第4話
「間違っていますわ!」
現在、ロレッタは貴族学園のカリキュラムである経営学の一貫として、実際の領地を見学している。
いわば、社会見学のようなものである。
貴族学園には、次期当主や、自家や他家の当主補佐となる予定の生徒も多く、また、そうでない者でも貴族として必要な知識である。そのため、全員参加である。
ここは子爵領。
多くの男爵領のように産業に偏りがなく、また、伯爵領ほど広大でもない。
この子爵領は、中堅の子爵領地としては広い方ではないが、基本的なものは全て揃っているので、毎年の学園生徒の学習の見学場所となっている。
貴族学園の令息、令嬢が見学するとなれば、領内の治安や学習となるべき環境でなければならない。
そういったものは見学時にだけ即席に出来るものではない。日頃から整備が求められる。
そのため、学園から教育の一環として、相応な費用が支払われている。
見学先は、工業地域、商業地域、貴族街、平民街、教会、孤児院などである。
孤児院では、奉仕活動として炊き出しを行う。昼食も兼ねている。
これらを見学してロレッタが思った事は、″平民の識字率の低さ、計算能力のなさ″であった。
そこで、″平民の子供も学園に通うべき″と考えた。
しかし、平民の子供はその家の労働力であり、学園に通う時間も金銭的余裕もない。
そもそも、平民が通える学園がない。
孤児院では、シスターがボランティアで空いた時間に教えている、などといったケースがないわけではないが。
それに、領主にも学園の建設や運営などの知識も経験なく、そもそも子爵家では予算すらない。
高位貴族なら予算だけ、であればなんとかなる。
しかし、貴族には"平民が勉強する"及び″平民に勉強を教える″という概念がない。
貴族にとって勉強とは、貴族としてのマナーや教養を身につける事、と考えているのが一般的だからである。
そういう考え方が間違っている、とロレッタは言っているわけである。
領民というのは馬鹿ではない。
それでも、少ない給金、労働力、受け継がれた知識によって働き、領主に税金を納めるのである。
その領民が賢くなれば、仕事が効率的になったり、知恵を絞って商品や特産物などを開発する事が出来れば、流通させることによって経済が活性化し収入が増加する。また、悪徳な業者に騙されたりすることも少なくなる、などによって、もっとその領は発展する可能性がある。
というのがロレッタの考えである。
当然、それらを取りまとめる責任者となるポジションや人材は必要であり、それらを任命する権限を持つ者も必要である。
そして、領内の事を最終的に決めるのも、それらの責任があるのも、あくまで領主である。
領地見学終了後の質疑応答にてロレッタは提案したが、学園レベルでどうこうできるテーマでもなく、検討の余地なく却下された。
◆◇◆◇◆◇◆
ここ、アルスハイム王国の貴族は、選民意識の強い者は多くない。
それには、過去の大災害による大飢饉に起因する。
大災害によって引き起こされた被害は凄まじく、規模も全国的であった。
それによる大飢饉によって、復興は更に困難なものとなった。
"前国王のやらかし"によって、王家や王族は使い物にならず、スターノヴァ侯爵を筆頭に、各貴族家で何とかするしか無かった。
そういう大混乱の中で、派閥がどうの、爵位がどうの、身分がどうの、などと言ってる場合ではなかった。
「出来る者が出来ることをする」しかない。そこに身分など関係ない。
しかし、そんな中でも考えなしの輩が出てくるものである。
"平民など下賤な者──"などと高慢に振る舞う貴族も多かった。
しかし、大災害で壊滅した街や農地の復興や、今後の対策も兼ねた治水、灌漑工事はいったい誰がすると思っているのか。
もちろん例外はあるが、それらをするのは、愚かな貴族が言う"下賤な"平民達なのである。
更に、大災害、大飢饉によって不足する食料、衣料、生活用品、医薬品などを調達する商会の商会長の多くも平民である。
何も出来ないのに、ただ偉そうにしている貴族に価値はない。当然そういった貴族は排除される。
領主というのは、"もしも"の場合に備えて、食料、衣料、生活用品、医薬品などを備蓄している。
これは、法律で定められたものではなく、ごく当たり前の事である。
この大飢饉は全国的レベルで、被害の大小も様々であった。
そこで、スターノヴァ侯爵を筆頭に各領主から、その備蓄を徴収して、公正に分配する事となった。
それに反発する貴族たちが居た。そう、備蓄をしていない貴族達だ。
財政難だったからではない。備蓄用の予算を横領していたのである。
備蓄をしていなかった事は犯罪ではないが、"備蓄費用"として計上していたなら横領、つまり犯罪である。
この状況でその罪をどうこうする暇はない。しかし、彼らに食料などが分配される順番は遅くなる。おそらく平民より後になるだろう。
当然不満が出るが、無視される。あまりにも苦情が過ぎると処罰の対象となる。この非常事態に己のプライドだけを優先する貴族は不要なのだ。
こういった事情により、貴族と平民は自然と歩み寄り、協力してこの難局を乗り越えたのだった。
但し、なあなあという事でもない。平民は、貴族は貴族として接しなければ、厳しく処罰される。他国より薄いが、そこに"格"の違いは確かにあるのであった。
だからといって、"平民にも教育が必要である"という発想にはならない。
平民の子供は基本的に親から教わる。(貴族は家庭教師及び貴族学園など)
その他では、奉公先など就職後のために勉強する。また、商会の経営者の子供などはそういった教育を施す事が多い。
つまり、領(国)として、平民を教育するという考えが、そもそもないのである。
◆
後に、ロレッタは、リディアの協力を得て、実家であるグランシェルの領地内に、念願であった"平民学校"を建設し、ロレッタが校長にリディアが副校長に就任した。
"学園"ではなく"学校"とした事に特に意味はない。単に貴族学園と区別するためである。
生徒は平民であれば誰でも入学が可能。年齢も"8歳以上"という事以外特に制限はなく、期間は最長3年間とした。(卒業しなければならない、という事はない)
初めは"10歳以上"としていたが、その年齢の子供は既に労働力となっていて、物理的(時間的)に学校に通えないということがあり、ほとんど生徒が集まらず、入学可能年齢を下げた。
しかし、授業日程や講義時間、そのカリキュラムを調整する事により、その後仕事と学校との両立が可能となるのであった。
教師や学校関係者は、貴族学園の卒業生や、学校建設前に設立したサロンから募集した。
そして、学校として学校の運営や生徒の教育が問題なく機能した頃に、そのノウハウを使って、リディアの実家であるスターノヴァ侯爵領に第2校を建設し、平民達の教育が始まった。
結果というものは、時に突然出る事がある。
ある時、グランシェル侯爵領とスターノヴァ侯爵領が異常とも言える早さで発展したのだ。
要因は、平民学校であった。
他領に比べ、平民の識字率や計算能力が圧倒的に高くなり、業務効率の向上、農地の改良や特産品の開発に成功、商会の従業員でさえ、他領の商会長や番頭並の実力者がゴロゴロ居るなど、確実に"平民学校"の成果が現れたのである。
やがて、それは全国的に広がり、領地に"平民学校"があるのが当たり前となるのだが、それはまだ、先の話。