第八話 霊魂の籠る壺(10)
圧倒的な光の氾濫の中。
気がつくと、私の眼下に私が見える。
え?
何これ?
そのとき私は、『私自身』を真上から見ていた。『私』は、両手を差し抱き、ほのかな光をまといつつ、小さく頤を突き出して、恍惚の表情を浮かべていた。
わー、
何だこりゃ。
あわてた私は天井から降りて、キョージュの廻りをくるくるまわった。
キョージュの顔の前で手をふっても気づく気配すらない。
−−ねー、キョージュぅ。
私は必死にキョージュに訴えた。
−−私、こっちだよ、ここだよ、ここにいるんだよ。
「まあ、そんな慌てるなよ」シュンコウさんが言った。振り向くと、ぷぃっと顔をそむける「すぐすむからさアキ、ちょっとの辛抱だってば」
オノレはぁ~。
シュンコウさんに突進したら体をかわされた。勢いあまってサンタのほうに突っ込んだら、こっちもするりと逃げる。
−−みんな、ひどいぃぃ。
「えーー、と」ひとり事情の呑み込めてない風のキョージュが、投げやりな口調で言う「なんか、もう始まっちゃってるみたいなんで…、ここまで来たら、最後までやっちゃったほうが早いんで、やっちゃいますね」
何だぁ、その、もののついでみたいな言い草はぁぁ。
キョージュのまわりで、ぶんぶん腕を振るったが、気づきもしない。くそっ、なんて不便なヤツ。本当に見えてないから始末に悪い。あとの三人は文字通り見て見ぬふりだ。
「ほらよ」だるそうに、シュンコウさんは天叢雲剣をキョージュに投げた。キョージュは片手で無造作に受け取って鞘を払う。
キョージュは抜き身の神刀を大上段に振りかぶった。
天叢雲剣の切っ先から光条がほとばしる。
じりじりと下がる神刀の先はぴたりと私の額に照準を合わせて、分厚い光の束を私の顔めがけてぶちあてた。
−−こらぁ。
私は思わず叫んだ。
−−そんなことして、嫁に行けない顔になったらどうすんだぁぁ。
キョージュに責任とってもらえ、などというシュンコウさんを睨みつける。
剣は上段から中断に落ち、『私』の中の光は、キョージュの振るう天叢雲剣に分断されて、徐々に二つの塊になっていく。
私は、ことの成行きを見守るばかりで、なすすべもない。
やがて、完全に分離した光の片方が、しゅるしゅると丸まって、一方の壺に収まった。
キョージュが下まで降り切った天叢雲剣のを切っ先を返したとき、
『私』の顔半分が、小さくニヤリと笑んだ。
キョージュの動きがぴたりと止まる。
「あのぉ」とぼけた口調はそのままだったが、キョージュの顔が見たこともないほど青白く照った「そういうことは許可した覚えはないんですけどね」
『私』の顔半分は、あからさまに狼狽の色を浮かべた。
「出っていってくれません? アキハさんから」
『私』の半身が、がたがたと瘧のように震えだす。
「消しますよ、あなた」キョージュは重ねて言った。神刀の鍔が、かたり、と鳴る。
半身に凝っていた光が、跳ねるように壺に逃げ込んだのと同時に、『私の体』が猛烈な勢いで私を吸い込み始める。
「ほんとにもう」いつのまに剣を鞘に納めたキョージュがあきれ顔でつぶやいた「この人は僕のなんですから、ヘンなことしないでください」
−−嫌ぁぁぁ。
漆黒の中に魂ごと吸われつつ、私は叫んだ。あらんかぎりの声なき声で、叫んだ。
−−それだけは、絶対、嫌ぁぁぁ。