ミッション3 ひかりを守る!
昴くんは、食べ終わるとお皿を片付け出した。
「私が、洗うからいいよ」
私がそう言うと、昴くんは黙ってソファに移動した。私はキッチンで洗い物を終えて、昴くんの隣に座った。ベタ…と、はりついて。昴くんは、またそのままにしていた。
時々、外から鳥の声がした。リビングの大きな窓からは、木々が見え、木漏れ日が差し込んでいた。今日はいい天気なんだな…。
テレビをつけて、昴くんはまたぼ~ってしていた。
「もうすぐ正月なんだな…。なんか、そんな気まったくしてなかった」
「うん」
「うちじゃ、正月も何もないな」
「昴くんのお母さんやお姉さん、どうしてるの?」
「喪にふしてる。昨日葬式だったから」
「お通夜は…?」
「一昨日…」
「昴くん、出たの?」
「出たよ。おふくろはずっと泣いてた。親父の会社にいた連中が、葬儀をいろいろとすすめてくれた」
「……」
「俺、ここ一ヶ月、夢でうなされてた」
「え?」
「親父が死んだことなんて知らなかったけど…。行方不明になってからだな」
「どんな夢?」
「ただ、誰かに責められる…。そんな夢」
ああ、昨日見た夢みたいな、そんな夢なのかな…。
テレビの中のお笑いタレントたちが、わいわいにぎやかにする中、昴くんの表情はまったく変わらず、それどころか、テレビではなく、もっと遠くを見つめているようだった。
ギュ…。なんだか、昴くんが遠くに行ってしまう感じがして、私は思わず昴くんの手を握った。
「何?」
昴くんが、聞いてきた。
「……」
私は黙ったまま、昴くんの指に私の指をからめた。昴くんは、顔を私に近づけて、それからそっとキスをしてきた。私は、もう一回昴くんにキスをした。
「あんたさ…、男性経験ないのに、キスはうまいんだな」
昴くんが、ぼそってそう言った。
わ…。なんかいきなり、恥ずかしくなった。高い次元の昴くんなら、今の私の恥ずかしいっていう思いを察知しちゃって、心で、ひかり、照れてる?!ってからかってきただろうに…。
そうだ…。高い波動の昴くんも、この次元の昴くんの中にいるはずだ。きっと、今もこっちの昴くんの心の奥底で、私を感じたり、この状況を味わっているはず。
昴くんの腕にもたれかかり、昴くんの指をギュウって握り、心で言ってみた。
『昴くん、聞こえる?』
でも、何も聞こえなかった。
「あんたさ…、もしかして…」
「え?」
こっちの次元の昴くんが、話しかけてきた。
「俺に、惚れたの?」
「……」
ものすごく、まじめな顔で聞いてくる。
「えっと…」
これは、もう惚れたと言ったほうがいいのかな。
「…うん」
私はこくって、うなづいた。
「なんで?」
「え?」
なんでって聞かれても…。
「なんでかな…」
私には、なんて答えていいかわからなかった。どんな次元の昴くんも、どんな昴くんも、愛してるから…なんて言っても、きっと通じないだろうし。
「俺、女いるよ」
「え?!」
女…?昴くんの口からそんな言葉が飛び出すとは…。
「…こんなことになって、別れるしかないだろうけど」
「運転してた人?」
「…ああ」
やっぱり、珠代ちゃん…。
「別れるの…?」
「あいつの人生まで、狂わせられない。運転を頼んだことも、失敗だったかもって思ってる」
「なんで?」
「共犯って思われるかもしれないだろ?」
「……」
私はまた、ぎゅって昴くんにしがみついた。
「犯罪者になんてさせないから」
「え?」
「昴くんのこと…」
「何言ってんの?あんたをさらったのは、事実だろ?」
「行方不明になっただけ。さらったかどうかは、誰も知らないんだよね?」
「珠代と、悟さんは知ってる」
「悟さんって?」
こっちの次元では、どういうつながりがあるのか気になり、聞いてみた。
「いろいろと、俺が族にいたとき世話になった人で…、今も仕事でお世話になってる」
族…?ええ?!
「クラブで俺、働いてる。たまにそこで、歌も歌ったりしてるんだ」
「そうなんだ」
「歌手が夢だった」
あれ?俳優じゃなくって…?
「悟さんは、そのクラブのマネージャー」
「そう…」
「悟さんが俺を裏切ることはないよ」
「信頼してるんだね」
「悟さんも、似た経験してるから…」
「え?」
「まあ、悟さんの場合は、親父さんがしてもいない罪をなすりつけられて、会社首になったんだけどさ」
「それで?」
「一回は、親父さん、どっか蒸発しちゃって…。ホームレスになっちゃったみたいだ。だけど、その間悟さんが働いて、家族の面倒をどうにかみてて…。2年位して親父さんが戻ってきて、今は親父さんも働いてるし、悟さんも働いてるから、家族も大丈夫だって言ってた」
「そう…」
「だから、俺の親父が行方不明になったときも、ホームレスにでもなって、ちゃんと生きてるさって言ってくれてたけどさ」
「……」
「死体で見つかって…。葬儀がバタバタと進んで…。警察が来たり、いろんなことがここ2日間であって…。その間、悟さんもずっとそばにいてくれてたけど…」
「うん」
「あんたさ…、あんたの親父の会社のホームページに載ってるよな。それ見てさ…」
「……」
「あんたの兄貴と、どっちさらうか迷ったけど、野郎だと抵抗されたら、敵わないかもしれないからさ」
「……」
「死体で見つかって、自殺だってわかって…。遺書もあったんだ。それ見て、おふくろも姉貴も、星野建設の社長のせいだって…。俺がいなかった時に、いろんなことがあったのを姉貴から聞いてたし、絶対に復讐してやるって思って…」
ブワ……。昴くんから、いきなり黒い霧が立ち込めた。ギュ…。昴くんを抱きしめ、その霧を消した。
昴くんは、手が震えていた。わなわなと、その時のことを思い出して震えたようだ。私の方を見ると、いきなり、昴くんは乱暴にキスをしてきた。
「昴くん…?」
それから、落ち着きを取り戻したように、抱きしめてきた。
「俺…、もうどうでもいいや…」
「何が?」
「俺の人生」
「なんで?なんでそんなに投げやりになるの?」
「疲れたよ。この一ヶ月くらいで、ものすごく…」
「……」
私は何も言えなかった。
「本当に、あんた殺して、死のうかとも思ってたけど…。もう、俺の人生終わりにしてもいいかって思ってたけど…」
「……」
私はぎゅって、昴くんを抱きしめ背中をなでた。
「あんたとこうしていようかな。ずっと…」
「え?」
「どのくらい、こうしていられるかわからないけど、許される時まで」
「いいよ…」
「え?」
昴くんは、私の顔を見た。
「いいよ。一緒にいる」
だって、そのために来てるし…。
「俺と…、ここで?」
「うん。昴くんといるよ」
私はもう一回昴くんのことを、抱きしめた。昴くんは、無言で抱きしめられていた。少し肩が震えていた。ずっと、不安や恐怖、悲しみ、罪悪感と戦ってきたんだろうな…。
その日、ずっとソファに二人で、くっついて座っていた。昴くんは時々、ぽつりぽつりと自分の話をした。どんな子ども時代を過ごしてきたかとか、悟くんとの出会いとか…。
悟くんに対しては、本当に信頼があるようで、悟くんのことを尊敬もしているようだった。
たまに、お笑いタレントのねたでくすって笑った。
『あ…。今、笑った』
笑い顔が見れて、私は嬉しくなった。笑顔はいつもの、可愛い笑顔だ。
不思議だった。とてもゆるやかに時間が流れていた。ただ、時折昴くんは、苦しそうな表情をした。どうも、何かをふと思い出すようだった。そのたびに私は、光を放った。光で昴くんを包み込み、抱きしめた。
抱きしめると、されるがままだった昴くんが、私の背中に腕を回して、昴くんも抱きしめてくれるようになった。昴くんの鼓動を感じた。ぬくもりも感じた。高い波動の昴くんと、何も変わらなかった。
夜になり、部屋が暗くなると昴くんは電気をつけた。
「お風呂、入れてくるよ」
昴くんはそう言うと、リビングを出て行った。私は何を夕飯作ろうかと、冷蔵庫を開けた。でも、あまり食材はない。缶詰とか、カップラーメンとかはある。冷凍庫には冷凍食品が少しだけ、入っていた。
「夕飯、どうする?」
昴くんに聞いた。
「冷凍のもんでいいよ」
「うん。それしかないもんね」
仕方なく、冷凍食品を解凍したり、いためたりして夕飯を作った。
この食料品で、いったい何日持つのかな…。ふとそんなことを思ったが、でもきっと全部がうまくいくはずだとそう思い、悩むのはやめにした。
昴くんとダイニングテーブルについた。なんだか、一緒に暮らしているかのような気がした。昴くんと暮らしたら、毎日がこんな感じなんだ…。
「昴くんは、一人暮らしなの?」
「ああ。でもたまに、珠代が泊まりに来てた」
「……」
いけない…。私、今嫉妬した。黒い霧が出て慌てて、それを光で消した。どうも、どの次元にいても、珠代ちゃんのことで、私は割り切れない思いをしてしまう。
昴くんは、もくもくとご飯を食べた。それからさっさと立って、食器を洗い出した。
「私するよ」
「いいよ」
昴くんは、なんだか口数が少ない。
「俺、なんて呼んだらいい?」
「え?」
「あんたのこと、なんて呼べばいい?」
「ひかりでいいよ」
「ひかり?」
「うん」
昴くんにひかりって呼んでもらって、嬉しくなった。
洗い物を終えると昴くんは、
「風呂はいってくる」
と言って、とっととリビングを出て行ってしまった。私も自分の使っていた食器を洗って、片付けた。それから、ぼ~~っとソファに座って、テレビを観ていた。一人でそこにいるのは、なんだか寂しかった。
『あ~~あ。一緒にお風呂入っちゃえば良かった。でもそんなこと言ったら、驚かれるだろうな』
昴くんのエネルギーを感じてみた。部屋にはまだ、昴くんのエネルギーが残っていて、私を包み込んだ。
しばらくするとスエット姿の昴くんが、頭をバスタオルでゴシゴシと拭きながらリビングに入ってきた。昴くんは、やっぱり口に歯ブラシをつっこんでいる。
ああ…。この次元でもそうなんだ。思わず私は、嬉しくて笑いそうになった。
「何?」
口につっこんだ歯ブラシを手に持ち、昴くんが聞いた。
「ううん…。私も入ってきていい?」
「着替え俺の持ってく?」
「え?」
「ちょっと待ってて」
昴くんは寝室に向かい、また戻ってきた。
「はい」
昴くんは、バスタオルとパジャマを持って来てくれた。
「あ…。下着はないよ。男物でよけりゃ、貸すけど」
「え?」
「風呂場、乾燥室になるんだ。風呂上がる時に洗って干せば、すぐに乾くと思うけど」
「…じゃ、そうする」
私はバスタオルと、パジャマを持ってバスルームに行った。そしてバスタブにゆったりと入り、くつろいだ。
高い波動の昴くんは、どうしてるのかな…。どうやったら、表面に出るかな…。だけど、まだまだここの次元の昴くんを癒す必要があるのかもしれないな…。そんなことを考えながら。
お風呂から上がり、下着を洗ったのを干して体を拭いていると、いきなり昴くんがバスルームに入ってきた。
「わ!何?」
驚いてバスタオルで、体を隠すと、
「やっぱ、パジャマ着なくていいよ」
と言い、強引にリビングに連れて行かれた。
「え?」
リビングの絨毯の上に、あったかそうな毛布が1枚おいてあった。
「これにくるまってたら、あったかいよ」
「裸…で?」
「洗濯したもん、乾くまで」
ああ…。そういうことか…。
昴くんも毛布に、一緒にくるまってきた。
「寒くない?」
昴くんが聞いてきた。
「大丈夫…。この部屋あったかいし」
本当にリビングは、暖房がきいててあったかかった。
「じゃ、俺も裸でもいいかな…」
「え?」
昴くんは、いきなり服を脱ぎ出した。それから毛布の中で、私に抱きついてきた。
昴くんは、高い波動の昴くんのように優しい。でも時々、何かをむさぼるように、乱暴にもなる。心の中で、まだいろんな思いが交差しているのかもしれない。
「俺、もう何もかも忘れたい」
「え?」
「何も、考えたくない」
昴くんは、はき捨てるかのようにそう言った。
「いいよ。考えなくても…。何も考えなくていいよ…」
私は、昴くんを抱きしめながらそう言った。大丈夫、絶対に大丈夫だから…。そう心の中でつぶやきながら。
きっと何もかもが、いい方向へと進んでいる。宇宙の流れに任せていたらいいんだ…。
毛布にくるまりながら、しばらく二人でテレビを観た。時々、昴くんは私の髪にキスをしたり、首筋にキスをした。なんだか、高い波動の昴くんがすぐ横にいる感じがした。
それから、しばらくすると昴くんは、
「もう、寝ない?」
と聞いてきた。
「うん。眠くなったね」
昴くんは、毛布を持って立ち上がった。
「毛布にくるまったまま、寝室に行くよ」
「え?うん…」
そのまま、二人で移動した。途中で毛布のはしっこを踏み、転びそうになると、昴くんが片手で私のことを支えた。
「あはは…。転ぶかと思った」
そう言って、昴くんの腕に掴まった。
寝室に行き、私はすぐベッドに潜り込んだ。
「ベッドの布団、まだ冷たい」
そう言うと、昴くんも潜り込んできた。
「あ、昴くん、あったかい…」
ぎゅって昴くんに抱きついた。
「…俺ら、変だよね」
「え?なんで?」
「だって、誘拐犯と、誘拐された被害者だよ?」
「そうだっけ」
「そうだっけって…、昨日は、あんたものすごく怖がって怯えて…」
「あんたじゃなくて、ひかり…」
「あ…、ああ。ひかり…」
「そうだね。変って言えば変だね。でも、こうやってめぐり会う、運命だったのかもしれないよ?」
「運命?そんなの信じるの?」
「運命は、信じてる。宇宙が書いたシナリオ」
「宇宙?」
「全部、うまくいくように」
「…それは信じたくない」
「え?」
「こんな、悲惨なことが起きてるのに、それがうまくいってるとか、絶対に考えられない」
そっか…。そうだよね。だけど、これも昴くんのミッション…。
「ひかり…、もし、家に戻れたら結婚する?」
「しない。それに、戻らない。ずっと、昴くんといる」
「…俺と?」
「昴くんのそばにいたいから」
「……」
昴くんは、ぎゅって私のことを抱きしめた。私も昴くんを抱きしめた。部屋中が光で、覆われた。そして、昴くんの鼓動を聞きながら、私は眠った。
その日の夢では、昴くんは私といた。でも、時々苦しそうに顔をゆがめた。
「うるさい…」
何かに向かって昴くんは、言う。
「もう、俺に指図するな」
「もう、終わりにさせてくれ」
「ひかりは、殺せない」
「ひかりは…」
昴くんはそう言って、私を見てぎゅって抱きしめた。
「もう、殺せない。もう、離したくない。ずっとここにいて。ひかり…」
昴くんは、体を震わせてそう言って、もっと私のことを強く抱きしめた。
何か、聞こえているのだろうか…。また、あの低い次元の声なのか…。なんて言って来てるのだろう。私のことを殺せとか、そういうこと?
私も昴くんを抱きしめた。そして、光で包み込んだ。
「ひかり…。すげえあったかい」
昴くんは、そう言うと涙を流した。きっと、ずっと苦しくて、仕方がなかったはずだ。いったい、昴くんは泣けたのだろうか?もしかして、それもずっと、我慢しているんじゃないだろうか?
目が覚めた。鳥のさえずりもなく、部屋に光も差し込んで来ていなかった。し~~ん…。ただ、静けさが部屋全体を覆う…。布団から足がはみ出ると、かなり冷たい空気を感じた。
昴くんは、まだ寝ていた。私はそっと、ベッドからおりて、昨日床にほっておいた毛布にくるまった。そのまま窓の方に行き、外を覗いた。
「雪…?」
そうか。それで、音がしなかったんだ。雪は、しんしんと降っていた。
「ひかり?」
「昴くん、起きた?雪だよ」
「雪…?」
私はまた、ベッドに潜り込み、
「どうりで、寒いと思った」
と言って、昴くんに抱きついた。
「雪か…」
昴くんは、ぼそってつぶやいた。
「ね…」
「ん?」
「ご飯、どうする?」
「え?」
「食料、足りなくなるかも」
「ああ。そっか…。あれじゃ、足りないか…。車もないしな。どうするかな…」
「珠代さんが、乗っていったんだよね?」
「ああ…。また、珠代、呼ぶか…」
「え?」
それは嫌だって、一瞬思ってしまった。
「駄目だな。あいつにもう、何か頼むのは…」
「……」
「悟さんに頼むか…」
「車?」
「うん。それか、食料…。もう来なくていいって言っちゃったけど」
「でも、来てくれるかな?雪だし…」
「このくらいの雪なら大丈夫だと思うけど…。電話してみるよ。とりあえず朝ご飯くらい、どうにかなるよね」
「うん」
昴くんは、裸のままベッドから出ると、
「うわ!まじ寒い!」
と言いながら、寝室を出て行った。私はそのあとから、毛布にくるまって、リビングに行った。
昴くんは、昨日脱いだスエットをすぐに着ると、ストーブをつけた。私はバスルームに行き、乾いていた下着を着て、昨日脱いだ服を着た。
リビングに戻ると、昴くんがベーコンを焼き、それをベーグルにはさんだのをテーブルに置いていた。それから、コーヒーを淹れてくれた。
朝ごはんを終えると、私はさっさと食器を洗い出した。昴くんは携帯を持ってきて、電源をいれ、電話をかけだした。
しばらくすると、相手が出たようだ。
「あ、俺っす…」
悟くんかな?相手は…。悟くん、高い波動の悟くんだよね。どうしてるのかな。心配してるのかな…。
「すいません。勝手なこと言って申し訳ないんですが、食料、なくなってきてて…」
昴くんがそう言うと、しばらく黙り込んだ。悟くんが何か言ってるようだ。
「生きてますよ…」
昴くんが答えた。私のことかな…。
「はい…。車はないです。珠代が乗っていったから…。え?珠代ですか?知らないですよ。来てないし…」
珠代ちゃん?いないの…?
「はい…。悟さん、来れるんですか?仕事は?あ…。もう正月明けるまで店、休みなんですね…」
悟くんが来るの?
「俺なら大丈夫です…。はい…。え?おふくろが…?はい…。あ、すみません」
しばらくまた、昴くんが黙った。
「わかりません、いつまでいるかは…」
また、しばらく黙り込む。
「いいえ…。悟さん、一人ですよね…?あ、そうだ。星野建設、なんか動きありましたか?」
お父さんのこと?
「え?警察には連絡してないんですか?探偵?」
探偵?探偵を雇ったのか…。
「はい…。俺のこと?かぎまわってるんすか?珠代は?まさか、いなくなったのはそれで…?え?はい。わかりました。じゃ…」
昴くんは、電話を切った。
「探偵動き出したみたいだ」
「珠代さん、いなくなったの?」
「珠代の家には、帰ってないらしい…」
「そう…」
嫌な予感がした。
「悟さんが食料揃えて、午後いちにでも来るってさ。ひかり、寝室に隠れてる?」
「え?なんで?」
「いや、なんでって特に理由はないけど…。ただ、ここで二人でのほほんとしてるの見たら、かなりびっくりするだろうなって思って」
「悟さんが?」
「ああ…。いや、いいんだけど。なんか、ひかりは生きてるのかとか、今、どうしてるのかとか、ちゃんと食べさせてるのかとか、あれこれ聞かれたから」
それで、生きてますよって答えてたのか…。リビングで二人でのほほんとしていた方が、悟くんが安心するだろうと思ったけど、
「寝室にいたほうがいいのかな。だったら、そうするよ」
と、昴くんの言うとおりにしようって思って、そう言った。
「車の音がしたらでいいけど…」
「うん」
ソファにまた二人で座り、べったりとくっついた。
「昨日は昴くん、変な夢見た?」
夢を覚えてるか、気になり聞いてみた。
「多分、またうなされたかも…。覚えてないけど」
「そう…」
「俺、なんか寝言でも言ってた?」
「ううん…」
「……。おふくろがさ」
「うん…?」
「俺のこと、探してたみたい…。いきなり葬式終わったら、いなくなったから」
「それで…?」
「悟さんが、自分の家に来てるって、言ってくれたみたい」
「そう…」
「悟さんには、すげえ迷惑かけてるよな…」
「……」
大丈夫だよ。悟くんは、きっと昴くんを助けるために必死で動いてくれてるはず…。そう心で、ささやいた。
「ひかり…」
「うん?」
「なんだか、たまに俺、変な声が聞こえるんだ」
低い次元のエネルギー…?
「俺の声だと思う」
低いエネルギーの声が…?
「ひかりのことを呼んでる。それに、ひかりのことを絶対に守れって聞こえる」
……!昴くんだ。高い波動の昴くんの声だ。
「俺の声だ。でも、頭の中っていうか、体の中から聞こえる。こうやって、ひかりの隣にいて、ひかりのことを感じてると、ひかり、愛してるって…」
「……」
昴くん…!
「あ、こんなこと言ったら、かなり俺、変か…。前は、すんごい低い声で、ひかりを殺せって聞こえた。星野建設の娘、親父を殺したやつの娘、殺せって…」
「……」
「俺、もしかして、変になってるのか?」
「え?」
「統合失調症ってやつ…?幻聴ばかり聞こえる」
「ううん。違うと思うよ…。低い声が誰の声で、何の目的があるかはわからないけど、多分、昴くんの心にある負のエネルギーに引き寄せられた、低いエネルギーだよ」
「何?それ…」
「同じ波動のものを、引き寄せちゃうの…。今は、聞こえないの?」
「いや、ほんとに、たまに…。こいつは、憎む相手だとか…。そんな声をかき消すように、ひかりを守れって声もする」
ああ…。もしかして、時々顔をしかめてたのは、声がしてたから?
「変だよね…」
「ううん。大丈夫。私だって、そんな時あったし」
「え?」
私じゃないか…。低い次元の私だ。時折、お前なんか死んでしまえって声がしたりしていたもんな…。
「ひかりも?」
「でも、大丈夫だから」
私はそう言うと、昴くんのことを抱きしめた。
昴くんは本当に、表情が穏やかになってきていた。優しい目で私を見ることもあった。低いエネルギーの声は、もうしなくなったのか…。ずいぶんと、闇のエネルギーが浄化されたんだろうか。
私は、私の腕を昴くんの腕に絡ませたり、手をつないだり、時々キスをしたり、抱きしめたりしていた。すると、昴くんが私の後ろから私を抱きしめて、首筋にキスをした。あ…、これ、高い次元でも、昴くんがよくしてたことだ。
「そろそろお昼にする?もうすぐ12時になるよ」
私がそう言うと、昴くんは私を抱きしめていた腕をゆるめた。
「ああ…。うん」
私が立ち上がり、キッチンに行こうとすると、いきなり玄関のドアを思い切りたたく音がした。
「悟さんかな…」
昴くんはそう言うと、玄関のドアを開けに行った。
「昴!大変だよ!」
「珠代?」
珠代ちゃん?
「家に帰らなかったのか?」
「帰ったんだ。でも、家の前に変な車があって、どうも、私が帰って来るのを待ってるみたいで…。だから、そのまま私、悟さんのところに車で向かったんだ」
「え?でも、悟さん、珠代がいなくなったって言って…」
「悟さんの家に行って、声をかけようとしたら、悟さん、警官といたんだ」
「……。まさか…」
「本当だよ。それで一緒の車に乗り込んだ。悟さん、裏切ったんだ」
「そんなわけない…。朝、電話したら何も言ってなかった」
「電話?それで悟さんは?」
「こっちに向かってる」
「やばいよ、昴。逃げよう。警官連れてくる気だよ」
「……」
「今なら、逃げられる」
「あいつは…?」
「星野の娘?連れてって山の中に、捨ててくりゃいいじゃん」
「……」
「昴!のん気に考えこんでる暇なんてないよ?」
「わかった。連れてくる。ちょっと待ってろ」
会話は全部聞こえてた。悟くんが警官と?どうしてだろう…。もしかして、私が危ない目にあってるとでも思って、警官を連れてくる気なのか…。
「ひかり」
リビングのドアを開け、昴くんが入ってきた。
「なんでここのいんの?逃げられたらどうすんの。寝室に閉じ込めるんじゃなかったの?」
昴くんの後ろから、珠代ちゃんが顔を出し、私を見てそう言った。
「待ってろって言っただろ?」
「だって…」
「寝室に閉じ込めなくても、逃げられやしないよ」
昴くんがそう言うと、珠代ちゃんは目隠しをポケットから取り出し、私の方に歩いてきた。
「珠代。勝手なことするな」
昴くんが止めた。
「なんで?」
「いいから。車に先に行ってろよ」
「嫌だ」
「え?」
「昴、この女と1日一緒にいたんでしょ?」
「……」
いきなり珠代ちゃんは、昴くんに抱きついた。
「珠代?」
「こんな女、ここにおいてけばいいじゃん。二人でどっかに逃げようよ」
「……」
昴くんは、黙って珠代ちゃんのことを突き放そうとしたが、珠代ちゃんは昴くんの首に腕を回して、キスをした。
ブワ……。私からものすごい黒い霧が飛び出た。昴くんにくっつかないで。離れて!心でそう叫んでる。
いけない…。黒い霧は二人めがけて飛んでいく…。
昴くんが、珠代ちゃんにそっけない態度を取ったからか、珠代ちゃんも、私に嫉妬していたからか、珠代ちゃんからもものすごい、黒い霧が出ていた。それと私からの黒い霧が合わさり、辺り一面を覆い出した。
いけない!光を出そうとしても、出てこなかった。
黒い霧は、昴くんの後ろに隠れてた闇のエネルギーとリンクしたのか、どんどん膨れ上がり、昴くんをそのエネルギーが包み込んだ。
「う…」
昴くんが、苦しそうな顔をして、うつむいた。
「昴。この女と何かあったんじゃないよね?」
珠代ちゃんは、昴くんの腕を掴みそう聞いていた。
「この女は、わかってるよね?昴の父親殺したやつの、娘なんだよ?」
「……」
昴くんは、うつむいたまま黙っていた。
「こんなやつ、山でのたれ死んだらいいんだ。昴の親父さんが、そうされたみたいに…」
「親父…」
昴くんの声が、ものすごく低かった。言葉を発すると、昴くんから黒い霧が飛び出た。
「復讐するんでしょ?私も手伝うから」
「……。そうだ…。復讐…、復讐するために、俺はここにいるんだ」
昴くんが、おかしい…。顔は青白く、声も別人のようだ。闇のエネルギーにのっとられてる…?顔つきも違う。
昴くんの後ろで大きくなった黒い影が、ゆらゆらと揺れる。今まで身を隠して、出るチャンスをうかがっていたのか…。光が消え、闇に覆われるのを、ずっと待っていたのか…。
「昴くん!」
私はそう叫んで、心で昴くん愛してるってつぶやいた。私から光が出る…。でもたちまち、闇に覆われる。
強い…。どうして?
珠代ちゃんだ…。珠代ちゃんの中の負のエネルギーも、リンクしてる…。さっきから珠代ちゃんの中からも、どんどん黒い霧が出る。
昴くんは、じりじりと私に近づいてきた。顔はまったくの別人に見える。
「親父は、あんたの父親に殺されたも同然だ…」
「あんたも、報いを受けるべきだ」
「復讐なんだ。これは…」
「当然の報いだ」
昴くんは低い声で、そうつぶやきながら私に寄って来る。
昴くん…!愛してるよ…。
お願い…。目を覚まして…。闇のエネルギーに負けないで…。小さな声でそう言ったが、昴くんの表情はまったく変わらなかった。
昴くんが私の首を、両手で掴んだ。ものすごい黒い霧を出している。そして、昴くんが指に力を入れる。
ググ…。…!苦しい!!!
昴くんの顔がゆがむ。黒い霧が昴くんを覆い、昴くんの顔まで、もやがかかる。
昴くん!昴くん!!!!!
『やめろ!』
いきなり、体の中から声がした。
『ひかりに手をかけるな!!』
昴くんの声だ…。昴くんの手がゆるんだ。そして、顔を思い切りしかめ、苦しそうにしている。高い波動の昴くんが、止めてくれたの…?
バタン!!!その時、リビングのドアが、思い切り開いた。
「やめろ!昴!!」
悟くんだ。悟くんが飛び込んできて、昴くんを思い切り殴った。昴くんはその反動で、思い切り床にたたきつけられた。
「ゴホ…、ゴホ…」
私は力が抜け、その場にしゃがみこみ、咳き込んだ。
「ひかりさん、大丈夫?」
悟くんが私のことを、支えてくれた。
「す、昴くんは…?」
昴くんのすぐ横に、警察官の制服を着た漆原さんがいて、昴くんのことを押さえ込んでいた。
「昴を離して!」
珠代ちゃんが、漆原さんにくってかかろうとしたが、
「向こう行ってろ!」
と腕で、はらわれてしまった。
昴くんは、ぐったりとしていた。気を失ってるようだった。
「す、昴くん…。昴くん!」
私は立ち上がり、よろよろと昴くんに近づいた。
「ひかりさん、危ない!昴のそばに行っちゃ駄目だ」
悟くんに、止められたが、
「やだ!離して!」
と悟くんの腕を振り払い、昴くんのそばに駆け寄った。
「ひかりさん、昴は何をするかわからない。危険だ」
漆原さんが昴くんを押さえ込んだまま、そう言った。
「悟さん、裏切ったの?!」
珠代ちゃんが、泣きそうになりながらそう叫んだ。悟くんも漆原さんも、それに何も答えなかった。
「昴くん、昴くん!」
私は漆原さんの横から、昴くんの顔を覗きこんだ。昴くんは、まったく意識がないようだった。
打ち所が、悪かったんじゃないよね…。
「気を失ってるだけだ」
漆原さんがそう言っても、私はまだ昴くんを呼んだ。そして、漆原さんを必死で昴くんから、離そうとした。
「ひかりさん、駄目だ。こっちに来るんだ」
後ろから悟くんまで、私のことを止めに来る。
「やだ。昴くん、目を覚まして!」
「ひかりさん!」
悟くんに力づくで、昴くんから離されそうになった時、
「いて…」
昴くんが目を覚ました。
「昴くん!」
「昴!」
私と珠代ちゃんが、同時に叫んだ。
「昴、大丈夫?」
珠代ちゃんも、昴くんに駆け寄ったが、
「来るな」
と漆原さんが、珠代ちゃんを制してしまった。
私は悟くんの腕を思い切り振り払うと、昴くんに抱きついた。
「昴くん、大丈夫?」
「ひかりさん、危ない!」
漆原さんと、悟くんが止めに来た。しばらく、昴くんは頭をおさえて痛がっていたが、私の顔を見てから、ぎゅっと私の両腕をつかんできた。
「昴!やめろ!」
漆原さんが昴くんを、はがいじめにした。悟くんが私を昴くんから離した。
「ひかり!」
昴くんは、漆原さんの腕の中でもがきながら、
「ごめん…ひかり。大丈夫だった?苦しくなかった?」
と、私に聞いてきた。
「昴…くん?」
「首、苦しくなかった?」
昴くんは泣きそうな顔をしている。
「漆原さん、大丈夫だ。昴、高い次元のほうだ」
悟くんが、私の手を離してそう言うと、漆原さんも昴くんのことを離した。昴くんは慌てて私の元に来ると、私の首を見て、
「あ…。赤く痕になってる…」
と、辛そうに言った。
「昴くん…なの?」
「ひかり。ごめん…。なかなか表に出れなかった」
「昴くんなのね?」
私は、また昴くんに抱きついた。
「昴?どういうこと?」
珠代ちゃんが、漆原さんに腕を掴まれたまま、こっちを見て聞いてきた。
昴くんは私のことを抱きしめながら、思い切り光で包み込んでくれていた。
「高い次元の昴なんだな、良かった」
漆原さんは、ほ~~ってため息をつきながら、そう言った。
「次元?なんのこと?なんでその女と抱き合ってんの?昴!」
「珠代ちゃん、君、まだ、表に現れてないの?」
悟くんが、珠代ちゃんに聞いた。
「そうだ。悟さん、裏切ったの?警官連れてきたりして…。昴のことは、絶対に警官になんか渡さない!」
珠代ちゃんがそう言って、すごんだ。
「大丈夫だよ…」
昴くんが、まだ私を抱きしめながらそう言った。
「え?」
「漆原さんは、俺の仲間だ」
「警官が?」
「警官してるとは、思わなかったけど…」
「え?!」
珠代ちゃんは、驚きを隠せないようだった。
昴くんはやっと立ち上がり、私のことも立たせてくれた。それから、頬に手を当てて、
「まだいてえ…。ひっくり返って打った頭も痛いけど、こっちの方が強烈だった」
と言って、悟くんの方を見て、
「悟さん、顔はやめて…。俺の商売道具だから」
と笑った。悟くんは、
「何言ってんだよ!あほ!」
と言いながら、昴くんの肩を軽く抱いていた。
「闇にのまれる前で、良かったな」
そう悟くんが、小声で昴くんに言うと、
「…やばかったです。悟さんたちが来てくれて、ほんと助かりました」
と昴くんも、小声でそう言った。
「珠代ちゃん。多分、この状況を把握できないと思うけど…、その、俺より悟さんに説明してもらった方がいいかな?」
昴くんが珠代ちゃんにそう言うと、珠代ちゃんは、きょとんとした顔をした。
「……。なんのこと?」
「そうだね。説明するよ。でも、その前に一服させてくれる?車思い切り飛ばしてきたし、なんも朝から食ってないし…」
悟くんが、脱力した感じでそう言った。
「ああ。はい。なんか、用意しますか?」
昴くんが聞くと、
「ああ、適当でいいよ」
と、悟くんは漆原さんと、ダイニングの椅子に腰掛けながらそう答えた。
「昴、こいつ大丈夫なの?」
珠代ちゃんが、漆原さんの方を見てそう聞くと、
「漆原さんなら、大丈夫だよ。昴のこと捕まえにきたわけじゃないから」
と悟くんが答えた。
「でも…」
「誘拐したってのも、ばれてない。いや、昴疑われてて、探偵が動いてるけどね。俺の店にも来たみたいだ。珠代ちゃんの家にも行ったみたいだね」
「うん…。あれ、探偵なの?」
「星野建設の社長が雇った…」
「疑われてるのに、大丈夫なの?」
珠代ちゃんが、心配そうに聞いた。
「う~ん…。どうにかね。でも、ここがばれるのは時間の問題かも。ここまで、やってくるかもしれない」
「え?」
昴くんは、キッチンからダイニングの方にやってきて、悟くんに聞き返した。
「昴、食料頼まれたけど、持って来てないよ。ここ、昼飯食ったら、すぐ出よう」
「どこに逃げるの?」
珠代ちゃんが聞いた。
「白河さんのところ」
「白河さんって?」
「警視総監だ」
漆原さんが、答えた。
「やっぱり、昴のこと捕まえて、警察に連れて行く気なんだ!」
珠代ちゃんがそう叫んだと同時くらいに、私と昴くんも、
「警視総監?!」
と叫んでいた。
「この次元じゃ、白河さん、警視庁にいんの。そんで、いろんなあくどい組織をつぶしてってるみたい」
漆原さんが教えてくれた。
「へ~~~~」
昴くんは、目を丸くしながらそう言った。
「じゃ、漆原さんも同じ理由?」
「いや、そういうわけじゃない。この次元の俺はまだ、目覚めてもいなかったし」
「でも、高い波動の漆原さんになってるんでしょ?」
私が聞くと、
「ノエルさんと白河さんとで、光を当ててくれたからね」
と漆原さんは言った。
「葉月も、流音さんも、もう表面化してるよ」
悟くんが付け加えた。
「そうなんだ。あれ?じゃ、俺だけがもしかして…」
昴くんがそう言うと、
「ひかりさんも、早くに表面に出られたんだね」
悟くんは私にそう聞いてきた。
「昨日、テーブルから落ちて、頭打って、幽体離脱を一瞬してから…」
「あ。俺と同じパターンだ」
昴くんがそう言った。
「テーブルから、落ちた…?」
悟くんが、聞き返してきた。
「うん。窓から逃げようとして、見つかって捕まって…」
「昴に?」
漆原さんが、今度は聞いてきた。
「そう…」
「ごめん…」
昴くんが、すまなそうな顔をした。
「でも、そのおかげで、私が表面に出られたから」
昴くんにそう言うと、昴くんは目を細めた。
「昴くん、止めてくれたでしょ?」
「え?」
「声、聞こえたの。ひかりに手をかけるなって…」
「ずっと、言い続けてた。心の奥底からずっと…」
昴くんは、私のことを抱きしめてそう言った。
「昴?」
珠代ちゃんが、黒い霧を出した。
「どうしたっていうの?ねえ!」
「とにかく食べよう。珠代ちゃんには車の中で、説明するよ」
悟くんがそう言った。みんなで、ありあわせのものを食べると、すぐに悟くんの車に、乗り込んだ。
「本当に、警察に連れて行くわけじゃないよね?」
珠代ちゃんは助手席に乗せられ、運転席の悟くんに聞いていた。
「信じていいよ」
後部座席から昴くんが、珠代ちゃんにそう声をかけた。
車は発進した。そのときにはもう雪も止み、道路にもそんなに雪は積もってはいなかった。悟くんは運転しながら、珠代ちゃんに次元の話をしていた。珠代ちゃんの中にも、高い次元の珠代ちゃんがいると言っても、珠代ちゃんは、まったく理解できていなかった。
昴くんに私は、ずっともたれかかっていた。昴くんは、ずっと私の手を握り締め心の中で、
『ひかり、愛してるよ』
と繰り返した。
「ひかりさん…、昨日、逃げようとしたあと、大丈夫だった?」
漆原さんが、私に聞いてきた。
「うん」
「この次元の昴に、なんかされなかった?」
「え?」
「さっき、部屋に飛び込んだときには、首を絞めようとしてたところだった。今までも、殺されかけたんじゃないの?」
「ううん」
「部屋に監禁されたりは…?」
「昨日は、寝室のドアにカギかけてたけど…」
「それだけですんだの?」
「うん」
「良かった。気が気じゃなかった。俺と悟くんは、どうやったらうまい具合に、この次元の昴を本山に連れて行けるか、ずっと悩んでてさ。携帯の電源は切られるし…」
「本山?」
昴くんがそう聞いた。
「そうだ。高い次元と同じ場所にあるし、この次元でも、白河さんの先祖代々陰陽師なんだ」
「でも、白河さんは違うんだ」
「ああ。ノエルさんがあとを引き継いだらしい」
「ノエルさんが?」
「この次元でもノエルさんは、なんかの力があるみたいだよ」
「へえ…」
昴くんは、漆原さんと話をしながらも、ぎゅって私の手を握り締めたままだった。
『昴くん、心の奥にいたんだよね?』
『いたよ。なかなか表に出られず、やきもきしてた』
『でも、起きてたことは、見えてた?』
『うん。全部』
『そうだったんだ』
『ひかり。俺のこと愛してくれてたね?それで、思い切り光で包んでくれて、こっちの俺も変化できた』
『うん。でも、珠代ちゃんに嫉妬して、黒い霧出しちゃった。なんでこうも、私嫉妬深いのかな』
『責めることないよ』
『うん』
「ひかりさん、体大丈夫?」
ふいに、今度は悟くんが聞いてきた。
「え?」
「昴に酷い目にあってたとかない?殴られたり、蹴られたり…」
「してないすよ、俺」
「お前じゃないよ。こっちの次元の…」
「だから、してないってば」
「ああ。そっか…。お前、こっちの次元の昴の中にいたんだもんな。ずっと、見えてたんだ」
「うん」
「そっか…。良かった。じゃ、ひかりさん、特に何もされなかったんだ」
「……」
私が黙ると、悟くんは、バックミラーでこっちを見ながら、
「あれ?なんで無言?」
と聞いてきた。
「え?」
私は、なんて言ったらいいものか、悩んでしまった。
『言えば~~?こっちの次元の昴と、いちゃついてましたって』
昴くんが、そう心で言ってきた。
『まさか。言えるわけないじゃない』
『じゃ、こっちの昴に犯されました』
『あのね~~。そうじゃないじゃない』
『じゃ、愛し合ってました~~』
『もう~~~~!』
『この次元のひかりってさ、男性経験ゼロ…』
『そうみたいだね』
『俺が初体験の相手…』
『みたいだね』
『俺らの次元じゃ、立場逆だよねえ…』
『だから…、何?』
『いや、別に…。ただ、なんか不思議な感覚がしただけ』
『ふうん…』
『いや~~ん、エッチ~~』
『え?何を唐突に?!』
『乱暴にされても、ときめいちゃうひかりって、エッチ』
『ななな、なに言ってんの?!』
『あはは…』
『もう~~~~!アホ~~!』
心でそう言って、昴くんの手をつねった。
「いて!」
昴くんが、声に出してそう言ったので、悟くんと漆原さんが同時に、
「どうした?」
と聞いてきた。
「いや、ひかりがね…」
「昴くん?」
「いや、ひかりがさ…」
「昴くん!」
「ひかりさんがどうした?」
『昴くん、変なこと言わないでよね!』
『言わないよ』
「ひかりさんが、どうした?」
漆原さんがまた、聞いてきた。
「ひかり、すげえからさ」
「昴くん?」
何?何を言おうとしてるの?
「こっちの次元の俺も愛してくれて、光で包んでたから、こっちの俺、復讐する気も失せたんだよね」
「でも、それをするために、私この次元に来てたし…」
私がそう言うと、
「そっか…。だよね。心配より、ひかりさんと昴のこと、信頼すべきだったね」
悟くんが、そう言った。
「そうだな。」
と、漆原さんもうなづいた。
こんなことを話しているのに、なんで珠代ちゃんは静かなのかと思ったら、寝ていたようだ。きっと、昨日も一睡もできなかったんじゃないかな…。
昴くんのこと、本気で愛してるのかもしれない。心配で、しかたなかったのかも。昴くんを助けたい一心で、雪の中車でここまで来たのかもしれないな…。そう思うと、少しいじらしくも思えた。