対の魔導書に遺された死者蘇生術について
じめじめと湿った森の奥には、変わり者の魔女さんが住んでいるらしい。
―――そんなお伽噺になるくらい時間が経ってしまった。
私はこの家でひっそり暮らしているしがない魔女だ。昔―――百年くらい前までは両親と一緒に暮らしていたけれど、もう死んでしまった。
遺されたのは子供の頃に貰った一冊の魔導書だけ。でも私はこの魔導書を読んで魔法が大好きになった。
『えっと、次の魔術は……復元術か。』
何かと普通ではなかった両親が遺した魔導書が普通であるはずがなく、一つ魔術が使えるようになる度に次のページが読めるという仕組みになっている。子供だった私を楽しませるために作ってくれたらしい。
しかしそんな魔導書にも最後のページというものはあり、すぐそこに迫っていた。
新しく学んだ復元術で、枯らしてしまった薬草を手に取り、手頃な瓶に詰めてテーブルの奥の空いているスペースにそっと置いた。
やっと最後だという達成感と終わってしまうのかという喪失感に板挟みになりながら最後のページをめくった。
『…………!?』
そこに大きく記された見出しに思わず目を見開いた。見間違いだろうと、一文字一文字確かめるように口を動かす。
『……死者……蘇生術』
たしかに、そう書かれていた。そんな魔術の存在は聞いたこともなければ、考えたこともない。両親の悪ふざけだろうかと思っても、頭の片隅で可能性を考えてしまう。
とにかく詳細を知るために下の文章に視線を移す。
―――これは、死者を蘇生させる魔術です。もし、貴方が失ってしまった大切な人にもう一度会いたいと思ったときに使ってください。
えもいわれぬ緊張で震える手で、なんとかページをめくり目を凝らす。
『……え?』
そこで、魔導書は終わっていた。使い方や代償など、今まで当たり前のように書かれていたことが書かれていない。
その代わりのように付け加えられた一文に目が止まり、指を這わせる。
『魔導書上巻終わり』
上巻? そんな話は聞いたことがなかった。両親には一冊しか渡されていないし、そんなものを見たことはない。
不思議に思いつつも家中の本棚をひっくり返すように全て確認したが、それらしい本は見つからなかった。
無いものは仕方がないので諦めて、両親のお墓参りに行こう。そう思った私は魔導書をしまいこみ家を出た。
両親のお墓は丘の上にある。小さいころ両親とピクニックに来ていた、見晴らしのいい場所だ。
ここからは集落や山々、川の流れるのもとても良く見える。目を閉じて息を吸い込むとまだあの日の匂いがするようで、懐かしい想いで心が満たされた。
石でできた両親の名が刻まれた墓石の前に膝をつき、手を合わせ祈りを捧げていると、今でも傍にいるような気がしてくる。
立ち上がってその場で立ち去ろうとしたとき、私の目が何かを視界の端に捉えた。
なんだろうと思い、父の墓石の後ろに回るとすっかり風化した紙のようなものが土から顔を出していた。
覚えたばかりの復元術をその紙にかけると、変色していたところは白く、破れていたところもすっかり元通りになった。それは封筒だった。中を開いてみてみると一枚の手紙が入っていた。
見つけてくれてありがとう。
きっと貴方は下巻を探していると思います。
ヒントを書いておくからどうか見つけてみてね。
それから私はヒントを頼りに全世界を回った。空に輝く幻想的なカーテンや真っ白な大地など素晴らしいものをたくさん見た。
『あった!!』
下巻を見つけたのは巨大な洞窟の湖の中心の台座の上だった。岩の天井の僅かな隙間から漏れでた光が、私を台座まで導いているようでとても美しかった。
冷たい湖を渡り、魔導書を手に取りそっと表紙をめくると死者蘇生の術が書かれていた。
私はすぐに湿地の家へと帰り、支度を済ませて丘に向かった。
「死者蘇生術……」
今でも、私は半信半疑だった。こんなものがあれば皆使っているだろうから、私が一度も聞いたことがないのはおかしい。
「―――思い繋ぎし刹那の証。今一度姿を見せん。」
厳かに祝詞を唱え術を発動させる。
『もうエリ、ダメじゃないこんなに汚して。』
幼い私が転げ回って服に泥を沢山つけている。そうか、死者蘇生というのは、この場所に染み付いた記憶を具現化させることだったのか。
『ははは、エリは元気だな!』
母の声が、父の声が頭の中の記憶と共鳴しながら優しく流れ込んでくる。エリ―――私が失うのを恐れて人と関わるのをやめてから、もう二度と聞くことはないと思っていた私の名前。
『はい、サンドイッチ。エリ好きでしょ?』
そうだよ、お母さん。私はお母さんの作ったサンドイッチが大好きだった。
『俺もサンドイッチ好きだぞー! じゃあ早食い勝負だ!』
記憶の中の幼い私が花が咲くように笑っている。ああ、お父さん。私はいつも笑わせてくれるお父さんが大好きだった。
丘にふく心地よい風が記憶をさらっていき、新しい記憶が始まる。
『あなたは魔女になりたいの?』
『うん! 大きくなったら魔女さんになるの!』
『魔女さんは大変だよ。私たちがいなくなった後もずっと長生きするんだよ。』
『いいもん! だって魔女さんは優しくて皆の人気者でとっても強いんだよ!』
『そう。じゃあこの魔導書をあげる。あなたが魔女さんになっても寂しくないように。』
『わあ! ありがとう! すごく嬉しい!!』
渡された魔導書を大切に抱き抱え、嬉しそうに飛び回っている。
『ねえ、エリ。貴方は優しいから、誰かを失うのが怖くて独りになることを選んでしまうかもしれない。』
視線は変わっていないのに、何故だか今の私に語りかけられているような気がした。
『でも安心して。人間だってそんなに弱くない。きっと貴方を守ってくれる人だっているわ。』
「お母さん……」
『だから貴方は「守れなかった」って責任を感じるんじゃなくて「一緒に生きる」にはどうすれば良いか考えなさい。』
記憶の中の私がぽかんと首をかしげているが、今の私には伝わっている。
『お母さんもお父さんも、ずっと貴方が大好きよ。』
お母さんが一つの墓石の横でエリを抱き抱えると、私は楽しそうに笑っていた。
「お母さん……お父さん……」
私はしばらくそこから動くことができず、静かにうずくまっていた。
満月が照らす夜が近づいた頃、私は両親をめい一杯に抱きしめて、昔のように微笑んだ。
「私も……大好きだよ……!」
人間と仲良しの魔女はたくさんの人を救い、楽しく人生を過ごしました。
そしてその魔女の名は"エリ"と言ったそうです。
「はい、今日の絵本はおしまいよ。早くお休み。」
「ねえ、お婆ちゃんこの魔女さんどうなっちゃったの?」
「婆ちゃんが小さい頃良く遊んで貰っていたんだよ。今頃、深い眠りについているだろうよ……」
「いや生きてるよ!」
寝室の扉を勢い良く開け、入ってきたのは優しい魔女さんでした。彼女は今でも元気にどこかの町で人を笑顔にしています。
お読みくださりありがとうございました。
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