ミッション6 同化する
お腹がすいたから、昴くんが出してくれた菓子パンを食べた。冷めちゃったからって、コーヒーを昴くんは、淹れなおしてくれた。
それから、もうシャワーだけだと寒いからってお風呂も入れてくれた。ほんと、昴くんってすごいわ。いいお嫁さんになる…。
「俺は男だから!お嫁さんにはならないから!」
バスルームから、そう大きな声で昴くんが言ってるのが聞こえた。あ、心を読まれていたか…。
「ひかり、一緒にお風呂入らない?」
「え?」
ドキ…。ちょっと恥ずかしいな…。
「え?でも、シャワー浴びたりしたじゃん、一緒に」
「そうだよね…。あ、じゃ、今のはこっちの次元の私かな?」
「もしかして、俺のこと怖がったりしてるかな?」
「え?」
「今朝の…。そうとう、怖がってたみたいだから」
「あ。あれか~~。う~~ん。怖かったみたいだけど…」
「ああ。まずかったよな~~、あれは…」
「じゃ、一緒にはいるのも、やめとく?」
「やだ!それとこれとは別!」
面白いな~~。時々、昴くんは子どもっぽくなる。
「子供だも~~~ん。10歳も年下だも~~~ん」
と、口を尖らせて言うし…。ほんと、可愛いな~~。
昴くんと一緒にバスタブにはいると、けっこう窮屈だった。昴くんは後ろから私を抱きしめて、
「もう、浄化されたかな。こっちのひかりの恐怖や、負のエネルギー…」
と聞いてきた。
「うん。あまり、そういうのを感じないけど…」
「声は?」
「もうしないよ」
「そっか…」
昴くんは、私の首にキスをして、
「こっちのひかりの心の浄化するために、俺たち来たのかな」
と、言った。
「この次元に来たのにも意味があって、ミッションなんだよね?」
「うん。全部必然で起きてることだからね」
「明日、本山行くんだよね」
「心配?」
「ううん。心配はないけど…。でも、どんなことが起きるのかなって。それに、どんな人がいるのかな」
「教祖とかがいるみたいだね」
「う…。なんか、やっぱり怖そうかも…」
「悟さんが少し調べたらしい。白河ノエルさんのお父さんが、教祖みたいだ。でも、そんなにやばい教団じゃないらしいけど」
「え?」
「例えばね、何かを高く売りつけてたりとか、高いお金まきあげてたりとか、無理に勧誘したりとかそういうの、まったくないみたいだよ」
「そうなの?」
「うん。集まって、何をするのかっていうと、瞑想っていうか座禅みたい」
「え?それっていいんじゃないの?」
「うん。あとは、お祓いをその教祖がしてくれたり…」
「それ、怖そう」
「でも、神社でもあるじゃない。お祓い…」
「うん。そうだけど」
「ま、ちょっと力のある人みたいだけどね。ノエルさんも、予言が出来たりするって、だいぶ信者には慕われてて、助けを求めてくる人も多いみたいだよ」
「予言を聞きに?」
「それだけじゃなくて、なんかの霊が憑いてるとか、そういうのが見えるって…」
「え?でも…」
「まあ、それが何かまでは、ノエルさん自身はわかってないけどね。だって、葉月ちゃんに憑いていたのは、悟さんの高い波動のエネルギーで、けして悪いものじゃないから。ただ、なんかが見える…ってくらいの能力じゃないかって悟さんも言ってた」
「そう…」
「だから、もしかすると赤ちゃんの魂は本当にいるのかも。それは、感じ取ったのかも。ただ、水子の霊とかじゃなくて、高い次元のときみたく、魂がいるのかもしれない」
「私もそう思うんだ。心の奥にいるんじゃないかって…」
「感じるの?」
「うん。さっき、私が赤ちゃんを失ったことで、悲しんでたでしょ?それを心の奥から、誰かが見てた感じがしたんだ」
「それは、あの怖い声の人じゃなくて?」
「うん。違う感じ…」
「そっか」
「昴くん…」
「え?」
「なんか、のぼせてきたかも…」
「え!ごめん、出よう!」
お風呂からあがると、昴くんはTシャツを着てスエットを履くと、バスタオルを頭にひっかけ、はぶらしを口につっこんだ。それから、ゴシゴシと頭をバスタオルで拭きながら、バスルームを出て行った。
ああ。やっぱり、あれ、昴くんいつもするんだな~~。
私はバスタオルを体に巻いて、ドライヤーで髪を乾かしていた。少しすると昴くんは、バスルームに戻ってきて口をゆすいだ。
それから、
「……。それ、色っぽい…」
と私を見て、昴くんがそう言った。
「え?何が?」
「だって、バスタオルだけでしょ?」
「うん。あ、何か着るものまた貸して」
私は昴くんの家に泊まる時、昴くんのTシャツだったり、パジャマを貸してもらっていた。
「……」
昴くんは、なかなかそこを動かなかった。
「?」
なんで、何か着るものを持ってきてくれないのかな…と思っていると、
「あとで、寝るときに貸すよ」
と、私の心の声に答えた。
「でも、今…」
今、欲しいんだけど、と言おうとすると、私が手にしてたドライヤーを取って、勝手に電源を切りしまってしまった。それから、私の背中に手をまわすと、
「こっち」
と言って、部屋に連れて行かれた。そしてベッドに私を座らせて、キスをしてきた。
うわ…。どうしたらいいんだろう。
昴くんが、キスをしたまま、私の体に巻きついてるバスタオルを取ろうとすると、私は、バスタオルを取られるのを抵抗した。
昴くんが、不思議そうに私の顔を見て、
「嫌?」
と聞いてきた。
「……」
なんて言ったら、いいんだろう…。
「なんで?」
「だって…」
私は表情が固まり、バスタオルをもっと強くぎゅって握った。
「…え?もしかして、こっちの次元のひかりになっちゃってる?」
「……」
そうだ。なんか、昴くんが怖い感じがするし、どうしたらいいのかもわかんなくなってる…。こっちの次元の私が、表面に出てる…。
「怖い?」
昴くんが聞いてきた。私は何も答えられなくて、もっと固まってしまった。
「もう、今朝みたいな乱暴なことはしないよ?」
と昴くんは優しく言ってくれるが、どうにも体がこわばってしまう。
「じゃ、えっと…。ただ、寄り添って寝るだけならいい?」
昴くんが優しくそう聞いてきた。私はこくって、うなづいた。
ごめん、昴くん。本当は、悲しがってない?私が泊まることになって、あんなに喜んでいたのに。
『悲しがってない。こうやって、一緒にいられたらそれだけでいいよ』
昴くんの声が、体の中から聞こえた。あ、交信できてる…。
「なんで?」
「え?」
「どうして、私の中から昴くんの声がするの?」
「ああ…。えっと…。それは俺がひかりだから…。心でも会話できちゃうんだ」
「そうなの…?じゃ、私が思ってることも、聞こえてるの?」
「うん」
「……」
「あ、そんなに恥ずかしがらなくても」
こっちの次元の私は、ものすごく恥ずかしがっていた。
それにしても、同時に二人の人間が、一つの体にはいってるかのようだ。でも、二人じゃなくて、どっちも私なんだよね。
時々、昴くんのことを怖がってるのが、私なのかって錯覚を起こす。
昴くんは、私の隣に寝転がって布団をかけた。それから、私の顔を優しくなでていた。
こっちの次元の私かな?いや、私の方かな?わからないけど、その優しい手の感触に、とろけそうになってた。ああ、きっと、どっちの私もとろけそうになってたんだ。
目をつむると、もっと昴くんの優しさを感じた。昴くんの匂いも、ぬくもりも全部が優しい。その優しさで安心すると同時に、どんどん心臓がバクバクしていった。これは、怖さじゃない。
目を開けると、昴くんは優しく私を見ていた。
『ひかりって、奇麗だ』
昴くんの声がした。思わず、私は照れてしまった。
『ひかりの目って好きだな…。瞳、ちょっと茶色いんだ』
私の目を見て、昴くんはそう思ってる。
『ひかりの鼻も可愛いな』
ええ?鼻?
『ひかりの口は…、色っぽいよな~~』
え?色っぽい?
そう昴くんは心で言ってから、キスをそっとしてきた。優しいとろけちゃいそうなキスだ。
わ…。気持ちがいい。と思った瞬間、魂が抜けた。フワ…。え?何これ。こっちの次元の私が、驚いていた。
『ひかり…。これ、幽体離脱してるんだ』
昴くんの声がした。
『え?』
『それから、俺とひかり同化してるよ』
フワ~~~。どんどん私と昴くんの魂は、上昇していく。それからものすごい光になり、辺り1面のエネルギーと同化する。
ものすごい開放感。どんどん心が広がる…。体が、全部宇宙になっていく。何もかもが一つで、ありとあらゆるエネルギーが自分の中にあるのを感じる。そして、すべてが愛だということも…。
スウ…。自分の体に戻ってきた。窮屈さを感じたが、でも、昴くんのぬくもりも同時に感じて、あったかさに包まれた。
「昴くん、こっちの私、驚いてたよ」
「ひかり?戻ってきた?」
「うん。ごめんね。まだ、コントロールきかない。自分で次元あげたり、下げたりが出来ないみたい」
「大丈夫。そのうちに出来るよ」
「うん」
私は、昴くんの首に両手を巻きつけてキスをした。昴くんも私をぎゅって抱きしめてきた。そして、そっとバスタオルを外して、優しく体にもキスをしてきた。
ドキドキしている私がいる。こっちの次元の私だ。もう、昴くんに怖さは感じていなかった。
昴くんが好き。昴くんを愛してる。次元の違う私も同時にそう思ってて、昴くんに抱きしめられると、胸がきゅんってなって、嬉しくてしょうがないようだった。
昴くんは私に腕枕をしたまま、いつの間にか寝ていた。そっとその腕を外した。それから、昴くんの頬にキスをして、昴くんの胸に顔をうずめて私は眠りに着いた。
幸せだった。夢の中でも、昴くんは私を抱きしめていた。優しく頬をなでてくれたり、キスをしてくれたり髪をなでてくれながら…。
夢の中でこっちの次元の私が、そんな昴くんにずっと甘えていた。愛されることを心から喜び、かたくなに閉じていた心を開放して、愛される喜びを思う存分感じていた。
「愛してるよ。ひかり」
そんな私の心を感じ取っているのか、昴くんは夢の中で、何度もそう私にささやいてくれた。
朝、早めに起きて朝食を作った。そして、起きてきた昴くんと朝食を食べた。それから、昴くんの洗濯物を洗濯して干し終わると、部屋を簡単に二人で掃除した。
「時間、大丈夫?ひかり」
「うん。お母さんにあまり、早くに戻ってくるなって言われてるの」
「何それ。もっと昴くんと、いちゃついてこいってこと?」
「違うよ。朝帰りだってばれるからだよ」
『あ、なるほどね』
昴くんが、心の中で答えた。
昴くんの仕事に行く時間にあわせて、私もマンションを出たが、昴くんはエントランスから、私は駐車場の入り口から出ることにした。
それから、そのままバイト先に行った。
途中、母にはこのまま本屋に行くからと電話を入れた。そのうえ、今日の夜も遅くなるか、帰れないからと言うと、
「何泊、昴くんちに泊まる気?一緒に住み出しちゃうんじゃないでしょうね?」
と怒鳴られた。
「今日は違うよ。ちょっと、遠出するから、帰れるかどうかわからないってことだよ」
「どこに行くの?」
まさか、ある教団の本山とは言いにくい。
「葉月ちゃんと温泉。日帰りでは、帰って来れないだろうから…」
「葉月ちゃんてバイトの子?」
「そう」
「温泉?!」
「うん。なんか、山の中らしい」
「そりゃ、泊まってこなくちゃ、大変でしょうが」
「うん」
「いきなりで、泊まるところあるの?」
「うん。大丈夫。旅館とかきっとあるから」
「気をつけなさいよ。女二人だけでいくんでしょ?」
「いや、えっと…。葉月ちゃんの知り合いの女性も一緒」
「泊まる用意してあるの?」
「う~~ん。足りないものは買っていくから」
「そう。気をつけなさいよね」
「は~~い」
そう言って電話を切り、バイトの時間ぎりぎりなので、私は慌てて店に行った。
嘘をつくのは気がひける。でも、本当のことを言ったら心配するに決まってる。
だけど、昴くんが言うように、ずいぶんと母が変わった。私のエネルギーが変わると、こうも変わるものなのか…。面白いな~~。
更衣室に入ると、またあの若い子がこっちに来て何かを言おうとしたが、すかさず葉月ちゃんが私のところにやってきて、
「星野さん。今日、ランチ一緒にしましょうね!」
と明るく微笑んだ。それを聞いて、その若い子は私の横を素通りした。
「あの子、確か司さんっていったかな。昴くんのファンなんですって。でも星野さん、気にすることないですからね!」
と、その子が去ってから、葉月ちゃんが言ってくれた。葉月ちゃんっていう仲間がすぐそばにいてくれるのは、ものすごく力強かった。
事務所に行くと、斉藤さんが私にいきなりCD-Rをつきつけて、
「これは僕が書いた小説です。一回、読んでみませんか?」
と言ってきた。
「え?うん…」
私はいきなりで驚いたが、それを受け取ることにした。
「僕は、ずっと小説家になるのが夢でした。星野さんとは、全然違うジャンルですけどね」
「そ、そうなんだ」
ちょっと、次元の高い斉藤さんに比べると、カチンとくるものの言い方だが、ま、結局は自分の小説を読んで欲しかっただけか…と、ちょっとほっとした。
高い次元の斉藤さんの方が、ずっと素直だったよ。うん…。ま、しょうがないか。
昼の休憩になり、葉月ちゃんとランチを食べに、隣のビルの地下に赴いた。
「いつもうちの地下街なのに、どうしたの?」
隣のビルに行きましょうと、葉月ちゃんに言われてついてきたのだが、それも1番奥まっていて、あまりはやってなさそうなお店に入ったので、不思議でしょうがなかった。
「すみません。知ってる人が、なるべくいないところがよくて」
「?何?相談とか?」
「はい」
ランチが運ばれ、それを食べながら葉月ちゃんは話し出した。
「ひかりさんって、昴くんの家に泊まったりしますよね?」
「うん」
「その…。こっちの次元のひかりさん、どうしましたか?」
「え?」
「まだ、目覚めてないって言うか、奥底に潜んでますか?」
「ううん。もう、表面に出たっていうか、今はなんか混ざり合ってるよ」
「じゃ、そのこっちの次元のひかりさんは、嫌がったりしませんでしたか?」
「何を?」
「その、言いづらいんですけど…。昴くんと愛し合うのを…」
「ああ…。う~~ん。なんか怖がってた…」
「それで?どうしたんですか?」
「昴くんがすんごく優しくて、怖くなくなったみたい」
「え?」
「なんでそんなこと聞いたの?何かあったの?」
「いえ、あの…。その…。私も、もうこっちの私と混ざり合ってるんですけど、でも悟くんにキスされただけで拒んじゃうんです。これ私じゃなくて、その時はこっちの低い次元の私になっちゃうみたいで…」
「うん。それで?」
「昨日なんて怖くって、ひっぱたいちゃったんです」
「ええ?あの悟くんを?」
「はい…。もといた次元じゃ、やっぱり私、男の人怖かったじゃないですか」
「え?ああ。うん」
「でも、悟くん優しくてあったかくて、だから、大丈夫だったんです。ほんと、不思議なんですけど。それに、一緒に幽体離脱して宇宙船にも行ったことがあって」
「あ、そうなの?」
「はい…。もう悟くんのことは、全然怖くなくなってて、心も開いてて、悟くんのこと大好きになってたのに、こっちだと駄目なんですよね。なんか、悟くんに申し訳なくて」
「そんな…。悟くんは別に、怒ったりもしてないと思うけど」
「はい。全然気にしないよって言ってくれて。でも、その男の人が怖いって思うこと、いけないことだと思わずに、きちんと味わってって言われました。まだこっちの私には、そういう恐怖感があって、心の奥に負のエネルギーをためてるって」
「そうなんだ」
「はい…。それでひかりさんは、どうなのかなって思って。でも、もう大丈夫なんですね」
「うん…」
「は~~~~。恐怖を味わうってのが、どうも…。怖いって思ったら、私それを感じないようにしちゃうのが癖みたいで…」
「わかるよ、それ。隠そうとしちゃうよね」
「はい…」
「でも、大丈夫だよ。だって、悟くんがついてるんだよ?鬼に金棒だよ。あれ?たとえが変かな」
「はい、変です」
「あはははは。そんなにはっきり言わなくても」
「星野さん、なんか、変わりましたね」
「え?何が?」
「なんだか、前よりも明るくなったっていうか、元気っていうか」
「そう?そうかな」
「はい」
私たちはランチを食べ終わり、本屋に戻った。そして葉月ちゃんはレジに、私は事務所に向かった。
そしてバイトが終わると、私の宿泊で足りないものを買うのに、葉月ちゃんは付き合ってくれて、それから、昴くんと悟くんとの待ち合わせ場所へ移動した。
「葉月!」
悟くんが、手をあげて葉月ちゃんを呼んだ。あれ…。いつの間にか、呼び捨てになってるんだな~~。もう、昴くんもそこに来ていた。それから、悟くんの車にみんなで乗り込んだ。
「ひかりさん、もう、こっちの次元のひかりさんと同化したんだって?」
「うん」
「感情も浄化できたって、昴から聞いたけど」
「うん。もう、大丈夫みたい」
「そっか、良かったね」
「ありがと」
悟くんはそう言うと、助手席の葉月ちゃんに今度は、何か話しかけていた。
「ひかり、今日泊まってくことになるかもしれないけど、着替えとかどうした?あのまま、バイトに行っちゃったんでしょ?」
昴くんが聞いてきた。
「さっき、着替えやタオル買ってきたよ」
「パジャマは?」
「あ!」
「忘れた~~?しょうがねえな。俺の貸そうか?」
「え?」
「俺はスエット持ってきたし。念のためにパジャマも持ってきて、良かったよ~~」
「昴くん、気がきく!」
やっぱりいいお嫁さんに…。
「お嫁さんには、ならないから俺」
また、最後まで言う前に、そう言われてしまった。もう、冗談なのに~~。
「なんかおい、後ろの二人は、まるで旅行気分だな」
「え?俺たち?」
悟くんにそうつっこまれて、昴くんはとぼけていた。
「そう、お前たち」
「あははは。いいじゃん!だって、一泊できるんでしょ?」
「うん。ノエルさんから連絡が来て、泊まれる部屋もあるから、泊まっていってって」
葉月ちゃんが、その質問に答えた。
「温泉は?」
昴くんが、うきうきわくわくしながら聞いた。
「ないと思うけど」
そう葉月ちゃんが言うと、
「なんで~~。ちぇ」
と昴くんが舌打ちした。
「お前ね、旅行じゃないんだよ」
悟くんが、呆れた声でそう言った。
「いいじゃん。どうせなら楽しもうよ」
「昴はほんと、いつでもお気楽でいいね。っていうか、ずっと高い波動になってるね」
「え?」
「そのお気楽さ、高い波動のお前ってことじゃん。こっちの波動の昴は、後ろ向きだったからな~~」
「あ、そう?」
「昴くんて、本当に前向きだよね。いつも明るいし、ご機嫌のときが多いよね」
葉月ちゃんがそう言うと、悟くんが、
「プレアデス人だからな」
と言った。
「え?それ、なんか関係あるの?」
昴くんが、不思議そうに聞いた。
「プレアデス人の特徴。楽しいわくわくすることが好きなんだ。なんでも楽しめるし、楽しいことをすることで、すごい光を出すことが出来る」
「あ、なんかそれ、もろ昴くんかも」
と、私が笑ってそう言うと、
「あ、それって、ひかりさんもそうだからね」
と悟くんに言われてしまった。
「え?私?あ、そっか…」
そうだった。私は昴くんで、そのうえ私もプレアデス人だった。
「じゃ、悟くんと葉月ちゃんは?」
「俺たちの星はもっと、こう、落ち着いた感じなんだ。うまく言えないけど」
「私も~~?」
「うん。葉月もだよ。多分、環境や親の影響で今の葉月になってると思うけど、もともとの性質は俺と似ているはずなんだ」
「ええ?悟くんと?」
葉月ちゃんは、首をかしげた。
「どう考えても、違うと思うけど」
「でも、同じエネルギーは感じるよ。あとね、二人とも強いんだよね」
「え?私がですか?」
葉月ちゃんは、私が言ったことに驚いていた。
「うん。葉月ちゃん、いっつも私を守ってくれて、そういうとき心強いんだ。なんていうか、すごくほっとできるっていうか、私に任せておいてください!みたいな、力強さがあるの。その力強さが、悟くんに似ているよ」
「あ、そうだね。悟さんもそういうところあるもんね。俺なんか、いつも頼りにしてる」
「うん、頼りがいがある」
「え~~?私がですか?」
「次元がプレアデスより高いから、お兄さん的存在なんだろうな~。知らぬ間にそういう関係が出来てるのかもな」
悟くんがそう言うと、
「え?じゃ、私のほうが、お姉さん的存在?」
と葉月ちゃんは、驚いていた。
「そうそう。そういうときって、葉月、慌てないでしょ?どんと構えてる感じ」
「うん。そう、そんな感じがする」
悟くんの言うことに、私は思い切りうなづいた。
「そういう性質なんだ、俺らの星は。慌てないし動じないし…。まあ、だからこんな事態でも動じたりしないけど、昴みたいに面白がることもしないな」
「ず~~ん。なんか、俺、ガキだって言われてるみたい」
「ま、気にするな。それが性質なんだよ。そういう天真爛漫さが昴の素なんだから、そのままでいいってことだよ」
悟くんはそう言うと、また黙って運転し出した。
昴くんは、私の手を握ってきて、心であれこれ話しかけてきた。心の中で会話しているから、車内は静かになった。そして、悟くんがラジオをつけた。ラジオからは音楽が流れた。それは、懐かしいメロディだった。
『この歌、映画に使われてた』
『なんの映画?』
『題名、忘れたけど悲しい映画…。最後に恋人と死に別れちゃうの』
『そういうの、多いよね』
『うん。私、過去生思い出したでしょ?』
『うん』
『何度か、死に別れて悲しむ人生送ってたよ。不思議と同じ魂と』
『俺じゃないね。俺らはこの生で、初めてご対面したもんね』
『地球じゃね』
『俺も、何回か大恋愛したよ。別れ別れになって、悲しい思いをして死ぬから、また次の生でその人と恋愛してたんだよね』
『私もだよ』
『誰?もしかして、この生で会ってたりする?』
『わかんない。でも、会ってないと思う。会ったらわかりそうな気もするし』
『そうか…。俺もだな。会ってない気がするよ。ま、同じ時代に生まれるとは限らないし、違う国かもしれないしね』
『うん。でも、会っちゃったらどうする?』
『ひかりこそ、どうする?』
『わからないよ。そんなの会ってみないと』
『俺だって』
そんなことを心で言い合っているうちに、本山に到着した。
「さ~て、いざ、出陣って感じだな」
と、悟くんが言った。
「…ところで、俺ら、なんの目的があってここに来たの?」
いきなり、昴くんがそう言った。
「ミッションだろ?何をするかは知らないけど。それは、天に任せるしかない」
「そっか…。あれ?もしかして、お祓いはしてもらうの?」
「私はいいよ~~。だって、ついてたってのは、悟くんだったわけだし」
葉月ちゃんがそう言うと、今度は昴くんは私に向かって、
「じゃ、ひかりは?」
と聞いてきた。
「私も、別に…。水子の霊なんていないし」
「だよね。でもノエルさんは、お祓いしに来たと思ってるんじゃないの?」
「してもらったら?」
悟くんが、まじめな顔で言いだした。
「え?」
他の3人は、驚いて悟くんを凝視した。
「意味、あるかもよ」
「どういうこと?」
葉月ちゃんが、目を丸くしてそう聞いた。
「必要なことかもよ。なにしろ、全部必然だから」
「お祓いが?」
「受けてみたら?ちょっと面白そうじゃない」
悟くんにしては、めずらしく面白がっていた。
「葉月についてたのが俺で、俺のことを察知したのなら、お祓いしたらどうなるのか、ちょっと俺知りたいな」
「そんな…。もし、なんか変なことにでもなったら」
「大丈夫、俺だったら。それに、ひかりさんや昴がついててくれるし」
「よし、もしなんかあっても、俺らが守る。な?ひかり」
「うん。頼むよ。ひかりさんがお祓いしてもらうときには、俺と葉月で守るから」
「うん」
私も、うなづいた。
「よっしゃ、いざ、出陣だ!」
と昴くんは、車を1番に降りてそう言った。それから、みんな車を降りた。
大きな門があり、そこを抜けると奥に2軒家が建っていた。一つは、大き目の古い屋敷のような…。もう一軒は、わりと新しく建てた感じの家だった。
屋敷の方へ向かって歩いていくと、中から一人の男性がやってきた。
「神野葉月さんですか?」
「はい」
「お車でお越しですか?裏に駐車場があるので、そちらに停めておきますよ。カギを渡してもらってよろしいですか?」
「はい。これです」
悟くんが、カギを渡した。
「どうぞ、中にお入りください」
いつの間にか、屋敷の入り口にノエルさんが立っていて、私たちに声をかけてきた。ノエルさんは今日は、真っ白の服だった。ノエルさんに軽く私たちはお辞儀をして、屋敷の中に入った。
「葉月ちゃんが言ってた、この方たちが俳優の方?」
「はい」
「ごめんなさいね、テレビを観ないので、あまり最近の俳優さんに詳しくなくて…。お名前は?」
屋敷の長い廊下を歩きながら、ノエルさんが聞いてきた。
「結城悟です」
「天宮昴です」
「天宮…昴くん?」
ノエルさんは振り返り、昴くんの方を見てちょっと驚いていた。
「え?はい…」
「まあ、これも運命ね。何もかもが、必要で起きてること…。ふふふ」
と、また前を向いて意味深なことを言い、少し不気味に笑った。
『何かな?なんで昴くんのこと見て、あんな不気味に笑ったのかな?』
私が心の中で昴くんに話しかけると、昴くんも、
『なんだろうな…。俺のことは知ってたのかな…。あ、やべ!なんか寒気…』
『え?』
『なんか、冷たいエネルギー感じた。ひかり、感じなかった?』
『あ。ほんと、ゾクってする』
私たち4人は、ノエルさんの案内である部屋に通された。何畳あるかな…。すごく広い和室。ちょっと、壁の色も暗くって怖い感じがする。
奥の襖が開き、そこから男の人が現れた。その人は、藍色の麻のような服を着ていた。
「やあ、いらっしゃい」
すごく物腰が柔らかいが、でも声が低く、威圧感がある。
「私はノエルの父の、白河修造といいます」
「あ、はじめまして」
私たちは順に、自己紹介をした。
「今日は、遠くから来て疲れたでしょう。部屋を二部屋用意しているから、泊まっていってください。明朝、葉月さんとひかりさんのお祓いの儀をすることにしましょう」
「明朝…?」
「朝日が昇るときに行なうと、より効果がありますからね」
と、深い微笑を浮かべながら、白河さんはそう言った。
「お食事は?」
「え?あ…。まだです」
葉月ちゃんがそう言うと、
「では、食堂の方に来て。準備させるとしましょう」
と、ノエルさんが言った。
私たちはその部屋をあとにして、ノエルさんにまたついて行った。
大き目の食堂があり、数人、そこで話をしていた。
「テーブルにかけてて。準備をさせるから」
とノエルさんは、食堂の奥に行ってしまった。私たちは言われたとおりに、テーブルについた。
『はあ…。緊張。おなかなんか、すいてないよ』
私が心でそう言うと、
『え?まじで?俺、はらぺこぺこ』
と、昴くんは言った。え~~?緊張してないの?
『してるよ。なんか、ここの雰囲気変だし』
『変って?』
『うん。なんか、変な違和感がある…。低い次元ってだけじゃなくって、ちょっと普通じゃない感じがする』
『え?』
『ひかり、俺のことずっと、好き好き大好きって思ってるんだよ』
『もう~~、こんなときにふざけないでよ~』
『ふざけてない、まじだよ。俺もひかりのことを好きだって思って、光を出すようにするから。あ、ほら見て。悟さんも、葉月ちゃん見ながらすごい光出してる。この低い次元のエネルギーに、やられないようにしてるんじゃないかな』
『ほんとだ…』
私も、昴くんの優しいエネルギーを体全体で感じるようにして、私からも同じエネルギーを出した。あったかい光が辺りを覆った。私たち4人を光は包んでいたが、その光は不思議と、他の人たちのところまで行くことはなかった。
『なんでかな?』
『うん…。向こうの低いエネルギーの方が強いのかな。かなり、黒い霧も出てるしね』
『うん…。なんか、私…』
『怖い?』
『ちょっと…』
『大丈夫、俺がついてるから』
昴くんは、そっと手を握ってくれた。同じ状況になっているのか、悟くんもほぼ同時に、葉月ちゃんの手を握っていた。
「あら、仲がいいのね」
そこにノエルさんがやってきて、そう言った。慌てて私たちは手を離したが、悟くんはしれってした顔で、葉月ちゃんの手をまだ握っていた。
葉月ちゃんの顔を見ると、少し青ざめていた。ああ、もしかして、何か恐怖でも感じちゃったかもしれない。まだ、こっちの次元の葉月ちゃんの感情、浄化されてなかったっけ…。
「今日はじめてここに来る人が、もう一人いるのよ。もうすぐ到着するはず。そうしたら、一緒に食事をしてもらってもいいかしらね」
とノエルさんが、聞いてきた。
「あ…、はい」
葉月ちゃんが答えた。
「その人、私のマンションの方に何回か来て、過去生を見たりしていたの」
「過去生?過去生もノエルさん、見れるんですか?」
「あら、言わなかったかしらね。その人の守護霊に聞いて教えてもらうの。ビジョンも見えるわ。今度見てあげましょうか?面白いわよ」
「面白いって?」
「ふふふ。たいてい、前世でかかわりのあった人と、また今生出会ってたりするの。私とも前世で会ってるかもしれないわね」
「今、見れないですか?」
「そうね。じゃ、葉月ちゃん、ちょっと私のまん前に座ってくれる?」
葉月ちゃんは、ノエルさんのまん前に座った。ノエルさんは一回目を閉じて、もごもご何かを言ってから目をあけて、話し出した。
「前世で葉月ちゃんは、修道女だったわ。私も同じ修道院にいた」
「え?」
「かなり辛いことがあって、修道女になったのね。修道院ではとってもまじめだった」
「それで…?」
「神に一生を捧げて、終えてるわ」
「なんか、寂しい人生…」
「結婚もしたけどね、そのだんなさんが酒乱だったのね。ほとんど逃げて修道院に来た感じだわ」
「え?」
「う~~ん。どうやら、そのだんなさんは、今生ではお父さんかな?お父さん、酒乱じゃなかった?」
「はい。お酒飲んで、何回か暴力を受けたことがあります。でも、なんでまた同じこと繰り返してるんですか?」
「因縁っていうのかしらね。そういうのあるのよ。前世であなた、死ぬまでずっと、だんなさんのことを許せずにいて、恨んだまま死んでるの。だから、今生で恨みをはらしたいとか思ったのかしらね」
「恨みをはらす?」
「それでまた、同じような関係性になって生まれた。わざとね。葉月ちゃん、お父さんとはもう離縁してるの?」
「はい」
「でも、恨みをはらすまでは、関係性断ち切れないかもしれないわねえ」
「え?」
「それでかしらねえ。あなたの恨む気持ちが、何か変なものを引き寄せて取り憑いたのかしら。まあ、明日の朝になったらわかるけど」
「わかるんですか?」
「ええ。父なら、取り憑いてる霊もわかると思うわ」
「……」
葉月ちゃんは、黙った。
「白河家の祖先は陰陽師なの。その血を父は受け継いでるのよ」
「え?」
「悪い霊を清める…、そんなことができるの」
「……」
私たちは黙っていた。
そもそも、悪い霊なんか、葉月ちゃんに憑いてるとは思えないし…。それに、私は葉月ちゃんのお父さんのことも、違った解釈をしていた。今生親子になったのは、もしかするとそんなお父さんのことも、葉月ちゃんが許すってことなんじゃないかって…。
『そうだね』
昴くんが、私の思ってることに答えた。
『許して、愛することだ。なかなか、難しいミッションだけどね』
『うん…』
「あなたも、みてあげましょうか?ひかりさん」
「え?私ですか?」
私は戸惑った。でも私の前に椅子を移動して、ノエルさんは勝手に、目を閉じなにやらぶつぶつ言い出した。そして、目を開けると、
「あなた、前世で子どもをおろしてるのね」
「え?」
驚いた。その記憶は思い出していなかった。
「結婚して間もない頃に…。だんなさんじゃない人との子で、だんなさんがものすごく怒って。それで…」
「え?」
「だんなさんとは政略結婚。でもあなたには、他に好きな人がいた。その人との間にできた子だった。でも、その人と添い遂げることも出来ず、子どももおろすことになって、あなたは、子どもをおろしてから体を壊して、そのまま命を亡くしてて、その相手の人もまた、あなたを追って自殺をしてるわ。なんだか、ものすごい過去ねえ…」
「その、政略結婚した相手って…」
「え?」
「もしかして、今生会ってますか?私」
「いいえ。でも、その好きだった人には会ってるわよ」
え?まさか、昴くんとか?いや、地球で会うのは今生が初めて…。
「今生では結婚をしたわね、無事に…」
「え?!」
「なのに、離婚しちゃったのね」
「…え?じゃ、徹郎が?」
「それに流産した赤ちゃん、前世あなたが、おろした赤ちゃんね」
「……」
「もしかすると、そのときの恨みでもあって、またお腹に宿ったのかしらね。それで、離婚するように仕向けたりとか…」
「そ、そんなことしません!」
「でも、本当なら、前世で添い遂げられなかった分を、今生で結婚までしたのに、離婚することになるなんておかしな話だもの…」
「でも……」
頭の中がぐるぐるしたけど、昴くんが、
『そんなに考え込まないで。この情報も、真実じゃないかもしれないんだから…、ね?』
と、心で言ってくれた。
『え?』
『赤ちゃん、恨んでないよ。高い次元にいたときに、それは感じてたでしょ?』
『うん…』
『大丈夫。愛を感じたくて、ひかりのおなかにきたんだから…。それを思い出して』
『うん』
「さて…。あなた、天宮昴くん…。あ、ご飯できたみたいだけど、もう少し待っててね。あなたのことも、見てみたいのよ」
ノエルさんは、昴くんのまん前に椅子を持ってって、また目をつむった。ぶつぶつ何かを言うと、目を開けて昴くんを見ながら話し出した。
昴くんは、心の中で、
『興味ないのにな…』
と、ぼやいていた。
『興味ないの?』
『ないよ、だって、過去は過去だよ。宇宙は今しかないのに、過去は関係ないでしょ?』
『…うん』
「あなたね、前世で悲しい恋をしてるの」
「…え?」
興味ないと言っておきながら、昴くんは、ちょっと気になった様子だ。
「大好きになった人と、戦争で引き裂かれてるのよね…」
「そうなんですか…」
「相手の女性は、それは悲しんで、悲しんで…。そのまま病気になってあとを追うように亡くなってる…。来世では、あなたと、絶対に幸せになれるようにって思いながらね」
「……」
昴くんは黙っていたが、心の中で、
『ああ。過去生で何度も繰り返してた相手か…』
とつぶやいた。
『あれ?じゃ、私はもしかして、徹郎と何度も繰り返してたのかな?』
『え?』
「それでね、今生で、会えるようになってるのよ。相手はもう、あなたのことを見つけてる」
ノエルさんのその言葉に、私も昴くんも驚いて、心で会話をするどころじゃなくなった。
「会ってる?」
「いいえ。会っていないけど、向こうはもう気づいてる」
「え?どういうことですか?」
昴くんの頭の中には、クエスチョンマークがいっぱい。
「相手はね、あなた、天宮昴くんが、自分の出会うべき相手だってことを知ってるの」
「……え?」
ますます、昴くんは混乱していた。
「もうすぐ着くわね…」
「え?誰が?」
「その相手の子」
「…え?!」
「さっき言ったでしょ?今日初めて来る人がいるって…。その子よ。私も、その子の過去生や、今生ではあなたが相手だって知ってたから、今日あなたがここに来て驚いたの」
ああ。それで昴くんの名前聞いて、一瞬驚いてたんだ。
「すごいわよねえ。運命としか言いようがないわ」
『す、昴くん?』
『え?』
『相手って…。ずっと、何度も転生しながら、大恋愛をしてた相手でしょ?』
『だと思う』
『……』
『そうじゃないよ、ひかり』
『え?』
『今、その相手が本当の俺の相手で、自分は違ったんじゃないかって思ったでしょ?』
『え?うん』
『でも、俺の同じ魂はひかりだけ。高い波動になって、一つになるのはひかりなんだ。その人じゃないよ』
『……』
『いつからか知らないけど、輪廻の輪の中で何回も、恋愛しちゃう相手になったかもしれないけど、言ったよね?今に生きてたら、その輪廻すら関係なくなるって』
『あ…』
『思い出した?その人とは、輪廻の中でぐるぐるしてて、抜け出せなくなってただけで、でももう俺、そこから抜けちゃってるから、関係なくなってるんだ』
『え?』
『もう、今生ではその輪廻も、断ち切られると思うんだよね』
『…どういうこと?』
「あ!来たわ!珠代さん!」
「ノエルさん、すみません遅くなって…」
小走りに走ってくるその人は、バイト先の若い女性だった。
「あ!司さん?」
葉月ちゃんが、驚いて大きな声でそう言いながら立ち上がった。
「知り合いなの?葉月ちゃん」
「はい、同じ本屋でバイトしてる」
「ええ?まあ、偶然…じゃないわね。必然よね」
ノエルさんはそう言うと、またふふって笑った。
「昴くん…?!それに、星野ひかり…?!」
司さんっていうんだっけか…。昴くんを見て驚いて、横にいる私を見てさらに驚いていた。
「驚いたでしょ?天宮昴くんがここにいて。私も驚いたわ」
ノエルさんはそう言うと、椅子をテーブルの方に戻してそこに司さんを座らせた。
「さ、ご飯にしましょうか。運ばせるようにするわね」
司さんは、まだ、昴くんのことをじっと見ていた。
「わ、私、司珠代といいます…。はじめまして」
そう言うと、少し目を潤ませていた。
「あ…、どうも」
昴くんは、ちょっと困惑した感じで挨拶をした。その場にいた葉月ちゃんも私も、表情が固まっていたが、悟くんは冷静だった。
「葉月やひかりさんと、同じ本屋で働いてるの?」
と、静かにそう悟さんは、質問をした。
「え?はい。わ!結城悟?!」
どうやら、今の今まで、司さんは悟くんの存在に気づいていなかったようだ。
「え?な、なんで?ここに?」
「葉月の付き添いで…。あ、俺たち付き合ってるから」
悟くんが、ものすごく冷静にそう言った。
「ええ?か、神野さんと?」
「昴は、ひかりさんの付き添いだよ」
「……」
司さんは私の方を見て、真っ黒な霧を思い切り出した。それを見ていた悟くん、葉月ちゃん、昴くんがいっせいに私に光を送ってきた。その黒い霧は、すぐに消えてなくなった。
『あ、危なかった…。ひかり、忘れないで。何があっても、俺のこと好きだって思って光を出しててね』
『え?うん』
『これね、もしかすると…』
『え?』
『低い次元での出来事だから、何かが邪魔してるのかも』
『どういうこと?』
『俺らの邪魔だよ。わざと、混乱させようとしてたり…』
『え?』
『だからね、絶対、惑わされないで。ずっと、俺のこと思ってたらいいから。俺も、ひかりのこと愛してるって思ってるから』
『わかった…』
それから目をぎゅってつむって、呪文のように、昴くんが大好き、愛してると心の中でつぶやいた。そして、目を開けて昴くんを見てエネルギーを感じて、また昴くんが好きって心でつぶやくと、パアッと明るい光が私から出た。
その光を見て、昴くんも悟くんも葉月ちゃんも、ほっとした顔をした。あ、葉月ちゃんも見えているのか…。
ご飯が次々に運ばれ、私たちは静かに食べ始めた。食べているときも、ちらちらと司さんは昴くんのことを見ていた。
食べ終わった頃に、ノエルさんがまた食堂にやってきた。
「珠代さん…。さっきね、昴くんの過去生を見てたのよ」
「え?」
司さんは、驚いてた。それから、その先を聞きたそうにした。
「そうしたらね、あなたの前世と同じだったわ」
「……」
珠代さんの目が輝いた。
「じゃ、じゃあ、私が…。やっぱり?」
そのあと、何が言いたかったのか…。私が、昴くんの相手なのね…って?
「あの…」
昴くんは、そこで口をはさんだ。
「悪いっすけど、俺、そういうの信じてないです」
「え?」
司さんは一瞬ひきつった顔をしたが、ノエルさんは表情を変えなかった。
「過去生がどうとかよりも、今、目の前のことの方が大事だって思ってますから」
「ふふふ…。その今、目の前で起きてるじゃないの」
「え?」
意味深な含み笑いを、まだノエルさんはしていた。
「今、目の前にいるのが珠代さんでしょう?」
「いいえ。今、目の前にいるのはひかりです」
昴くんは、まっすぐにノエルさんを見てそう答えた。そのまなざしに、ノエルさんは表情を変えた。
司さんからはまた、黒い霧が飛び出し私に向かってきた。私はひたすら昴くんに集中して、昴くんのことが大好きって思い続けた。黒い霧が、私が放った光でどんどん消えていった。
「でもね、運命は決まってるのよ」
「決まってないですよ」
「いいえ。決まってるの。これはね、因果応報、輪廻転生といって」
「いいえ。そんなのないですよ」
昴くんは、まったく動じずそう答えた。
「あなた、何もわかってないくせに」
ノエルさんからも、黒い霧が出た。顔もそうとう、ひきつらせていた。その霧を、昴くんは一気に消していた。心の中では、ずっと昴くんも、
『ひかり、愛してるよ』
と、言い続けていた。
「まあ、いいわ。明日、父からいろいろと聞くといいわ。さ、今日はもう、休んだらいかが?部屋に案内させるわ」
ノエルさんがそう言うと、女の人が来て、
「こちらです」
と、私たちを食堂から部屋まで、案内してくれた。
2階にあがり、長い廊下を歩き部屋の前に来ると、
「この二部屋をお使いください。お風呂は、一階の廊下の突き当たりにあります」
とその人は言った。
「はい。ありがとう」
私がそう言うと、その人はさっさと廊下を歩いて、一階におりていった。
「ひかり、こっち」
昴くんがそう言って、ドアを開けた。部屋には、ベッドが二つあるだけだった。
「え?昴くんと星野さんで?」
葉月ちゃんが、ちょっと戸惑っていた。
「あれ?だって、葉月ちゃんも、悟さんとのほうがいいでしょ?」
「……」
葉月ちゃんは、固まっていた。
「うん、いいよ、俺と葉月とで」
悟くんがそう言うと、ますます葉月ちゃんは固まった。
「葉月ちゃん、あのさ…。多分、ひかりと一緒の部屋になるより安全だよ」
「あ、安全って?」
葉月ちゃんが、変な顔をしてそう聞いた。
「あ。安全っていうか、安心っていうか…。悟さんとなら、心で会話も出来るでしょ?それに何かあっても、悟さんのほうが葉月ちゃんに光を送れるし、敏感に葉月ちゃんのエネルギーを感じやすいし…。葉月ちゃんのことを守れるのは、やっぱり悟さんなんだ」
「……」
葉月ちゃんは、悟くんの方を見ていた。悟くんは、にこって葉月ちゃんに笑った。多分、心で何か会話をしたんだろうな。
「俺も、ひかりといたほうが、ひかりのこと守れるから…」
昴くんがそう言うと、
「わかった…」
と、葉月ちゃんが言って、もう一部屋のほうに入って行った。
私たちも部屋に入ると、ベッドにごろんって昴くんは寝転がった。
「なんか、疲れたね」
「うん…」
私も荷物を置いて、ベッドに座った。
「……」
『ひかり、あの司って人のことは、気にすることないって』
私の心の中を読んで、昴くんが言ってきた。
「え?うん…」
『あのさ。誰かが聞いてるとは思えないけど、でも念のために、心の中で会話をするようにするよ』
『うん』
『ノエルさんが言ったように、因果応報、過去生からの何かが今生で関係してるとしても、それは、時間の枠の中に住んでいたらっていうのが、前提のことなんだ』
『時間の…枠?』
『幻想の世界だよ。時間ってのは、ないものでしょ?時間のない世界では、因果応報なんて関係ないんだ』
『輪廻もない』
『そうだよ。幻想だ。マトリックスだ』
『うん…』
『俺らは、マトリックスから抜けてるんだ』
『ネオみたいに?』
『ああ、そう。あの映画の主人公のね…。えっと、あの俳優なんていったっけか?』
『キアヌ・リーブス』
『ああ、そうそう。それで、あの黒のスーツ着て黒のサングラスしてる…、なんてったっけ?』
『わかんないけど…』
『とにかく、そいつ、ネオのことやっつけようとするじゃんか。マトリックスから抜け出たやつをさ。どうにかして、また幻想の世界に戻そうと…』
『うん』
『そんな感じ?もしかすると』
『どういうこと?』
『巧妙に、巧妙に、幻想に戻そうとしてるのかもよ』
『ノエルさん?』
『ノエルさんとか、白河さんとか、司って人も』
『グルになって?』
『あはは。多分、自覚はないよ。グルになって打ち合わせもしてないよ』
『…じゃ、どうやって?』
『う~~ん。そういうシステムみたいなのが、きっと作動してるんだ。本当は俺らの中にもある』
『そういうシステム?』
『気をつけないと、そっちのシステムにのっとられ、俺らも幻想世界に逆戻りする』
『なんで?』
『それが、3次元の人間の中にきっと、埋め込まれてるから』
『怖いね…。なんか、SFというか、ミステリーというか、オカルトというか…』
『ああ、ごめん、言い方悪かった。そういうゲームをしてる』
『え?』
『そんなふうにさ、人間創って、神であることも忘れて、幻想世界にどっぷり浸かってる忘却ゲーム。思い出しそうになると、また忘れるように、多分作動するんだ』
『じゃ、いつまでたっても…』
『いや、それがもう、思い出す方向へと切り替わってる。だから俺ら、宇宙船に行ったりしたんだよ』
『でも、そのシステムがあったら…』
『それを、現実見れるよう、スイッチが入れ替わり出してる。だけど気を抜くと、そのスイッチが戻ってしまう…。だから、意識して今にいないと駄目なんだ』
『今に…』
『過去や未来はね、幻想の世界。今だけだよ、リアルなのは』
『そうだったね』
『そう。だから多分、ノエルさんたちはきっとね、幻想世界に浸るシステムが、稼動しちゃってて、なかなかスイッチ切り替われないんだろうな』
『本当はあの人たちも、マトリックスから醒めるの?』
『うん。と、思うよ。みんなして、思い出すほうへと進むと思うんだよね』
『……』
『多分、いっちゃんああいう人は、この旅というか、ゲームを面白楽しくしようとしたんじゃないのかな』
『どういうこと?』
『ゲームがより、複雑で難しくて、クリアーしにくい方が楽しいでしょ?』
『私は、嫌だな。あまり難しいゲーム、苦手』
『うん。それもいろいろなんだよ。楽しみ方は人によって違うんだよ。きっと』
『違うって?』
『早くに思い出して、人々を導いたりするのが楽しいって魂とか、俺らみたいに、サポートするために地球に来ることを目的とした魂とか、高次元のままの姿でサポートする魂とか、ぎりぎりまで思い出さないで、3次元を楽しみきろうとする魂とかさ…』
『なるほどね』
『うん…。そんななんだよ、きっと』
『じゃ、ノエルさんや白河さんは、もしかすると、ギリギリまでねばって思い出すとか?』
『かもしれないし、一番神から遠い存在に一回なってみて、それから、自分は神であると思い出すのを、楽しむのが好きなのかもしれないし』
『な~~んだ。それだけ?』
『な~~んだって?』
『だって、アセンションを邪魔するとか、低いエネルギーとか言うから怖くなってたよ』
『そうだよ。邪魔をするのを楽しむために、来た魂かもよ?』
『え?』
『邪魔された方が盛り上がるから、いっちょよろしく頼むよ、なんて、俺らが頼んでたりして、実は』
『そうなの?頼んだの?』
『あはは。それは知らない。覚えてない。でも、そのことも忘れてるだけだったりしてね』
『……』
『え?呆れてる?』
『だって、昴くん、能天気すぎ…』
ドンドン!
いきなりドアを、思いきりノックする音がした。ドアを開けると、葉月ちゃんだった。真っ青な顔をして立っていた。
「ど、どうしたの?」
私も昴くんも、驚いてしまった。
「星野さん、やっぱり無理です」
「え?」
「わ、私、怖いです」
「何が?」
「悟くん」
「え?」
驚いたのは、昴くんだった。
「葉月ちゃん?」
この怖がりようは、こっちの次元の葉月ちゃんかも。
「怖くないよ?悟くん、優しいじゃない?」
「怖いです」
そう言うと、葉月ちゃんは震え出した。
「部屋、入る?」
昴くんがそう言ったが、葉月ちゃんは首を振った。
「いやだ!」
「え?」
私たちの部屋に入るのを、拒否している。
隣の部屋から、悟くんが出てきた。
「葉月、ごめん…」
『え?何したの~~?』
私と、昴くんが同時に思っていた。
「俺、何もしないし、もう寝るから安心して?」
『……。何かしたの?』
と、また同時に思っていた。
「違うの!悟くんは、謝ることなんてないの!」
いきなり葉月ちゃんは、そう言って泣き出した。
「葉月ちゃん、大丈夫?」
私は、葉月ちゃんのことをそっと抱きしめると、
「星野さん、私どうしたらいいんですか~~?」
と、私に抱きついてきた。
「葉月ちゃん?」
昴くんも、心配そうにしていた。
「さ、悟くんのすぐそばにいたいんです。隣にいて嬉しいって思ってるのに、いきなり怖くなって、次の瞬間にこっちの次元の私に入れ替わるんです」
「え?じゃ、今は、高い波動の葉月ちゃんね?」
「はい」
「じゃ、低い波動の葉月ちゃんに出てもらわないと」
昴くんがそう言うと、葉月ちゃんは驚いていた。
「そしたら、悟くんのこと、すごく怖がっちゃいます」
「うん。でも、そうしてから、悟さんに愛してもらわないと」
「え?」
「こっちの次元の葉月ちゃんが、悟さんは怖くなんかないんだって、そうわからないと、いつまでたっても、こんなことになっちゃうと思うよ?」
「…そうなんですか?」
「うん…。悟さんのこと、信じてさ…、任せてみたら?」
「はい…」
葉月ちゃんはそう言うと、悟くんの方を向いた。
「とりあえず、部屋に戻ろう?」
悟くんは、優しく葉月ちゃんにそう言った。そして、二人で部屋に戻って行った。
私と昴くんも、部屋に入った。
「大丈夫だよね?」
私が昴くんに聞くと、
「うん、悟さんがついてるから」
と笑った。
「そうだよね…」
それから、二人でタオルと着替えを持ってお風呂に行き、部屋に戻るとベッドに潜り込み、ほとんど同時に私たちは眠りに着いた。
夢の中で、
「あ、寝ちゃった…」
と、昴くんは言って、
「そうとう、俺ら、疲れてたね」
って笑っていた。
「うん。くたくたになってた」
「大丈夫?」
「うん。もう寝ちゃってるし大丈夫だよ。ゆっくり寝れば…」
「じゃ、夢の中なら何をしても、体は寝てるから大丈夫だね?」
「え?」
いきなり何もなかった空間が、昴くんの部屋になり、ベッドに押し倒された。
あ。昴くんの部屋でなんだ…と思っていたら、
「だって、1番、俺落ち着くから」
と昴くんが、言った。そして、夢の中で抱き合って、そのまま夢の中でも寄り添って眠った。