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術師たち  作者: 二月三月
8/82

第一話 死者に会う呪術(8)

 

 一週間経って訪れた手塚邸は一変していた。


 門をくぐってすぐから庭へと続く中道一斉に、白バラが咲き誇っている。


 暫しその様に見とれていると、キョージュがなにやら理由をつけて、依頼人の手塚氏を庭のほうに引っ張ってきたようだ。


 一息大きく吸い込んで、バラの香を堪能した後、キョージュが言った。


「たいへんよく手入れされたバラですね。もうアレの影響も無くなりましたし、これが本来のお庭です」


 なるほど猿の手があるうちは蕾も付けられなかったということか。この前に来たときはこれがバラであることすらわからなかった。


 手塚さんも目を細めてバラを眺めていた。思うところがあったのだろう。こころなしか目頭が潤んでいるようにも見えた。


「これは妻のバラです」手塚さんは言った「妻は庭いじりが好きでした。生前は、暇さえあれば庭に出ていました」


「いや、そんなことはありませんよ」


「は?」


 キョージュは何を言っているのだろう。手塚さんも私も狐につままれたような顔でキョージュを見た。


「奥様は、別に庭いじりが好きだったわけではありません」


「でも、妻は…」


「奥様は、このバラが好きだったのです」それまでじっとバラだけを見つめていたキョージュは、不意に振り返って手塚さんに尋ねた「このバラは、どんなバラなのですか?」


「いや、私は花には詳しくないので、これがバラだということしか…」


 キョージュと手塚さんはいまひとつかみ合っていなかった。キョージュはいつものとおりだが、手塚さんは戸惑っていた。


「質問の仕方が悪かったようです」キョージュは詫びた「このバラはだいぶ年数を経たバラとお見受けしました。こちらのお宅を建てられた時に植えられたものですか?」


「いや、その前だと思います…。この家を建てる前はアパート暮らしで、その頃は確か…、鉢植えで」


「あるいは?」キョージュは意味ありげに微笑んだ「ご結婚の記念とかではないですか?」


「いや、違う」手塚さんの声が急に大きくなった。その表情から何かを思い出しつつあるのがわかる「結婚前です。あれはプロポーズする少し前に」


「結婚前でしたら、まだ奥様ではありませんね」こまかいヤツだ。そんなことはどうでもいい。


「あ、はい。…その恋人というか、告白もしていなかったから彼女とも言えない。…良子が入院して、見舞いに行ったんです。まあその頃は常識もない若造でしたら、病人の見舞いに鉢植えなんて、と、みんなに笑われて…」


 手塚氏は大きく目を見開いて、眼前の白いバラをまじまじと見つめた。


「まさか…、あのバラなのか? これが?」


 妻を亡くした初老の男が見つめていたのは、正確にはバラの花ではなかった。嫣然と咲き誇る白いバラ、そのバラの上にかぶる、


 白い影。


「…良子。そうなのか? これが、あのバラなのか?」




 キョージュが二の腕を掴んでつんつんする。耳元に小声で囁く「来てるんですか?」


 あわてて、二度三度と頷く。確認したキョージュは強引に手を引っ張って私を門の外に連れ出した。


「痛、痛い。そんな引っ張らないで」いちおう配慮して小声で不満を告げる。


「あ、ごめんなさい」


 もう門の陰で二人?は見えない。キョージュは手を離した。


「どういうこと?」


「どうって、あなたが見たとおりですよ」キョージュが答えた「奥さんは、バラが好きだったんじゃなくて、ご主人に貰ったあのバラが好きだっただけです」


「それはわかるけど。そうじゃなくて、どうやって奥さん呼び出したのよ」


「ああ、そのことですか」さして興味もなさそうな口振りでキョージュが言う「呼んだのは手塚さんです。それと、あのバラ。僕は手助けしただけ」


 顔が真っ赤になった。言われて気づくとは、こんな当たり前な、恥ずかしい。


「近しい人が亡くなるというのは、一般の人にはかなりのショックらしいですからね。うっかりやり方を間違えるくらいは、よくあることなんじゃないですかね」


 僕にはよくわかりませんけど、とでも言いたげに、キョージュは塀からこぼれる白いバラ、その向こうを見つめていた。



<死者に会う呪術 − 了>



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