。
でも、なんで今さら、徹郎に会わなくちゃならないのか…。それに母はなんで昴くんと、会わせたがるのか…。あんなに世間の目を気にしている人が、家に昴くんを呼びなさいと言うなんて驚きだ。
電話を切ると葉月ちゃんが、
「舞台、今日は昼の部だけですよ」
と、教えてくれた。
「やっぱり?じゃ、夜、あいてるかな?」
「徹郎さんって?」
「あ、前の夫…」
「え?!離婚してたんですか?」
「し~~」
「ごめんなさい。声大きかったですね…」
周りの人が、ちらってこっちを見た気がした。
「そうなの。バツ一なんだ。昨年ね、離婚したの」
「そうだったんですか。全然知りませんでした。あ…。そのこと、昴くんは?」
「知ってるよ。私が落ち込んで、3ヶ月家に閉じこもってたとき、昴くんは私の苦しみを感じていたらしいから」
「え?」
「昴くんの方にいっちゃったみたい。私の苦しいっていうエネルギー」
「そうなんですか…」
「今ね、その悲しみや苦しい感情を、昴くんも感じてくれて浄化中なの」
「あ…私もです。私の子どもの頃の傷がまだ残ってて、それを悟くんが消してくれてるみたいで」
「そうなんだ」
「はい」
私は、その子供の頃の傷って?って聞いてみようかとも思ったけどやめた。私だって、赤ちゃんを流産したことは話したくなかったし…。
ご飯を食べ終わり、仕事に戻った。それから4時くらいに、もう舞台は終わったなと思い、仕事をしているふりをして、昴くんのエネルギーを感じてみた。
すう…。穏やかな優しいエネルギーが感じられた。
『昴くん?』
『うん…。どうしたの?』
昴くんの優しい穏やかな声だ。
『あのね、さっき母から電話があって…。あ、記憶を思い出すよ』
『…徹郎って、もと旦那さん?』
『うん』
『その徹郎さんには電話したの?』
『まだ。昴くんに相談したくて…。私、会ったほうがいいのかな?』
『嫌なら無理することないよ』
『嫌っていうか、怖い…』
『…怖いって過去の記憶が、よみがえってたね。昔の徹郎さんだ。いったんそれは忘れないと、マイナスのエネルギーを呼んじゃうよ?』
『うん…。そうなんだけど…』
『わかった。俺なら、夜、あいてるから、ひかりの家に行けるよ。それから、会う前に宇宙船行って、また落ち着こう』
『うん…。じゃあ、うちに来てもらうよう電話してみる』
『うん』
私は携帯を手にして、
「すみません、ちょっとトイレに行ってきます」
と、事務の人に声をかけ席を立った。それからトイレに行くと、徹郎に電話をした。何回かコールしたが出なくって、留守電に「家に仕事の帰りに来てください」と、入れておいた。
「は~~」
重いため息と共に、黒の霧が出た。
「あ、いけない」
急いで、昴くんのことを思い出した。昴くんの笑顔を思い出すだけで、ふわって光が出て黒の霧を消してくれた。
家に帰ってしばらくすると、昴くんの声がした。
『もうすぐ駅に着くよ』
『家わからないでしょ。迎えに行こうか』
『なんとなくわかる。何度か魂で行ったから』
『そっか…。じゃ、待ってるね』
『徹郎さんはもう来た?』
『ううん、まだ来てない。仕事いつも6時までだし、定時に上がってもここまで30分はかかるし、まだ来れないと思うよ』
『よかった。じゃ、宇宙船まで幽体離脱する時間があるね。まだ、一人で行ってないでしょ?』
『うん。まだ…』
それからしばらく声が途切れた。そして、5分位してチャイムがなった。
「はい」
母が玄関に出て行った。
「こんばんは」
昴くんが母に挨拶をしたが、
「あら~。昴くん、本物だわ…」
と母はなんだか、わけのわからないことを言っている。
「昴くん、あがって」
母がぼけっと立っている横から私は、昴くんにそう言った。
「はい。お邪魔します」
昴くんは玄関で靴をぬぎ、きちんとそろえて上がった。
「すみません。突然お邪魔しちゃって…。手ぶらできちゃったし…」
昴くんが、母にそう言うと、
「あら。いいのよ、呼んじゃったのはこっちですものね」
と母もやっと我に帰り、そう答えた。
「あ…。僕、自己紹介してませんでした。天宮昴です。こんばんは、はじめまして」
昴くんは、ちょっと恥ずかしげに頭を下げた。
「はじめまして。ひかりの母です」
母も頭を下げた。母は、ちょっと動揺していた。っていうかあきらかにあがってしまっていた。
それから、母はリビングに昴くんを通して、キッチンにコーヒーを淹れに行った。
しばらくして母がコーヒーを運んでくると、昴くんはいただきますと飲みながら、
『お母さんに、ちょっと席を外してもらうことできる?』
と、私に心の中で聞いてきた。
『じゃ、昴くんが私の部屋に来ることにするね』
「お母さん、ちょっと私、緊張して頭痛くなったから、部屋に行って休むね」
「え?でも昴くん…」
母は、動揺していた。
「昴くん、ついてきてくれる?」
「え?!ああ。いいよ」
昴くんは、私が席を立つと慌てて席を立ち、私と一緒に2階にあがった。
そして私の部屋に入り、
「じゃ、座って。すぐに幽体離脱するよ。意識を俺に合わせてくれる?」
と昴くんが言った。
「うん」
私は、昴くんのエネルギーを感じて集中した。昴くんが私と同化して、そのまま魂が体から離れた。そして、光の中を通り抜け宇宙船に着いた。
『じゃあ、スクリーンに徹郎さんを映すよ』
私から離れた、光の人型の昴くんが言った。スクリーンに徹郎が映し出された。どうやら今、会社から出るところのようだ。
私は、徹郎にエネルギーを集中した。徹郎から苦しみが伝わった。何の苦しみだろう。罪悪感、孤独感…。今、幸せでないことは確かだ。
『いい?光を送るよ』
『うん』
昴くんと同化して、光を徹郎に送った。パア……。明るい光が徹郎を覆い、光に徹郎は包まれた。そして、徹郎からも奇麗な光が返ってきた。
『……あれ?』
私は、その光に身に覚えがあり、不思議な感覚だった。
『徹郎さんの光のエネルギーを知ってた?』
『うん。奇麗であったかい…。時々、その光に私は包まれてた』
『愛されてたんだよ。その時に、ひかりの魂が感じ取ってたんだ』
『そうだね…。幸せを感じていたときもあったもの』
『これ、地球上だったら、確実に俺嫉妬してたかも』
『え?』
『独占欲あるからさ。人間の俺には…』
『じゃ、地上に戻ったら、徹郎に会ったとき、昴くん嫉妬しちゃうかな?』
『どうだろう?わかんない。もし黒い霧出たら、光を出すようにするけど、ひかりも協力してよ』
『うん。もちろん』
『じゃあ、戻るよ』
『うん』
一瞬にして私は、私の体に戻った。そして窮屈さを味わった。昴くんも自分の体を、思い切り伸ばしていた。
「う~~。窮屈。体に戻るといつも感じる」
「だよね…」
くすって二人して、同時に笑った。
「生身の体で、ひかりの部屋に来るの初めてだ」
「同化したときに来てたの?」
「いや…。幽体離脱して、来たことあるよ」
「私も、昴くんの家に行けるのかな?」
「魂で?」
「うん…」
「来れるよ。どこにでも行ける。世界一周だってできるよ」
「したことあるの?」
「一周はないけど。行ってみたいところは行ってみた」
「どうだった?」
「う~~ん。魂で行くのと、生身の体で行くのでは違うだろうね。人間で行く方が、感動はあるかもしれない」
「そうなの?」
「感情があるじゃん。体から抜けたときの感覚とは、また違う感覚」
「ふうん…」
「ね。アルバムってある?」
「私の?どうして?」
「見てみたい」
「うん」
昴くんに、私の赤ちゃんの頃からのアルバムを見せた。
「可愛い~~~!」
赤ちゃんの私を見て、昴くんがうなった。
「めっちゃ可愛いじゃん。誰?これ」
「私だよ~~!悪かったわね。今はこんなおばさんで」
「あはは…。言ってないって、そんなこと…」
昴くんは、すごく嬉しそうに私のアルバムを眺めていた。
「どんな子だったの?」
「あまり泣かない大人しい子。それに子どもの頃は引っ込み思案で、いじめにもあったことがあるよ」
「え?そうなの?」
「でも、不思議と相手の子を恨んだことはなかったな。悲しいって思いはあったけど…」
「ふうん…」
「そういえば、小学生のころ、毎日祈ってたことがあった」
「祈る?」
「大事な人を一人ずつ思い出しては、その人が、みんな明日も無事に元気でいられるよう、幸せでいられるよう…」
「ふうん。すでにミッション、遂行してたんだ」
「え?」
「それ、そうとうな光をその人たちに送ってるよ。純粋な祈りだし、純粋な思いだし」
「そっか~~。いつからしなくなったのかな、私…」
「自分のこと好きだった?」
「大嫌いだった」
「なんで?」
「だって、なんのとりえもなくて、いるかいないかもわからない子で…。親に心配ばっかりさせてた」
「どんな?」
「運動も勉強もそんなにできないし、将来どうなっちゃうんだろうって。人前は嫌いだし、もっと積極的になったらとか、何かこれってものを見つけたらとか、そんなことばかり言われてた」
「…そうなんだ。それでだんだん、自分が嫌いになったの?」
「そうかな…」
「きっと祈ってたときは、自分も他人も分け隔てなく愛してたんだろうね」
「え?」
「人は自分でしょ?自分を嫌いになってくると、人も嫌いになってくるよね」
「うん。そうだね…。コンプレックスの塊で、自分にないものを持ってる人が特に嫌いだったかも」
「…。どんなコンプレックス?」
「そうだな…。明るい人がだめかな。人前で元気で、誰とでも仲良くなれる…。私、人見知り激しかったし。奇麗でいつも人の中心にいる人、あこがれたけど…、そういう人にコンプレックスがあったかも…」
「ふうん…」
「昴くんにはないの?」
「俺?あるよ。たっくさん」
「ええ?本当に?」
「俺も人見知りする」
「嘘だ!」
「ほんとに…。今もあるよ。気が置ける人なら大丈夫だけど、こっちからそうそう、声かけられない。俺と同じくらいの年の人なら、だんだん打ち解けられて楽しいけど…。あ、それでも、はじめは構えちゃうかな」
「そうなんだ」
「だから芸能界で友達少ないよ。悟さんは、向こうから話しかけてくれたり、気さくな人だからこっちも楽だけど」
「え?そうなの?クールな印象あるけど」
「うん。でも優しいよ」
「ふうん…。そうなんだ。じゃ、女性の友達は?」
「ほとんどいない」
「え?そうなの?」
「どう話していいかわからない。映画やドラマなら、撮影中は話したりするけど、終わるとそれっきり。けっこう、年上の男の役者さんで、すごく可愛がってくれる人とかは、終わってからも飯につれていってくれたりするけど。女性はないな~~。だから俺、浮いた話ないでしょ?」
「そうなの?でも、好きになった人とか…」
「いるよ。でもな~~。ドラマや映画の役で、のめりこんだりするじゃん。役になりきると、本当に恋してるのかって思うんだけど、終わってみて、あれ?本当に好きなのかなって、なっちゃうこともあって」
「錯覚しちゃうの?」
「その人本人じゃなくて、役の女の子に恋してたってこともあってさ」
「ああ。そうか…。そういうことか」
「……」
昴くんが、いきなり黙り込んだ。何を感じてるんだろうって思って、昴くんのエネルギーに集中した。
昴くんは私のすぐ横に座っていて、肩と肩が触れ合うくらいに接近している。その肩から優しいエネルギーが、私に流れ込んでいたが、私は昴くんの奇麗な横顔を見ながら、実はずっとドキドキしていた。
昴くんの匂い、顔にかかる髪、奇麗な指、細いけど筋肉質な腕。全部がすぐ隣にあって、話しながらも、なんでこんなに奇麗なのかなとか、かっこいいんだろうとか、あれこれ思っていた。
しばらく、昴くんのエネルギーを感じてみたが、なんだかわからなかった。どんな気持ちでいるのか、どんな感情を持っているのか、何を考えているのかがわからない。ただ、さっきから私の鼓動が早くて、体の奥からドキドキってしているだけで…。
「これ、徹郎さんとの結婚式の写真?」
昴くんが、他のアルバムを開き私に聞いた。
「え?うん。そう…」
「ひかり、すごい奇麗だね…」
「……」
私は照れて、何も言えなくなった。
「それに幸せそうだ。このときは、すごく幸せだったんだね」
「うん」
「これは新婚旅行?どこに行ったの?」
「バリ島だよ」
「ふうん…。楽しそうだね」
「でも、一回派手に喧嘩したけど」
「新婚旅行で?」
「うん」
「そうなんだ」
「新婚時代は楽しかったけど、それもつかの間だったな」
「なんで?」
「徹郎の親がね…。早くに子どもを作れって、うるさかったから。ものすごいプレッシャーになっちゃって」
「子どもできにくかったんだ」
「うん…。不妊治療もしたよ。大変だった」
「そう…」
「その頃はもう、徹郎ともぎくしゃくしてた。二人で家にいても、なんか落ち着かなかったな。仕事をして、家にはなるべくいないようにして、徹郎が週末出張だとほっとして、友達の家に遊びに行って…」
「ふうん…。写真も、新婚旅行から全然ないね」
「うん」
「……」
アルバムを静かに昴くんは閉じた。それから、私の方を向いて黙っている。
「何?」
「……」
まだ、昴くんは黙っていた。私は集中して、昴くんを感じてみた。でも何も感じられなかった。私の思考が邪魔してるのか、それとも昴くんの方が何か考えてるのか。聞こえてこない。
『俺の感じてることが、感じられないの?』
心の中で、昴くんが聞いてきた。
『うん。全然わからないよ』
『そうなの?なんでかな…。俺はわかるけど、ひかりの感じてること』
「まだそういうの、出来ないのかな?私…」
思わずため息とともに、口にして私はそう言った。
「なんにも感じなかった?俺のエネルギーに集中してみたでしょ?」
昴くんも、声を出して話してきた。
「うん。何も…。さっきから私が、自分で感じてる感覚しか…」
「自分で感じてるって、どんな?」
「どんなって…」
口にするのが恥ずかしくて、言えないでいると、それを察知して、
『あ、ドキドキしてるとか、鼓動が高まってるとか…って感じだよね?』
と、昴くんが心で話しかけてきた。
『うん…。それ、昴くんは私がそういうふうに、感じてるのをわかってたんでしょ?』
『うん』
『こういうのは、ずるいよ…。昴くんだけわかってるの』
そう言うと、昴くんは少し微笑んでから、
「もう一回集中してみて。俺に…」
って言ってきた。
「うん…」
私は黙って目をつむって、昴くんに集中した。すぐ横にいる昴くんの肩からまた、優しいエネルギーが来る。
それから、私の体の中からドキドキが聞こえ、鼓動が早くなる。隣にいるのもドキドキして、一回離れようかと思ったり、でももっと昴くんのエネルギーを感じていたいと思ったり、触れていたいと思うのと、離れたいと思うのが、交互にやってくる感覚…。
「やっぱり、私の感覚しかないよ。昴くんのはわからない。優しいエネルギーは来るんだけど…」
「え?!わかんないの?それ、多分、ひかりのじゃないよ」
「何が?」
「だから、ドキドキしてるのも、鼓動が早くなっちゃってんのも俺の感覚だよ」
「え?!」
一瞬、頭が真っ白になった。あれ?でも、ときめいたりしないって言ってたじゃん…。
「うん。そうだよね。でもやばいことに今、すぐ横にいてドキドキしてどうしようかって、焦ってるところ…」
「え?!」
ますます混乱した。それは私の感覚じゃないの?
「あ…。一緒の感覚なのかな?もしかして…。同じこと感じてて、どっちの感覚かわからなくなってるとか?」
「え?!」
ますます、わけがわからない。
ピンポーン。その時、チャイムが鳴った。
「徹郎だ…」
私に緊張が走った。それを察知した昴くんが、私の手を握って、
「大丈夫」
と優しく微笑んだ。
私たちは、それから一階におりていった。リビングにはもう徹郎がいて、私と昴くんがリビングに行くと、ソファから立ち驚いた表情を見せた。
「あら、ひかり…、徹郎さんに昴くんも来るって言わなかったの?」
母が察して、聞いてきた。
「うん。ごめん…」
「こんばんは、天宮昴です」
昴くんが、お辞儀をした。
「え……」
徹郎は、黙ったまま立っていた。
「さ、座って。お茶を持ってくるわ」
母はそう言って、キッチンに行った。私と昴くんは、徹郎の前のソファに腰かけた。
「ひかり…。なんで、その…、天宮昴がいるんだ?」
徹郎もソファに座って、それから聞いてきた。かなり動揺しているようだった。
「私、一人だと不安だったから…」
「何が?」
「徹郎が、どうして会いたいって言って来たのかわからなくて…」
私は正直に答えた。
「まあ、天宮昴とのことを聞きたかったのもあるけど…。ここにこうしているってことは、付き合ってるというのは、本当のことなんだな。写真を見て、まさかとは思ったんだが…」
「はい。ひかりさんとは、お付き合いしています」
昴くんは背筋を伸ばし、はっきりとした口調でそう言った。
「驚いたな…。いったいいつから?」
「最近だよ。本当に最近…」
「…どこで知り合った?」
「いいじゃない。そんなこと、もう徹郎には関係ないことだし。それよりも、他に用があったんじゃないの?」
「関係なくはない……」
徹郎はそう言って、口ごもった。それから、
「ひかりには、幸せになってもらいたいと心から思っている」
と、今度ははっきりと徹郎は言った。私は驚いていた。離婚するときだって謝ってはいたが、そんなこと一言も言ったことがなかったから。
母がお茶を持ってきて、テーブルに置いた。
「どうぞ。じゃ、私は席を外していた方がよさそうだから、向こうに行ってるわね」
母はそう言うと、リビングを出て行った。
私は一口、お茶を飲んで喉を潤してから、
「徹郎は?今幸せじゃないの?」
と、さっき宇宙船で感じた徹郎の苦しみを思い出し、聞いてみた。
「……。幸せなのかどうか…」
「子どもも生まれたんでしょ?」
「生まれたよ。女の子だ。妻の静江も俺も生まれて喜んだ」
「お母さんやお父さんも、喜んだでしょ?」
「いや…」
「え?どうして?待望の赤ちゃんじゃない」
「生まれてきたのが女の子だったから、跡取りにはならないって言って、男の子を産めって言ってる」
「……」
そうか…。赤ちゃんじゃなくて、男の子じゃなきゃいけないのか。
「静江はかなり、今、落ち込んでいる」
「そう…」
私と一緒だ。きっと、プレッシャーを感じているんだろうな。
「なんだか、わからなくなったよ…」
「え?」
「俺はずっと、親の期待にこたえて生きてきた。大学も会社も…。でも、そんなに自分の家系を守って、跡取りを残すことに意味があるのかどうか…。そりゃ、俺は一人息子だ。でも、一人っ子を産んだのは親の責任だ」
「……」
「まあ、うちの母親も嫁いだときに、男の子を絶対に作れと言われたらしいけどね。それで俺が生まれて、お家安泰になったらしいけど」
「そうだったんだ」
「今は親とは別居してるけど、そのうちに同居をしてくれって言われた。それも相談なく勝手に、2世帯にしてしまったし…。静江が、同居はしたくないと言ってる。だけど2世帯に増築しちゃったんだから、断ることもできない」
「親のいいなりなんですね」
思わず、昴くんが口走った。
「お前に何がわかる?小さな頃からずっと、親の期待を背負って生きてきたんだ」
「自分のしたいこととか、好きなものとか、大事なものってないんですか?」
「……」
徹郎は黙った。それから、
「あったよ。夢もあった。でも、親には反対された。今の会社も、父親の経営する会社の子会社だ。いずれは、父の会社を俺が引き継ぐ…」
「社長ですか?すごいですね」
「簡単に言うな」
「じゃ、どうしたいんですか?」
昴くんが聞いた。徹郎から黒い霧が出てきた。それが一気に広がろうとしている。それを昴くんは見て、それから私を見た。そのあと昴くんからすごい光が飛び出し、黒い霧を消してしまった。
「親を切ることができないんだ。いっそ家を出て、縁を切ろうかとも思った。でも出来ない。だが、静江を見ていると、このままでいいわけがないとも思う。このままじゃ、またひかりの時と同じことを繰り返すって…」
「私と?」
「ひかりには、申し訳ないことをしたって思う。本当に思う。俺は自分のことで精一杯で、まったくひかりを守ってやることができなかった。赤ちゃんだって、ひかりが1番に苦しんだだろうに、思いやるどころか、俺は親の期待を裏切ってしまったという罪悪感と、親の期待を裏切ったひかりを、責めていたんだから」
「……」
私は黙って聞いていた。こんな話を徹郎がするのは、初めてだった。
「逃げたんだ。ひかりを守るよりも、つらい家にいるよりも楽な方に…。静江と居る方が、ずっと気が楽だったから。それで、静江に子どもが出来たときには、これですべてが解決するとか、親の期待を裏切らないで済むとか、俺は救われるって思ってしまった」
ぎゅう…。隣で昴くんがこぶしを握り締めていた。昴くんの体から黒い霧が出る…。
『昴くん…?』
心の中で昴くんに、声をかけた。昴くんのエネルギーに集中すると、ひかりのことをなんだと思ってやがるっていう、徹郎に対しての憎しみのようなものを感じた。
そんな昴くんを、愛しく思った。そして私から昴くんに、光が飛んでいき黒い霧を消していった。それに気づいた昴くんが、私の方を向いて、
『サンキュー』
って心で、言った。
「でも、結局は何も解決しなかった。女の子が生まれて、まったく状況は変わらなかった。それに、俺はひかりと離婚してからものすごい罪悪感があって、赤ちゃんが生まれてもまるごと喜べなかった」
「え?」
「生まれてこなかった赤ちゃんに対して申し訳ないのと、さっさと切ってしまったひかりに申し訳ないっていう思いが残って…」
「それを謝りに来たの?」
「そうだ。もし、ひかりが幸せになってくれてるなら救われる…。ああ、結局は俺は、自分が救われたいだけかもしれない。情けない男だよな」
「……」
黒い霧が出てきた。徹郎からの罪悪感だ。それが黒い霧になる…。私からも、知らぬ間に出ていた。徹郎の思いと混ざり合う。
あ…、これ…。赤ちゃんに対しての罪悪感だ…。徹郎の思いとリンクする。
それに気づいた昴くんが、心で、
『大丈夫だよ。ひかり』
と言いながら、光を私に向かって出してくれる。でも、黒い霧が消えても、まだ体の中からどんどん出てくる。徹郎からもだ。
やばい…。重い…。苦しい…。
『ひかり!俺に集中して。俺を見て!』
昴くんの声が、聞こえるのはわかる。でも、徹郎の重苦しいエネルギーと混ざり合い、どうしても昴くんのエネルギーを感じられない。
苦しい!呼吸困難になってる。息苦しい…。体が冷たくなる。息が出来ない…。
「はあ…はあ……」
私の異変に、徹郎も気がついた。
「ひかり?!大丈夫?ひかり!」
昴くんが、私を抱きしめた。
「ひかり?どうした?」
徹郎が、心配そうに聞いてきた。昴くんと徹郎の声で、母も隣の部屋から飛んできた。
「どうしたの?ひかり!」
意識が朦朧とする…。黒い霧が私を覆う…。
『ひかり。俺のエネルギーに集中して』
昴くんの声が聞こえる。同化しようとしてる…。でも駄目だ。集中できない。
『ひかり!頼むから!』
す~~。昴くんの声がだんだんと聞こえなくなる。黒い霧に覆われる…。
何も考えられなくなり、何も聞こえなくなったとき、私の体の奥にある光を感じた。小さな光。だんだんとその光が、大きくなっていく…。ほかほかと、私の体をあたためてくれてる。昴くんなの?
『ママ…』
違う…。可愛い可愛い声が今、聞こえた。ママ?私のこと?
『僕ね…。ママのお腹にいたんだ。覚えてる?』
『え…?』
『僕のことで苦しんでるでしょ?僕、ずっとママに話しかけてたんだ。ずっと魂の僕は、ママの中にいたんだよ。やっと聞こえた?僕の声…』
『お腹にいた、私の赤ちゃん…?』
『うん。そうだよ。僕ね…、ママのお腹に来たかったの…』
『え…?』
『僕、幸せだったんだ。ママのお腹にいたとき、ママがいっぱい愛してくれたから。それをね、経験したくてママのお腹にきたんだ。生まれなくても良かったの。お腹にいて、ママの無償の愛を感じるのが、僕のしたかったことだから』
『え?生まれなくても、良かったってどういうことなの?』
『僕ね…、今回はお腹の中で、ママの愛を感じるってことをしにきたんだ。そして、無償の愛を感じて、それを今度次に生まれるとき、僕のパパやママにしてあげるの』
『え?』
『だから、もう苦しまないで。ママは何も悪くないんだ。自分のことを責めないで。僕が不幸だって思わないで。だって僕は幸せだから』
『……』
涙が溢れた…。体の中から光がどんどん溢れてくる。気がつくと、周りにあった黒い霧は消えてなくなっていた。
昴くんの顔が、見えた。隣に心配そうに見ている母と、徹郎の顔も…。昴くんが私から出ている光を見て、ほっとして微笑んだ。
『ママ、パパに言って』
『パパ?徹郎のこと?』
『そう…。僕、次に生まれるときも、パパの子になるよ。男の子で生まれる。だから心配しないでって。もう、苦しむことはなくなるよって。パパと、新しいママは最高に幸せになれる。きっと、おばあちゃんもおじいちゃんも…。みんなを幸せにするのが、僕の役割。でもその前に、ママの子になりたかったの。僕、ママの愛を感じたかったの』
ポロポロ…。涙が溢れて止まらなかった。ものすごい光が私の中から発せられて、辺り1面を包み込んだ。その光を、昴くんが感じ取っていた。
『ひかり?ひかりの中に、誰かいるの?』
『私の赤ちゃん…』
『え?』
『赤ちゃんの魂…』
昴くんが私のエネルギーを感じ取り、そして次の瞬間同化した。昴くんも私と一緒に赤ちゃんの、光を感じていた。
『ママ、だからパパに言って。パパ、きっと信じてくれる。大丈夫。パパにも、安心してって言って』
『うん。わかったよ』
『それからね。僕はもう生まれ変わるから、ママの中から消えるけど、でもずっとずっと、ママのことは愛してるからね』
『うん…。うん…。ありがとう…』
『僕の方こそ、ありがとう。すんごく幸せだった。ありがとう…』
そして、パア……。光が私の中から、離れていった。私の中から出たその光は、すごく奇麗できらきら光って、まるで笑っているようだった。
「……」
しばらく、私と昴くんはその光を見ていた。そのうちに、どんどんその光は上昇して天井をつきぬけ、天高く昇っていった。
「ひかり?大丈夫か?」
呆けている私に、徹郎が言った。
「うん…、大丈夫」
「ひかりは、時々こんなことになるのか?」
徹郎が私に聞いた。
「どうなの?ひかり」
母も、心配そうに聞いてきた。二人から心配の黒い霧が出た。私はすぐに光を出して、その黒い霧を消した。
「ううん。ないよ。初めて。でももう、きっとないよ」
「え?」
「信じてもらえるかわからないけど、赤ちゃんの魂が話しかけてきてたの」
「え?幽霊?」
徹郎の顔が一瞬青ざめた。
「ううん。魂…」
「それは、声がするのか?俺の夢でも聞こえてた…」
「え?赤ちゃんの?」
「パパ、パパって、なんか白い小さな光がこっちに、話しかけてくる…。赤ちゃんの幽霊が夢で、話しかけてきてると思って…。何度かあった」
「それで?」
「聞かないようにした。早くに消えてくれって頼んで…。お祓いにでもいったらどうだって静江に言われた。そういうのに詳しい人が、知り合いにいるからと…。でも、行ってない」
「それ…、幽霊じゃない。赤ちゃんの魂。徹郎に話しかけてたんだね」
「え?」
「ずっと、私と一緒にいたんだって。それで、私にもずっと話しかけてたみたい。私気づけなかった。多分、いっぱいいっぱい赤ちゃんに、申し訳ないことをしたって、その思いが苦しくて蓋していたから」
「赤ちゃんの魂?」
母も、変な顔をした。
「その赤ちゃんがね、今、話しかけてきたの。私にもう苦しまないでって。今回は私のお腹に来て、私にいっぱい愛されるのが、目的だったって。今度はまた、パパの子になる。男の子で生まれるよって。だから安心して、これからはパパも新しいママも、おばあちゃんもおじいちゃんも、みんなで幸せになれるよって…」
「……」
徹郎は、目を丸くした。ああ、信じてもらえないかって思ったけど、そのあと、目にいっぱい涙を浮かべた。
「そんなことを言ってたのか?」
「信じてくれる?」
徹郎は、一瞬黙った。でも、こくってうなづいた。
「変なことを、ひかりは言ってるってわかってる。でも、なぜかわからないけど信じられる」
そう言って、目を押さえた。
「ずっと、それを告げたくて、俺の夢にも現れていたのか…」
「うん。きっと、そうだと思う」
私が言うと、徹郎は涙を流した。
「そうか…」
そして、光がどんどん溢れ出した。私からも、昴くんからも光が溢れ辺り1面を覆った。ああ…、徹郎からの光は赤ちゃんに対しての愛だ。徹郎も、赤ちゃんを愛していたんだ。
「ひかり…。俺はやっと、心が開放された気がする」
「うん。私も同じ…。ずっとずっと、赤ちゃんに罪悪感じてた」
「ひかり、お前も幸せなんだな?今…」
「うん」
「そうか…。じゃあ、俺も幸せになっていいんだな?」
「もちろん…」
私から徹郎に、ものすごい光が溢れ出た。光の渦が、徹郎を包み込んだ。徹郎からもあったかい、光が出ていた。私に向けられていた。
不思議と辛く悲しかった思い出よりも、徹郎との幸せだった楽しい思い出ばかりがよみがえった。
ああ…。私、こんなに幸せなときを過ごしていたんだな…。そう思うと、徹郎に感謝の気持ちが溢れてきた。その感謝の光も辺り1面を、あたたかく包み込んでいた。
母が、
「徹郎さん、昴くん、夕飯は?」
と聞いた。
「いえ、まだ」
二人とも同時に答えた。
「じゃ、食べていかない?多めに作ってあるのよ」
「え?いいんですか?」
昴くんが喜んだが、徹郎は、
「すみません。静江が待っているから、帰ります」
と断った。
「赤ちゃんも待ってるね。なんて名前?」
私が聞くと、徹郎は嬉しそうに、
「愛っていうんだ」
と言った。
「素敵な名前だね。愛ちゃん…」
「うん…」
徹郎はまた、嬉しそうに笑った。不思議と私は本当に心から、徹郎が幸せになって欲しいと思い、その愛ちゃんにも奥さんの静江さんにも愛を感じた。
「じゃあ、これで俺は帰るよ。昴くん、ひかりを頼んだよ」
「はい」
昴くんは、にこって微笑んだ。
徹郎を玄関で、母と昴くんと一緒に見送り、それから母は、
「さ、昴くん。ご飯あっためるから、座って待っててね」
と言った。
昴くんは、嬉しそうに席に着いた。私も昴くんの隣の席に座った。
「良かったね。ひかり」
昴くんが嬉しそうに言った。
「うん」
「赤ちゃんの光、奇麗だったな。赤ちゃんからの無償の愛、すごかった…」
昴くんが言った。
「うん」
私の心からまた、愛が溢れ出た。
『昴くん、同化してたよね?一緒に感じてたでしょ?』
『うん…』
『徹郎のことも許せた…。苦しかった思い出よりも、楽しかった思い出ばかり今は浮かぶの』
『許すってすごいことだよ、ひかり。それもすごい光を出す…。良かったね。徹郎さんを許したことで、ひかりはいろんな苦しい感情を浄化しちゃったんだ』
『うん、なんかわかる気がする』
「はい、お待たせしたわね」
母が、昴くんと私のご飯を運んで来た。その時に、兄がちょうど帰ってきて、昴くんが食卓にいて驚いていた。でも兄も席に座り、昴くんとご飯を食べだし、二人であれこれ話をし始めた。母もそこに加わり、なぜだか、ほんわかあったかい食卓になっていた。
そこに父も帰ってきて、やはり昴くんがいるのに驚いていたが、一緒に夕飯を食べて話し出し、昴くんとすぐに打ち解けた。
ものすごく不思議な光景だった。昴くんは、人見知りをすると言っていたが、とんでもない。うちの家族とすぐに打ち解けてしまったではないか。
食べ終わり、しばらくは家族で話をしていたが昴くんが、
「そろそろ僕、帰ります。明日は昼から舞台があって早いので…」
と言った。
「そう。毎日舞台なんでしょ?大変ね。体に気をつけてね」
母が言った。
「はい、ありがとうございます」
昴くんは、そう言うと玄関に行き靴をはき、
「じゃ、失礼します」
と、丁寧にお辞儀をして玄関を出た。
「おやすみなさい。明日も頑張ってね」
私がそう言うと、にっこりと微笑んでそして駅に向かって歩いていった。
「は~~~。奇麗ね~~。昴くん。間近で見ても奇麗」
と母が言った。
「なかなか、礼儀正しい子だな」
父が言った。
「本当に、お前と付き合ってるんだな。びっくりだよ。でも、優しそうないい青年だな」
兄がそう言った。
不思議と家族みんなが、私と昴くんの付き合いを賛成してくれた。昴くんの人柄だろうか。年齢とか芸能人とか、そういうのをまったく気にしていないようだった。
「結婚とかはな、考えられないかもしれないが、まあ、お付き合いをすることに関しては、反対はしない」
父が、リビングで少しお酒を飲みながら、横にいた私に言った。
「まあ、そのうち本気で結婚を考え出したら、それも反対しないけどな」
「なんで?絶対反対するかと思った。世間体とか考えて…」
「そんなことはしないぞ。お前が幸せになるのが1番だ。これからもずっと、一人身でいることを考えたら、相手が年下でもそんなの関係ない。10歳くらいの年齢差、50代、60代になれば、たいしたことはないさ」
「……」
父からそんなことを言われるとは、思ってもみなかった。父からは、優しい温かい光が出ていた。
「父さんも母さんも、ひかりが一人ぼっちでいるよりも、誰かと寄り添って、幸せに生きて欲しいって、そんなことを望んでいたんだ。子どもはできてもできなくても、それはかまわない。子どもができにくいなら、無理することはない。それで、辛い思いをしてしまったんだしな」
「……」
「相手が大事に思ってくれる人なら、誰でもかまわないさ。父さんたちが死んで、父さんたちの代わりにお前のことを、見守ってくれる人がいたら安心だ」
「死ぬなんて、まだまだ先じゃない。そんなこと言わないでよ」
「ははは。そうだな。ま、その前にさっさと二人にはこの家を出てってもらって、父さんたちは、余生を楽しむよ」
「そうだね。いつまでも私とお兄ちゃんがいたら、楽できないもんね」
「そういうことだ」
「じゃ、俺、家を出て行こうかな…」
兄がいきなり、そう言った。
「考えてたんだ。仕事場の近くに引っ越そうかって。もう、ひかりも大丈夫そうだし」
「前に出て行くって言って、そのままになっていたわね…」
母が兄にそう言った。
「お兄ちゃん、私のために家にいてくれたの」
私がそう言うと、
「ひかり、ばらすなよ」
と兄が言った。
「あら、そうだったの?ひかりのために?」
母が兄に聞いた。
「いや、ちょっと気になってたから。でも、もう大丈夫そうだし…。一人暮らしをする準備はしていたんだ」
「そう…。結婚は?」
「結婚はまだかな。でも、お付き合いを始めた人はいる。そのうちに連れてくるよ」
「あら、そうなの…」
母は、目を丸くした。
「ひかりはどうするんだ。仕事はアルバイトを続けるのか?」
父が私に聞いた。
「うん…。このまま続けてたら、正社員になれるかもしれないし…。わからないけど。いずれは正社員になりたいなって思ってるよ」
「そうか…。ま、それからでも一人暮らしは遅くはないかな…」
父が穏やかにそう言った。
「さて、そろそろ風呂に入るか…」
父はそう言って、ソファから立ち上がった。こうやって、家族がリビングに集まり、話をしたのは何年ぶりだろう。私が結婚する前だったな…。
私も、自分の部屋に行った。そして、今日の赤ちゃんの光をまた思い出した。奇麗な可愛い光だった。いつか、また私のお腹に生命が宿る日は来るのだろうか…。来てくれたらいいな。そして、その赤ちゃんが昴くんとの子だったらいいなって、そんなことをふと思った。
昴くんから、寝る前に優しいエネルギーが飛んできた。
『おやすみ』
と言うと、昴くんも、
『寝るところだった?おやすみ。ひかり』
と返事が返ってきた。あったかい優しい、エネルギーと共に…。