第二話 恋が叶う呪文(1)
「アキちゃ〜ん」 呼ばれて詰所に出たのだが、ドアを開けるなり、ソンコさんが寄ってきた。右手に紙袋を持っている。「これこれ、これ着てみてよ」
紙袋から出されたブラウスと上着。
「何ですか? これ?」
「いいから、いいから、ね、ちょっとでいいから、ね」
「ちょ…、何するん…、やめてください」
ソンコさんは、「いいから」を連発して私のシャツを脱がす。白のブラウスを着せられた。
「これ娘のなの。アキちゃん、娘と背格好似てるからと思って…。あら、ボタンかかるわ。いいじゃない。アキちゃんて意外と胸ないのね。あたしは無理だったわ〜」
ソンコさん。アナタに較べれば大抵の女性は貧乳です。て言うか、着たのかよ。コレ。
「娘さんて、おいくつですか?」
「来栖野女子中の二年よ。ほんっと、生意気盛りで親の言うことなんか、聞きゃしない。あ、動かないで」
襟にリボンを結んで上着を着せられる。
「あのね、ソンコさん…」
「う〜ん、やっぱ上だけじゃよくわかんないわ〜。下いこう。下。アキちゃん、脚あげて」
紙袋から出したスカートに私の脚を通し、腰までずりあげる。何ちゅうミニだ、これは…。ホックを止めてスーツのスカートを思い切り下げる。
「こら、まて…、ソンコ…、アナタ人の話を…、やめ…」
足からタイトスカートを抜き去ったソンコさんは、二歩下がって、私の頭のてっぺんからつま先までジロジロ眺める。
「ストッキングだな…、おかしいのは。パンスト履いてる中学生いないもんな。よし、それだ」
「やめ、やめぃ、来んな。脱ぐ、脱ぐ。自分で脱ぐ」
あわててソンコさんを押しとどめる。なんか、もうどうでもよくなって、早くこのなんだかわからない状況を終わらせたい。それだけだった。
おずおずとストッキングを丸める。素足にヒールが気持ち悪い。
う〜ん、う〜ん、ソンコさんは腕組みをして私の周りをぐるぐる、立ったりしゃがんでりしている。最後に私の顔を見つめて言った。
「もうちょっと童顔だったらねぇ」
そこか? 問題はそこなのか? 違うだろう?
「あの…、どういうことなのか説明してもらえます?」
「栗栖野女子の理事長さんからの依頼なんですよ。学園内で謎の熱病が流行っているということで、もちろん医者には相談済みなのですが、原因がわからなくて、それで我々の…」
背後からの声は非常に聞き覚えのあるものだった。抑揚のない事務的な、それでいて人なつっこさを感じさせる声。
「いつだ? いつからそこにいる?」
とりあえずキョージュの首を絞めてみた。
「…いま、いまキタトコ、…ホント」
「嘘つけぇ」
キョージュは首を絞められると少しだけ本当のことを言う。力いっぱい絞めないといけないのが問題だ。
「ホント、嘘じゃない。…レディの着替え中に入るの失礼だと思ったから、廊下で待ってて…」
「着替え中って、何でドアの外から中の様子がわかるんだ?」手に込める力を増す。思いっきりやってるつもりだが、まだ足りないらしい「アンタそういうのわかんないハズでしょ?」
「違う、…違うんだって。だいたい、ソンコさんが邪魔でほとんど見えなかったんだから…、実質的に覗いてないのと同じ…」
「何だとぉ?」
「いいかげんに痴話喧嘩やめてくれる?」ソンコさんが言った「話ぜんぜん進まないじゃないの」
オバサン、言っておくが、それはキミのセリフではないよ。
気が抜けて、キョージュを放り出し、ソファに身を投げ出した。
キョージュはげほげほやってるが、あんなヤツ知らん。
「サイズはぴったりだったんだけどねぇ」惜しそうにソンコさんが言う。
「すいませんね。フケ顔で」
「いや問題はそこじゃないと思います」珍しくキョージュがまともなことを言う「見た目は大変けっこうだと思うんですが」
気に障ったのでギロリと睨む。
「…いや、…大変お似合いで、…少なくとも、僕は素敵だと思いますけど…、そうではなくてですね。その格好でアキハさんが女子校で聞き込みをするとして…」
「ようするに何が言いたいんですか?」
突っ込まれてキョージュはますますシドロモドロになった。
「聞き込みって難しいんですよ。いきなり具合の悪くなった子の話尋ねられたら変に思うでしょう? いくら自分の学校の制服着ててもね。最初は当たり障りのない話から初めて、好きなアーティストの話とか、コスメの話とか…」
「だから何?」
キョージュはオドオドした目つきで続けた「だってアキハさん、そういうの苦手でしょ」
「失礼なッ」憮然として切り返した「そのぐらい私だってできます。最悪、ティーンズ雑誌でも買って読めば、最近の流行ぐらい…」
「好きな歌手は?」
「八代亜紀」しまった、いきなり振られたので、つい本音が「違う、だって、最近はがんばって福山雅治とか聞いてるし」
「…がんばって…」
「…がんばって…、聞くもんなの? 福山雅治…」
「…」
八代亜紀好きで何が悪いんだよう。舟唄、最高じゃん。
このままでは趣味のヘンな女と誤解されてしまう。とりあえず話題を変えねば。
「ソンコさん、お嬢さん、栗栖野なんでしょう? お嬢さんに聞いてみては?」
「一週間口利いてないんだよね。最後に話したのが、金くれ。いくら? 五千円」ソンコさんは遠い目をしている「ママ、ママ、って後追いがすごくて、ちっちゃくてかわいかった…。なんで、あんな小憎らしく育っちゃったんだか」
まずい方に振ってしまったらしい。この方向はとりあえずナシだ。
「お二人の意見はちょっと実現性に乏しいようなので」いきなりキョージュがまとめに入っている「私の知り合いに女子中学生に詳しい男がいるので、まず彼に聞いてみますよ」
キョージュの知り合いで女子中学生に詳しい男?
それって、むちゃくちゃ危なくないか?
「アクセサリーショップの店長なんですけど。栗栖野女子の子も常連らしい、これから彼の店に行ってみます」
そしてキョージュは私のほうに顔を向ける。
「アキハさん、お願いなんですけど、一緒に行っていただけます?」
「いいですよ。それぐらいなら」素っ気なく答えたが、キョージュはまだ何か言いたそうにモジモジしている。
「何か?」
「無理にとは言わないんですけど」本当にキョージュはすまなそうだ「できれば、その…、着替えてもらえますか? 普通の格好に」
術師たち(表)シリーズ第二作目です。
一作ごとに新キャラが出ますので大変です。まあ、書いてるほうも最初は楽しくてよいんですが。