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中国で映画を撮った日本人   作者: 羽渕 定昭
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映画「江南慕情」製作秘話

天安門事件の1年後の1990年、上海から南京を舞台に映画を撮った日本人がいた。これは知られざる数奇な記録である。



天安門事件の1年後の1990年、上海から南京を舞台に映画を撮った日本人がいた。これは知られざる数奇な記録である。







第1部

映画<江南慕情>製作秘話

日中友好映画<江南慕情>の誕生の記録。






はじめに


2022年12月、<ノウテンの街第3巻>が出版された。既出版の第1、2巻と合わせ映画6作分が収録されている。私、羽渕定昭が<江南慕情>に続く映画を夢見て書いたものです。その小説の中に江南慕情の物語が入っています。小説はフィクションですが、<江南慕情>はフィクションではありません。現実に製作され、今も16ミリフィルムとテレビ放映用ビデオの中に存在します。

バブル崩壊の煽りで、私の映画製作の夢はとん挫したままであるが、1990年に製作した<江南慕情>を超える作品にその後出合うこともなかった。<江南慕情>はいろんな意味で天下無双の映画であると自負しています。

<江南慕情>は日中友好の作品と言う大きな大義を持っていましたが、天下無双のカラオケ映画と言う側面も持っていました。1991年に中国の鎮江市の体育館で10日間連日1万人の観客に鑑賞され、中国テレビで放映された後、日本中にその存在が知れ渡る予定であった。

映画の最後には映画ダイジェストで作ったカラオケ画像が付いており、主題歌のテロップが日本語と中国語で流れるようになっている。劇中に何度も主題歌のカラオケがBGMとして流れ、又、1番を日本語で、2番を中国語で歌手の歌が挿入され、知らず知らずにメロディを覚えた観客により大合唱すると言う壮大な企画であった。

しかし<江南慕情>は1990年12月22日の700人を集めた上映会で1度上映されただけで、日中の多くの関係者の前から姿を消しました。いわば幻となった<江南慕情>を本として残すことにしました。



天下無双の映画<江南慕情>


「<江南慕情>は天下無双の映画ですよ。本にしたらどうですか?」

 映画を製作した重要なメンバーから本の出版を促された。実は、終盤の製作費を工面できなくて迷惑をかけた内の1人です。

「この本に誰が興味を持つだろう」

「きっとカラオケ愛好家、映画愛好家、映画製作に携わろうと目指している人達だ。そして中国に関心を持つ人達だ」


<江南慕情>は次の様な特異な映画です。


1.日中経済交流の当時の様子をビビッドに伝えています。

2.日中友好の記念作品になっています。

3.当時を記録する歴史的遺産となっています。

4.まるでドキュメンタリーの様な、現実と想像が限りなく近づいた手法の教科書の様な作品です。

5.自主製作映画ですが、他に類を見ない特異な形態です。

6.まるで輪廻を想像するようなストーリーです。

7.究極のカラオケ映画です。30年経ってもこれを超える作品は作られていません。

8.天安門事件の1年後に中国ロケを敢行した、特異な年代の作品です。

9.日本にバブル経済があったから誕生し、崩壊後消えた作品ですが、今尚これを追い越す作品が生まれていません。

 


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