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術師たち  作者: 二月三月
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第八話 霊魂の籠る壺(8)


 死者の道、を歩いて出た先は、一面の草原だった。


 腰の高さまでに青々と茂る、名も知れぬ草が地平線まで平原を満たし、たおやかに風にそよいでいる。


 薄暮と見まごうばかりの薄い日差しの中、風の道に沿って草の穂先がうねり、そのうねりは単純に草の海を想像させる。


 ここ、どこ?


 ぐるりと見まわすと、遠くに一本、大きく幅広に枝を張った高木が見えた。


「そっちに行くのはかまわんけどな」ふらふらと引きよせられるように、木に向かって歩き出した私に、シュンコウさんが釘を刺す「いくら歩いてもあの木にはたどりつけないぞ」


「たどりつけない、って、どうして?」


「天国だから」


 いつのまに、シュンコウさんは手に持った剣であたりの草を薙ぎ、丸く空地をつくった。天叢雲剣の本来の使い方ではあるけれど、どうやって持ち込んだんだ? こんなもの?


 シモンが円空地の中心に壺を供える。


 壺はもう光ることをやめていた。しかし、その気はますます強く、秘めやかな内からの高ぶりを隠そうともしない。


「どうなるんですか?」


 問うてもせんないこととは知りつつも、問うてみた。


「どうっていったって、アメンが来るまでここを維持するしかないさ。アメントだけでどうするわけにもいかないし」


「アメン?」


 シュンコウさんは胡坐になり、壺の前に陣取った。シモン、サンタがその脇に坐す。サンタはともかく、シモン、よく胡坐なんかできるなあ。変なイタリア人、それとも生まれがインドなら大丈夫なのかな。


「何かするんですか?」


 壺の前に並んだ三人に問うてみた。


「ん~、まあな」シュンコウさんがあくびまじりに答える「一時的にむりやり作ってる場だからなぁ。こっちの面子からいってまず心配はないけど、むこうにしたら、たとえ可能性がほぼゼロでも、そのまま圧力けて潰しちまうくらいしか手がないからなあ」


「潰す?」


「うん、この空間ごとな」


「むこうって?」


「ほれ、ワニけしかけてきたり、ミイラの恰好で襲ってきたり、いただろ?」


 ああ、いたな、そういえば。


「誰なんですか?」


 さあなあ、シュンコウさんはめんどくさそうに膝を立てて太もものあたりを掻きだした「まあ、そんなことはどうでもいいじゃねえか、アキ。そんなおっかない顔してないで、まあ、座れよ」


 どうしたもんかな、とも思ったが、誘われるままに壺の前に坐した。


「そうそう、アキ姉さんはその位置がいいよ」


 サンタが言う。いったい何がいいっていうんだ?


 ごう、と風が鳴り、つむじが舞った。


 少し肩をそびやかした私に、シュンコウさんがニヤッと犬歯をむき出して笑った。


「怖いか、アキ」


 その問いには答えず、逆に問い返す。


「大丈夫なんですか?」


「大丈夫、って言ったら信じるか?」


 返事のかわりに、思いっきり首を左右に振った。


 シュンコウさんは声をあげて笑う。なんかバカにされてるみたいで悔しい。


「まあ、どのみち、そんな時間はかからないよ」


 サンタがのんきな顔で言うので、思わず喧嘩腰で問い返した。


「何で、そんなことわかるのよ?」


 だって、ほら、とサンタが指さしたのはさっきの大木だ。


 よく目を凝らすとそこだけ草のなびき方が違う。


 いや、大木に重なっているのでよく見えなかったのだが、何か来る。


 最初、黒い点だったそれは、しだいにマッチ棒のように見えだして、そして手をふってこちらに合図を送っている。


 片手をはげしく振りながら駆け寄ってくるスーツ姿の男は、ときおり振る手を止めて眼鏡を抑えている。もう片方の手は何かを抱えているので使えないのだ。


「あっち側から来るとか、どんだけ常識ないんだアイツは」シュンコウさんがぼやいた。


 男は満面に笑みを浮かべて走り寄ってくる、うすうす見当はついていたが、その見なれた顔を確認して、私は絶望した。


「すみませ~ん、遅くなっちゃってぇ」


 キョージュは息をはずませながら、私の傍らに立った。私たちの連れてきた壺とよく似た壺を小脇に抱えている。


 私は泣きだしそうになった。こんな状況でコイツが来た以上、もう、いろんな意味で、ダメだ。



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