ミッション8 仲間を救う
葉月ちゃんの異変に気がついたのは、昴くんたちが大阪に行ってから、1週間を過ぎた頃だ。それまで、休憩時間が一緒になかなか取れなくて、話をしていなかったからわからなかったが、葉月ちゃんはなんだか元気をなくしていた。
私は、悟くんがそばにいないからかなって、勝手にそう思ってしまい、特に何も聞かないでいた。
だがその3日後、バイトが終わる時間に携帯がなって、
「仕事終わりましたか?」
と、葉月ちゃんが聞いてきた。その日は、葉月ちゃんはシフトにはいっていなかった。
「うん。ちょうど今終わったよ。どうしたの?」
ちょっと元気のない声なので、心配になり聞いてみた。
「あの…、助けてもらえませんか?」
「え?」
「前に星野さん、具合悪くなったことありますよね。今、そんな状態で…」
「わかった。今どこ?」
「渋谷にいるんです」
「渋谷のどこ?」
「JRの駅までは来ました。でも人混みもあって、気持ち悪くて動けない…」
「いいよ、大丈夫。そのまま動かないでね。すぐに行くから、休んでてね」
「はい…」
私は急いで着替えをして、ビルを出た。駅に向かい電車に乗り、渋谷に着いた。携帯でどこにいるかを聞き出し、葉月ちゃんのもとに行った。
葉月ちゃんの顔色は真っ青。震えていた。ああ、同じ症状だ…。
「大丈夫?」
葉月ちゃんは私の顔を見ると、ほっとしていた。
「何かあったかいものでも飲もうね。そのカフェに入ろう」
ちょうど前にあった、カフェに入った。それからホットミルクをたのみ、葉月ちゃんに持って行った。
そして、葉月ちゃんの背中や肩、腕をさすった。さすりながら、葉月ちゃんのことを私は愛しいと思った。そして私から葉月ちゃんに向かって、光が飛び出し包み込んだ。だんだんと葉月ちゃんの顔は、ピンク色になっていった。
「良かった、体あったまってきたね。はい。ホットミルクも飲んで」
葉月ちゃんはこくってうなづき、ミルクを飲んだ。
「は~~」
葉月ちゃんが、ため息をした。でも、ほっとして出たため息のようだった。
「どうしたの?何かあったの?」
「はい。実は、今、お付き合いを始めた人がいて…」
「え?初耳。誰と?」
「友達の紹介です…。悟くんに恋でもしたらって言われて…。あ、この前大阪行く前の日にも会ったんですけど、その日にも言われたんです。心を閉じ込めちゃ駄目だって…。だから、誰かに恋をするのは、いいことだからって」
「悟くんが?」
「はい…。それで、ちょうど高校の時の友人が、ダブルデートに誘ってくれて行ったんです」
「うん…」
「あまり、気乗りはしなかったんです。なんか、タイプと違ってたし…。でも…」
「うん…」
「二人で会わないかって昨日、電話が来て今日会ったんです。はじめは大丈夫だったんですけど、途中から具合が悪くなって…」
「そうだったんだ…」
「二人で、渋谷を歩いてたんです。途中で肩に手を回してきて、その頃から具合が悪くなってきて…。その人から、黒いもやもやが見えて…」
「うん。私にも見えるよ。黒い霧でしょ?」
「はい…。それが私の体を覆ったんです。それから私の体が、冷たくなって…」
「わかるよ。私もそうだったから」
「私が助けに行った時ですか?真っ青でしたよね」
「うん」
「黒い霧って、なんなんですか?」
「負のエネルギーかな」
「負の?」
「葉月ちゃんの中にもあるの。それとリンクしちゃうの」
「え?じゃ、私が、その黒いもやもや出してるんですか?」
「う~~ん…。内側にあるんじゃないかな。男の人が怖いとか、そういうの…ある?」
「はい。あります…」
「そういう思いが、呼び寄せちゃうのかも」
「じゃ、そういう思いを私がもっていたら、ずっと…?」
「浄化できたら、いいんだけど…」
「…怖いっていうのをきちんと味わって、浄化するんだよって言われました」
「え?」
「悟くんに…。悟くんは、私が男の人を怖がってるのを、なんとなくわかってるみたいで…」
「それを知ってて、恋をしろって?」
「はい。ずっと、心の奥に押し殺していたら、浄化はできないって…」
「そう…。でも一緒に感じて、浄化できるかもしれないのに」
「え?」
「昴くんは、そうしてくれたの。私の苦しみも一緒に感じてくれてた」
「優しいですよね…。悟くんは冷たいんです。でも、悟くんって私なんでしょ?同じ魂なんでしょ?私が冷たいからでしょうか」
「わからないけど…。もしかして、自分にも人にも厳しい人なのかもね」
「え?」
「ごめん。やっぱりわからないや。悟くんの心のうちを聞いたことないし…」
「……」
「葉月ちゃんはないの?悟くんの心の中の声を聞くこと」
「ないです。そんなのできないです」
「できるよ。悟くんは聞いてるでしょ?」
「いえ…。私と心で会話はしますけど、私が何を考えてるかは、わからないみたいです」
「え?そうなの?」
「はい…」
そっか~。葉月ちゃんが閉じちゃってるからなのかな。
「じゃ、今日の具合が悪くなったの、悟くん知らないの?」
「いえ…。私さっき、無意識に悟くんに助けを呼んでて…。どうしたのって声が聞こえました。でも大阪だし、助けに来てくれるわけないし…。それで星野さんの方に、電話を入れたんです」
「悟くんには?」
「大丈夫って言いました」
「それで悟くんは?」
「もう、会話が出来なくなっていました」
「……」
そうか…。
「私、本当にミッションなんかあるんですか?それを遂行できるんでしょうか?自信ないです。それを悟くんとしていくなんて、考えられない…」
「……」
「悟くんのことも、信じられないんです」
「え?」
「ノエルさんのこと、あんなふうに言ってたし…。私、実は一昨日ノエルさんに会ったんです。ソウルメイトが、悟くんなのかどうか聞いてみたら、わからないって言われて…。なんか、同じ魂って思えないって言われました」
「え?」
「冷たいエネルギーを感じるって…もしかして本当は、悟くんの方が悪い宇宙人かも」
「ちょ…、ちょっと待って。それはないと思う。だって、すごく優しくてあったかい光を出す人だよ?」
「なんでわかるんですか?」
「私、助けてもらったもの。あ、写真あったでしょ?週刊誌に写ってた、私と昴くんの…。あの時、悟くんもいたんだ。横に…。昴くんと一緒に助けてくれたの」
「どうして、星野さんのことは助けてあげるのに、私のことは助けてくれないんですか?」
「助けようとしたんじゃない?」
「え?」
「でも、葉月ちゃんのほうから、交信も切っちゃったでしょ?」
「だって、遠いから…」
「遠くても、エネルギーは送れるよ」
「無理です。そんなこと一回もしてくれたことないです」
「もっと頭の中からっぽにしないと、感じられないよ?」
「え?」
「ほら、呼吸をして静かにして、頭を空っぽにする…。悟くんも言ってたじゃない」
「できません。なんか、雑念ばっかりはいって…」
「どんな?」
「悟くんって、本当に私と同じ魂なのかとか、どうして冷たいのかとか、そんなこと考えちゃって…」
「信じられないの?」
「はい…」
「だからかな。悟くんのエネルギーを感じられないのは…」
「わかりません。そういうの、よく…」
「…男の人、怖いのいつから?」
「幼稚園の頃、私父に暴力振るわれてたんです。お酒を飲むとぶってきて…」
「え?」
「もう離婚して、今は私、母と母の両親と暮らしてます」
「そうだったんだ」
知らなかった。それが子どもの頃の、辛い記憶だったんだ。
「だからお酒を飲む人も駄目だし、大きな声を出したり、男っぽいっていうだけで駄目なんです。嫌悪感を感じて…。今日会った人も、なんか男っぽすぎて…、そこも嫌だったんです」
「……」
「昴くんって、奇麗で優しくて、中性的じゃないですか。色も白くて、線も細くて」
「まだ、19だからね…。でも、これからはわからないよ?」
「そうですね。でも、昴くんなら大丈夫なんです。怖さもなくて、一緒にいても安心してられる。だけど、悟くんってちょっと怖いんです」
「え?葉月ちゃんなのに?」
「それ、よくわかりません。悟くんが私って言われても、全然…」
「だよね。私もわからなかった」
「今は、わかるんですか?」
「魂になって同化しちゃうとね」
「幽体離脱ですね。それ、私まだ、できないし」
そうか…。同化したこともないのか。
「私、ミッションなんてもういいです。男の人が怖いのも、感じたくない。もう、こんなこと終わりにしたいです」
「でも浄化しないと、蓋しただけではまた、同じことを繰り返すよ」
「え?」
「同じ、繰り返しをしちゃう…。負のエネルギーを飼ってるだけで、逃がさなかったら…」
「そんなの、出来ません」
「それを悟くんが、手伝ってくれるから」
「…ほっておかれてます」
「え?」
「この前会った時にも、あまり話もしなくて1時間くらいで別れたんです。私二人で会うのも、気が引けて…。本当は昴くんと星野さんにも、同席して欲しかったんです」
「あ…」
それで悟くん、電話してきたんだ。
「ごめんね」
「え?」
「一緒にいられなくって…」
「…お二人は、一緒にいたんですよね?」
「うん」
「羨ましいです。仲が良くて…」
そう言うと、葉月ちゃんから黒いもやもやが出た。
「…これ、どうしたらいいですか?時々自分から出るのが見えて、どうしていいかわからない」
「黒の霧?大丈夫…。今消すね」
私は、葉月ちゃんが愛しいと思った。そして私から光が出て、霧を消した。
「どうやるんですか?それ…。どうして、光が出るんですか?」
「見えてた?」
「はい」
「これは、葉月ちゃんのことが愛しいって思ったから、出た光なの」
「え?」
「私は葉月ちゃんが、大好きだから」
「でも、私醜いです。だから、黒い霧が出るんです」
「醜くないよ。でもね、たとえ醜いことを考えたとしても、そんな葉月ちゃんも大好きだよ」
「え?」
「だけど醜い考えも、その思考は葉月ちゃん自身じゃない…。なんて言ったらいいかな。植えつけられたものなんだ。本来の葉月ちゃんは、すごく奇麗な魂なんだから」
「……。ほんとに?」
「うん」
「ありがとうござます。今、光で私のこと包んでくれてますよね。すごくあったかい」
「わかるの?」
「はい…。感じます」
「そっか…」
私がにこって微笑むと、葉月ちゃんはぽろって涙を流した。
「あったかいんですね。光って…」
「うん。でもね、葉月ちゃんからも、いっぱい出てたよ。私を助けに来てくれた時…。悟くんと一緒に私を守るんだって、自信たっぷりで奇麗な輝く光が出てた」
「え?」
「悟くんからも、きっと出てる。感じてみて?今度…。ね?」
「はい」
「じゃ、もう大丈夫?駅隣だよね?一緒に帰ろう」
「はい」
私と葉月ちゃんはカフェを出て、一緒に電車に乗った。葉月ちゃんの横に、ぴたっとついて、常に葉月ちゃんを光で包んだ。他の余計なエネルギーが入らないように。
黒い霧に影響されたり、見えるようになったってことは、かなり心が開いたからなんだろうけど、まだ、黒の霧から守る術を知らないんだよね。この時期は辛いかもしれないな。
私はもう、黒の霧が来ても、ふって光を出してその霧を消せるようになったけど…。
光を出す方法はいくつかある。まず、その人本人を愛しいと思うこと。これがてっとりばやい。でも、赤の他人だったり、あまり好いていない人の場合は、いつも昴くんのことを思い出し、昴くん、大好きって思うようにしている。そうしたら、すぐに光が出せる。
悟くんは、どうなんだろうか…。どうしてほっておいているんだろう?わからない。
葉月ちゃんは、私の駅の前で降りた。最後まで葉月ちゃんにエネルギーを送り、しばらく別れたあとも、葉月ちゃん大好きだよって、思い続けた。その光は葉月ちゃんのところにきちんと届き、葉月ちゃんのことを包んでいた。
翌日は、だいぶ元気になった葉月ちゃんがバイトに来た。休憩時間が合わず、話があまり出来なかったが、でも、そのエネルギーは、結構元気だったから安心した。
私と昴くんは、毎晩寝る前に会話をした。今日あったことを話していた。
時々同化して、一緒に宇宙船に行ったり、世界に旅に出たりした。大海原で鯨を見たり、エジプトのピラミッドの頂上に登ってみたり。
でも、昴くんが言うように、人間でいるときの感動とはまた、別の感覚だった。どこにいても、何とでも一つというそんな感覚。
夢でもしょっちゅう会っていた。夢で会って、抱き合ったことがある。不思議だった。夢なのにきちんと昴くんのぬくもりや、匂いや、息遣い、それに、感触がある。とてもリアルに感じられた。
朝目が覚めて、そのことを昴くんに言うと、昴くんもまったく同じことを感じていたらしい。もう、夢か現実かわからないねって、二人で笑った。
昴くんには、葉月ちゃんのことも言ってあった。悟さんが何を考えてるのかは、俺もわからないなって言っていた。私たちとはまた別のミッションがあるのかもしれない。私たちは見守ることしかできないのかもねって、そんな話をした。
昴くんが舞台に上がっているとき、一回同化した。すごいエネルギーだった。昴くんからはものすごい光が出てて、観客を見るとみんな泣いていた。
昴くんの大阪公演が終わり、東京に帰ってくる日が来た。その前日の夜に、
『明日、夜に4人で飯食わない?』
と、昴くんが言って来た。
『4人?悟くんと葉月ちゃんもってこと?』
『うん。悟さんからの提案。なんならうちで』
『昴くんち?』
『狭いけど、もう一つ小さなテーブル買えば、4人でどうにか食えるかも』
『いいよ。私も葉月ちゃんも明日は早番で、5時にあがるから、そのあとに行けるよ』
『うん。じゃ、家で待ってるよ。ピザでも取って』
『うん。わかった』
すぐにそれをメールで、葉月ちゃんに送ると、
>はい、星野さんがいてくれるなら安心です。それに、昴くんの家に行けるの楽しみです^^
と、返ってきた。葉月ちゃんって、本当に昴くんのことが好きなのかな…なんてちょっと思ってしまった。
翌日仕事が終わり、二人で昴くんの家に向かった。途中で、お惣菜とフルーツを買って、それからマンションに行った。306を押すとすぐに、
「今、あけるよ」
と昴くんの声がして、マンションの入り口が開いた。
「星野さん、来たことあるんですか?」
「うん。2回だけね」
「そうなんだ~~。わ~~。私ドキドキしてます~~」
え?そんなにドキドキしちゃうこと…?なんて思いながら、ドアの前に来ると、
「いらっしゃい」
と、すぐにドアが開いた。
「わ!すごい。なんでわかったんですか?それとも、ドアのところで待っててくれたんですか?」
葉月ちゃんが驚いていた。
「ううん。ひかりが、来たよって、心で言ったから」
「え?会話してたんですか?」
「うん。葉月ちゃん、どうぞ入って」
昴くんは、葉月ちゃんに向かってそう言った。
「はい…。お邪魔します」
葉月ちゃんが入り、私も後ろから入ってドアを閉めると、
「ただいま!ひかり!」
と、昴くんが突然、ぎゅってハグをしてきた。
「え?!」
私もだけど、葉月ちゃんがものすごく驚いていた。
「昴くん、葉月ちゃんがびっくりしてる」
「え?ああ…。ごめん。でも、久しぶりに会ったから、つい…」
そう言うと、昴くんは少し照れ笑いをして、奥に葉月ちゃんを案内した。
部屋に入ると、もう悟くんがいた。
「どうも」
「あ、こんにちは」
私はぺこってお辞儀をしたが、葉月ちゃんは何も言わなかった。
『あれ?なんかこの二人、変?』
『う~~ん。どうしたんだろうね?』
昴くんも気がついたらしく、心の中で言ってきた。
「ピザも、今さっききたところ。あと、サラダとパスタ作った」
「え?また作ったの?」
「うん。今日のは、じゃじゃ~~ん。トマトソースだよ。これもけっこういける!」
「昴くんが作ったんですか?」
葉月ちゃんが、驚いていた。
「うん。なんつって。トマトソースを買ってきて、実は和えただけ。ごめんね。手抜きで」
「いえ…、でも、パスタ茹でたんですよね?」
「それくらいはね。あ、座って、葉月ちゃん。何飲む?ジュースで良い?」
「はい」
昴くんはそう言うと、キッチンに行った。私はそのあとを追いかけ、
「これ、お惣菜なんだけど…。あとフルーツ盛り合わせも買ってきたよ」
と、買ってきたものを渡した。
「サンキュー」
昴くんが食器棚からお皿を出して並べ始め、フルーツのメロンを一口、口に入れ、
「あ、うまい」
って言ってから、いきなりキスをしてきた。
「え?!」
「メロン味した?」
「もう~~」
慌てて、後ろを振り返ったが、葉月ちゃんも悟くんもいなくて、
『良かった。見られてなかった』
と、ほっとした。
部屋に二人で、お皿とグラスを持って行くと、悟くんと葉月ちゃんは黙り込んでいた。
「あ、すみません。私何も手伝わなくて…」
「いいよ。座ってて」
昴くんはそう言うと、葉月ちゃんにジュースの入ったグラスを渡した。
「ありがとう」
葉月ちゃんが受け取った。
「昴くんの家、奇麗に片付いてるんですね」
「あ、これは2週間あけるから、奇麗にしていったんだ。普段はもっと散らかってるよ」
「でも、洗濯とかもきちんとして…」
「うん。旅行中のは、みんなコインランドリーですませちゃった。あと、ホテルでお願いしたり…。だから、そんなに帰ってから洗濯する物なかったし。行く前のは、全部ひかりにしてもらっちゃったから」
「え?」
また、葉月ちゃんはびっくりしていた。
「そ、そんな仲なんですか?」
「そんな仲…って?」
どんな仲…?
「通い妻みたいですね」
「あ。それいいね!」
昴くんは、喜んでいた。
え~~?どんななの、それ…。
葉月ちゃんははしゃぎだしたが、まったく悟くんの方は見ようとしていなかった。逆に避けてるようにも見えた。その様子を、昴くんも感づいていた。
「これ、美味しいです。サラダもパスタも。昴くん、お料理も出来て、洗濯や掃除も出来てすごいですね」
「オトメンってやつ?」
って言いながら、昴くんは笑った。
「それに優しいし、羨ましいな。星野さん…」
葉月ちゃんから、黒いもやもやが出た。
「あ…」
それに自分で気がつき、葉月ちゃんは焦っていた。
「羨ましがると、出るんだよ」
悟くんがクールにそう言って、光を出しその黒い霧を消した。
「……」
葉月ちゃんは、その言葉に黙り込んでしまった。顔が沈んでいくのがわかる。それとともにまた、黒いもやもやが出る。
「……。ごめんなさい。私ばかりがこんな黒いの出して…。みんなは光を出しているのに」
「見えるの?」
昴くんが聞きながら、光を出しその霧を消した。
「はい。さっきから昴くんが笑うと、きらきらした光が出てたのも見えてました」
「そっか…。でも俺だけじゃなくて、葉月ちゃんも喜ぶと出してたし、ひかりも出してたし、悟さんからも出てたよ」
「悟くん…も?」
「見えてないの?俺のだけが見えてた?」
「…はい」
「昴に集中してたんだろ?」
葉月ちゃんは、そう悟くんに言われて真っ赤になった。
悟くんからは、本当につねに光が出ていて、葉月ちゃんを包み込んでいた。でも、葉月ちゃんは気がつかないようだった。
「ねえ。葉月ちゃん多分、誤解してるよ」
昴くんがそう言うと、
「え?何をですか?」
と不思議そうに葉月ちゃんが、聞いた。
「俺のこと」
「?」
葉月ちゃんが、もっと不思議そうな顔をした。
「俺、こう見えても、けっこう男だよ」
「え?」
「う~~ん、他の男と、そう変わらないって言うか…」
「…?」
葉月ちゃんは、首をかしげたままだった。
「葉月ちゃんの心は読めないから、ひかりや悟さんから聞いただけだけどさ…、葉月ちゃん男の人が怖いんでしょ?」
「え…」
葉月ちゃんの顔が、一瞬固まった。
「隠さなくていいよ。そういうのを俺とひかりもサポートするためにいるんだから」
「…男っぽい人とか、駄目なんです」
「俺、女っぽい?」
「中性的…」
「そう思ってるかもしれないけど、これでも普通の男だよ」
「……」
葉月ちゃんは、戸惑っていた。
「ひげもはえるし、酒も飲むし」
「え?未成年でしょ?」
私が言うと、
「ちょっとだけだよ。外では飲まないようにしてる。大阪ではホテルの部屋で、悟さんと飲んでた」
「そうなんだ~~」
私がちらって悟くんを見ると、悟くんはちょっと苦笑いをした。
「…お酒、飲むの?」
葉月ちゃんが、昴くんに聞いた。
「飲むよ。20歳過ぎたら、きっと普通に飲むよ。煙草は吸う気ないけど」
「……」
葉月ちゃんが、少し顔をこわばらせた。
「でも…」
そして何かを言いたそうにした。悟くんが、葉月ちゃんの思いを察知したようだ。
「暴力はふるわないだろうけど、セックスは普通にするんじゃないの?」
いきなり、悟くんがそう言った。
「え?!」
驚いて、葉月ちゃんと私が同時に聞き返してしまった。
「だからさ、昴だって普通の人間の男なんだから、そういう欲求はあると思うよ。今まではどうか知らないけど、これから先…」
そう悟くんが言うと、葉月ちゃんがちょっと体をこわばらせた。その瞬間にまた、黒い霧が出てきた。
「あ、だからって、葉月ちゃんをどうこうするつもりはないから、その辺は安心して」
昴くんは、慌ててそう言ったが、葉月ちゃんの中からどんどん霧が出てきた。それを悟くんが、光を出して消していた。
「あ~~。なんか変な言い方してるよ。悟さん。だから、葉月ちゃんが怖がる」
昴くんが、悟くんに向かってそう言った。
「なんで?」
悟くんが、昴くんに聞いた。
「俺、セックスするけどさ。ただ、そういう欲求があるって訳じゃなくて…。愛してるから、愛し合いたいって感じだよ」
隣で聞いてて、私が照れて真っ赤になってしまった。
『そこで、動揺してるし…、ひかり真っ赤だよ』
昴くんがそれに気がつき、心で言ってきた。
『う、うるさい。私のことはいいの』
そう言うと、昴くんは葉月ちゃんの方を向いて、
「葉月ちゃんも、好きな人ができたらわかるよ。愛し合うってすごいよ。それだけで、地球を覆うくらいの光が放たれる。純粋に愛し合うって、悪いことじゃないし、怖がることでもないし」
「でも、男の人って…」
「まあね。セックスだけが目的みたいな、野蛮なやつもいるだろうね」
悟くんがまた、葉月ちゃんの心を読み取ったようだ。
「…でも、そんなやつばかりじゃないと思うよ。ちゃんと葉月ちゃんのことを愛してくれて、大事にしてくれるやつもいるよ」
昴くんは優しく、葉月ちゃんに言った。
「……」
葉月ちゃんは、黙り込んだ。
「でも、それは昴じゃないよ」
悟くんがそう言った。
「悟くん、もう私の心勝手に読まないで!」
葉月ちゃんが怒って、そう言った。その瞬間、黒い霧が出てきた。それを光で消しながら、悟くんは、
「わかった。読まない」
とクールに言った。
『悟くんって、葉月ちゃんのことを大事に思ってるよね』
私は、心の中で昴くんに話しかけた。
『うん。思ってるよ』
『じゃ、なんでそれを言わないのかな?悟くんが、葉月ちゃんのことを大事に思ってるって知ったら、葉月ちゃんも変わるような気がするんだけど』
『そうだね…』
「悟さん…。さっきからすごい光で、葉月ちゃんのこと包んでるけど…」
昴くんが話し出した。それを聞いて、葉月ちゃんは驚いていた。
「すごく大事に思ってるでしょ?」
昴くんが、悟くんに聞くと、
「あたりまえじゃん。葉月ちゃんは、俺だよ。俺の魂だよ。大事とか、そんなの通り越してる」
と、悟くんは答えた。
「え?」
葉月ちゃんが、驚いた顔をした。
「大事を、通り越してるって?」
私が聞くと、
「なんて言っていいのかは、わからない。でも、その存在丸ごとを認めてるし…」
「愛してるし…?」
昴くんがそう聞くと、悟くんは静かにうなづいた。
「…!」
葉月ちゃんは、目を丸くした。
「でも…、それはお前に対してもだし、ひかりさんにもそうだし」
と、悟くんが言った。
「ああ…。だから悟さんは、なんていうか、上をいっちゃってるんだよ。もう人間離れしちゃってる」
「そう言われてもな~~」
悟くんが、困ったっていう顔をした。
「もっとさ、普通に葉月ちゃんのことを大事にしたらいいじゃん」
昴くんがそう言うと、悟くんは、
「え?」
と聞き返した。
「葉月ちゃんにだけ特別にはできないとか、そんなこと思ってない?」
「特別も何も、葉月ちゃんは俺だし…」
「それそれ…。その感覚から離れて、もっとこの3次元の体を持った方の感覚、一回味わってみたら?」
「どういうことだ?」
悟くんは、不思議そうな顔をした。
「俺もはじめは、ひかりは俺なんだから、好きになったり恋したりっていうのは、おかしいって思ってた。でも、俺ら、今は地球上で人間してる。女と男の体を持って、物質化してる。それはそれで、ちゃんと体験したらいいと思ったんだ。なんていうか…、人間の俺が感じることをあるがまま、感じたらいいのかって…」
「人間の俺が、感じること?」
「うん。そういうのを無視してっていうか、感じないようにしてたら、何もこの地球上で体験できない。まだ俺ら人間だし、体験しててもいいんじゃないの?」
「……」
悟くんは、黙り込んだ。
「それでお前は…、ひかりさんと交際してるって宣言してみたりしたのか?」
「ああ…。うん。だって、ひかりのこと好きだし…、ひかりも俺のこと好きだし、だったら付き合ってるってことじゃん」
「……。そっか…」
悟くんが何か、わかったぞっていう顔をした。
「なんだ。俺は葉月ちゃんが恋をして、ちゃんと男の人も受け入れられるように、そんな体験が出来たらいいって思ってたけど、それ、俺でも良いのか」
「へ?」
私と昴くんが、同時に聞いた。葉月ちゃんは、びっくりしていた。
「いや、そういう体験は必要だって、なんとなく感じてたけど…。だからそういう相手が現れたら良いなって…」
「うん…」
昴くんも私も、真剣に悟くんの言うことを聞いていた。葉月ちゃんは、目がまん丸だった。
「俺じゃ、その役はできないだろうなって思ってた」
「なんで?!」
昴くんが、すっとんきょうな声をあげた。
「だから、お前がさっき、言ってたのと同じ…。俺が俺のことを恋してどうよって…」
「あ~~~。俺も思ってた!やっぱり、悟さんも?」
「……」
悟さんは、黙って下を向き頭を抱えた。
「え?どうしたの?悟くん」
私が聞くと、
「いや…」
と言ったきり、また黙ってしまった。葉月ちゃんは、何がなんだかわからない様子だった。
「1番、大事に思ってるだろうし、1番の理解者だろうし、一緒に感情を浄化できるし、同じ魂だからこそ、恋人になるのがいいみたいだよ?」
と、昴くんが悟くんに言った。
それからさらに、
「それに、こうやって男と女に分かれて、地球に生まれてきたのにも、意味があるんじゃないかって思うんだよね…」
と、昴くんが言うと、
「…そうだな」
って悟くんが、ぼそってつぶやいた。
「え?え…?」
葉月ちゃんは、ちょっと慌てていた。
「純粋に愛し合う…か。それがすごい光を出すのか」
悟くんは、下を向いたままそう言った。
「ミッション遂行だね。それもまた」
昴くんはそう言って笑って、私の肩をぎゅって抱いた。そして、ものすごい光を放った。それが私からの光と混ざり合い、辺り1面を包み込み、そのまま上昇して四方八方に放たれた。
「ね?すごいでしょ?」
昴くんが、そう言った。
「そうだな…」
悟くんは宙を見ながら、静かにそう言った。
「すごい光…」
葉月ちゃんにも見えたらしい。
「愛し合うと、こんな光が出るんだ…」
葉月ちゃんが、ぼ~~って光を見ながらつぶやいた。
「怖いことじゃないでしょ?」
昴くんがそう言った。
「あとね、どうも葉月ちゃんは気づいてないみたいだけど、悟さん、本当にいっつも葉月ちゃんに光を送ってるよ。葉月ちゃんのエネルギーを感じるようにしていたし、葉月ちゃんのエネルギーが変化したのにも敏感になってた。大阪からでもいつでも、光を送るようにしてたよ」
「なんで、お前知ってるの?」
「そんなの見ててわかる。すごい光を出してて、あ、また、葉月ちゃんに送ってるなって…」
「……」
葉月ちゃんは、目を丸くして悟くんを見た。
「私、全然気がつかなくて…」
「だろうね…」
悟くんが、ぽつりと言った。
「俺に心、閉ざしてたから」
「悟くんが冷たいって、よく葉月ちゃん言ってたもんね」
私がそう言うと、葉月ちゃんは少し慌てた。
「それは、だって…」
「優しくって、どうすりゃいいの?俺はせいいっぱいしてたけど?」
悟くんがそう言った。
それを聞いて、私と昴くんはちょっと驚いてしまった。そうか…。悟くんなりの優しさで、接してたのか。
「あ!わかった。もっと、葉月ちゃんが心を開いたらいいんだ。そして、悟さんの心の声を聞いたり、感じたりしたら、わかるようになるよ」
昴くんが言った。
「え?でも、心を開くって…?」
「悟くんのエネルギーを感じてみるの…。黙って、心を穏やかにして…。そうしているうちに、感じるようになるから」
私が言うと、葉月ちゃんは悟くんの顔を見て、それから静かに目をつむった。どうやら、悟くんのエネルギーを感じようとしているみたいだった。
私と昴くんも、黙った。しばらく静かな時間が流れた。その間ずっと、悟くんから葉月ちゃんに光が送られていた。
いきなり葉月ちゃんが、ぽろぽろ涙を流した。
「え?」
私と昴くんは、動揺した。でも悟くんは、静かにまだ光を送っていた。
「あったかいです…。すごく…」
葉月ちゃんが、涙を拭きながらそう言った。
あ…。悟くんからの光を感じて、泣いてるのか…。
「ずっとこうやって光を送ってたし、包んでたんだけどな…」
悟くんがぼそって、そう言った。
「……」
葉月ちゃんは黙っていた。それから、目をあけて悟くんを見た。
「ごめんなさい…。冷たいなんて言って。私…」
「ああ。いいよ。言わなくても、心で感じたことはわかるから」
悟くんが、途中でさえぎった。二人から出る光が混ざり合っていた。きらきら奇麗な、あったかい光だった。それが辺り1面を包み込んだ。
「これ、悟さんと葉月ちゃんの光だよ…。わかる?」
昴くんが、葉月ちゃんに聞いた。
「はい。さっきの昴くんと星野さんの光と一緒ですね」
「うん」
葉月ちゃんは嬉しそうに笑った。そして悟くんを見て、恥ずかしそうに笑った。
「え?」
悟くんが、少し動揺した。
「どうしました?」
昴くんが聞くと、
「いや…」
と、悟くんは黙り込み、しばらくして、
「こういう、感情も自分の中にあるんだな」
とつぶやいた。
「どんな?」
昴くんが聞くと、
「昴がひかりさんに感じてるのと、多分一緒だよ」
と言った。
「ふうん…」
昴くんが、にやって笑った。
「あ。もうこんな時間だ。帰らないと…。車で来てるから、葉月ちゃんとひかりさん送ってくよ」
と悟くんが時計を見て、そう言った。
「ひかりは泊まってくからいいよ」
昴くんがそう言うと、
「え?!」
葉月ちゃんが、驚いていた。
「と、泊まるんですか?星野さん」
「うん。昨日の夜、明日会おうって昴くんが言って来た時から、昴くんは私が泊まっていくものだって思ってるなって、感づいてたよ」
と言って、鞄から、化粧道具やはぶらしを私は出した。
「あ。やっぱり気づいてた?」
「うん」
「……」
葉月ちゃんは、呆けていた。
「だから、言ったじゃん。昴はセックスもするよって」
ものすごく冷静に、悟くんが言うと、
「え?」
また、葉月ちゃんは動揺した。
「俺ら、恋人どうしなんだよ。葉月ちゃん」
昴くんはそう言うと、私の腰に手を回した。そして、
「もう、ラブラブなの」
と言って、にやって笑った。
「あほ!」
って私は、昴くんの腕をつねると、
「いて!なんだよ~~!」
って昴くんは、すねた顔をした。
「あはは…。本当に仲がいいんですね」
葉月ちゃんは笑った。
「悟さん、葉月ちゃんだけ送っていってあげて」
昴くんが言うと、
「うん。じゃ、またな」
と悟くんはクールに言い、葉月ちゃんと玄関の方に行った。
「ごちそうさまでした。あ、私何も片付けもしないで…」
玄関で靴をはいた葉月ちゃんが、そう言った。
「いい、いい。俺とひかりでやるから」
昴くんはそう言って、
「じゃ、またね。葉月ちゃん」
と、にっこり微笑んだ。
「はい。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
私と昴くんは、同時にそう言った。二人は玄関を出て行った。
「なんか、あの二人いい感じ」
後姿を、しばらく眺めていた昴くんが言った。
「ふふ…そうだね」
私も昴くんと眺めながら、そう言った。昴くんは私の腰に腕を回して、
「もう、つねらないでね」
って、笑って言った。