ミッション5 自分を愛することを知る
病室に漆原さんと、流音さんが来た。それに夏樹くんも一緒だった。
「ひかりさん、どう?」
流音さんが私に優しく聞いてきた。
「はい、だいぶよくなりました」
「あら、本当ね、声も出てきたし、顔色もいいわ」
流音さんは、ほっとした表情だった。
「ひかりさん」
夏樹くんが近くに来て、
「原田さんも、目を覚ましました。気を失ってどうやら、幽体離脱を経験したらしくて、すごい光に包まれ、自分は本当は宇宙そのもので、愛そのものだったって、気づいたって言ってましたよ」
「本当?」
私はすごく嬉しかった。
「ひかりさんに謝ってくれって…。もし、何か後遺症が残るようなことがあったら、責任を取るって」
「え?どうやって?」
昴くんが隣から口を出した。
「お金は持っていないから、経済的に援助をするのは難しいけど、でも、何かの形で責任を取りたいって…。あ、星野建設の社長令嬢だって言ったら、経済的な援助は必要ないかなって言ってましたけど」
「……」
私が黙っていると、夏樹くんは少し笑いながら、
「結婚とか、そういうことでしょうかね?でも、ひかりさんには、すごくひかりさんのことを愛して守って、寄り添ってる人がいるから大丈夫って言っておきました」
「そうだよ。原田さんが責任取ることなんていっさいないよ。あるとしたら、地球を愛と光で包むことをこれからしていくってことかな」
昴くんも、笑ってそう言った。
「さあ、ひかりさんもだいぶよくなってきているし、そろそろみんな、本山に戻るとするか?」
漆原さんが提案した。
「そうね。さっき、ノエルさんがこちらの状況を教えてって言って来たの。記者会見はテレビで観ていたみただけど、ひかりさんの様子が知りたいって。本山から光をみんなで送って、ひかりさんのそばには、昴くんにいてもらいましょうって言ってたわ」
「……」
みんなしばらく黙っていた。
「ここにまだ、いたいんですけど…」
葉月ちゃんが、小さな声でそう言った。
「でも大勢いたら、ひかりさん、疲れない?」
「いいえ、そんなことないです。みんないつも光を出してくれてるし」
「そう。じゃあ、泊まれる場所を探しましょうか?あ、私のマンションだったら、何人か泊まれるかしら」
「大丈夫ですよ。都内に俺のマンションあるし、葉月はそこに来たらいいですし」
悟くんがそう言うと、
「私も、自分の家に帰ります」
と珠代ちゃんが言った。
「そう?それなら、夜までここにいる?」
「はい。あ、ひかりさんが疲れるなら、病室の外のベンチにいます」
「わかったわ。私と漆原さんも、あなたたちにすぐ合流できるよう、自宅で待機しているわ」
「はい…。ありがとうございます」
葉月ちゃんが頭を下げた。なんだか、私のために葉月ちゃんがそうしてくれるのが、すごく嬉しかった。
「じゃあ、私たちはこれで」
流音さんと、漆原さんが病室を出て行った。
「俺も、一回教団に戻るよ。原田さんのことは、白河さんに任せてあるから」
と、夏樹くんもそう言うと、病室を出て行った。それと同時くらいに、陽平くんが病室に入ってきた。
「陽平!」
珠代ちゃんが嬉しそうに、陽平くんのそばに行った。
「ごめん、遅くなって…。テレビでさ、会見見てたよ」
「もう、家には帰らないでもいいの?」
珠代ちゃんが聞くと、
「うん。本山に行こうと思ってるけど」
「え?」
「ノエルさんの手伝いもあるし」
「じゃあ、私も…」
珠代ちゃんは、陽平くんのそばにいたいんだろうな。
「珠代ちゃんは、陽平くんと本山に戻って」
と私が言うと、珠代ちゃんは嬉しそうにうなづいた。そして二人で出て行った。
「4人になったね」
葉月ちゃんがそう言うと、
「なんか、この4人ってのが、1番落ち着くかも」
と昴くんが笑った。
「うん、私も」
私も、そう言った。
「椅子、あと二つ借りてくるよ」
昴くんはそう言って、病室を出て行った。
「ひかりさん…」
悟くんは、なんだか神妙な顔つきになって、
「こっちの次元に来て、本当にいろいろとあったけど大丈夫?」
と聞いてきた。
「え?」
「いや、ひかりさん、無理してないかなって思って…」
「うん。大丈夫だよ?」
「俺ら、一回外れようか?ひかりさん、昴と二人の方が、落ち着くんじゃない?」
「そうだよね…」
葉月ちゃんも、うなづいて、
「私と悟くんは、廊下のベンチにいるよ。そこから光を送ってるから」
とそう言ってくれた。
「うん。じゃ、お言葉に甘えて…。ちょっと、休もうかな」
私がそう言うと、二人ともにっこりと微笑んで、病室を出て行った。
「あれ?どしたの?」
ちょうど椅子を抱えた昴くんが、ドアの外にいたようで、
「ああ、ひかりさん、疲れてるようだから、休ませてあげようと思って。俺らもなんか、飲み物でも買って、喉潤してくるよ」
悟くんが昴くんに、そう言っていた。
「あ。うん、わかった」
昴くんは、椅子をドアのそばに置き、私のそばに来た。
「ひかりは?何か飲める?水でも持ってきてもらおうか?」
「ううん。大丈夫…」
「そう…」
昴くんは、ベッドの横にある椅子に座った。
『ひかり、疲れた?』
『うん、ちょっと…』
『じゃ、休んで。俺、ここで見守ってる』
『昴くんも寝ないの?』
『…うん、そうだね。じゃ、俺も寝ようかな?』
『うん、夢で会おうね』
『うん』
私は昴くんが手を握ってくれたから安心して、すぐに眠りに着いた。
でも、夢の中に昴くんはいなかった。だけど、声だけ聞こえた。きっと昴くんは起きてる…。寝ている私に話しかけてる…。
『ひかり…』
優しい声だ。
『良かった…。ひかりが生きてて本当に…。こうやって、ひかりのぬくもり感じられて、俺、まじで嬉しいよ』
昴くんは泣いているようだった。
『ひかり…。愛してるよ。めっちゃ、愛してる。ひかりの存在、命、すげえ大事だよ…』
昴くんの声が、胸に染みてくる…。昴くんは寝ている私の顔を、ずっと見ているようだった。
『ひかりの顔、こうやって見れて嬉しい…』
『ひかりの手にこうやって触れていられて、めちゃ、嬉しい』
『ひかり、息してる…。それがすげえ嬉しい』
昴くんの声を聞きながら、私は夢の中で泣いていた。
昴くん・・・!!!私も同じだ。昴くんに触れることが出来て、昴くんのぬくもりを感じられて、すごく嬉しい。大事だ。めちゃくちゃ、大事だ。すごくすごく大事で、かけがえのない存在だ。だから、もっと、一緒にいるときを大切にしたい。
いつか、私の体も、昴くんの体も朽ち果てるときが来るだろう。でも、そのときまで、こうやって寄り添って、ずっと大事に思っていたい。感じていたい。愛していたい。一緒に、今を生きていたい…。
フワ…。いきなり夢の中で、昴くんが後ろから抱きしめてきた。それから私の首筋にキスをした。
「昴くんも寝ちゃったのね?」
「うん。ずっと、ひかりの顔見てたけど、そのうち寝たみたい。俺…」
「昴くん、大好きだよ」
「うん、知ってる」
「愛してるよ」
「うん、知ってる」
「ずっとそばにいるね…」
「うん…」
昴くんはぎゅって、私を抱きしめた。それから優しく、長いキスをして、私の髪をなでながら、
「生きてて、良かった…」
と涙ぐみながら、そう言った。
目が覚めたら、昴くんの姿はなかった。天井を見つめていると、涙が頬をこぼれ落ちた。あ…、私、もしかして、寝ながら泣いてたのかな?
ガチャ…。ドアが開くと、昴くんが入ってきた。
「ひかり?起きた?」
「うん」
「ご飯食ってきたんだけど、あ、起きたこと医者に言ってくるね。点滴打つって言ってたから」
「うん」
昴くんはまた、病室を出て行った。昴くんも疲れてないのかな。きっとほとんど寝ていないはず。
医師と看護士が入ってきた。それから、脈を測ったり、熱を測ったりして、点滴をして出て行った。
昴くんは少ししてから、入ってきた。
「今、医者に聞いたら、すごく良くなってきてるって。でも、まだ安静にしててくださいってさ」
とにっこりと笑いながら、昴くんは言った。
「昴くんは?」
「あ、俺のこと心配したでしょ?大丈夫だよ、若いし…」
『え~~?私が年だって言いたいの?』
『あはは…。そうじゃないけど。でも、ひかりとちょこちょこと寝てたし、大丈夫ってこと。それと、夜はここに、簡易ベッド設置してくれるって。そこで、俺寝るから安心して』
『え?そんなじゃ、昴くん、大変じゃない?』
『あれ?俺にそばにいて欲しくないの?』
『ううん。いて欲しいよ』
『でしょ?だったら、素直にそう言ってね』
『う、うん…』
昴くんに、軽くおでこをつつかれてしまった。
『原田さんも、良くなってきてるの?』
『うん、だいぶよくなったみたいだよ』
『そう、良かった』
『今日は、やけに長い1日だったね』
『うん…。今、何時なの?』
『夜の8時過ぎたよ』
『そう…』
『ひかりは、まず点滴から栄養を取るんだって。それで、胃や腸が受け付けるようになったら、お粥から食べられるようになるってさ』
『…そうなの?』
『え?もっと他のもの食べたかった?』
『うん…』
『あはは!食いしん坊だね』
昴くんに笑われてしまった。
『もうちょいの我慢だよ。退院できたら俺のマンションに行こうね。なんか美味しいもの作るから。何がいい?』
『あの、和風スパ!美味しかったな』
『あれ?あんなのでいいの?すげえ簡単なんだよ、あれ』
『いいの。あれ、美味しかったもの』
『うん、わかった』
昴くんは、優しく微笑んだ。その笑顔が、すごく嬉しかった。
『俺の笑顔、そんなに好き?』
今の私の感じたことを、悟ったらしい。
『うん、大好き。すごくあったかい気持ちになるの』
『ふうん。俺がひかりの笑顔が好きなのと一緒か。あ、でも、ひかりのすねてる顔も好きだし、それから…』
『え?!』
『え?』
『今のイメージしたの、わかったよ』
『ええ?何?俺、何をイメージした?今…』
『自分でわかってないの?』
「いや、その…」
昴くんは慌てたのか、声に出してそう言った。
『エッチ』
と私が心の中で言うと、
『い、いいじゃんか!色っぽいひかりも好きなんだよ!悪い?』
と開き直っていた。あ、なんだか、いつもの昴くんに戻った。
『いつものって何?どんな俺だよ?』
『内緒』
『……。ガキっぽいって今、思ったね?』
『あ、ばれた…』
『なんだよ~~~!どうせ、ガキだよ』
くすくす…。私が笑うと、おでこにキスをしてきた。
「その笑い方好き。ひかり、本当に元気になったんだね?」
昴くんはまた、すごく優しい表情になって、優しくそう言った。昴くんの優しい目が、すごく嬉しかった。ああ…。見つめられるだけで、溶けそうだな…。
「あはは…。また?溶けちゃう?ひかり、すぐに溶けちゃうんだもん。まいっちゃうよ、俺」
昴くんは照れながら笑った。
『照れてないって…』
と、私の心の声に、また反論した。
…幸せだ。昴くんと二人きりで会話をする…、この時間がすごく幸せで、あったかい。
それにしても、この次元に来て、何日過ぎたのかな…。
『29日に来たんだよ。今日元日。だから、まだ4日』
『それだけ?もう、すごく長い時間が経ったような気がする』
『そうだね。いろんなことあったもんね』
『うん』
『俺が誘拐して、ひかりに乱暴しようとしたり』
『う、うん…』
『ひかりを襲ってみたり、犯してみたり…』
『してないって!そんなこと』
『でも、殺そうとはした…』
『うん。そうだったね…』
『ひかりはそんな俺でも、光で包んでくれてた』
『昴くんだって、私のこと守ろうとしてくれてたよ?』
『うん。俺の父親の魂もひかりが、救ってくれて…。それから、本山に行って、朝日を浴びて…。ひかりは、お父さんに会って…。お父さんことも、光で包みこんだ…』
『うん…』
『無差別殺人を阻止しようと、俺は信者になりすまして、ひかりは、ホテルの泊まり客として、ホテルに潜入して…』
『なんか、聞いてると、映画のヒロインにでもなってる気分だよ。ミッションインポッシブルとか…』
『トム・クルーズ主演の?俺、もしかして、もとの次元に戻ったら、そんな役できるかな』
『トム・クルーズ?う~~~ん。どうかな』
『俺には、無理って今、思ってなかった?』
『思ってないってば~~』
『いや、心の奥底から聞こえてきた…。ちぇ~~』
くすくす…。昴くん、本当に可愛いな~。
『いいけど!可愛いって思ってても!』
あ、またすねた…。
「そうだ、ひかり。海藤玄さんが、警察に出頭したらしいんだ」
「え?」
いきなり、昴くんが声を出して話したので、私も思わず声を出しだ。
「信者の人には責任もないし、子どもたちはテロを防ごうと自分を説得してくれた。子どもたちのおかげで、目が覚めた。子どもたちには、何の責任もないし罪もないって、そう言っていたらしいよ」
「それ、白河さんと打ち合わせとかしたの?」
「いや、海藤玄さん本人の意思だ。それに、地球が破滅するなんていうことは絶対にないし、天が罰を与えることも、絶対にありえないってそう言ってたらしい。海藤玄さんの発言は、即、ニュースでも発表されたみたいなんだ」
「そうなんだ…」
「しばらくは、このニュースで、正月の特番もなくなっちゃうかもね。あ、テレビつける?今もやってるかも」
「ううん。いい…。なんとなく、海藤玄さんの顔は思い浮かぶ。あ、そうか。さっきね、起きる寸前の夢、海藤玄さんが出てきたの」
「え?」
「あれ?昴くんがテレビ観てた?」
「うん。食堂にあったから、観てたけど…」
「じゃ、昴くんと同化してたのかな?穏やかな表情で、話をしてたよね?」
「うん。光を出しながら、話してたよ…」
「そう…」
「夏樹さんは、高い次元に戻ったみたい」
「そうなの?」
「こっちの次元の夏樹さんとコンタクト取れるから、夏樹さんだけ、先に戻ったようだよ」
「高い次元の海藤さんはどうなの?容態…」
「うん。まだ、それは連絡来てないからわからないけど…」
「そうか…」
昴くんは、私の髪の毛の先を、昴くんの指にくるくる巻きつけ遊んでいた。
「何してるの?」
「え?」
「私の髪で遊んでるの?」
「ああ。これ?ひかりがたまにしてるじゃん。どんななのかなって、やってみたかったんだよね」
「……」
変なの…。
「いいじゃん!」
「じゃあ、髪を伸ばしてみたら?」
「ひかりの髪じゃなきゃ意味はないの」
「なんで?」
「ひかりの髪でしてみたかったの!」
ふうん…。変なの…。
『いいんだよ!』
「こっちの次元の昴くんは、アイドルにはならないのかな?」
「さあ?歌手の夢は捨ててないみたいだけど…」
「歌手でデビューをするのもいいね」
「うん…」
まだ、昴くんは私の髪で遊んでる。
「ひかりの髪って、少し癖あるの?」
「うん…。伸ばすとね、ちょっとね」
「へえ…。そうなんだ。まっすぐだと思ってた」
「昴くんはまっすぐでしょ?サラサラなのに、この次元の昴くんは、茶髪だからサラサラじゃないね」
「ああ。うん、けっこう傷んでるよ」
「高い次元だと、髪の毛、大事にしてるの?」
「え?」
「サラサラでしょ?」
「う~~ん、今はね。でも、役によって、染めたり、メッシュ入れたりすると、やっぱ、傷んでたよ」
「ふうん…」
昴くんの顔をじっと見た。この次元の昴くんの顔も奇麗だよな~~。
「ひかりも奇麗だよ?」
「そう?でも最近、しわとかシミとか…」
「あはは!そういうの、気にするの?」
「気にするよ~~」
「それでも奇麗なのに…。ひかりってさ、しゃべったりすると、ずいぶんと幼いんだなって気がするけど、黙ってたたずんでる姿とか、大人だよね」
「おばさんってこと?」
「違う、違う!大人な女性ってこと。セクシーだし、知性的でもあるし…。なんていうのかな、俺らの年齢じゃ多分、ぐっときちゃうよね」
「何?それ~~」
「大人な女性にあこがれるそんな、年齢なのよ、俺の年は…」
なんじゃ、そりゃ…。
「でも、それ黙ってたらの話なんでしょ?」
「そうそう」
ちぇ~~~。
「ちぇ~~?俺の口癖だよ?それ」
あ!本当だ。やだ!うつってるよ。
「なんで嫌なんだよ。いいじゃん、別に」
「え~~」
「ガキみたいになったって、思わなかった?今」
「お、思ったかな?」
「ふんだ。でもね、言っとくけどひかりだって、けっこう子どもっぽいところあるんだからね!」
「……」
それで、黙ってたら、大人って言ったのか…。
「そういうことだよ」
そういう子どもっぽいところも、好きなんじゃないの?
「そうだよ。そういうひかりもめちゃ好きだよ」
昴くんは、半分、開き直ってる感じでそう言った。
「だけど、セクシーなひかりも好きだよ。たまに、ほんと、ぐっときちゃうんだよね」
「……」
「わかんないの?自分では…」
「わかんないよ」
「自覚ないの?」
「ない」
「髪、指でくるくるしてるときとか、なんか、色っぽいよ。そういうの、自覚しててやってるんじゃないの?」
わざとしてるってこと?まさか!
「自分の色気に気づいてないの?」
「だから、わからないってば。色気なんて私、ないよ」
「……」
昴くんは、心の中で、うっそ~~って言ってた。
「だけど、昴くんも色気あるんだよ?それ、自覚してないでしょ?」
「俺?ないない。たまに写真で色気あるポーズとかさせられるけど、あれはあくまでも、作りもんの色気だし」
「ほ~ら。自覚ない」
「俺が色気…?あ、前にも、そうひかりが思ってたことあったね」
「うん。例えば、昴くんの鎖骨…」
「あ!いい、いい。言わなくてもいい」
「また、照れちゃう?」
「…じゃ、俺も言おうか?ひかりの色っぽいところ」
「え?」
私はひるんでしまった。
「うなじ…。俺、よくキスするでしょ?」
「うん…」
「すげえ、色っぽくって、たまらなくなるんだよね。それでつい…」
「ええええ?」
恥ずかしくなって、思わずうなじを隠した。
『ぶ…。今、隠したって意味ないって…』
と昴くんに笑われた。
「それとね、唇…。たまにキスをねだってることない?」
「ない!」
「うそ!」
「ない~~!!!」
「うそだ~~」
「……」
ないと思う。でも、キスしたいなって思ったとき、そう見えちゃってるの?
「あはは!うそうそ!だいたい、ひかりがキスをしたがってるのなんて、心で聞こえてるってば」
もう~~~!!!!
「それから、目も、すんごい色っぽいときあるんだよね」
「もういい!」
「え?まだいっぱいあるのに。足とか、スカートはいてるとき、組まれるとやばい」
え~~?
「それに、下向いたときの目とか、それから、指絡めてきたときとか、えっと~~…」
「もういいってば!」
そうか…。私が昴くんのどこに色気を感じるかっていうのを聞いてて、昴くんが抵抗するのが、わかったよ。
「でしょ?」
「うん…」
『あと、胸がけっこう開いてるセーター、めっちゃやばいっす』
って…、心で言ってても、聞こえるのよ~~。昴くん!
『ああいうの、誘ってるの?』
『え?』
『なんか、挑発してるときある?』
『ない』
『絶対にない?じゃ、あれは?赤い下着…』
「わ~~~!もういいから!」
『でも、それだけは聞きたかった』
『昴くんの心の声で、今までそういうの聞いたことない』
『うん、そういうの思ってるときには、ちゃんと閉じてたし』
「ずるい!なんでそういうの出来ちゃうの?っていうか、隠してたのね!なんでも筒抜けだとか言いながら、自分は隠したんだ!」
「え?いいよ。聞こえるようにしても。でも、きっと、ひかりの方が困るよ。男のいろんな本音なんか、聞こえたら…」
「ええ?」
「ひかりもたまに、うっすらと、閉じるでしょ?本当に、知られたくないとき、閉じてるの知ってるよ。」
「え?」
「なんか、エッチなこと考えるとき、無意識に俺から気をそらすっていうか、閉じるよね」
「…無意識だから、わからない」
「ふ~~ん、でもね、そういうことだよ」
「じゃ、なんでもかんでも、筒抜けじゃないじゃない?」
「…今度からは、筒向けにしてみます」
「え?!!!」
「それでいい?」
「え?!!!!」
「あはは!やっぱり困ってるじゃんか」
「……」
だって、ええ?どんなことよ。男の本音…?
「やっべ~~!今日の下着すげえ、セクシー!なんでこんなのつけてんの!とか…」
「い、いらない。そういうのは、聞こえなくてもいい」
「でしょ?」
は、恥ずかしい~~~。思い切り恥ずかしい。あ、でも…。
「え?!やっぱりそうなんだ!」
「何?何が聞こえちゃったの?」
「…え?無意識に思っちゃった?」
「え?何~?」
「だから、勝負下着だってこと、ばれてるのかなって、さっき…」
「わ、私思ってた?」
「うん」
『キャ~~~~!』
あははは…。昴くんは、思い切り笑った。
「おっかしい!ひかりってやっぱり、幼いよね。見た目と全然違うんだもん」
え~~。もう、何よ~~。
「あはは…。駄目だ、腹いてえ。そっか、勝負下着なんだ。良かった」
え?なんで良かったなの?
「だって、いつでもあんなにセクシーなのつけられてたらさ、他のやつといるときもそうなのかなって」
「他のやつ~~?昴くん以外となんて、私一緒にいないじゃない」
「でも…。バイトの時とか…」
「していかないよ。派手なのもセクシーなのも。だって、更衣室で着替えるし…」
「…ふうん。そういうのばれたりするの?」
「え?」
「今日、彼氏と会うのかしら…なんて思われたりしちゃうの?」
「わかんないよ。人がどう思ってるかなんて。私だったら、周りの人がどんな下着つけてるかなんて、見ないようにするけど」
「そうなんだ…」
「や、やめようよ、こんな話…」
「うん…」
ああ…。もう…、まいった…。そっか。そういうこと昴くんってあまり考えてないから、考えないんだって思ってたけど、なんだ~~。何気に、ちゃんと聞こえちゃまずいことは、隠してたんじゃない。
じゃあ、な~~に?誰か他の女性を見てて、色っぽいなって思ったりとかそういうもの、隠したりしてたわけ?
「……」
あ、返答がない。なんで?
「隠してないよ!思わないし!」
昴くんはちょっと、慌ててた。
あるんだ…。
「ない!」
そういえば、この前の彼女役の…。
「ない!」
まだ、何も言ってないのに…。
「ないものは、ない!」
怪しい…。
「あのね!俺、けっこうね…」
「うん」
「……」
「何?」
何も言わなくなったから、昴くんにエネルギーを集中してみた。
「わかった。白状する…」
昴くんが顔を真っ赤にさせてそう言った。…なんだ、やっぱり他の人見て、色っぽいとか思ってるんだ。
「そうじゃなくて、俺、思い切り、ひかりにメロメロなの!」
「…は?」
「だから、他の女性の事思ってるほど、余裕ないんだよ」
「…え?」
「えって…もう、わかってくれないかな…」
「へ…?」
「それ、からかって遊んでる?」
昴くんが上目遣いで私を見た。
「ううん。本当にわけわからない…」
「だから・…。俺、この次元じゃ違うけど、高い次元じゃひかりが、初めての相手だし…」
「え?」
それがどう関係あるの?
「大ありだよ。っていうかさ…。ああ。もう!だからさ…」
昴くんは髪をぼりぼりって掻いて、それから前髪をかきあげながら、
『ひかりにこれだけ夢中になってるのに、なんで他の人のこと見れたりするんだよ』
と心で言って来た。
「え?」
「わかった?」
「……?」
「わからない?」
「…うん」
「だ~~か~~ら~~~!!!」
昴くんは、はあってため息をついた。あきれ果てているようだ。
「ああ、もういいや…。じゃあさ。全開にします。そうすりゃわかるでしょ?」
「え?」
「俺の思ってること、全部、見せるから」
「い、今さらっていうか、今頃っていうか…」
「ひかりも隠しちゃ駄目だよ?」
「え?」
「たまに、隠すでしょ?あれ、なしね…」
「う、うん」
何かな?隠してるのも、無意識だから。
「それ、そういうのも、なしね」
ああ、難しいよ~~。だって、無意識だから。
トントン…。ドアをノックする音がして、
「ひかりさん、昴」
と悟くんの声がした。
「悟さん?」
昴くんがドアを開けに行った。
「ひかりさん、寝てる?」
「起きてるよ」
「あのさ、俺と葉月、そろそろ俺のマンションに行くから」
「うん」
「ひかりさん、明日また来ます」
悟くんが私の方を向いてそう言うと、悟くんの後ろからひょこって葉月ちゃんが顔を出して、
「星野さん、ゆっくり休んでくださいね」
とそう言ってお辞儀をした。
「ありがとう…。気をつけてね」
そう言うと、二人ともにこって微笑んで、ドアを閉めた。
「悟さん、この次元じゃ有名人じゃないし、思い切りいちゃついて、帰るんじゃないのかな~」
「え?」
「腕組んで歩こうが、キスしてようが、写真に撮られることもないしさ」
「そうだね…」
でも、人前でいちゃつくイメージないけどな…。
「わかんないよ。そんなの…」
「そ、そうかな・・・。」
そうか・・。昴くんが実はエッチなこと思ってるってのも、想像つかなかったし。
「そ、そういうのは、いいからさ・・・。」
昴くんがまた、真っ赤になった。
「あ、そういえば会見だけど、明日には無理だろうから、明後日、3日にすることになりそうなんだけど、ひかり、それまでに立てるかな?」
「わかんないけど…」
トントン…。またドアをノックする音がした。
「失礼しますね」
看護士さんだった。
「そろそろ消灯の時間です」
「え?ああ。そっか。病院は早いんですよね」
「ええ…。それで、寝る前に…。あの、男性の方はちょっと、病室出ててくれますか?」
「え?あ…はい」
昴くんはドアを開けて、出て行った。
「まだ、立てないからトイレにも行けないですよね?」
「はい…」
「何か、感覚ありますか?」
「え?」
「トイレに行きたいっていう感覚…」
「ないです」
「そうですか…。でも、とっておきますね」
「はい…」
ああ。こういうの、赤ちゃん流産したときあったっけ。しばらく安静で、1日、ベッドに横になってて、トイレ行けなくて…。
こっちの次元の私には、体験してないことか…。不思議だな。次元が違うと、体験も違ってくる…。
「それじゃ、ゆっくりと休んでくださいね。あ、簡易ベッド、すぐに運びますから」
「はい…」
看護士さんは出て行った。
昴くんはしばらく戻ってこなかった。何をしてるのかな…。エネルギーを集中してみた。そうしたら、誰かと話をしてるみたいだった。昴くんと同化してみた。
「はい…。そうですよね」
誰とかな?昴くんの声はするんだけど…。
「わかりました。覚悟はしています。でも、それって、ここの次元のひかりだけですか?」
私のこと?
「高い次元では?…ああ。そうですよね、もどらないとわからないですよね。はい…」
誰とだろうか…。いったい、私の何?覚悟って?
5分くらい、昴くんは戻らなかった。ちょっとエネルギーが下がってる気がした。もう1度昴くんに集中すると、
『ひかり、今戻るよ。ごめん…』
って心の中で声がした。
ガチャ…。ドアが開くと、昴くんでなく、簡易ベッドを運んできた看護士さんだった。ベッドを設置すると、
「おやすみなさい」
と言って、出て行った。
昴くんは少しして、戻ってきた。
「ひかり…」
昴くんの声が、ちょっと低かった。
「どうしたの?」
「隠しててもひかりには、ばれちゃうだろうから正直に言うよ」
「え?」
「後遺症…、出るかもしれないって。今、白河さんと話してたんだ」
「……」
白河さんとだったんだ。
「うん…。可能性高いって」
「どんな後遺症?」
「わからない…」
「そっか…。それで、高い次元でも?」
「それも、わからない。だけどこの次元でだって、高い次元でだって、俺はひかりのこと守ってくよ」
「……」
「迷惑なんて思ってない!そんなの気にするな」
「私、今、そんなこと考えてた?」
「また、無意識だった?ひかり、俺に遠慮したり、悪いって思ったりしなくていいんだよ。どんなひかりも愛してるし、どんなひかりでも俺が守っていくし、そばにいるし…」
「…うん」
私は思わず、泣いてしまった。
「ひかり?」
なんで泣いたかはわからない。昴くんの思いを強く感じたからなのか、それとも、悲しいのか…。ただ、ただ、涙が止まらなかった。
昴くんは黙って、私のことを優しく抱きしめた。心では、ずっと、愛してるよってささやいていた。
少しして私が泣き止むと、昴くんは、
「もう消灯だよね。俺も寝るね」
と、簡易ベッドに潜り込んだ。
「おやすみ、ひかり」
「おやすみ、昴くん」
私は、昴くんに愛のエネルギーを送った。昴くんもあったかいエネルギーを、送り返してくれた。それから、目を瞑った。
そしてすぐに眠りに着いたが、眠りの中で私は、すごい恐怖や不安にとりつかれた。看護士さんの言葉を思い出した。
「トイレに行きたいっていう感覚、ありますか?」
なかった。まったく感じられなかった。それに足…、感覚がない。夢の中なのに足も動かせず、それどころか、自分に足があるかどうかもわからなくなっていて、ものすごい不安に襲われた。
私、歩けない。下半身の感覚がない…。怖い…。
もし、このままだったら私、昴くんと一緒にいたら、お荷物になるんじゃないの?昴くんに迷惑、かけたくない。
「ひかり!迷惑なんて思ってないよ」
突然昴くんが目の前に現れて、そう言った。昴くんも眠りに着いたんだ。そして私の夢に現れて、そう言ってくれたんだ。
だけど、駄目だ。昴くんが優しくそう言ってくれても、怖さが消えない。
一生、このまま歩けなかったら?もし昴くんと暮らしても、昴くんの自由を奪うことにならない?
「ひかり!」
昴くんはこれからももっと、もっと大きな俳優になるのに、足手まといにならない?
「ひかり!もうやめよう!」
私は、ボロボロに泣いていた。心が沈んだままだった。昴くんは私をギュって抱きしめてきた。あったかかった。
ふと、昴くんの言葉を思い出した。さっきまで、昴くんとめちゃくちゃ、幸せだった。
「俺、思い切り、ひかりにメロメロなの!だから、他の女性のこと思ってるほど、余裕ないんだよ」
「ああいうの誘ってるの?なんか、挑発してるときある?」
「今度からは筒抜けにしてみます」
そんなことを言ってる昴くんを、次々に思い出していた。でも、もう昴くんと抱き合うことも無理かもしれない。昴くんのそんな気持ちに、応えることも無理かもしれない。
悲しい…。めちゃくちゃ、悲しくて涙が止まらない。
「ひかり…」
昴くんは私を優しく抱きしめてきた。そして夢の中で、足が動かず座り込んでいる私をそっと、立ち上がらせた。そのまま、昴くんが私の両手を取ると、
「ダンスしよう?」
って笑って言った。
「ダ…、ダンス?」
いきなりで私は驚いた。
「そう、ソシアルダンス。踊れる?」
「踊れないよ」
「じゃ、こうやって、揺れてるだけでもいいや」
昴くんは、片手を私の背中に回した。
「ダンスなんて昴くん、踊れるの?」
私は泣きやんで、そう聞いた。
「踊れない。でも、夢でならできるかと思って」
「え?何それ…」
「あはは。やっぱり無理かな」
「……」
昴くんの胸の中に顔をうずめた。それから、昴くんの動きにあわせて、揺れてみた。
音楽が鳴り出した。
「これ、なんの曲?」
昴くんが聞いた。
「美女と野獣」
「え?俺が野獣ってこと?」
「ふふ…。違うよ。私、この映画大好きなの。美女と野獣がお城のホールで踊るの。そのときの音楽」
「ああ、だからここ、お城のホールみたいなんだ」
踊っているその場所は、まさに映画の美女と野獣に出てくるホール…。大きな窓からは、星空が見えて奇麗だった。
「ひかり、ね?」
「え?」
「足、動いてるよ」
「あ…」
「夢の中じゃ、動くんだよ」
「……」
「もし、後遺症があって、下半身が動かなくなっても、こうやって夢の中でなんでもできるよ」
「うん…。踊れるね」
「うん。踊れるし、サバンナでライオンとかけっこだってできる」
「しないよ、そんなこと~~」
「あはは…」
昴くんは笑ってから、私のことをぎゅって抱きしめると、
「それに、セックスもできる」
って小さな声で、ささやいた。
「不思議だけどすごくリアルに感じられるから、起きてるときと変わらないよ」
「でも、夢は夢だよ」
「大丈夫。俺だったら夢の中でも、ひかりと抱き合えたらそれで満足」
「でも…」
「なんなら、今もしてみてもいいけど?」
「え?」
「こうやって、踊ってる方がいい?」
「……」
昴くんの目を見つめた。すごく優しかった。
「だからね、俺に迷惑かけるとか思わないで。足手まといになるなんてこと絶対にないから」
「だけど…」
「俺ね、俳優なんていつやめたっていいんだ」
「よくないよ!」
「いいんだよ。ミッションのためにしてたことだと思うし。だけど、1番のミッションはひかりといることだよ」
「……」
「ひかりを愛して、感じて、共に生きることだよ。そうしないと、すんげえ光も出せない。だから、闇を浄化も出来ない」
「でも…」
「それが1番の俺らの、ミッションでしょ?」
「うん」
「……。ひかり…。俺から離れていこうとしないで…」
「え?」
「俺、ひかりのこと失いたくないよ…」
「……」
昴くんは、泣き声になっていた。
「もしさ、もし逆の立場ならひかりどうする?」
「え?」
「俺が感染して助かって、でも後遺症が出て、車椅子とかで生活をするようになったら…」
「昴くんのそばにずっといる」
「でしょ?」
「だけど、私は…」
「俳優じゃないしって今、思った?」
「だ、だって昴くんには、たくさんのファンの人が…」
「もし、本当に本当に俺のことを、思ってくれてる人なら、俺の気持ちを尊重してくれると思うけどな」
「……」
「もし、それで俺のことが嫌になったって言うなら、それはそれでいいよ。それに、俳優やめなくちゃならなくても、それもそれでいいんだ」
「でも、昴くんの夢」
「夢なんかないよ」
「未来…」
「今しかないんだよ?この宇宙には…」
「そ、そうか…」
「そうだよ。今、この時が1番大事なんだ。それが続くだけだよ。ずっとね」
「……」
昴くんの目をもう一回見た。私が映っていた。今、昴くんの前には私がいて、私の前には昴くんがいる。
「そう、それだけだ」
昴くんがそうつぶやいた。
「今、目の前のことが、1番大事なんだよ…、ひかり」
「うん…」
私の目からは、涙がこぼれ落ちた。それを昴くんが優しく指で拭ってくれると、
「もう、ひかりは…。なんで、犠牲になろうとするのかな。自分の命も、自分の体も、自分の心も、感情ももっと、全部を大事にしてよ」
「うん…」
「ひかりはね、俺なんだ。だから、ひかり自身を大事にするってことは、俺を大事にするってことでもあるんだよ?」
「そうだよね…」
「俺のこと愛してる?」
「愛してるよ」
「じゃ、ひかりのことも愛してね。ひかりは俺だから」
「うん…」
私はうなづくと、昴くんにぎゅって抱きついた。昴くんも抱きしめてくれた。そして髪に優しくキスをしてくれて、また、優しくダンスを踊り出した。
「今日は、こうやって、踊ってようか?」
「うん…」
ずっと、美女と野獣の曲が響いた。その中で私たちは、静かに踊っていた。