ミッション3 どんな自分も受け入れる
昴くんが、シャワーを浴びている間、部屋のクッションの上に座りぼ~~ってしていた。部屋を見回すと、やっぱり昴くんの匂いがして、次元が違ってもここは昴くんの部屋なんだなってそう思った。
ガチャ…。昴くんがバスルームから出て、髪をバスタオルで拭きながら部屋にやってきた。
両手でゴシゴシと拭いてから、まだ髪から雫が垂れているのに、そのバスタオルを肩にかけ、ドスンとリビングの床にあぐらをかいて座った。髪がボサボサのまま、今度は口につっこんでいた歯ブラシを右手で持って、歯を磨き始めた。
ああ、これ、昴くんがいつもしてる。一緒だ…って思いながら、昴くんを眺めていると、
「何?」
と、歯ブラシを口から出して聞いてきた。
「え?」
「何でさっきから見てんの?」
「あ、ごめん…。気にしないで」
私は、昴くんを見るのをやめた。でも心の奥の私が、昴くんのいろんな表情を見たいって思っていた。
昴くんはまたバスルームに行くと、しばらくして戻ってきた。それからベッドにドスって座ると、今度は足の爪を切り出した。
ああ…。あんなふうに、足の爪切るのか…。て、いけない。また、私昴くんのことを見てるな~~。
目線を外した。それから目をつむり、昴くんのことを感じることにした。不思議とあの、冷たいエネルギーは感じなかった。
「ねえ…」
「え?」
いきなり話しかけられて、ちょっと私はびっくりしてしまった。
「あんたの昴って、そんなに優しいやつ?」
あんたの昴…?なんだそれ。
「優しいよ」
「じゃ、優しいやつが好きなんだ」
「うん。そうだね。そうなるのかな…」
「じゃ、その昴は、あんたのどこに惚れたの?」
「え?」
どこかな…?
「わからないけど…。でもよく、同じ魂だって言ってた…」
「それ、まったくわけわからない」
昴くんは少し顔をしかめて、逆の足の爪を切り出した。
「昴くんの足…」
「え?」
「なんでもない…」
「?」
やばい…。足も奇麗なんだねって、とっても変なことを言いそうになった。次元の高い昴くんなら、私の心で思ったこともお見通しだから、ばれちゃっただろうけど、この昴くんだと心が読まれないから、大丈夫だ…。
次元の高い昴くんなら、きっとこんな時、
『まる聞こえだから』
なんて、心で言ってくるんだろうな…。はあ…。ちょっとそんなことを思ったら、また、あの昴くんに会いたくなって寂しくなった。
「そういう仕草…」
昴くんがまた、いきなり話しかけてきた。
「え?」
「一緒なんだな。この次元のひかりと」
「仕草?」
「髪の先っぽ、指にからめるじゃん、よく…」
「あ…」
どうやら私はいつも、無意識に髪の先を、指でくるくると巻いているようだ。
「昴くんも、一緒の仕草するよ」
「え?」
「やっぱりね、いつもバスルームから、バスタオルで頭ゴシゴシ拭きながら出てくるんだけど、口には歯ブラシつっこんでるの」
「ああ。それ?いつもそうしてるけど…」
「一緒なんだね」
「ふうん…」
「でも、足の爪を切ってるのは初めて見た」
「そう…。それが何?」
「え?」
「それが、どうかした?」
「ううん。ただそうやって、切ってるんだなって思っただけ…」
「……」
昴くんは、またしかめっつらをして、それから切った爪をゴミ箱に捨てると、
「俺、結構疲れてるからもう寝るけど…。あんた、どこで寝る気?」
って聞いてきた。
「え?」
「予備の布団なんてないよ」
「…だよね」
「……」
しばらく黙って昴くんは、こっちを睨みつけてる感じだったけど、
「はあ。しょうがね~な…」
ってため息をついて、クローゼットから冬のかけ布団を取り出してきた。
「俺、ダイニングで寝るから」
昴くんはかけ布団をダイニングの床に敷いて、その上にごろんと転がった。
「じょ、冗談でしょ?そんな布団で寝たら、背中痛くするよ?それに寒くない?」
「しょうがねえじゃん。他に布団ないし…」
「私、ベッドの端っこで静かに寝るから」
「へ?」
「だから、その…」
「二人で、あのベッドで寝るってこと?」
と昴くんは、すごく嫌そうな顔をしてベッドを指差した。
そんなに嫌がらなくても…。
「うん…」
と私がうなづくと、昴くんは呆れたって顔をした。
「あんた、なんで平気なの?いくら同じ顔してても、俺はあんたの好きな、昴じゃないんだろ?」
「そうなのかな」
「へ?」
「だって、次元が違うってだけで、昴くんに、変わりないでしょ?」
「でも俺はあんたが、この次元のひかりと一緒だとは、思いにくいけど」
「そっか…」
二人して、しばらく黙った。
「わかったよ。勝手にしたら?」
そう言うと、昴くんはベッドに入り込み、ぐるっと壁の方を向いた。
「シャワー浴びたいなら、適当にその辺にあるタオル使って。とにかく、俺は先に寝るから」
「うん。わかった」
タオルのありかは知っていた。タンスを開けると、何枚かタオルが入っていた。やっぱり、そういうのも一緒なんだ。
そのタオルを持って、バスルームに行きシャワーを浴びた。それから髪を乾かし、いつも鞄に入っている歯ブラシセットで歯を磨いた。
それから、そっと部屋に戻ると昴くんの寝息が聞こえた。寝顔はすごく穏やかでいつもの昴くんと一緒で、胸がきゅんって切なくなった。
なんで切ないのかな…?この昴くんに、受け入れられてないからかな…?でも私だって、この次元に来てからずっと、こっちの昴くんを受け入れられていなかったから同じかな…。
ああ、昴くん、よく言ってたっけ。俺たちは同じことを、たいてい感じてるよって…。だったら、私がこの昴くんのことも受け入れられたら、この昴くんも私のことを受け入れてくれるのかな?
そっと昴くんの横に、潜り込んだ。ふわ…。また、昴くんの匂いがした。
キュ~ン…。ああ、切なさじゃない、これ…。愛しくって、胸がぎゅってなるんだ。
背中を向けている昴くんの背中に、顔をそっとうずめてみた。その背中のぬくもりも匂いも、背中の広さも全部、次元の高い昴くんと同じだ。
はあ…。愛しいな…。そう思うと、私の心の奥からあったかいものがふわって広がった。ああ、きっと今、光で昴くんを包んでる。その光は見えなかったけど、私はそれを感じた。
「おやすみなさい、昴くん」
昴くんの背中にそうつぶやいて、私は目をつむった。
不思議だった。なぜか、ものすごく心が安らいでいた。変だな…。次元の高い昴くんに会いたいって思っていたのに、すやすや寝てるこっちの次元の昴くんのぬくもりを、感じてるだけで安心できた。
なんだ…。昴くん、ここにいたんだ。そんなことを思った。
次元が違おうが、冷たかろうが、ぶっきらぼうだろうが、それでも昴くんは、こっちの世界に来たその瞬間からそばにいたんだ…。
涙がこぼれた。ここにいたのにな…。なんで私、嫌がって、嫌ったりしたのかな…。
すう…。昴くんの寝息が嬉しかった。背中に耳をつけると、鼓動も聞こえた。とっても嬉しかった。そして、この昴くんと夢で会えたらいいな…、そんなことを思いながら、私は眠りに着いた。
夢には、昴くんはいなかった。でもどうやら私は昴くんと同じ夢を、見ているようだった。
そこは、なんだか薄暗かった。それに冷たい感じがした。辺りを見回すと、どうやら家の中のようだ。寂しさが心を覆う…。
そこへ、誰かが帰って来た。中学生くらいの女の子だ。
「お姉ちゃん、お帰り」
私が言う。いや、昴くんと同化しているから、昴くんが言ってるんだな。
「ただいま」
とそれだけ言うと、お姉さんはさっさと2階の自分の部屋に行ってしまった。また昴くんは一人で寂しく、テレビを観たりゲームをした。
ふ…。場面が変わる。誰かに手を引かれているが、その人がすごく怒っていた。
「お母さん、ごめんね。今度はちゃんと行くから…」
お母さんなのか…。話を聞いているとどうも、今日の練習をなぜ、さぼったんだと怒っているようだ。
「劇団に払うお金だって、大変なのよ。わかってるの?そのためにお母さん働いてるの、わかってるの?」
つないだ手をぎゅって力強く握って、お母さんは睨みつけるように言う。ほんとうは、もうやめたいのに…。僕、友達と遊びたいのに…。そんなことを心の奥で、昴くんは思っていた。
ふ…。また、場面が変わる。今度は学校だ。何人かの男の子に、
「お前となんて遊んでやんない。早く帰れ!」
と言われていた。
「帰れ、帰れ!」
泣きそうになるのをこらえながら、昴くんはランドセルを背負い、運動場を走って校門をくぐっていた。
しばらくは、泣くのを我慢して走っていたが、そのうちに立ち止まると声を殺して泣き出した。
悲しい…。悔しい…。孤独だ…。寂しい…。心の奥から、そんな感情が湧き上がる。
家に帰っても、また、し~んとしている。
寂しさの中で、昴くんの心が叫んでいた。僕を、愛して!僕を、ちゃんと見て!
そのうちに、心の奥が冷えていくのがわかった。
ふと、目が覚めた。
「どうしたの?」
目の前には、昴くんの顔があった。
「え?!」
「なんで泣いてんの?怖い夢?」
私は泣いていたようだ。昴くんの悲しみや寂しさを一緒に味わい、泣いてしまったんだ。
「それとも、あんたの昴くんに会いたくなった…とか?」
「ううん…」
それなら、もう会えてるし…。
「大丈夫?」
昴くんの声は、少し優しい声だった。
「大丈夫…。ごめんね、起こしちゃったのかな?私」
「いや…、別にいいけど…」
そう言うと、昴くんはもぞって布団に潜り込み、背中を向けた。
「あんたさ、なんかもしかして、辛いこととか過去にあった?」
「え?」
「こっちのひかりはいろいろとあったけど…、同じ?」
「離婚とか、流産のこと?」
「そう」
「あったよ」
「それで…、もしかして今でも、そのことで苦しんでる?」
「…ううん。そのへんはもう、昴くんと一緒に乗り越えたから」
「俺と?」
昴くんは、こっち側を向いた。
「あ、俺じゃないか。あんたの昴とか…」
「その、あんたの昴って変だよ」
「なんで?」
「だって、昴くんは昴くんだもん」
「でも、この俺は、ひかりと一緒に苦しみを乗り越えたりしてないよ。だから、同じじゃない」
「あなたは…、あなたの中に、悲しいとか寂しいとかって感情があるんだね」
「え?」
「ごめん…。泣いてたのは、あなたの夢を一緒に見たから」
「夢?俺の?」
「うん…。あなたの夢に入ってたみたい」
「は?!何それ?そんなことできるわけないじゃん」
「できるよ。いつも、一緒の夢見てたもの」
「じゃ、どんな夢だった?」
「一人で寂しく家にいた。薄暗くて、悲しかった。お母さんに劇団の練習行かなかったこと、怒られてた。それから、学校ではお友達にいじめられて、悲しくって泣いてた…」
「…俺、泣いたりしないよ」
「泣いてたよ?声を殺して…」
「……」
昴くんは、また背中を向け、
「もう昔の話だ。そんなの覚えてもいない…」
そう、冷ややかに言った。その背中がやけに小さく見えて、私は思わず抱きしめてしまった。
「な…、何してんだよ?!」
昴くんが一瞬びくってして、それから怒ったように言った。
「だって…。すごく寂しそうで…」
「寂しくなんかねえよ」
「でも…」
昴くんは黙り込んだ。私は、そのまま昴くんの背中を抱きしめていた。
「あのさ…、こんなことしてて、あんたの昴怒るんじゃないの?」
「昴くんは一人だよ。次元が違っても、ここにいる昴くんが昴くんだもん」
「だから、俺はあんたの昴じゃない…」
「そんなことないよ」
「違うよ!優しくもないし…。あんただって、はじめ嫌がってただろ?こんな俺…」
「ごめん…」
私はますますぎゅって、昴くんを抱きしめた。
「……」
昴くんはまた、黙り込んだ。それからしばらくして、聞いてきた。
「次元の高い俺は、寂しさとか、そういうの感じたりしてた?」
「全然」
「全然…?」
「うん、なかったよ。どっちかっていうと、私のほうがいっぱい苦しんでて、それを一緒に感じてくれて、それで一緒に浄化してくれた」
「浄化?」
「感情にふたしないで感じてみるとね、浄化されるんだって」
「…感じる?」
「孤独とか悲しいとか…。だから、昴くんもね、そういうの隠さず感じていいんだよ?」
「俺が?」
「うん」
「……」
昴くんは、また黙り込んだ。
「夢の中で、昴くんの心の声が聞こえたの」
「え?」
「僕を見て、愛してって叫んでたよ。お母さんにだったり、お姉さんにだったり、友達にだったり…。そういう気持ちがあったんじゃないの?」
「…俺が?」
「うん」
「……」
今、なんとなくわかった気がした。そうだ。私も離婚してからの3ヶ月、家にこもっていた時に、ずっと心の中でそう叫んでいた。
それは、徹郎や緒方さんからも感じた。孤独で、寂しくて、愛して欲しくて、それを求めていた。だから、緒方さんは私を振り向かせようとか、独占しようとかしていた。それが執着になっていた。
その独占したいって気持ち、感情、エネルギーをこの次元の昴くんからも何度も感じた。それって、愛されたいからだったんだ。
私がずっと、心の奥で、叫んでいたのと一緒だ…。
「昴くん、こっちの次元の私、昴くんのことが好きだったんでしょ?」
「そうだよ」
「それ、すごく嬉しかった?」
「…、そりゃ…」
「それで、ずっと私に愛されていたいって思ってた?」
「……」
昴くんは、何も答えなかった。
「それなのに、私がこっちの次元に来ちゃって、この次元の昴くんを嫌ってて、もしかしてものすごく悲しかったんじゃない?」
「そうだよ…。今頃わかったのかよ…」
昴くんが、ぶっきらぼうにそう答えた。
「だから自分の次元に戻れって、ずっと言ってたじゃんか」
そう言う昴くんからは、冷たいエネルギーは来なかった。この前同じことを言ってたときには、ものすごい怒りのエネルギーを感じたんだけどな…。
「でもね、こっちの次元の私いるんだよ」
「え?」
「私の中に…。感じるよ?」
「どんなふうに?」
「う~~ん…。ぶっきらぼうでも、冷たい感じでも、そんな昴くんでも好きだな~~って思ってる」
「え?」
「だけど、昴くんに嫌われたくないって思ってて…、昴くんが怒るたびに怖がって、怯えてるみたい」
「怯えてる…?」
「うん。昴くんが好きだから、嫌われるのがものすごく怖いみたい。それで、喧嘩してから昴くんを失うのが怖くって、そんな現実になったら嫌で、現実逃避しちゃってる…」
「現実逃避…?」
昴くんが、くるりとこっちを見た。
「うん。心の奥底にふたして、鍵閉めて閉じこもってる…、そんな感じがする。でも、時々出てきて昴くんにときめいてたり…。だけどまた怒られたりすると、ふって隠れちゃう…」
「そうなの?ああ…。それ、なんとなくわかる…。俺といても、時々心閉ざしてるなって感じてた」
「うん…」
「今は?」
「今は、なんか嬉しいみたい…」
「なんで?」
「だって、こんなに近くにいるから…。今の昴くん、怒ってないし」
「俺が怒るの、怖がってたんだ…」
「嫌われるのが怖いみたい。でもわかるよ、それ。だって、私もそうだったもの」
「え?」
「離婚して、人を信じられなくなって…。恋するのも怖くて、男の人も駄目で…」
「なのに、昴と付き合ってたんだろ?」
「だって、昴くんは優しくてあったかくって、ものすごく大事にしてくれてたから」
「へえ、そう。あんたの次元の俺は、ずいぶんと優秀なんだね」
「……」
昴くんは、ちょっとふてくされた表情をした。ああ、そんな顔も可愛いな…。
「ごめんね…」
「え?何が?」
「……」
私は思わず、昴くんにキスをしていた。
「え?!何?!」
昴くんが、ものすごく驚いていた。でもそんなのおかまいなしに、昴くんの顔をそっとなでながら、私は話を続けた。
「私、ずっとどんな昴くんも愛してるって思ってたけど、条件付で好きでいただけだったかもしれない」
「え?」
「優しくてあったかくって、私を大事にしてくれて、そのうえ私のことだけを見ててくれる…。そんな昴くんを好きだったのかもしれない」
「……」
昴くんは、黙って聞いていた。
「だから、昴くんがあの金髪の女性のことばかり考えて、ものすごく嫌だったの。私のことを考えてくれない、それがものすごく悲しくて…」
「嫉妬だよね?なんでそれが駄目なの?好きなら当然じゃないの?」
昴くんが、そう言った。
「うん…。でも、そんな昴くんも、どんな昴くんも、受け入れるのが愛なのかなって…」
「え?何それ…?」
「高い次元とはいえ、昴くんもやきもちやいたりはしてたけど…」
「あんたの次元の、品行方正な俺でも…?」
「品行方正ってわけじゃないけど…。でもね、昴くんは私がものすごく落ち込んだり、闇に覆われてたり、それこそすべてを恨んでたり憎んでたりしても、そんな私のことも受け入れてくれてたなって、そう思って…」
「それは俺だって…。こっちのひかりも人を憎んだり、めちゃくちゃ気持ちが沈んでたけど、それでも俺は好きになったけど」
「そうだったの?」
「理由はわからない。でも、初めて会った時から惹かれてたから…」
「どこで会ったの?」
「舞台観に来てた」
「あ。じゃ、一緒なんだ」
「あんたも?そこで、俺と初めて会ったの?」
「う~~ん、初めてじゃない。初めて会ったのは、宇宙船の中だったし…」
「へ?」
「幽体離脱して、宇宙船に行っちゃったの。そこで、初めて光の昴くんに会った」
「光の?」
「うん」
「なんだよ?それ、わけわかんねえ…」
「そうだよね…」
「はあ…。ミッションとか光とかアセンションとか、そういうのは俺、まったくわかんないよ」
昴くんは、大きなため息をつきながらそう言った。私は、まだそんな昴くんの顔を眺めながら、今度は昴くんの前髪をあげたり、髪をなでたりしていた。サラサラで、なでていて気持ちよかった。それに、昴くんのおでこも可愛かった。
思わずそのおでこにキスをして、鼻の頭にもキスをした。昴くんはもう何も言わなかったし、抵抗もしなかった。
「なんで?」
「え?」
「なんでそんな優しい目で、俺のこと見てんの?」
「なんでって、えっと…」
ああ、こんな時、心の声を聞いてくれたら楽なんだけどな…。
「…え?」
「え?」
「今、なんか言った?」
「ううん…」
「でも、聞こえた…」
『心の声のほう?まさか…』
「え?心の声?あ…。これだ。また、聞こえるようになってる…」
『ほんと?』
「うん」
そっか…。わ…!なんか嬉しい…。
「心で会話してたんだっけ?その、あんたの次元では俺たち…」
「うん」
「じゃ、もしかして心で思ったことが全部、相手にばれてたり…?」
「うん。何でも聞こえてたみたいで、はじめは恥ずかしかったよ」
「そうだよね…」
「でも、ひかりは俺なんだから、恥ずかしがることないっていつも言われて…」
「え?」
「はじめから昴くんは、私の全部を受け止めててくれたんだな…」
そう言うと、私の目からぼろって涙があふれた。
「……。あんたの次元の昴に、会いたくなったんじゃないの?」
「ううん…。そうじゃなくって…」
「じゃ、なんで泣いてるの?」
「…昴くんって、すごく大事に思っててくれたんだなって、嬉しくなって…」
「変なの。それは俺じゃなくてさ、別の俺だよ。聞いてて、なんかものすごい違和感。ひかりが別の人間のことを好きだって言ってるみたいで、すげえ嫌だ」
「でも、昴くんのことだよ?」
「だから、俺はそんなに素晴らしい人間じゃないよ」
「そんなことないよ」
「そんなことある。もっと俺は情けなくて、てんで相手のことなんて思いやれない。自分勝手で冷たくて、ひがみやすくて…」
「でも、好きだよ?」
「え?!」
「でも、大好きだよ…」
「何言ってんの?あんた、さっき優しくて、あったかい俺だから好きだって…」
「うん…。そうだったけど、今は違うよ?」
「今は違うって?」
「だからね、今のままの目の前にいる昴くんを愛してるよ」
「……、浮気…?」
「へ?」
「だってそうだろ?あんたの昴に悪いって思わないの?」
ああ、もう~~~~。何回言ったら、わかるんだろうか…。
「悪かったな。てんで、理解できないような馬鹿で」
「あ、聞こえてた?心で言ったこと…」
「聞こえてるよ。さっきから」
じゃ、私が高い次元の昴くんでも、ここの昴くんでも、どんな昴くんでも愛してるのが、なんでわからないのかな~。
「……。全部…、俺?」
「うん。そう。全部が昴くん」
「高い次元の記憶なんて、まったくないよ、俺…」
「でも、昴くんは昴くん」
「……。別の人格じゃないの?」
「でも、性格も植えつけられたものだって言ってた」
「誰が?」
「昴くんが…。あのね、昴くんは光り輝く魂で、そこにいろんな観念が貼り付いて、性格が出来上がってるんだって。環境や親の考えや、もっと言うと過去生とかにも影響されてるらしい」
「過去生?はあ?まったくわけわかんない」
「だよね…」
「魂…?じゃ、俺の魂は次元が違っても…」
「まったく同じ魂なの!昴くんはどこにいたって、同じ魂なの。昴くんは昴くんなの」
「…ひかりも?」
「うん、私も。どこにいても、どの次元でも私は私」
「俺の好きなひかり?」
「ここにいる私は嫌い?まだ嫌い?」
「う……」
う…?私も、昴くんの心の声が聞こえるかもって思って、集中してみた。
『好きだなんて言ったら、こっちのひかりに悪い…』
「でもこっちもそっちも、あっちもどっちにいても、私は私だよ。私が好きってことは、結局こっちの次元の私のことも、好きってことだよ?」
「え?」
「あ、ごめん。心の声聞いちゃった」
「俺の?」
「うん…」
『やべ…。変なこと、考えられないじゃん』
「大丈夫だよ。どんなこと考えてても、それでも好きだから」
「え?」
「あれ?これ、高い次元の昴くんが、私に言ってたことか~~」
『どんな俺でも…?』
「うん」
『嫌ったりしない…?』
「うん」
『愛してるってこと?』
「うん!」
『拒否したりしない?』
「……。うん…」
うなづきながら涙が出た。昴くんが愛しくて、涙が出た。
「どんな昴くんでも、大好きだもん。愛してるもの…」
そう言うと、もっと涙が溢れた。どんどん心の奥から、昴くんが愛しいという感情が溢れ出てくる。
パア…。それが光になって、昴くんを包んだ。それから辺り1面に広がって、部屋の外へと広がっていくのが見えた。
『何?これ…』
昴くんが、その光を目で追ってるようだ。
「見えたの?!」
『この光のこと?』
「そう、光…」
「見えたけど、何これ…?」
「私から出た光なの」
「え?」
「昴くんがすごく愛しいって思うと、出るの…」
『すごく愛しい…?』
昴くんが、目を丸くした。
「うん!」
私は、昴くんに思い切り抱きついた。
「え?な、ちょ…」
昴くんは動揺していたけど、昴くんの心臓が早く鳴り出して、ドキドキしてるのが伝わってきた。
『抱きつくなよ!やばいじゃんか…』
昴くんの心の声も聞こえる。それでも、かまわず抱きしめていた。
『げ、限界…。理性ふっとぶ…。いや、駄目だ!俺…、耐えろ!』
そう昴くんは心で叫び、ばっと私を突き放し、ベッドから立ち上がった。
「悪いけど、隣でもう寝れない…」
そう言うと、部屋を出て行こうとした。
「やだ!」
私は思わず、昴くんの腕を掴んでいた。
「え?」
「嫌だよ。昴くんといたいもの」
「でも、俺は…」
『あんたの次元の俺じゃない…』
「……」
私は何も言わずに、心でただ、昴くんが好きって何度も繰り返した。
「ああ…、もう!わかったよ。俺のことを好きなのはわかったから。でも、このままじゃ俺、やばいよ」
『ひかりを、俺のものにしたくなる…』
いいのに…。思わず、心でそう言うと、
「え?!」
って、昴くんは驚いていた。
『いいって…?ええ~?でも…、ええ~~?』
心の中でも、昴くんは思い切り動揺していた。それから、首をぐるぐるって振ってから、
「あとで嫌だって言っても、遅いからな」
と言い放ち、私の両腕を掴んだ。
そして、顔を近づけてキスをしようとした。次元の高い昴くんとは違い、ちょっと不器用な感じで口を近づけてきて、一回鼻と鼻がぶつかった。
『げ~~。緊張する~~~』
昴くんの心の声だ。ああ…、次元の高い昴くんとは全然違う。なんだか、そんな昴くんも可愛いって思ってしまって、また私は抱きついてしまった。
『わあ~~~~~~~~!!!』
抱きつかれたまま、昴くんは固まっていた。次の動作にどう移ったらいいんだ。そんなことを考え、そのうちに頭の中をいろんな思考がぐるぐる駆け巡り出し、そのうちに真っ白になったようだ。
ふ…。次の瞬間、あったかい光が昴くんから出た。
『り…』
昴くんからとっても、小さな声が聞こえた。
『あ…』
あ?
『い…てるよ…』
あいてるよ?
『あ…い…し…』
え?
『てるよ…』
あいしてるよ…?
そして昴くんが、ものすごく優しくキスをしてきた。あまりにも気持ちが良くて、私の魂はふわって抜けた。ものすごい光と混ざり合い、開放感を味わいそのまま上昇していく。
あ、昴くんと同化してる…。そのまましばらく、その光に包まれ、気持ちのよさを味わってから体に戻った。
体に戻ると、昴くんは泣いていた。
「今の…何?」
「幽体離脱して、同化しちゃった」
「同化…?ひかりと?」
「そう…」
「すげえ、気持ちよかった…」
「うん」
「それに、あったかかった…」
「うん」
「やべ…。涙、止まんない…」
昴くんの涙を手で拭って、私はまた昴くんにキスをした。優しく、昴くんの悲しみも孤独も涙も全部、包み込むように…。昴くんは、そのまま泣いていた。
そして、
『ひかり、なんでそんなに優しいんだよ?』
って、心で言っていた。それから、私の上に覆いかぶさって、昴くんの方からキスをしてきた。そして心でつぶやいた。
『俺、ひかりの事、抱くよ?いい?』
優しい声だった。
『うん、いいよ』
私は、心の中でそう答えた。もう、幽体離脱しないよう、しっかりと魂を体に結び付けておいた。
気が抜けると魂が飛び出るので、心の中でずっと昴くんが好きって私はつぶやいて、昴くんの顔も見て、そしてぬくもりもちゃんと感じるようにしていた。
昴くんは優しかった。次元の高い昴くんと同じように…。昴くんのぬくもりも、キスもエネルギーも、全部が優しくてあったかかった。
昴くんは、心の中で時々つぶやいていた。
『俺、愛されてるんだ』
『俺、一人じゃないんだ』
そのたびに、私も心の中で答えていた。
『うん。愛してるよ』
『うん。私がいつも一緒にいるよ』
そう言って、私はまた昴くんを抱きしめた。
『だって、私は昴くんだもん』
『だって、宇宙は一つだもの…。昴くんは、孤独じゃない。寂しさなんて感じなくても大丈夫なんだよ』
『うん…』
昴くんは、また、涙を流した。
昴くんの全部が愛しかった。自分でも驚くぐらい、心の奥からこんこんと、愛してるって感情が沸く。
私の中から、ものすごい光が出る…。昴くんの中からも、どんどん溢れ出ていた。それが混ざり合い、一つになり、宇宙へと放射される…。その光とともに私たちの魂も同化し、そして次の瞬間宇宙船にいた。
横を向くと、光の人型の昴くんがいた。こっちを見て、優しい光を出していた。
「ひかり…」
「昴くん…」
名前を呼ぶだけで、何もかもが通じ合ったような気がした。この昴くんは、高い次元の昴くんでもあり、低い次元の昴くんでもあり、そしてプレアデス人の昴くんでもあった。
それは私もだ。この瞬間に、この場所に、どんな次元の私もいて、どんな次元の昴くんもいる…。それを感じ取れた。
スクリーンには、地球が映し出された。
「あの美しい地球を、破壊させないよう守ろう…」
昴くんが、そう言った。
「うん。それが、ミッションだね?」
「ひかり…」
「うん?」
「どんな俺も、愛してくれてありがとう」
「昴くんだって、どんな私も愛してくれてる…」
「うん」
「どんな昴くんも愛してるってことは、どんな私のことも、愛してるってことだよね?」
「うん。ひかりは俺だから…」
「じゃあ、どんな人も、どんな地球も、どんな存在も、愛するってことだよね?」
「うん。どんな存在も俺だし、ひかりだから」
「みんなは、一つなんだもんね」
「うん」
私は昴くんと、しばらく美しい地球から来る、愛の波動を感じ取り、また体に戻っていった。
「うわ…。すげえ、人間の体って窮屈」
昴くんが、そう言って体をくねらせた。
「うん。私も、初めて幽体離脱して、戻った時は違和感があったよ」
「…そうなんだ」
「うん」
「あ…」
「え?」
「……」
昴くんは、私のことをじっと見た。それから、私の鼻をつまんで一言こう言った。
「嫉妬してても、どんなひかりも大好きだから、俺からもう、絶対逃げないでね」
「え?!」
「まじで…。生まれて初めての恐怖だった。頼むから、どっかいったりしないでね」
そう言って、昴くんはぎゅって私を抱きしめた。
「昴…くん?」
「ん?」
「昴くんなの?」
「え?」
「あの…昴くんなの?」
「…どの?」
「どのって…」
私は、昴くんの顔をのぞきこんだ。
「俺は俺。あの俺も、この俺もないよ」
「え?」
「ひかりは…、あれ?」
「え?」
「まだ、こっちの次元のひかりと、ちゃんと一つになれてないんだね?」
「わかるの?そんなこと…」
「うん。心の奥にひっそりといる。時々、そっちのひかりの意識を感じるけど…」
「じゃ、昴くんは?」
「こっちの昴もいるよ。わからない?」
「……」
心の声を聞いてみた。
でも、
『ひかり、愛してるよ…』
って声しか、聞こえなかった。それから昴くんは、また私をぎゅって抱きしめてきて、
『やべ…。俺、またその気になりそうだ』
って心で言った。
「え?」
「あ、やべ…。今、心の声を聞いてた?」
「う…うん」
「あ…。今のは無し…。そんなに俺、その…、欲求不満じゃないし」
と、慌てていた。あれ…?これはどうも、低い次元の昴くんのようだ。あれれ…?もしや、二つの人格がいるのかな?
「う~~ん。っていうか、そのうち一つになるかな。今はまだ、ちょっと出たり入ったりしてるかも」
「え?」
「だから、高い次元にいた時の俺と、ここの次元の俺…」
「え?そうなの?」
「あ~~~~~~~。なんか、いろんな記憶がいっきに流れ込んできた。わ~~。こっちの俺は、けっこうきつい幼少期だったんだ。あ、でももうほとんどが浄化されてる。ひかりのおかげだね」
「え?そうなの?わかるの?」
「うん。だって、一緒に感じて味わってくれたでしょ?」
「うん」
「サンキュー。俺、まじで嬉しかった。ひかり、俺の全部を愛してくれてたから」
「昴くんも感じてたの?」
「そりゃ、ずっとこの次元の俺の中にいたもん。感じるよ」
「でも、表面化してなかったよね?」
「ああ…。うん。なんかこの昴は頑固に、心閉じてたところもあったし…。けっこう窮屈だったな」
「え?」
「う~~~ん…」
昴くんが頭に手をやって、難しい顔をしてから、
「うるせ~んだよな。こいつ、けっこう本当は嫌なやつなんじゃね~~の?」
と言った。あ、これはこっちの次元の昴くんだな…。
ああ…。しばらくは、入れ替わりり立ち替わり、出てくるのかな?悟くんは、なんかあっさりと同化してたし、葉月ちゃんだって、そんなに入れ替わり立ち替わり出てなかったし。
「それはわかんないよ。葉月ちゃんの、一つの面しか見てないからかもしれないから」
昴くんは、私の心の声を聞いてそう話し出した。
「俺だって、二つの人格があるわけじゃなくて、いろんな面の俺が今、出てるだけだ。落ち着いたら、それもそんなに激しく出たりしないと思うけど…」
「落ち着く?」
「次元というか、波動がね…。一つに混ざり合って落ち着くと、きっとそれにふさわしい俺が、表面化すると思うよ」
「……」
ちょっと、わけがわからない…。
「だから、高いとか、低いとかじゃなく、その中間だったり…。だからもしかすると、今までひかりが知ってた俺とも、また違う感じになるかもしれない」
何それ?わくわく。
「なんで、面白がってんの?」
「え?」
「今、わくわくしなかった?」
「あ、うん。だって、また別の昴くんを見れるのかって思って…」
「変なやつ!」
あ…。これは、低い方?
「あ、外明るくなってきちゃった。もう、夜が明けちゃうね」
「うん」
「朝日見ない?昇ってくるところ。あれ、見てるだけでも浄化になるんだよ」
「そうなの?!」
「うん」
私と昴くんは、ベランダに出た。
「ひんやりしてるね。寒くない?」
昴くんが、私の肩を抱いた。その瞬間、光で包んでくれたのがわかった。
「あったかいよ…」
昴くんの肩にもたれかかった。久しぶりの、あったかいエネルギーだ。ほわほわ…。心の奥まで、あったまる。
「ひかり…」
「うん?」
「愛してるよ」
「昴くん、ずっとそればかり言ってる」
「だって、本当に愛してるんだもん」
「私も、昴くんの全部、愛してるよ」
「うん」
昴くんと朝日に照らされながら、キスをした。そして、またぎゅうって抱きしめあった。