ミッション5 最後の浄化
心の奥が、ぎゅうって締めつけられる感じがしていた。こっちの次元の私だ。徹郎を前にして、ものすごく怖がっている…。
「徹郎…。どうしたの?急に会いに来るなんて…」
私は、必死で震える手をおさえながら、徹郎に聞いた。
「ああ…。テレビ観てさ…」
徹郎は、少し話しにくそうにしていたが、話を続けた。
「天宮昴と付き合ってんの、ひかりだろ?」
「うん」
「大丈夫なのか?」
「え?」
「いや…、こんなこと言うのは、あれなんだけど…。遊ばれてるっていうか、あんなのと付き合ってても、ひかりにとって良くないだろうって…」
心の奥から怒りも飛び出す。う…落ち着け、私。
「それを言いに来たの?」
「気になったからさ」
「……」
この場から、今すぐ逃げ出したい。そんな気持ちが沸いてくる…。
「お前、あんなのと付き合って、幸せになれるとでも思ってるのか?」
あんなのって何よ。なんで昴くんのことを、そんなに悪く言うの。あなたの方が、よっぽどどうしようもない…。私が苦しんでたのは、あなたのせいよ…。
頭の中を、そんな考えがぐるぐるとめぐる。そして心の奥底から、また声が聞こえてきた。
『こいつは、敵だ』
え?
『お前を、傷つけにやってきた』
……?
『敵だ』
敵って何?
私の中に、『そうだ。敵だ。私を傷つける敵だ』と思っている私がいる。
ブルブル!その声も、考えも振り払い、
「徹郎は幸せなの?」
と、徹郎に聞いた。
「え?」
「赤ちゃん、生まれたんでしょう?女の子?」
「ああ…」
「名前は?」
「愛って名前だ」
一緒だ。向こうの次元と…。
「可愛い名前だね」
『可愛くない。そんな赤ちゃん、死んでしまえばいい』
え?
『私の赤ちゃんが、死んだように…』
ゾク…。ものすごい冷たいエネルギーが、奥底から突き上げてくる。それが黒い霧となって、私から出てきた。
「徹郎!」
私はその黒い霧に包まれる前に、徹郎に言うべきことを言おうと思った。
なんとなくだが、こっちの次元の徹郎も、赤ちゃんへの罪悪感や、孤独や愛されたいという気持ちがあるんじゃないのかって、そんな気がしたからだ。
「あのね、もし死んじゃった赤ちゃんに罪悪を感じてるなら大丈夫だから」
「え?」
徹郎は驚いていた。
「徹郎のせいじゃないの。だから、徹郎は奥さんと愛ちゃんと幸せになることだけ、考えてたらいいの」
『何を言ってるの?徹郎なんて、不幸になればいいのよ』
う、うるさい。黙ってて!
私は心の奥から聞こえる声に、そう言ってから、
「赤ちゃんはね、また徹郎の子として生まれ変わってくるから。今度は男の子。だから、徹郎の跡継ぎとして生まれるから安心して。お母さんやお父さんも、そして奥さんも、みんなで幸せになれるから」
「な、なんで、跡継ぎのこと?」
「じゃ、そういうこと。私も昴くんがいて幸せなの。だから大丈夫なの。昴くんは本当に優しいし、大事にしてくれるの」
そう言って私は席を立ち、その場をさっさと離れた。
黒い霧があやうく、徹郎を飲み込む前に…。
『何が、幸せになれる…だ』
また、声がする。
『あいつは、敵だ』
敵じゃない。
『あいつはお前を、不幸にした張本人だ』
違う!
『あいつは…』
うるさい!あなた誰よ?!
『お前だ。お前自身だ…』
私…?
「ひかり!」
新宿駅までの道を歩いていると、目の前に昴くんが現れた。
「良かった、会えて…。わ。どうした?この霧…」
私の周りには、黒い霧が立ち込めていた。その霧を昴くんが、一瞬で消し去った。
「昴くん…」
「真っ青だね。どっかで休もう」
そう言うと、昴くんは私の肩を抱き、近くのカフェに連れて行ってくれた。
「あったかいもの、買ってくるよ」
昴くんはカフェオレを買って、自分のコーヒーと一緒にテーブルに持ってきた。
「はい」
「ありがとう」
「なんか変な声聞こえたけど、あれは何?」
「え?」
「さっき、ひかりのエネルギーが変だったから気になって…。集中してたら聞こえてきた」
「低い、怖い声?」
「そう。徹郎さんに会ってたの?」
「うん」
「それで、どうした?」
「体の奥から変な声が聞こえるし、黒い霧が体からどんどん出てくるから、急いで徹郎に言いたいことだけ言って、別れてきちゃった」
「徹郎さん、なんか言ってた?」
「昴くんはもて遊んでるだけだから、やめろって」
「ええ?!うそ」
「ほんと、言ってたよ」
「なんだよ、それ…」
「ふふ…。思い違いもいいとこだよね」
「…それで、ひかりものすごく怒ってたの?」
「う~~ん。怒ってたのは多分、こっちの次元のひかりじゃないかな…」
「敵だって言ってたのは、ひかりの声じゃなかったよね」
「うん。なんだろう、あの声…、怖かった。気味が悪い。幻聴?」
「いや、もしかすると…」
「え?」
「なんか、低い次元が交信して来てるのかも…」
「交信してる?私と昴くんみたいに?」
「交信っていうよりかは、一方的に話しかけてきてんのかもしれないけど」
「低い次元って?」
「低い次元のエネルギーだよ。何かはわからないけど…。あ、ほら。ノエルさんも、誰かとチャネリングしてたよね?プレアデス人だって言ってたけどさ。こっちの次元のノエルさんは、もっと低い次元の何かとチャネリングしてんのかもしれない」
「怖いエネルギーなの?」
「怖くないよ、別に…。ただ低いだけだ。きっとね」
「低い?」
「うん。こっちの次元のひかりの心にある、低いエネルギーとぴたりと波長があってるのかも。だから、つながっちゃうのかもしれない」
「ええ?じゃ、どうしたらいいの?」
「う~~~ん。そうだな。ひかりが、そっちの波動に合わさないようにしてたら、大丈夫なのかな~~」
「私が?」
「う~~ん。ごめん、わかんない。あ、悟さんに聞いてみる?悟さん、確か今日はラジオの生番組あるから、有楽町に行くって言ってた」
「じゃ、これから?」
「うん。10時くらいに入るって言ってたっけ。ちょっと待って」
昴くんは、携帯で悟くんに連絡を取り、少しの時間会えるようにしてくれた。
「ちょっと、ラジオ始まる前に時間取れるって言うからさ、有楽町に移動しよう」
「うん」
それから、悟くんと昴くんと私の3人で会った。
「ごめん、いきなりで…。ちょっと悟さんに聞きたいことがあったから」
昴くんが、そう言って話を切り出した。
「なんかさ、こっちの次元のひかり、低いエネルギー体とつながっちゃってるみたいで…」
「つながる?」
「ノエルさんみたいな感じ」
「引き寄せちゃってるのか」
「うん。それってさ、どうやったら、そのエネルギーに引きずられないですむのかなって思って」
「そうだな…。ひかりさんが、高い次元から来たってことだけでも、けっこう守ってることになるかもな」
「私…?」
「うん。それと、昴も高い次元でいるから…。こっちの次元の昴じゃ、守りきれなかっただろうけど」
「そっか。あ、じゃ、俺らがこっちの次元にやってきたのは、すげえいいタイミングだった?もし来なかったらこっちのひかり、やばかったんじゃないの?」
「そうだね。かなりの闇の中にいて、相当低い次元のものを、引き寄せてたかもしれないから」
「私は?私も3ヶ月間、家に引きこもったけど…」
「昴が、ずっと光を送ってたんだろ?」
「ああ。うん…。宇宙船行って、いろんなこと思い出してからは、ずっとひかりにエネルギー送ってたよ」
「だから、大丈夫だったんだろうな」
「守ってくれてたんだ、昴くん。ありがとう…」
「うん…。あ、でも俺が目覚めるまでは、どうだったのかな?」
「え?」
「ちょうど、俺がひかりのすごい低いエネルギーに影響されて、夢でうなされたり苦しんだりしてた頃…。あの頃は、大丈夫だったのかな?」
「そうだなあ…」
悟くんも、少し考え込んだ。
「まあ、とにかくさ…、こっちの次元のひかりさんを守るためにも、お前は高い次元のお前でいないとな…」
「うん、わかってるよ」
「ひかりさんも光のほうを感じるようにして、闇を感じるようなことがあったら、すぐに光を出すことかな」
「うん…」
「じゃ、俺そろそろラジオの放送の準備しなくちゃ…」
「うん。サンキュ。悟さん」
「ありがとう。悟くん」
私と昴くんは悟くんと別れて、駅に向かって歩き出した。
「なんか…」
「え?」
「うん。なんかね…、ちょっとわからなくなっちゃって」
「何が?」
「うん…」
私はどう表現したらいいか悩んでいると、昴くんが私の心の声を聞いて、
「闇を感じた方が、いいと思ってるの?」
と聞いてきた。
「うん。だって、感じないと浄化できないでしょ?」
「そうだけど…。でも、ものすごい闇のエネルギーを出したらやばいかも…」
「え?」
「ひかり、それでこっちの次元、来ちゃったじゃん」
「うん」
「あ、でもそっか…。そのとき俺が横で光を送ってたら、事態は変わってたかな」
「え?」
「俺、あのときひかりの心の方を見てなくて、霧が出たことも感づけなかったから」
「……」
そうだった。昴くんは、金髪の女性のことばかり考えてて、私から出た黒い霧も見えなかったんだ。
「ごめんね。気持ちがどっか行ってたね。あのとき「今」にいなかった。「今」にいないと、ひかりから出るエネルギーにも気づけないんだな」
昴くんのエネルギーも、感じられなかったっけ…。
「俺が今にいないと、俺のエネルギーもどっか行っちゃう感じ?」
「うん」
「そっか。じゃ、気をつけなきゃ。ほんとに…」
そう言うと昴くんは、私の手をギュって握ってきた。
「今日、帰るよね?」
「どうしようかな…」
「え?」
「明日、バイト遅番なんだ」
「ほんと?」
「あ…。でも泊まったりしたら、お母さんにまた何か言われるかな~~。もう、昴くんちに泊まってたことばれちゃったし」
「そっか…」
昴くんが、心でちぇって言ってる。
「一緒に暮らせたらいいのにね」
私が言うと、昴くんも、
「本当だよ。いつも一緒にいたいよ」
って、少しすねた表情でそう言った。
家に帰ると、母がまたリビングのソファーでテレビを観ながら、私を待っていた。
「お帰り。今日、徹郎さんに会った?」
「うん。会ったよ」
「徹郎さんからさっき、電話があって、あんたにお礼言っておいてって…」
「お礼?」
「なんか、話を聞いて気持ちが楽になったって」
「そう…」
「それから、天宮昴と、幸せにって伝えてくれって言われたわよ」
「え?」
「どんな話をしたんだか、知らないけど…」
「お母さんも、心配しなくてもいいからね」
「え?」
「昴くんは、お母さんが思ってるよりもずっと、優しくてあったかくて素敵な人なの。会ったらわかるよ」
「まだ、19歳でしょ?」
「でも、しっかりしてるよ」
「会ったらって言われても」
「昴くん、お母さんに会って欲しいって言ったら、会ってくれるよ」
「・・・・・どこで会うの?」
「どこででも…。うちにだって、来てくれると思う」
「だけどそんなこと、近所に知れたら…」
「夜とかなら、近所の人だってわからないよ」
「そう?」
「うん」
「じゃ、今度一回、呼んでちょうだい」
「うん」
「だけどお父さんはなんて言うか、知らないわよ」
「お父さんだって、わかってくれるよ」
私はそう言うと、自分の部屋に行った。
ふう…。どっと疲れが出た。母と話してる間も、心の奥から母に対しての憎しみのような感情が沸いていたし、また声も聞こえだしていた。
『簡単に許すな…』
って言う声。まったく…。なんなんだろう。どうしてそうも、マイナスで悲観的で、根暗なことを言ってくるのか…。
あれ?でもそういった感情や、言動も、全部一回受け入れてみたらいいのかな?と、そんなことも思ったけど、どうやって受け入れたらいいのかが、わからなかった。
久しぶりにパソコンを開いてみた。小説のランキングを見ても変わってないし、感想も悪評が書いてあるだけだった。
「あ~~あ…」
なんか、やる気を失せるな…。なんて思いながら、昴くんのオフィシャルサイトをのぞいてみると、昴くんのじかに書いてあるブログが載っていた。
「あれ?ブログ自分で、始めたんだ」
私の小説を紹介してあり、すごく感動したと書いてくれていた。それに、
>今、付き合ってる人がいます。愛する人と出会えたことって、奇跡ですよね。大事に思える人がいる、それだけでもう、僕は幸せものだって思います。
と書いてあった。ああ…。昴くんのあったかいエネルギーも、伝わってくる。
もし、このブログや、昴くんが出演するドラマやテレビ、ラジオからも、このあったかいエネルギーがどんどん出たら、この次元も一気にあがっちゃうんじゃないだろうか…。そんなことを、ふと思った。
時計を見たら、悟くんがラジオに出る時間でラジオをつけた。悟くんが話し出すと、優しいあったかいエネルギーを感じた。悟くんも、ラジオを通してあったかい派動を送ってるんだな。聞いてる人たちに…。
ほわ~~ん。どんどん癒されていく。眠気も感じて、ぼんやりしていると、
『ひかり?』
と、昴くんの声がした。
『うん…。何?』
『俺のブログ見た?』
『見たよ。ありがとう、小説、紹介してくれて』
『うん。こっちの次元でも、いろいろとやっていこうと思ってさ』
『うん、そうだよね。あ、そうだ』
『ん?』
『お母さんがね、昴くんを一回、家に呼びなさいって』
『え?何?その展開。すごいね』
『なんで?』
『だって、ものすごく俺のこと、気に入らなかったんじゃないの?』
『徹郎がね、うちに電話をしたらしいの。私と会ったあと…。それで、お母さんに伝言を頼んだらしくて…』
『どんな?』
『昴くんと、幸せにっていう伝言』
『え?』
『それを聞いて、ちょっとお母さん、気持ちが変わったっていうか…』
『すごくない?』
『え、何が?』
『徹郎さんだよ。なんか、お母さんといい徹郎さんといい、もうすでに次元変わってない?』
『そう?』
『あ、ひかりの次元が変わってるから、起きてくることも違ってるのか』
『そうかも…』
『じゃ、早くにこっちの次元のひかりの中から、闇を出した方がいいね。そうしたらもっと、次元があがるよ』
『うん。そしたらもう、低い次元を引き寄せることもないもんね』
『うん…。あのさ…』
『え?』
『こっちの次元のひかり、表面化させられない?』
『え?』
『表面化して感情を出し始めたら、それを俺が浄化することできると思うんだけどな。あ、ほら。こっちの次元の俺の感情を、ひかり浄化してくれたじゃんか』
『うん』
『そんな感じでさ』
『うん。そうだね。いいかもしれないけど。でも、どうやったら表面に出るかな』
『この前は、どうしたら出たの?』
『徹郎が電話してきて、突然私、その電話に出るのを拒否したんだ。ほんと、一瞬にしてこっちの次元のひかりになってたの』
『そっか~~。う~~ん。突然出たのか』
『今日は、徹郎に会ったとき、何度も心の底でこっちの次元のひかりの感情を感じたんだけど、思い切り無視しちゃった。でももしかしたら、低い次元の私の感情を感じたら、入れ替わってたかもしれない』
『じゃ、今度もし感じたら入れ替わってみて。だけど入れ替わる寸前に俺に、心で合図してくれる?』
『わかった。してみる』
『うん。できたら、俺といるときならいいんだけどさ。入れ替わると、多分、俺の声も聞かないようにするだろうし』
『そうだね…』
『あさって、本山に行くじゃん。できたら、その前に浄化できればいいんだけど…』
『その前にって、明日しかないよ』
『そうなんだけどさ。ちょっと、かなりやばいところな気がしてさ。負のエネルギー溜め込んだままそんなところに行ったら、どうなっちゃうかなって想像もつかない。その前に、できたら浄化したいって気がしてならないんだよね』
『明日昴くん、仕事は?』
『午後から』
『じゃ、午前中に昴くんちに、行こうか?』
『うん。そうして』
私と昴くんは、明日会うことにして、交信を終えた。
負のエネルギーは、そのエネルギーを持った事柄や人を引き寄せてしまう。それは、以前美里とビリヤードのあるお店に行き、嫌ってほどわかったことだった。
自分だけでなく、相手の負のエネルギーも、吸い寄せるかのように出させてしまう…。
負のエネルギーは出して浄化した方がいいんだ…。そのとき、悟くんは言ってた。でも今回は、感じないようにしてって言われた。どっちがいいんだろうか。
ううん。悩むのはやめよう。昴くんがいてくれる。大丈夫。もし、こっちの次元の私と入れ替わっても、絶対に昴くんなら助けてくれる…。昴くんを信じよう。
その日の夢には昴くんが現れて、ずっとずっと私のことを抱きしめてくれていた。
翌日、9時には昴くんのマンションに着いていた。昴くんは起きたばかりのようだった。
「あ、ごめん。ひかり。今さっき起きた…」
昴くんは、まだスエットでぼさぼさの頭だった。
「ふわ~~~。昨日遅くにさ、悟さん電話くれてさ」
「うん」
「で、こっちの次元のひかりに出てきてもらって、感情を浄化しようと思ってる話をしたら気をつけてって」
「気をつける?なんで?」
「うん。負のエネルギーは似た派動を引き寄せるから」
「そうだよね。それは何度か、体験済みなんだけど…」
「こっちの次元のひかりはさ、低いエネルギーともつながってるじゃん。それ、悟さん、すごく気にしてて…。まさかとは思うけど、水子の霊が本当にいて、その声かもしれないしって」
「まさか!そんなこと…」
「うん。俺もまさかって思ったけど。もしね、こっちの次元のひかりが、水子の霊がいるってことを、信じてるようだったら、そういう現実を作り出してる可能性はあるんだよって…」
「でも、そんな…!この声が赤ちゃんだって言うの?!」
「かもしれないってこと」
「そんな…。私の赤ちゃんが、そんな…」
「悟さんだって、かもしれないって言ってるだけで、本当に水子の霊かどうかはわからないんだから」
「うん…」
「大丈夫!心配することは何もないさ。全部、必要で起きること。うまくいくって」
「そ、そうだよね」
良かった。昴くんは、いつでも明るく前向きに考えてくれるから、私も気持ちをすぐに切り替えられる。
「楽天家だからさ。俺は」
私の心の声を聞き、昴くんはそう言った。
「くす…。そうだね」
こっちの次元の昴くんは、後ろ向きなところがあったけど、今、目の前にいる昴くんは、なんでも肯定的に見れる昴くんだ…。
「さてと。ただ、問題は…」
「え?」
「どうやってこっちの次元のひかりを、表面に出すかだよな~~」
「うん…」
心の奥底を、感じてみた。でも何も感じなかった。昨日のような恐怖を感じると、出てくるのかな。でも昴くんといても、恐怖ってないよねえ…。まさか、昴くんに演技してもらうわけにもいかないし。
「演技?」
私の考えに昴くんが、身を乗り出した。
「え?演技でも、する気なの?」
「うん」
「でも、そんなの見抜くよ」
「そうかな」
「だって…」
「こっちの次元のひかりが怖いことって何?」
「嫌われることか、大事な人を失うこと」
「嫌われる?」
「無理だよ。例えば、昴くんが私のことを嫌いになる演技しても、演技だってばれる…」
「俺ならね…」
「え?じゃ、他の人にしてもらうの?」
「低い俺…」
「え?」
「低い次元の俺」
「でもそうしたら、昴くんだって、表面に出れなくなって…」
「大丈夫。俺ならもう混ざってる。低くも高くも自由自在」
「え?そうなの?」
「出てきてもらおっか?っていうか、ちょっと今、派動を下げたら変われるよ」
「あ。じゃ、わざわざそんなことしなくても、私の波動を下げたらいいんじゃ…」
「どうやって?」
「どうやってって。えっと…。暗いこと考えたり、昴くんに嫉妬したり」
「じゃ、俺が何?他の人のことでも考えたらいい?」
「う、う~~ん」
「う~~~ん」
二人して、頭を抱えてしまった。
「無理かな。最近、ひかりのことしか考えられないんだよね。俺…」
昴くんが、頭を掻きながらそう言った。
「あの金髪の人は?」
「う~~ん。なんか、もう顔も忘れちゃってて…」
「そうなの?」
「うん…」
「……」
また二人して、考え込んでしまった。
いきなり昴くんが、
「だから、俺にまかせとけばいいんだよ!」
と、大きな声で言った。
「え?」
出てるエネルギーが違う。今までよりも低い…。
「あ~~~。こっちの次元のひかりが、出てくるようにするには~~」
と、頭をぼりぼり掻きながら、昴くんは言うと、
「ひかり。もう、別れよう」
と唐突に言い出した。
「え?」
「もう、ひかりとは付き合えない」
顔もかなり、怖い表情。でも心の中で、
『こんなこと言ってもな~~』
という声が聞こえてくる。
「うん。そんなこと言い出しても、こっちの次元の私、出てこないと思うんだけど」
「…じゃあ、これは?」
昴くんはいきなり、私の両腕を掴んで、キスをしてきた。
は?これで、出てくるの?私は、昴くん、考えが安易すぎって思っていると、そのままベッドに押し倒された。
だから~~。昴くん。こんなことで、表面には出ないってば…。と、思っていると心の奥底で、何かを怖がってる私がいるのに気がついた。
あれ…?何?なんで怖いの?昴くんなのに。
ギュウ…。痛い。腕、昴くんがさっきから、すごい力を入れて握っている。
「痛いよ、腕…」
昴くんはそう言っても、力をゆるめなかった。
「痛い…」
昴くんは腕をぎゅって掴んだまま、のしかかってきた。
「い、痛いってば!」
腕に力をいれて、振り払おうと思っても、もっと力を入れて握ってくる。
怖い!嫌だ!心の奥底で、私がそう思っている。
あ、これ…。こっちの次元の私だ。どうやったら、入れ替われるんだろう?この怖いって感情に抵抗しなければいいのかな…。
怖い…。それをそのまま、感じてみた。
昴くんは、またキスをしてきた。でも、かなり乱暴なキスだった。それに、突然着ていたブラウスのボタンが取れるくらい、乱暴に脱がせようとする。
嫌だ。怖い。
体が震え出した。
やだ、やだ、やめて!
心の奥で、そう叫んでいる。心の奥で、こっちの次元の私は怖がってるんだけど、私自身が昴くんの吐息に、ドキってしてる…。
私が昴くんにドキってした次の瞬間、こっちの次元の私がすっていなくなったのがわかった。
「あ!」
と、私が叫ぶと、
「え?」
驚いて昴くんが、体を起こした。
「駄目だ。消えた」
「え?」
「引っ込んじゃった」
「え?」
「だから、今、こっちの次元の私出てきてたんだけど、突然心の奥底に引っ込んじゃった」
「ええ?……。」
昴くんは、力が抜けたって表情をして、
「なんだよ~~。そっか~~」
と、へなへなと私の上に倒れこんできた。そして、掴んでる腕をゆるめて私の腕を見てから、
「あ、ごめん。ひかり。そうとうな力で握ってたみたい。痕ついちゃってる」
って謝った。
「うん。痛かったよ」
「ごめん…」
昴くんは、かなり申し訳なさそうな、情けない顔をした。
「それにボタン、どっかに飛んでっちゃった」
「うそ!どこかな。探すよ。そんでブラウスにつける」
「え?誰が?」
「俺が」
「出来るの?」
「ボタン付け?できるよ」
「……」
「オトメンって今、思った?」
「あ。うん。なんでもできるんだなって…」
「あのさ…」
昴くんはベッドの上や下をのぞき、ボタンを探しながら聞いてきた。
「こっちの次元のひかり、どう思ってたの?」
「え?」
「何を感じてたみたい?」
「怖いって思ってたよ」
「怖い?」
「うん。徹郎に乱暴されてたときの記憶も、よみがえって…」
「それ、けっこう酷い乱暴?」
「ううん。一回ひっぱたかれただけで、あとは、ものを投げられたり怒鳴られたり、ちょっと腕を強く掴まれたりしたくらいだけど。でも、それでも怖かった」
「だろうね」
「その記憶を思い出して、怖くなったんだね」
「波動低くしたら、俺、こんなことしちゃったか~~」
昴くんは、は~~ってため息をして、
「ちょっと、自分でも情けない」
とつぶやいた。
「でも、演技だったんでしょ?」
「そうだけどさ…。ごめんね、ひかりも怖かったでしょ?」
「私?こっちの次元の私じゃなくて?」
「うん」
「別に」
「え?」
「怖くないよ」
「…なんで?」
「なんでって、だって昴くんだし」
「……」
昴くんは、ちょっとあっけにとられていた。
「怖くなかったんだ。こんな俺でも…」
「?」
「俺、かなりやばいって思ってたけど…」
「ふふ…」
「何?なんで笑ったの?」
「なんでもない」
ドキってしたなんて、言えないよ~。
昴くんは私をじっと、黙って見つめた。あ、心読んでるのか…。やばい…。
「うそ!」
「え?」
「ら、乱暴な俺にもときめいてたの?」
ああ…。読まれた…。恥ずかしい…!
「そんな、恥ずかしがらなくても…」
「低い波動だと、私の感じてることとか読めなくなるの?」
「ああ。そういうのも忘れてた」
「え?」
「そうだね。高い波動のときのほうが、簡単に聞こえるみたい」
「ふうん」
じゃ、さっき、私が心で感じた、こっちの次元の私の恐怖は、昴くんにはわからなかったんだ。
「うん」
昴くんが、私の心の声に返事をした。
じゃ、私の気持ちも…。
「うん。わからなかった。まさかときめいてるとは…。じゃ、たまにこんなワイルドな俺のほうがいい?」
「い、いいってば。そういうの考えなくても…。もう~。それよりこっちの次元の私を、表面化させる方法!」
「あ、そっか。う~~ん。悩むな~~」
相当ショックなこととか?それか、怖いこと、それか、えっと~~。また、二人で悩み出したが、答えは出ない。
「もう、いっか~~。もしかして何かしようとしなくても、ひょいって出てくるかもしれないし」
私がそう言うと、昴くんもにこって微笑んで、
「そうだね」
と、うなづいた。あ~~、悩みすぎて疲れた…。と思いつつ、昴くんにもたれかかると、昴くんは優しく抱きしめてくれた。
「ひかり、大好きだよ」
「うん」
さっきとは全然違うエネルギーで、私を包み込んでくれて、そして優しくキスをしてくれた。
ああ、とろけちゃいそうだ…。
この昴くんの愛を、思い切り感じたら、一気に負のエネルギーなんて、浄化されるのにな~~。
それから、昴くんは出かける準備をして、一緒に近くのファミレスに行き、お昼を食べそして別れた。
結局は、こっちの次元の私は出てこなかった。
4時になり本屋に行くと、また更衣室で噂されてたらしい。う~~ん、なかなかしつこい。
あ、どうやら心の奥で、嫌がってる私がいる。
更衣室を出ようとすると、一人の若いバイトの子が、
「いい気になってるんじゃないの?昴のブログに大事にされてるみたいなこと、書いてあったからって」
と、私に言ってきた。
「え?」
「でも、あなたみたいなおばさん、昴が本気にするわけないじゃん」
「……え?」
何?この子…。私のいた次元では見たことのない顔だ。その子から思い切り黒い霧が出ていて、あやうく飲み込まれるところだった。その前に私は、更衣室を出た。
胸の中がむかむかした。
そのまま事務所に向かい、仕事に専念して、今あったことを忘れようとした。
仕事が終わり、事務所を出ようとすると、
「星野さん、小説読んだんですけど…」
と、社員の斉藤さんが言ってきた。
「え?」
読んでくれたんだと、喜ぼうとすると、
「なんか、いまいちですね。文章も幼稚だし、ストーリー展開もわかりにくいし。途中いきなり雑になってたし」
ええ?
「星野さんには、小説なんて、無理だったんじゃないですか?」
ムカ!思い切り頭に来た。うっさい!お前に言われたかないよ!と同時に心の奥で、私って駄目人間だという声がした。こっちの次元の私だ。
さっき、若いバイトの子から言われたときも、ああ、そうだ、こんな年の私が昴くんと付き合ってるなんてみっともない…って思ってた。
かなりの自己否定だ。こっちの次元の私は、相手を怒るどころか、納得して自分を下げてしまうのか…。
「は~~」
重くるしいため息をつきながら、ビルを出た。新宿の駅に行くまでの道のりでは、また喧嘩があったり、悪口が聞こえたりした。あ。次元、下がってる…。
なんか、落ち込んでる。重い…。心の奥にドスンって、錘でも入ってしまったように…。
ドン!いきなり人がぶつかってきた。
「ちょっと、気をつけなさいよ」
ぶつかってきた女性から、怒られた。
「すみません」
なんで謝ってるの?ぶつかってきたのはあっち…。私は謝ってる自分に、情けなくなりながら、ふらふらと駅の改札を通った。
キオスクでガムでも買おうとすると、雑誌に目が行った。雑誌の表紙には、
「天宮昴、10歳も年上の女性と、交際。いつまで続くのか?」
と書いてあった。
ズズン…。また心が沈む。いつまでって、何…?ああ…。なんか、ものすごく落ち込んでる、私…。
『昴くん…』
心で呼ぶと、すぐに返答があった。
『ひかり?』
『なんか、私のエネルギー、変?』
『うん。なんか重いね』
『やっぱり?なんだか、落ち込んじゃって』
『落ち込むようなことがあったの?』
『うん。今、思い返す』
『ありゃ…。へこむようなこと言われたね。でも気にすんなよ。その若い子は、羨ましいだけだし、斉藤ってやつは、自分の方が優位な立場でいたいだけさ』
『……』
『ひかり?』
『昴くん…。駄目だ。気が重い。どんなこと言われても元気でない』
『え?』
『気休めにしか聞こえない…。私駄目なんだよ。小説だって悪評ばかりで、私自信ない。もう、あの小説消したい…』
『ひかり?どうしたんだよ?』
『それに昴くんとだって、つり合わないって思ってた。バツ一で、こんなおばさん嫌でしょう?』
『へ?』
『もう、別れよう…』
『は?何言ってんの?ひかり?』
『昴くん…』
『何?』
『交信やめる』
『え?なんで?』
『……』
『ひかり?ちょ、なんで?』
『昴…くん、私…入れ替わるみたい…。次元低くなってる…』
『え?』
『もうすぐ、消える…。だから、あとはよろしくね…』
『え?え?』
『……』
『ちょ、ひかり?』
『……』
『ひかり、聞こえてる?』
『何?』
『あ、聞こえてた?良かった』
『また、声?もう、やめて!』
『え?』
『もう、何も聞きたくない!』
『ひかり…』
ブチ…。私は、交信を切った。私はといっても、次元の低い方の私だ。そっちの私が、表面に出たようだ。
思い切り落ち込んだとき、波動が下がったらしい。どうにか入れ替わる前に、昴くんに合図を送ったつもりだが、昴くんは気づいてくれただろうか。
それにしても、いつ入れ替わったのか…。私、かなり根暗なことを考えてたし、昴くんに言っていたけど…。
電車に乗っていると、いきなり携帯がなった。メールだった。
>ひかり、今すぐに会おう。
昴くんだ。
>今からなんて無理。
と私が打った。ああ!会わなくちゃ駄目だよ。
>これからひかりの家に行く。
>無理だよ。お母さん怒るよ。
>じゃ、出てきて。近くのファミレスかどっかで会おう。
>人に見られるから駄目。
あ~~。もう!どうしてこうも、マイナス思考なの?
>わかった。じゃ、俺のところに来て。絶対に来て。絶対!
>なんで?
>とにかく、来て。来てくれなかったら
途中で言葉が途切れていた。何?こっちの次元の私は、ものすごく気になっていた。
行かなかったら、別れるとか?そういうこと…?
ドキドキした。怖くて手が震えそうになった。ああ、そんなにも別れることへの恐怖があるのか。なのに、なんでさっきは別れるなんて言い出したのか…。
>わかった。今から、電車乗り換えてそっちに行く。
私は次の駅で降りて、電車を乗り換え、昴くんの家に向かった。
行くまでの間に考えてることは、別れ話だったらどうしよう…、怖い…。そんなことだ。どうやらさっき、昴くんに別れようと言ったことは、覚えてないらしい。
不安でいっぱいになりながら、昴くんのマンションのエントランスに入っていった。
ドアの前に来てもドアは開かず、私はチャイムを鳴らした。ガチャ…。ドアを昴くんが開けて、私は入っていった。
どっかで、昴くんのことを怖がってる私もいた。部屋に入り、ふと私は自分の腕を見た。もう、昴くんに握られたところには痕がなかったが、それでもそのあたりを私はさすっていた。
あ。今朝の記憶が残ってるんだ…。
「夕飯は?」
「まだ」
「じゃ、なんか作ろうか?」
「いい。おなかすいてない」
「あ。そうだ。パンがあった。菓子パンだけど食べる?」
「うん」
私は、言葉が少なかった。いや、どうもいつも昴くんといても、このくらいしか話をしないようだ。
「えっと…、コーヒーでいい?」
「うん」
昴くんはコーヒーを淹れてくれて、部屋のテーブルの上に置いた。
「あの…」
私は、おずおずと口を開き、
「なんで、今日呼んだの?」
と聞いた。かなりの勇気を持って、聞いたようだ。
「うん…、会いたかったから」
「でも、今朝も会ったよ」
「え?覚えてるの?」
「うん」
「あれ?ひかり?」
「何?」
「いや…」
昴くんは、一瞬次元の高い私がいるのかと思ったらしいが、私のエネルギーに集中し、違うのを確認したようだ。
「ごめんね、今朝は…。腕に痕、残ってない?」
「うん…」
私はまた、腕をさすりながらそう答えた。
「今朝の俺、変だった。もう、あんなことしないから安心して」
「…なんで?」
「え?」
「なんでいきなり、あんなことを…」
「あ、まじでごめん…」
「昴くん、ぶっきらぼうだけど、ああいうことはしないって思ってた…」
「うん。だよね。ごめん…」
昴くんは、ずっと謝りっぱなしだ。
「あの…」
「え?」
私は別れ話をされるのかと、ひやひやしていた。それに別れる理由は、自分が拒んだからじゃないかとも思っていた。
でも昴くんは、会いたくなったと言ってたのに、それに対しては、まったく何も思わなかったようだ。
「用があったの?」
「え?」
「いきなり、来てって…」
「用?用はないけど。だから、俺はただ…」
「私、まだ…」
「え?」
「まだ、男の人怖くて…」
「あ。うん…」
「……」
私は下を向いて、黙り込んだ。それでも求められたら、どうしたらいいのかを悩んでいた。
「あ!もしかして、そういうことを俺がしたくて、呼んだと思ってる?」
昴くんが聞いてきたが、私は何も答えなかった。
「そういうわけじゃないから安心して。ほんと、違うからさ」
「うん…」
「その…」
昴くんは、少し困っていた。そして、時々私にエネルギーを集中しているようだが、多分私の心の声は聞こえないのだろう。なにしろ、思い切り遮断している。
「私、もしかすると」
「え?何?」
「き、嫌われたかな」
「え?誰に?」
「昴くんに…」
私の心臓はばくばくしていた。もし嫌いだって言われたらどうしようかと、心の奥底で聞くのも怖くて、逃げ出したいくらいだった。なのに、なんで聞いてるんだろうか。
「いや、嫌ってないけど。なんで?」
「こ、拒んだから…」
「え?」
「今朝。嫌だって私…」
「え?そうだっけ?」
「え?」
「嫌だって言われてなかったけど…俺」
「でも、途中でやめた」
「あれは、その…」
昴くんは、頭をぼりぼり掻いて、
「えっと…」
と困っていた。
「私が、嫌がったからじゃないの?」
「うん。違うよ。その…、とにかく今朝はごめん!」
また、昴くんは頭を下げた。
「いい…。もう…」
「え?」
「あまり、謝らないで」
そのまま、俺と別れてくれとか、もうひかりなんて付き合ってられないとか、言われないかとヒヤヒヤしていた。
「あの…。今日バイト先で、若いバイトの子に、変なこと言われて…」
「ああ。それ…」
「え?知ってるの?」
「いや、知らない。なんて言われたの?」
「ブログに私のこと、書いたの?」
「あ…、うん。見てない?」
「うん…。どんなこと書いたの?」
「じゃ、見てみる?」
昴くんは、パソコンを開き見せてくれた。それを読むと、私はかなり驚いてしまった。
「こ、こんなこと…」
「うん」
「本当は、思ってないでしょ?」
「は?」
「言われたこともないし…」
「俺に?」
「うん…」
「そっか。ああ、そうだよね。言ったりしないよね、俺…」
「うん」
昴くんは、また頭をぼりって掻くと、
「でも、これ本音だから信じていいよ」
と、優しく言った。それを聞いても、私は信じられなかった。
「小説のことなんだけど…」
「うん」
「昴くん、紹介してくれたけど、もう消そうかと思って…」
「消すことないよ。周りに何か言われたからって、気にしなくていい。俺も応援するからさ」
「でも…」
「大丈夫だよ」
「でも」
「何?何が怖い?」
「え?」
「何をひかりは、怖がってるの?」
「……」
「嫌われること?非難されること?」
「うん」
「それから?」
「一人になること…」
「そっか…。でも、俺はずっとそばにいるよ?」
「……」
そんなの信じられない。そう私は思った。
「信じられない?」
「うん…」
「なんで?」
「だって、今までも大事な人は、去っていったから…」
「徹郎さん?」
「赤ちゃん…」
「ああ…。そっか」
「……」
私は、心の奥が痛くなっていた。
「でも俺はいる。そばにいる」
昴くんは、ものすごい光を私に向けて放ってくれた。でも、私は心を遮断してて、それすら感じられなかった。
ああ…。昴くんの優しさに気づいてよ。
私は、コーヒーを一口飲んだ。それから、いったいどうしたらいいんだろうかとちょっと困っていた。
「他に、ひかりが怖いことってある?」
「え?」
「大事な人を失うこと以外に」
「…男の人、怖いかな」
「俺も?」
「昴くんは…、今朝みたいなことがなければ…」
「あ、そうだよね。ごめん」
また、昴くんは謝った。
「あ…。そうじゃなくて…」
「え?」
「そういうことが、その…、まだ私…」
「うん。怖いんだよね?」
「うん…」
昴くんは、ものすごく優しい目で私を見ていた。目が合って、しばらく見つめ合っていたが、私は目をそらした。
「なんか、変だよ?」
「え?」
「昴くん、違う」
「俺?どんなふうに?」
「いつも、もっと…、態度が大きいっていうか…」
「え?」
「ぶっきらぼうな話方したりしてる」
「あ~~~。えっと~~」
昴くんは、困っていた。どうやら低い次元になったらいいか、それともどうしたらいいかを悩んでるようだ。
「ぶっきらぼうで、態度が横柄な俺のほうがいい?」
「え?」
いきなり、昴くんにそう聞かれて私は戸惑った。
「だって、いつもそうだったから。なんで今日は違うの?」
「うん。今日は、その…」
「今朝のことがあったから?」
「え?」
「私に気を使ってる?」
「ああ。うん、そんな感じ?」
「それとも」
「え?」
「もう、最後だから?」
「何が?」
「……」
「何が最後?」
「わ、別れ話されるのかなって、思いながら来たの…」
「…別れ話なんてしないよ。だいたい、さっきも俺言ったでしょ?ずっとそばにいる」
「どうして?」
「え?」
「そんなこと今まで、言ったことなかった」
「なかった?」
「そりゃ、俺のことちゃんと好きでいるのかとか、好きになれとか、そういうことは言ったりしたけど」
「あ、そう?俺ってほんと、態度がでかいね…」
昴くんが、ちょっと苦笑いをした。
「なんか、人が変わったみたい」
「…うん。実はそうなんだ」
「え?」
「っていうか、ちょっとここらで、その…、生まれ変わってみようかな~~なんて」
「どうして?」
「それは、その…、今までの俺って態度でかいし、わがままだし、もう少し大人になろうかって思って」
「何かあったの?」
「…今朝も、ほら…、ひかりのこと怖がらせたし。もう少し大事にしないとって思って…」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ大事な人だし、ひかりのことが大好きだし」
「……」
私は、昴くんの顔をぼ~~って見てしまった。昴くんは、優しい瞳で私を見ていた。
「私…」
「うん。何?」
「嫌われてない?」
「嫌ってないよ。なんでそう思うの?」
「だって、今朝、拒んだし…」
「ああ…。あれは俺の方が悪いんだから、嫌うわけないじゃん」
「嫌になったりしなかったの?」
「するわけないじゃん。なんで?」
「…昴くん、まだ19だし」
「え?」
「私は10歳も上なのに…。拒んだりして、あきれたっていうか、もう付き合う気も失せたかなって…」
「……」
昴くんの目は、点になっていた。
「ま、待って。ひかり…。俺のこと、そんなやつだって思ってた?」
「え?」
「いや、そんなやつって思われても仕方ないか…。俺、ひかりにずいぶんと横柄な態度とってたし、全然大事にしてる感じじゃなかったもんな~」
「……」
昴くんは、少し落ち込んじゃったみたいだ。頭をうなだれてから、また顔をあげて私を見ると、
「でもね、今はちゃんと大切に思ってる。いや、前から思ってたと思うけど、そういうのをちゃんと言えなかったんだ」
「そうだったの?」
「うん」
昴くんは、まっすぐに私を見た。私はその目を見て、妙に照れてしまい目をふせた。すると昴くんは、そっと私の肩を抱いてきた。私は一瞬びくってしたが、昴くんの手が優しかったから、そのままにしていた。
「ひかり…」
昴くんの声は、優しかった。
「え?」
「愛してるよ」
「え?!」
私は、思い切り驚いていた。
「ひかりは?」
「私?」
「うん。俺のこと、どう思ってる?」
「それは…」
「うん」
「それは…」
愛してる、大好きって言いたい。でも、怖い。何が?いつか、離れていったらと思うと…。
「俺のこと、好き?」
「……」
私は、黙ってうなづいた。
「じゃ、愛してる?」
しばらく私は、下を向いたままだったが、昴くんの表情を見たくなり昴くんの顔を見た。昴くんは変わらず、ものすごく優しい瞳で見ててくれた。
ボロ…。大きな涙がこぼれた。ボロボロ…。そのあとからも、涙はとめどなく溢れてしまい、私は自分でも驚いていた。
「ひかり?」
「ご、ごめん。泣くつもりはなかった…」
徹郎は私が泣くのを嫌がった。怖い思いをしても、泣かないように我慢した。泣くともっと怒ったからだ。
だから、昴くんの前でも泣いたら駄目だって、こらえようとした。でも、そうすればそうするほど、しゃくりあげてしまい、泣くのをこらえることは出来なかった。
そんな私のことを、昴くんはまた優しくそっと抱きしめてくれた。私はそのまま、昴くんの体に自分の体をあずけた。昴くんの胸に顔をうずめて、声を殺して泣いた。
「大丈夫だよ」
昴くんは、優しく背中を抱きしめて、
「泣いても大丈夫だよ。我慢しなくてもいいよ?」
と言ってくれた。その言葉で、私はこらえてた思いがどっと溢れ、声をあげて泣き出してしまった。
なんで、泣いてるのかな…?苦しかったのかな…?ずっと、泣くのを我慢したから…?
ずっと、一人で自分の部屋のベッドに潜り込んで、声を殺して泣いてた。
誰かのぬくもりを、感じたかったのかな?こうやって、抱きしめて欲しかったのかな?
ううん…。愛されたかったんだ。ずっと、ずっと…。
「愛してるよ。ひかり」
私の心の声が聞こえたかのように、昴くんがそう言った。
徹郎が怖かった…。もっと優しくして欲しかった。
赤ちゃんが死んだときも、誰かに優しくして欲しかった。
離婚して家に帰ったときも、家族に優しくして欲しかった。
愛されたかった。
愛して欲しかった。
愛していた赤ちゃんを、失いたくなかった。
ずっと、苦しくて、苦しくて、でも、誰もわかってくれなくて…。
「もう大丈夫。俺がいるから。俺のこと信じられる?」
昴くんの顔を見た。瞳には私が映っていた。
「うん…」
「俺のこと、愛してる?ひかり」
「うん…」
パア…。私の中から、ものすごい光が飛び出した。そして、心の奥からどんどん、昴くんが愛しいって感情が沸いてくる。
昴くんからも光が出て、私の光と混ざり合った。それが部屋を覆い、部屋の外へと放たれていく。
『愛してるよ…。ひかり』
昴くんの声が聞こえた。
『私も、愛してるよ…』
そう答えると、昴くんはばっと私の体を離し、私の顔を見て、
「ひかり?俺の声、聞こえた?」
と聞いてきた。
「うん」
「…ひかり?あれ?」
「うん。なんか、こっちの次元の私と同化してて…」
「混ざり合ってる感じ?」
「うん。さっきまでは、心の奥に私いたみたいだけど、今は違うみたい」
「だね…。ひかりのエネルギー、さっきと違う」
「浄化したからかな?」
「うん。すごい光が出ていたよ」
「…昴くん、ありがとう」
「ん?」
「私、昴くんも信じられなくなってて…。きっと、昴くんも私から離れていくんじゃないかって、そう思ってて、なかなか心開けなくて…」
「うん、わかってた」
「でも、昴くんは私のこと、本当に大事に思ってくれてるんだね?」
「うん。だって、俺だから…」
「え?何?それ…」
「あれ?ひかり?」
「あ…。今のはこっちのひかり…。まだ、出たり入ったりしてる」
「ああ。そうか。俺もそうだったっけ」
「どうしたら、落ち着く?」
「う~~ん。そうだな。なるべく、派動をあげておくんだ」
「どうやって?」
「愛を感じてるの。つねに」
「愛を?」
「俺の場合は、例えば、なるべく自分の波動が下がりそうになると、ひかりのことを思うことにしてる」
「あ…。光を自分から出すときみたいにすればいいの?」
「ああ。そうそう。光を出してる状態を、いつもしてる感じ。で、愛を感じるようにするの」
「…大変」
「はじめはね。気をつけてないと、ふとした瞬間波動が下がってる。だから、今にいるようにしてるよ、なるべく」
「あ。そっか。それ、悟くんも言ってた」
「これはさ~~、けっこう最初大変なんだ。あれこれ考える癖あるじゃん。人間って…。でも、あ、今だ、今だって、今に帰るようにしてると、だんだんとそういうふうに、してられるようになるんだ」
「そうなんだ」
「ひかりがそばにいたら、簡単なんだけど」
「え?」
「いっつも、ひかりのこと愛してたら、波動が下がることもないからさ」
「そうだね。じゃ、なるべく一緒にいるほうがいいんだよね?」
「そうだね」
「じゃ、私もなるべく昴くんのことを、思うようにして…」
「にゃ~~~!ひかり!」
いきなり、昴くんが抱きついてきた。
「え?何?」
「だって、今までひかりのこと怖がらせないよう、抱きつくのも我慢してたから」
「え?でも、抱きしめててくれたじゃない?」
「そうだけど。こうやって、思い切り抱きつきたかったんだ」
「犬みたい…」
「ええ?どうせ、犬だよ。ワン!」
そう言うと昴くんは、私の胸に顔をうずめてきた。甘えてきてるようだ。しょうがないな~~と思いつつ、頭をなでてあげると、
「ワン!」
と言ってきた。ワン?何が言いたいの?と、心の声を聞いてみると、
『もっとなでて~~!』
と、言っていた。ああ、本当に犬みたいだ。でもそんな昴くんが、ものすご~~く可愛くなった。
ぎゅうって抱きしめて、頭もくしゃくしゃ~~ってすると、昴くんの匂いがして、ますます愛しくなった。
「あ。くす…」
「え?何?」
「今、私の心の声聞かなかったの?」
「あ。うん…」
「こっちの次元の私が、昴くんが甘えん坊でびっくりしてた」
「え?まじで?呆れてた?」
「う~~ん」
昴くんが、私のエネルギーに集中した。
『昴くんって、可愛い』
って、こっちの次元の私も思っていた。
「あ…、ガキだって思われた~~?」
と、昴くんがすねると、
『こんな昴くんもいるんだ。すごい可愛い…』
って、こっちの次元の私が思っている。そして、愛しくてしょうがないって思っている。
私はまた昴くんを抱きしめて、髪をくしゃくしゃにした。それから、頭にキスをして、またぎゅって抱きしめた。ずっとこうして昴くんのことを、抱きしめていたいな…。
「じゃ、泊まってく?」
昴くんが、私の声に反応した。
「泊まっていきたいけど…」
「お母さん?」
「うん…。怒るかな~~。う~~ん、でも、電話してみる!」
「今日、泊まるって?」
「うん。昴くんのところに泊まるって」
「え?俺んちに泊まるなんて言っていいの?!」
「駄目もとで…。どうせ、薫の家に泊まるって言っても疑われるもん。だったら、正直に言ってみるよ」
「…」
昴くんは、目を丸くしてこっちを見てた。
?何を思ってるのかな…。心の声を聞いてみた。
『ひかりって、すげ~~~』
え?何が、すごいんだか…?
それから母に電話をした。昴くんのマンションに泊まるって話をしたら、
「何言ってるの?この前も写真に撮られたでしょうが」
と怒られた。でも、私はひるまずに続けた。
「もう、撮られないようにするよ」
「ええ?」
「あんなふうに、ベランダに出たりしないから」
「でも、あんたね…、嫁入り前…、じゃないわね。えっと…」
「今度昴くん、お母さんにも紹介するね。昴くん、家に行ってもいいって」
「あら…。ほんと?」
「うん」
「そう。わかったわよ。でも、朝早くに帰るのはよしてね。いかにも朝帰りって感じで嫌よ」
「わかった」
「マンションの周りも、二人でふらつかないのよ」
「わかってるよ」
そう言うと、母は電話を切った。
「なんか、OKみたい」
「え?」
昴くんは、拍子抜けしたみたいだ。
「ひかりの周り、いきなり変わってきたね」
「うん」
「じゃ、ひかりと明日までいられるね?」
「うん!」
「やっり~~!」
昴くんは、思い切り喜んでいた。