ミッション4 闇を浄化
本山に着いた。車が止まると、珠代ちゃんが目を覚ました。
「着いたよ」
悟くんがそう言った。
屋敷の中から、ノエルさんと葉月ちゃんが現れた。車の音が聞こえたようだ。
「星野さん!!」
葉月ちゃんが、そう大きな声で言いながら走ってきた。私が後部座席のドアを開けて顔を出すと、
「星野さん!無事だったんですね~~!良かった~~!」
と抱きついてきた。
昴くんが、車から降りると、
「昴くん、高い次元の方?」
と、ノエルさんが聞いてきた。
「はい、そうです」
「そう…。良かったわ」
ノエルさんは、とても静かに微笑んだ。これは、高い次元のノエルさんの表情だ。
「昴くん。ひかりさん。それに珠代さん、よく来たね」
白河さんが、ゆっくりと屋敷から出てきてそう言った。
「白河さん…」
白河さんの表情も穏やかで、光を出して包んでくれ、とても安心できた。ただ珠代ちゃんだけが、戸惑ってしまっていて、昴くんにべったりとはりついていた。
「本当に、ここ大丈夫なの?」
青ざめた顔で、昴くんにそう聞いていた。
「大丈夫だよ。みんな仲間だから」
「仲間?じゃ、星野建設の娘は?」
珠代ちゃんがそう言いかけたときに、ノエルさんが、
「珠代さん、まだ低い次元のあなたなのね」
と、珠代さんの方を向いてそう言った。
「低い次元って何?」
「まあ、いいわ。さ、みなさん中にどうぞ」
ノエルさんはまた、静かに微笑み、私たちに中に入るよう促した。珠代ちゃんは相変わらず、昴くんにべったりとくっついたままだったが、不思議と嫉妬心は起きてこなかった。昴くんは、そんな珠代ちゃんに話しかけるわけでもなく、だからといって、拒否するわけでもなかった。
屋敷の中は、とても静かだった。静寂さがあたり1面に漂っていた。
「静かですね…」
それを昴くんも感じたのか、そうノエルさんに聞いた。
「年末ですもの。訪れる人もいなくて…」
「ああ…、そうですよね」
昴くんは、静かにそう答えた。
大きな和室にみんなで入ると、そこには流音さんもいた。
「ひかりさん、良かったわ。無事だったのね」
流音さんは、私を見てほっとした顔をした。
「昴くんも落ち着いてて、高い波動の昴くんなのね」
流音さんの言葉に、昴くんはこっくりとうなづいた。
「やっと、みんな揃いましたね」
白河さんがそう言って、腰を下ろした。私たちもその場に、座った。相変わらず、昴くんにひっついたままの珠代ちゃんは、落ち着かないように部屋を、きょろきょろと見回していた。
「さて、昴くんとひかりさんは、ミッションを一つクリアーしたと思いますが、でも、まだこちらの次元のあなたたちの、負のエネルギーが浄化されたわけではないようですね」
ノエルさんが、私たちを見ながらそう言った。
「はい。自分の心の奥に、闇のエネルギーが潜んでいるのがわかります」
昴くんが、そう答えた。
「昴?なんのこと?」
「珠代ちゃん、俺、今この次元の昴じゃないんだよ…。えっと、つまり君が知ってる俺じゃないんだ」
「?何言ってんの?昴じゃないって?!」
「高い次元から来てるんだ。俺、今はそっちの方の俺が表面化してる」
「高い次元の昴?」
珠代ちゃんはなかなか、理解できないようだ。
「私たちがいた次元の珠代さんも、来てるはず…。珠代さんの中にも、高い次元の珠代さんがいる」
流音さんが、そう言った。
「え?そうなんですか?」
葉月ちゃんが聞くと、
「ああ…。俺と一緒に、低い次元まで下がってきたから」
襖をそっと開けて、奥の部屋から珠代ちゃんの魂の片割れの、陽平くんが入ってきてそう言った。
「陽平くん?あなたも来てたの?!」
私が驚いてそう聞くと、
「うん…。俺はもう、今朝、朝日を浴びて目覚めたんだけど…」
と陽平くんは答えた。
「こっちの次元の陽平くんは、何をしてる人なの?」
葉月ちゃんがそう聞くと、
「大学行ってます。親父が白河さんと知り合いで、俺の親父も警官してます」
と陽平くんは答えてから、珠代ちゃんの方に歩いていくと、
「この次元じゃ、昴さんの彼女なの?」
と唐突に聞いた。
「誰?あんた…」
珠代ちゃんは答えずに、逆に聞き返した。
「珠代さんの魂の片割れ…」
「私の魂の片割れ~~?!」
「あ…。そういえば、ノエルさんが言ってたっけ。珠代さんは昴さんと、過去生何度も恋愛してたって。それで、この次元でも恋人なんだ」
陽平くんは、冷静にそう言ってから、
「あ、でも高い次元じゃ、珠代さんと昴さん、付き合ってもいないよね。それどころか、俺に惚れちゃってたよね?なんで?」
と言った。顔は冷静だが、どうも昴くんにひっついてるのにやきもちを妬いているのか、黒い霧が時々、陽平くんから飛び出していた。
「あんたに惚れた?冗談でしょ。私には昴がいるのよ」
そう言うと珠代ちゃんは、昴くんの腕にしがみつき、
「昴、こいつら変だ。それに警官ばっかじゃないか…」
と、不安を隠せない様子でそう言った。珠代ちゃんからも、黒い霧が出ていた。
「珠代ちゃん…。大丈夫だから、安心して」
昴くんが、優しくそう言って光を放った。昴くんにエネルギーを集中すると、昴くんの心の声が聞こえた。
『大丈夫…。大丈夫だから…。珠代ちゃんの負のエネルギーも、きっと浄化できる』
そう言った後に、
『俺の中にもいる…。それが何か低い次元のエネルギーと結びついてる…。そうとう低い闇のエネルギーだ…』
と、ちょっと辛そうに心の中でつぶやいていた。あの昴くんの背後で、うごめいていた闇のエネルギーか…。
『え?』
『…?』
『俺の後ろにうごめいてた?』
『あ、私の思ってること聞こえた?』
『うん…』
『こっちの次元の昴くん、影が後ろにいたんだよね。なんか、引っ付いてる感じで…』
『そっか。それかな…』
昴くんは感じてるんだ…。
『こっちの俺、時々変な声がする、幻聴じゃないかって言ってただろ?』
『うん』
『多分、そいつだ』
『私も聞いたよ。低い怖い声…』
『ああ…。ひかりのこと殺しそうになったとき、その闇のエネルギーに心支配されそうになって…。どうにか、俺が光を出して、こっちの俺に心の奥から話しかけて…』
『うん。昴くんの声、聞こえたよ』
『ひかり…』
『え?』
『この前、別の次元に行った時のこと覚えてる?』
『うん』
『その次元のひかりや俺が表面に出て、それで負のエネルギーを感じて浄化したよね』
『うん。そうだったね』
『この次元でも、そうしないと駄目なんじゃないかな…』
『うん。きっとそうだよね』
『俺、ちょい不安で…』
『え?』
『俺、またひかりに手をかけたらどうしようかって、かなりびびってて…』
『でも、こっちの次元の昴くん、そんな気まったくないよ?』
『わかってる。だけど、闇のエネルギー感じたらやばいんだ』
『だけど、昴くんが心の奥にいてくれるじゃない?』
『うん…』
『昴くん、私昴くんのこと信じてるよ』
『え?』
『こっちの次元の昴くんのことも、信じてるよ』
『ひかり…』
『大丈夫だよ。ね?』
昴くんと見つめあった。昴くんは、黙ってこくってうなづいた。
その様子を見て、何かを感じたノエルさんが静かに、
「珠代さん、こっちでお話しない?」
と珠代ちゃんに近づいた。
「え?」
珠代ちゃんは、昴くんの影に隠れようとしたが、
「行っておいでよ。俺なら大丈夫だし…」
と昴くんに言われて、ノエルさんに手を引かれ部屋を出て行った。
「さて…」
白河さんが、穏やかな表情で私たちを見た。
「何か二人で話をしていたようだが…、何かを決意したのかな?」
「はい」
私たちは同時に、そう答えた。
「こっちの次元の俺らが表面に出ないと、負のエネルギーを浄化できないから、それを実行しようって、ひかりと決意してました」
昴くんは、本当に心を決めたようだ。白河さんを、しっかりと見つめながらそう言った。
「うむ…。君たちなら大丈夫だと、私は信じてるよ」
白河さんは穏やかに微笑み、そして立ち上がり襖を開け、隣の部屋へと移動した。
「だ、大丈夫なんですか?こっちの次元の昴くん、そうとう危ないって悟くんから聞いてますけど」
葉月ちゃんが心配そうに、聞いてきた。
「大丈夫。危なくなんかないから」
私がそう言うと、
「葉月…。俺らも信じよう」
と、悟くんが葉月ちゃんにそう言った。そのあとしばらく、二人で見つめあっていた。心で会話をしてるんだろうな…。葉月ちゃんが、こくんとうなづいた。
「だけど、すぐそばで二人を見守っているし、光をずっと送ってるから」
悟くんが、私たちにそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
昴くんがそう言って、ぺこって頭を下げた。
「どうやってこっちの昴くん、表面化するの?」
私が聞くと、
「簡単だよ。ちょっとでも波動下げたら、出てくる。さっきから俺が不安を感じると、チェンジしそうになって、おさえ込んでたんだよ、ずっと…」
それでなんだか静かだったし、落ち着いてたんだ…。
『うん…』
「ここで、いきなりチェンジはまずいかもな」
漆原さんが、そう言ってきた。
「え?どうしてですか?」
昴くんが聞くと、
「俺なんか、警察官のかっこうしてるし、怪しむだろう?」
「二人でいたほうが、落ち着くかもしれないってことですか?」
「でも、二人っきりにするなんて…」
流音さんが、ちょっと不安げな顔をしてそう言った。
「平気です」
私は、きっぱりとそう言いきって、
「昴くん、部屋に行こう」
と、私は立ち上がり昴くんの手を握った。
「え?うん…」
昴くんも立ち上がり、私のあとに続いた。
「何かあったら、大声で叫べよ。ひかりさん。すぐ飛んでいくから」
悟くんがそう言ってくれた。
「はい。でも大丈夫です」
そう言って私たちは、その部屋を出た。
昴くんと、前の次元で泊まっていた部屋に入った。そこへノエルさんが来た。
「ひかりさん、着替えないでしょ?持ってきたわ。昴くんは?」
「俺は、別荘から持ってきてます」
「そう?じゃ、ひかりさんの分だけ置いておくから。それから探偵のことだけど、その中にも仲間がいるの。だから安心して。確かに昴くんは疑われてるけど、いろんな錯乱を起こすように、その人がしてくれてる。連絡が入ったけど、あの別荘にもまだたどりつけてないようよ」
ノエルさんがそう言って、にこって笑い部屋を出て行った。
「なんか、スパイみたいだね」
「うん。俺らの仲間、どこにでもいるんだな~~」
「ふふ…」
「何?」
「だって、この次元じゃ白河さん、警視総監なんだよ。なんか不思議で…」
「そうだね。漆原さんは警察官だしね。ま、あの体格じゃ、警察官でもやっていけるよね。十分に…」
「うん。それから!こっちの次元の昴くんなんて、暴走族にいたんだから!」
「うん。だけど、歌手になるのが夢だったんだよね」
「だよね。なんか、面白いね」
「うん」
昴くんと、ベッドに腰掛けながらそんな話をしていた。
「はあ…」
昴くんがため息をついた。
「ひかり」
「ん?」
「愛してるよ…」
「うん。私も」
そう言うと、昴くんは優しくキスをして抱きしめてくれた。
「波動…、下げるよ。ひかり…」
「うん」
私はこくんとうなづいた。昴くんは、静かに目をつむった。何かを感じるままにしているようだった。
昴くんとエネルギーを合わせようとすると、
「ひかり…。ひかりは波動俺に合わせちゃ駄目だ」
といきなり、言われてしまった。
「え?」
「負のエネルギー、感じてるから…。ひかりまで感じたら、黒い霧を二人で出すことになるよ。ひかりは俺が入れ替わったら、これから出す黒い霧消して」
「わかった…」
昴くんはもう一回目をつむり、静かになった。昴くんから、黒い霧が出た。ブワ…。辺りを覆う負のエネルギーだ。昴くんの影がゆらりと揺れる。今まで高い次元の昴くんだったから、姿を隠していたのか。
昴くんが目を開けた。
「ひかり…?」
私を見て、そして、
「俺…?!」
と、青ざめた。あ…。低い次元の昴くんだ。私は彼を抱きしめ、愛してるって心の中でつぶやいた。光が私から一気に飛び出し、黒い霧を消していった。
「ここは?」
辺りを見回して、昴くんが聞いた。
「そうだ!悟さんが警官連れてくるって。それから…」
昴くんは、いきなり頭をおさえた。
「いって…」
え?でも、さっきまで、高い次元の昴くんは痛がってなかった。
「……」
昴くんは、頭をおさえたまま、一点を見つめていた。
「……。俺…」
「昴…くん?」
「……」
昴くんは、今度は自分の両手を見て、
「ひかりのこと、殺そうとしてた…」
とつぶやいた。
「それは…!」
「あの時、声がした。なんかに自分がのっとられたみたいになって…」
「そう…。闇のエネルギーに。でも、昴くん止めた…」
「体の中から、ひかりに手をかけるなって声がした」
「……」
昴くんは、私の方を向いて、
「ひかりは、大丈夫だったのか?首…」
と聞いてきた。
「うん。もう大丈夫」
「悟さんが来て、俺、なぐられて…、気を失ってたのか?」
「うん」
「それで…、ここは?気を失ってる間に、連れてこられた?警察かどっかじゃないよな…」
辺りを見回しながら、昴くんが聞いてきた。
「うん。ここは、悟くんの知り合いの人の家なの」
「知り合いって?」
「陰陽師…」
「陰陽師?なんだよ?それ」
「昴くんに憑いてる闇のエネルギーを、祓ってくれる…」
「…闇?」
「何かが、憑いてるみたいだから…」
「…まさか、親父?」
「お父さんの声なの?」
「あの時…、ひかりを殺そうとしてたときは、親父の声がしてた」
「…!」
昴くんのお父さんが…?いや、そう断定はできない。それはわからない…。
「ひかり…」
「え?」
「ごめん」
「大丈夫。私は大丈夫だから」
「なんで?」
昴くんは、切なそうな顔をして聞いてきた。
「俺、殺そうとしたのに、なんで大丈夫って言えるんだよ?」
「あれは、昴くんじゃないもの」
「でも…、怖い目にあったのに?」
「私、昴くんを愛してるもの」
「え?」
「昴くんを愛してるの」
「…俺を?」
私はぎゅって昴くんを抱きしめた。
「愛してるよ」
もう一回昴くんにそう言った。昴くんを光が包んだ。
「ひかり…。なんで?なんでこんな俺のこと…」
「理由なんてないよ」
「……」
昴くんも、ぎゅって私を抱きしめてきた。
「俺も、ひかりが好きだ」
「……」
「理由なんてない。好きなものは好きだ」
「うん」
惹かれあうのは当然なんだ。だって同じ魂だもの。
私たちはしばらく二人で、そのまま抱きあっていた。
「ひかり」
昴くんが、そっと私から腕を離して、私の顔をのぞきこみ、
「そのお祓いとかってやつしてもらったら、もう、俺が闇にのっとられることはなくなるのか?」
と聞いてきた。
「昴くんの心の中にも、もし負のエネルギーがあったら、どうかな…」
「俺の心の中に?負のエネルギーって?」
「負って言うか、闇って言うか…。悪いことじゃないの。誰にだってある。憎しみ、恨み、私だって持ってた。ううん、きっと今でもある」
こっちの次元の私は、父のことを憎んでいる…。
「恨み…」
昴くんが、一瞬暗い顔をして黒い霧を出した。
「それを、心の底に溜め込んでたら、なかなかその負のエネルギーを浄化できないの」
「浄化?どうやったらいいんだ?」
「感じて…。それから…」
「恨みを感じる…?そんなことしたら、またひかりのこと…」
「大丈夫。私が、昴くんに光を送ってるから」
「光を送るって?」
「闇ってね、光で包み込んじゃうと、消えちゃうの」
「どうやって、光で包むんだよ?」
「こうやって…」
私は昴くんを、ぎゅって抱きしめ、
「愛してるよ。昴くん」
と、ささやいた。光が私から飛び出し、昴くんを一気に包み込んだ。
「ね?あったかくない?」
「あったかい…」
「今、光で包んでるから」
「なんでそんなことできんの?」
「教えてもらったの」
「誰に?」
「ある人に」
「ある人って?」
「光を出して、人を包み込むことができる人に…」
「……」
昴くんは、私に抱きしめられたまま、黙り込んだ。
「俺の中きっと、闇のエネルギーだらけだ」
「え?」
「恨みや、憎しみでいっぱいだ」
「大丈夫。それでも、大丈夫…」
「そんな俺なのに、なんで…」
「そんな昴くんでも、愛してる」
昴くんは、また私の顔をのぞきこむと、
「なんで?こんな醜い俺でも?」
って聞いてきた。
「醜くない。どんな昴くんも、昴くんには変わりないもの」
「……」
昴くんが、目を細めた。それから、うつむいた。
「ね…。昴くんは、お父さんに対して、ものすごい罪悪感があるんじゃない?」
「え?」
昴くんが、顔を上げた。
「思い出させるようで、辛いかもしれないけど…。でも聞かせて。昴くんはお父さんのこと、どう思ってたの?」
「……」
昴くんは、少し考え込んだ。
「素直に、思ったことをそのままで、いいよ?」
「…親父は、会社のことばっかりになって、家にもあんまり帰ってこなくなって…」
「うん…」
「たまに帰ってきても、俺に文句ばかり言ってた」
「うん」
「それから、暴走族に入った。親父とは、会えば喧嘩ばかりになった」
「……」
「族は、悟さんの影響もあって抜け出した。それから、悟さんの店で働くようになって、歌手になる夢も持って…。だけど、それも全部親父に反対された。頭来て、喧嘩して、家飛び出して…」
「うん…」
「…俺、親父のこと嫌いだった。恨んでたよ。衝突ばかりで、なんで俺のこと何も、わかってくれようとしないのかって…」
「……」
「……、なのに……」
「え?」
「憎んでたし、嫌いだったくせに俺…」
「うん…」
昴くんは、いきなり声を詰まらせた。それから、うつむいて肩を震わせた。昴くんの組んだ手の上に、ぽたりと涙が落ちた。
「なんか…、わかったんだ」
「え?」
「親父は、家族をないがしろにしてたわけじゃない。俺のことも、嫌ってたわけじゃない」
「……」
「だけど、どうして死んだりしたのか…。生きてたら、やり直しいくらでもできたのに…」
「うん…」
昴くんは、また言葉に詰まって、ポロポロと涙を流した。
「やべ…、みっともない」
「何が?」
「こんなに泣いて…」
「どうして?泣いてもいいのに…」
「みっともねえよ」
「大丈夫だよ?泣いたっていいし、弱くてもいいんだよ?」
「……」
「もしかして、ずっと泣くのを我慢してたんじゃないの?」
「……」
昴くんは、もっと顔を伏せてしまった。
「辛かったのに、ずっと、我慢してたんじゃないの?」
「俺より、辛かったのは親父だろ?」
昴くんが、そう答えた。
「昴くんだって、辛かったでしょ?」
「……」
昴くんは、ぎゅって涙を拭くと、
「辛いより、悔しい…」
とぽつりと言った。
「え?」
「何より1番悔しいのは、親父がなんで生きることを、選ばなかったかってこと」
「うん…」
「もっと、家族や、回りの人間に頼っても良かったのに」
「そうだよね…」
「一人で抱え込んでさ…、死んじまってさ…。でも、結局は家族にこんなに悲しい思いを残していった」
「うん…」
昴くんの目からまた、涙がこぼれ落ちた。私も、一緒に泣いてしまった。
「悔しい。なんの力にもなれなかった俺も悔しい。勝手に死んじまった親父も、悔しい。死に追いやった、星野のやつも…」
ブワ…。また、黒い霧が飛び出る。昴くんを抱きしめ、心で愛してるって言うと、光が出てその霧を一気に消した。
「ひかり…」
私の胸の中に、昴くんが顔をうずめた。
「ん?」
昴くんは、何も答えなかった。そのまま、声を殺して泣いていた。ギュ…。また、昴くんを抱きしめた。昴くんは、肩を震わせて泣いていた。
どのくらい時間がたったのか…。わからなかったが、そのまま私は昴くんを抱きしめ、光で包んでいた。
「ひかり…、あったかい」
昴くんが、ぼそって言った。
「……」
「人のぬくもりって、こんなにあったかいんだな」
「…うん」
「俺、愛されてるんだな。ひかりに…」
「うん。愛してるよ」
「愛されるってすごい…」
「え?」
「なんか、すごい…」
「すごい?」
「こんな俺でも愛してくれて、受け止めてくれるって、すげえな…」
「……」
「はじめてかもしれない」
「……」
「いつも、否定ばっかりされてたから…」
「でも、珠代さん…」
「珠代は、俺のこと愛してるっていうより、求めてばっかりだった」
「求めて?」
「愛されることを、求めてばっかり…。俺と同じだよ。俺も珠代に求めてて、でも満足できなくて、珠代も一緒。だから、どっかで空っぽだった」
「…空っぽ?」
「満たされてないんだ。だけど、今はなんでかな…。すげえ、満たされてる感じがしてる」
「……」
昴くんのエネルギーが、すごく安定してる感じがした。
「すげえな。ひかりって…」
「すごくないよ。ただ、昴くんのこと愛してるだけだよ?」
「……」
昴くんは、黙って私を見つめると優しくキスをしてきた。
「これ…。何?」
「え?」
「自分の中から、湧き出てくる…」
昴くんの中からどんどん、光が出ていた。
「見えるの?」
「え?何が?」
見えてるわけじゃないのか…。
「湧き出てくる、あったかいもの?」
「うん。湧き出て、満たされて…」
「心からこんこんと、沸いてくる感じ?」
「うん…」
「それが、光。それが、愛してるっていう感情…」
「これが光?もしかして、俺も光を出してる?」
「うん」
「見えるの?」
「うん…」
私がにこって微笑むと、昴くんは少し不思議そうな顔をした。
「それ、それがね…、本来の昴くんなんだよ」
「え?」
「昴くんも、光で愛なんだから」
「どういうこと?」
「昴くんの存在はね、光で愛なの」
「何…、それ?」
「ふふ…。わからなくてもいいや」
私は昴くんを抱きしめると、また光を放った。昴くんが、愛しい…。愛しくて、しょうがない…。昴くんが抱えている、苦しみも、悲しみも、悔しさも、恨みも、憎しみも、すべての感情も含めて、昴くんを愛しいって思った。
その瞬間、驚いたことが起こった。昴くんの後ろにいた影が、すうって消えていき、どんどん光に変わっていくのだ。
昴くんには、見えてはいなかった。だけど、その光から声が聞こえてきたのは、昴くんも感じ取っていた。
「…なんか、声がする」
「……」
私は昴くんにエネルギーを集中させた。私もその声を、聞くことが出来た。
『昴…。すまなかった』
もしかして、本当に昴くんのお父さん?
『昴には、辛い思いをさせてばかりだった。だけど、これだけは信じてくれ』
『親父なのか…?』
『昴…、そして家族みんなを、愛していたよ。とても大事な存在だった』
『親父?』
『それに気がつくのが、遅かった。もし気づいていたら、お前たちをおいて、死んだりしなかった。お前たちを、守って愛して生き抜くことを選んだのに』
『親父…』
昴くんは、涙をいっぱい目にためていた。
『昴…。不思議だ。今は、恨みも憎しみも感じない』
『……』
『とても、安らかな気持ちだ…。もう、昴、復讐なんて考えるのはよそう』
『ああ。親父…』
『昴。もう、すんだことだ。すべてを許そう。すべてを水に流そう』
『ああ…』
『誰かを恨み、憎しむことは、自分を苦しめることになるんだな…。すまなかった。お前に復讐させようとしていたのは俺だ。そうやって、お前のことを苦しめてしまった』
『……。俺は、親父のために何もしてやれなかった…』
『そんなことはないよ…。お前が生きて幸せでいてくれたら、それだけでいい』
『親父…』
『昴。ありがとう…。そして、昴、お前の魂の片割れの彼女にも、お礼を言って欲しい…』
「俺の魂の片割れ?」
昴くんが、驚いた顔をして私を見た。
『そうだ。彼女の愛が、私の苦しみを消し去ってくれた。おかげで、こんなにも安らかだ…。さあ、もう行くよ』
『どこへ?』
『光の中に…。そこで、いつでも、お前を見守っている…』
『光の中って?』
『光の中だ…。光は、お前でもあるんだよ。だからお前の中に、俺はいつでもいるんだ』
『俺の中に?』
『いつでも、愛してるよ…。昴…』
『親父…』
昴くんの後ろにいた、光がフワって上空に浮かび上がり、そのまま部屋を光で覆いつくし、そして上昇していった。
『親父?』
「昴くん。もう、光の中にいったよ…」
「え?」
「お父さん、浄化された。ううん。昇天したって言った方がいいかな…」
「ひかり、なんでそれ知ってるんだ?」
「昴くんにエネルギーを合わせて、お父さんの声、聞いてたから」
「あ…。俺の魂の片割れって…」
「うん。私と昴くんは、もともと一つの魂だもの」
「……」
昴くんはずっと、目をまんまるにしたままだったが、しばらくすると、
「親父…、消えたの?」
と、つぶやいた。
「ううん…、光になったんだよ…」
「……」
「もしかすると、違う人生を送るのかもしれない」
「え?」
「転生して…。でも、もしかすると、もう、転生しないかもしれないし、わからないな…」
「闇のエネルギーって親父だったのか?」
「…うん。でももう、闇じゃなくなったから」
「ひかりに礼、言ってくれって言ってた…。ひかりが、苦しみを消し去ったって…」
「私は昴くんの中にある、どんな感情も愛しいって思ったんだ…。昴くんの中の負のエネルギーを光で包んだとき、お父さんの闇のエネルギーまで、光で包んだのかもしれないね」
「俺のどんな感情も、愛しい…?」
「うん…」
「……」
昴くんは、また目を丸くして、それから抱きしめてきた。
昴くんは、そして泣き出した。心の中で昴くんはずっと、お父さんに愛されてたことを喜んでいた。そして、自分も本当はお父さんのことを、愛してたってことも知り、ずっと泣き続けていた。
しばらくして、昴くんが口を開いた。
「ひかり…」
「ん?」
「すごく不思議だ…。親父が言うように、今、俺とっても気持ちが落ち着いてる」
「うん。わかるよ、それ…」
「わかる?」
「うん」
「こんなに泣いたの、生まれて初めてだ」
「……」
「すんごい情けない。こんなに泣いて…。それでも、ひかりは愛してくれてるんだ」
「うん。愛してるよ。情けなくなんかないよ。泣いていいんだもん…」
昴くんを私は、抱きしめながらそう言った。
トントン…。ドアをノックする音がした。
「はい…?」
私が答えたと同時に、昴くんは、ぱっと私から離れた。
「ひかりさん。夕飯の用意ができました。良かったら食堂に来て」
流音さんの声が、ドアの外からした。
「はい。行きます。ありがとうございます」
そう言うと、そのまま流音さんは、一階におりていったようだった。
「昴くん、食べられる?お腹すいてる?」
「うん…。けっこう、すいてる…」
「じゃ、食堂行く?」
「顔洗いたいな…」
「下に洗面所があるの。先に寄って顔洗っていこうよ。あ、タオル持ってかなくちゃ」
「うん…」
昴くんは、鼻も目も真っ赤だった。
一階におりて行き、昴くんが顔を洗うのを待って、それから一緒に食堂に向かった。中に入ると、悟くんと葉月ちゃんがもう来ていた。それから、私服に着替えた漆原さんと、流音さんがいた。
「さあ、こっちに座って」
ノエルさんが、食堂の奥から出てきて、私たちにそう言った。
「はい」
私が先に席に着いた。昴くんは、少し戸惑いながら座った。
悟さんの顔を見て、昴くんはぺこってお辞儀をした。それから、漆原さんの方をなんとなく見ていた。みんな、黙っていた。昴くんのエネルギーを、感じ取ろうとしているようだったが、漆原さんが、
「昴、何事も起きなかったのか?」
と、ニカって笑ってそう言った。
「え?」
昴くんが、びっくりしていた。
「あれ…?」
漆原さんが、ちょっとまゆをひそめ、
「こっちの次元の昴…か…?」
と聞いてきた。
「なんですか?それ…」
昴くんは、不思議そうに聞いた。
「あ。いや、こっちの話だ…。あ、昴くん。心配はいらないからな。今は、警官の勤務時間も終えてるし、まあ、一市民みたいなもんだから」
「……」
それを聞いて、流音さんがちょっと変な顔をして漆原さんを見ると、
「昴くん、安心してね。みんな、あなたのことを心配して、いえ、守ろうとしている仲間だから」
と優しく微笑んで、そう言った。
「仲間…?」
「浄化のために、ここに呼びました」
ノエルさんが、昴くんの後ろに立ってそう言った。
「はい、ひかりに聞いてます」
昴くんは、振り返りそう答えた。
「ひかりさん…」
ノエルさんが、私に向かって、
「昴くん、闇のエネルギーが感じられないんだけど…、もしかしてもう、浄化された?」
と聞いてきた。
「はい…。闇が消え、光に変わりました」
私がそう言うと、みんなの顔が一瞬驚いていた。
「だからか…。すっかり昴から感じるエネルギーが変わってて、一瞬高い波動の昴かと思ったよ」
「なんですか?その…、高い波動の俺って?」
昴くんが、また漆原さんに不思議そうに聞いた。
「いや…」
漆原さんが、言葉に詰まった。
「夕飯が冷めてしまうわ。話は、夕飯のあとにしましょうよ」
ノエルさんが、優しく微笑みながらそう言った。それからみんなで、夕飯を食べだした。食べながら、悟くんが昴くんに話しかけた。
「昴、本当にすっきりした顔になったな」
「え?」
「憑き物が取れたみたいに…」
「はい…」
昴くんが、静かにうなづいてから、
「あの…、ありがとうございました」
と悟くんに、お辞儀をした。
「何が?」
「悟さんが、ぶっとばしてくれなかったら、俺、ひかりに何をしていたか…」
「ああ…。ギリギリセーフだったな」
「はい…」
昴くんは、お腹がすいたと言ってたけど、あまり箸が進んでいなかった。
みんなが食べ終わった頃、白河さんがやってきて、
「やあ、昴くん…。闇のエネルギーはもう、浄化されたようだね」
とにっこり微笑んで、そう言った。
「はい…」
昴くんは、少し緊張しながら答えた。
「ははは。そんなに緊張するな。君を逮捕もしなけりゃ、訴えもしない」
「あなた…は?」
昴くんが聞くと、
「警視総監だよ」
と漆原さんが答えた。
「え?!」
昴くんが、ものすごく驚いていた。
「け…、警視…?」
白河さんは、昴くんのすぐ横に椅子を持ってきて、そこに座ると話し出した。
「安心したまえ。私もノエルも、そして漆原くんも、悟くんもみんな、君を助けるためにここに来た」
「…助けるためって?」
「ひかりさんのことを、殺すのを阻止するのと、犯人になるのをふせぐためだ」
「俺が…?でも、もう誘拐…」
「いや、誘拐はしていない。君も、ひかりさんも、ここにこうしてやってくるためだったんだ」
「でも…」
「大丈夫だ。君には使命がある。それをこれから、遂行しなければならない」
白河さんの顔は、真剣だった。
「使命…?」
「それについては、詳しくあとで話そう。それよりも…だ」
白河さんは、私の方を見ると、
「君のお父さんが、君を探しているのは事実だ。警察にはまだ知らせていないが、もし、見つからなかったら、知らせる可能性もある。そこで…」
「はい」
「家出をしていた…っていうのは、どうだろうか?」
「家出?」
「こっちの次元のひかりさんは、もうすぐ結婚だとか?」
「はい。そうなんです。でも、嫌がってて…」
「それを理由に…、というのはどうかな」
「はい…」
「ひかり?こっちの次元のって…、何?」
昴くんが、私に聞いた。
「昴、俺から説明しようか?」
「悟くん、私から説明するから大丈夫」
私は、悟くんにそう言った。
「あ…、そういえば、悟さん、珠代は?」
昴くんが、食堂を見回してそう聞いた。そういえば、珠代さん、いない…。
「陽平くんといる」
悟くんが答えた。
「陽平って誰?」
「……」
悟くんが、どう答えたらいいかを迷っていた。
「それも、私から説明する」
私がそう言うと、昴くんは私の顔をじっと見た。
「部屋に戻って、落ち着いて話すよ。あ、でもその前に、お風呂入らない?私、ゆっくりとあったまりたいな」
いろいろと話す前に、気持ちを落ち着けたかった。
「ああ。うん」
昴くんはそう言うと、私と一緒に席を立ち、食堂をあとにした。みんなは、静かに私たちを見届けていた。